第27話 下剋上、運命の奇襲作戦Ⅱ


 僕らは、対抗戦選抜の選手枠を奪い取る為、皇先輩の研究をしていた。そして、今日は作戦会議当日。

 日曜日という事もあり、僕の部屋にアンノウンのメンバーが集まっていた。


 「一角くんの部屋ってー、意外と殺風景だねー?」


 「全く、あなたは何を期待しているんですか?」


 「いやー、男の子お部屋なのに、思ったよりきれいだなーって」


 皆が僕の部屋に着くと、すぐに静華は僕の部屋を漁り出した。定位置に座り落ち着いているうさぎ、耕平に反して、静華だけはキョロキョロとあたりを見回している。

 思いのほか綺麗に片付いているという靜華の言葉に少し安心し、僕は飲み物を取りに台所へ向かった。実のところ、つい昨日までは大変な有様の部屋だったが、皆が来るとの事で急いで片付けたのだ。あんな散らかった部屋を絶対に人様に見せる訳にはいかない、と内なる僕が言っていた。

 今日、僕の家に皆で集まったのには、単なる遊びでは無く重大な意味がある。それは皇先輩の対策会議だ。その為に、選抜予選の録画映像を飛鳥先輩から流してもらっている。これを全員で見ながら、対策を練ろうという算段だ。

 四人分のお茶を持って部屋に戻り、僕も腰を下ろす。すると、透かさず靜華が口を開く。


 「ねぇ、一角くんさー、エッチなもんとか隠してないのー?」


 瞬間、僕と耕平が顔を見合わせる。

 まさか、こういう事って本当にあるのか、いや、でも大丈夫だ。僕の家にはその類の物は一つだって無い。そもそも今の時代、自分の機密情報を紙媒体で晒しておくほど僕の危機管理は甘くない。


 「さっきからあなたは! 何をしに来たんですか!」


 状況に見かねてうさぎが靜華を注意する。何十分何時間探したところで、僕の部屋からやましい物が出てくることは無いが、僕がそれを言うとむしろ怪しく聞こえてしまう。此処はうさぎに感謝しよう。


 「うさぎちゃん! これは好機なんだよ!」


 「また訳の分からない事を……」


 「これで一角くんの好みを知っておけば、対策を立てられるんだよ!」


 「暮人の……対策……」


 一体、僕の何を対策するというのか。いや、それ以前に、そんなこと言って置きながら靜華は間違いなく面白がっているだけだ。明らかに口元がにやけている。そもそも何時から僕の対策を考える会議になったんだ。


 「ま、まぁ二人とも、暮人も困ってるしさ」


 「「加賀見くん(さん)は黙ってて!!」」


 「はい……」


 それから、二人は気の済むまで僕の部屋を探索したが、しばらくすると諦めてようやく作戦会議が始まる。

 テレビに予選の録画映像を流し、四人でそれを見る。とはいっても、初めて見るのは医務室に居た僕とうさぎくらいのもので、残りの二人はリアルタイムで中継を見ていたらしい。

 まずは予選第二試合。飛鳥先輩と皇先輩の戦いだ。既にほとんどメンバー入りが決まっているにも関わらず、意外にも飛鳥先輩はやる気十分と言った様子。


 『オイラはよぉ、ずっとこういう機会を待ってたんだよなぁ』


 『そうなのかい? それは知らなかったよ』


 『へっ、白々しい。まぁ良いぜぇ。その澄まし顔、すぐに崩れねぇと良いなぁ?』


 試合開始と同時に仕掛けたのは飛鳥先輩。これは後で聞いた話だが、以前飛鳥先輩が言っていた選抜戦に参加した目的、と言うのは他でも無い皇刻成の魔砲を探る為だったらしい。さらに、僕の事を焚きつけて選抜戦に出るように仕向けたの同じ理由だとか。

 そして実際、僕は先輩の思惑通りに魔砲を使ってしまった。まんまと乗せられたわけだ。飛鳥先輩から見れば、おそらくほとんどの生徒の魔砲を把握できている。しかしそれでも、能力が割れて居ない生徒も少数ではあるが存在していた。まさに僕や皇先輩のように。

 飛鳥先輩はこの戦いを利用して、それらの生徒の魔砲を暴いたのだ。


 『おいおい、中々撃って来ねぇじゃねーか。見られたくない理由でもあんのかぁ?』


 『そうじゃないけどね。ボク的にはこんな戦いつまらないよ。最初から結果だって見えているしね』


 二人の戦闘は、僕と紫銅の戦いよりも長引き、常に飛鳥先輩が優勢のような形で進んでいく。しかし、不思議とあと一歩のところで何度もチャンスを逃してしまう飛鳥先輩。

 最終的には飛鳥先輩の弾切れで負け。飛鳥先輩の攻撃を三分間、ギリギリのところで躱し切り、受け繫いだ皇先輩が勝利となった。

 皇先輩は最後まで魔砲を撃つことはなかったが、試合の途中、飛鳥先輩はいろいろな攻め方を試し何かに気付いた様子があった。


 「結局、どんな能力なんだろう」


 動画が一区切りついたところで耕平が漏らす。


 「傍から見てるだけではわかりませんね」


 「撃たなかったのはー、やっぱり銃弾に秘密があるからじゃないのー?」


 結局、四人で見ていても、なかなか答えは出ない。確かに発砲を避けたのは、銃弾を見られない為とも考えられるが、明らかに飛鳥先輩は何かに気づいた上で攻め方を変えていたように思える。多分これは、外から見ていてわかるような簡単な能力じゃない。


 「とにかく次の試合も見ましょう」


 「あーうさぎちゃん、それはね……」


 「何ですか?」


 「まぁ暮人と倉島さんも見てみればわかるよ」


 うさぎの提案に対して、靜華と耕平が思わせぶりな態度を取る。僕とうさぎは不思議そうに顔を見合わせながらも、とりあえず録画を再生してみる。

 四人が見つめるモニターに映されたのは、最終試合、紫銅と皇先輩の勝負だ。紫銅の強さは、僕がこれ以上ない程知っている。飛鳥先輩も当然強いが、紫銅を相手にただの一度も発砲をしない試合展開は、正直なところ想像できない。


 『やぁ。さっきの試合見たよ。随分と強いんだね』


 『……。』


 『もう一本の方は構えなくて良いのかい?』


 『……必要になれば抜く』


 モニター越しに見ているだけなのに、試合が始まる前から緊張感が走る。僕は少しだけ手汗を掻いていた。これからどんな戦いが繰り広げられるのだろうか。その中で、皇先輩の能力が判明すればなおのこと良い、僕はそう考えていた。

 

 しかし、勝負は思わぬ形で幕を閉じる。いや、始まってすらいなかったという方が正しいのかも知れない。


 『そっか。残念だね』


 『……なんのつもりだ』


 『降参だよ。悔しいけど、ボクには君の二本目を抜かせることは出来ないらしい』


 『…………期待外れだ』


 試合は開始する直前、皇先輩の降参によって終結した。そして、その意外過ぎる展開に僕とうさぎは言葉を失う。


 「ほらねー。これじゃー見ても仕方ないでしょー?」


 「でも、当然と言えば当然だよ。もうここまで来たら戦う意味だって無いし、降参もあり得なくはないよね」


 動画が停止すると、固まった僕とうさぎをよそに耕平たちが話し出す。

 確かに、もう戦う理由があの二人に無い以上、降参という結果もあるだろう、というか実際そうなっている。しかし、僕としては想定していなかったこともあり、少し理解が遅れる。


 「わ、わかりました。では、今の映像を元に対策を考えるという事ですね?」


 一口お茶を口に含んで落ち着いたうさぎが、改めて場を仕切る。


 「結局、一度もあの人が魔砲を使うところは映って居なかったようにも思えますが、やはり銃弾に何かあるのでしょうか?」


 「そうなんじゃないのー?」


 「ボクもそう思うよ」


 「暮人はどう思いますか?」


 うさぎが真剣な顔で僕に意見を乞う。実際、今のところ判断できる材料が少ない為、判断しきれないというのが現状。しかし、僕の頭の中には漠然とした違和感があった。


 「みんなの言う通りかもしれないけど」


 「けど?」


 静華が不思議そうに首を傾げて僕の方を見る。


 「なんだか違和感がするんだ。飛鳥先輩と戦っている時はつまらないとか、結果は見えているとか言って、自信があるように見える。なのに、紫銅が相手の時はやけに諦めが良いなって」


 「んー確かに」


 「そう言われてみればそうですね」


 「ビビっちゃったんじゃないのー?」


 静香の言う通り、ただビビったという説も無いとは言い切れないが、皇先輩の口ぶりから察するにおそらくそうではない。

 確証の無い僕の勝手な憶測でしかないが、僕の中には皆とのこの会議で一つの仮説が立っていた。

 皇先輩は、飛鳥先輩との戦闘では「結果は見えている」、「つまらない」などと自信があるように思える。そして紫銅との会話では、二本目、つまり僕との戦いで最後にだけ見せたあのサバイバルナイフを使わないのか、と尋ねている。これを見るに少なからず皇先輩は、本気の紫銅と戦うつもりで居たはずだ。

 なら何故降参したのか。「ボクには二本目を抜かせる事は出来ないらしい」という先輩の言葉。戦う前から何故そう言えるんだ。自分に自信がある人のセリフじゃない。ならばやはりそういう事なのか。


 「もしかしたら……」


 僕の頭の中で、仮説に一本の線が通る。とはいえ、現時点ではこれは未だ仮説の域出ない。


 「暮人、何か分かったのですか?」


 「まだ確証は無いけど。もし僕の予想が正しければ……」


 結局それから間もなくしてその日の作戦会議はお開きとなった。

 翌日、週明け月曜日の昼休み。僕はまたうさぎと二人であの場所、飛鳥先輩の元に訪れていた。


 「よぉ暮の氏。オイラが渡した録画は見たか?」


 「はい。今日はそのことで来ました」


 飛鳥先輩はローブのフードをグイッと引っ張り、さらに深く被る。殆どが隠された顔の内、ニヤッと不敵に笑う口元だけが姿を覗かせていた。


 「で? 何が聞きたいんだぁ?」


 「単刀直入に言います。皇先輩の魔砲を教えて下さい」


 ほんの短い間だが、ピロティに静寂が訪れる。吹き抜ける風の音だけが、聴覚を刺激する。


 「……そいつは出来ねぇなぁ。オイラとしても、それなりに無理して手に入れた情報だ。そう安くはねぇ。勿論それなりのモンをくれるなら話は別だけどなぁ」


 「ならせめて、答え合わせだけでもしてくれませんか? 僕の立てた仮説の」


 僕がそう言うと、先輩はピクリと反応したように見えた。表情までは分からないが、少しは興味を引けたのかもしれない。元々、素直に聞いて教えてくれるとは思って居なかった。先輩が自分の魔砲を晒してまで仕入れた情報が、そんなに安いはずが無い。

 

 「おもしれぇ。言ってみなぁ?」


 飛鳥先輩が僕に問う。もしもここで言い当てれば、先輩の反応を見て僕の仮説がどの程度あっているのかわかるはずだ。もし外れていたとしても、先輩の反応を見て、間違っているという事だけは分かる。最悪それだけでも十分だ。


 「皇先輩の魔砲は、戦う前にどっちが勝つか、予め勝敗が分かるような能力なんじゃないですか? 例えば、いわゆる第六感、みたいな感じですかね?」


 僕の回答に対して、飛鳥先輩はなんの反応もしない。

もしかして全然かすりもしていないのか。そう思った瞬間だった。


 「惜しいなぁ。だが、まぁよくそこまで予測したもんだ」


 「違うんですか?」


 「ああ、違うなぁ。あの動画だけで憶測を立てたのは立派だが」


 正直なところ当てる自信はあった。しかし、これで違うというのなら一体何だというんだ。

 可能なら今ここではっきりさせておきたい。だが、先輩が満足するような資金も、欲しがるような有用な情報も僕は持っていない。

 やはりもう一度、最初から他の予想を立てるしかないのか。そう考えていた時、僕の頭に一つだけ、ある 案が思い浮かぶ。でも、これは出来ればやりたくはない。そう思いつつも背に腹は代えられない。

僕は苦渋の決断の後、徐に口を開く。


 「……なら、僕のとっておきの情報を教えます。それで、今の答えの何が違うのか教えて下さいよ」


 「ほう?」


 先輩がまたしても興味を示す。うさぎはただ、じっと僕と先輩のやり取りを見て、口ははさんでこない。

 僕は先輩に歩み寄り、耳元で小さくささやく。この学園に来て、未だ誰にも言っていない情報。僕の重大な秘密を。


 「……ほう。もしもそれが事実なら、そんな事オイラに行って大丈夫かぁ? 言って置くがオイラの口は軽いぜぇ? 金か情報さえもらえば誰にでも話す」


 「解ってます。それで、こんな情報で足りますか?」


 飛鳥先輩はローブの内側、制服の胸ポケットからピンクの手帳を取り出してボールペンを握る。


 「勿論十分さ。皇の能力だったなぁ。それは…………未来視だ」


 「それは確かですか?」


 先輩の言葉を聞いて、これまで黙っていたうさぎが疑問を呈す。


 「未来視……ですか?」


 「あぁ間違いない。どんな攻撃もどんな行動もまるで知っていたかのような反応をしやがる」


 つまり、文字通り「結果は見えている」という事か。映像で言っていた言葉の意味を改めて認識する。


 「とにかく、ありがとうございます。これで作戦が立てられそうです」


 「いんやぁ? こっちも商売だからなぁ。貰うもん貰ったらなんでも売るぜぇ。しかし暮の氏、さっきの話でお前って人間がどういう奴なのか。さらに興味が沸いたなぁ」


 先輩は微かに笑う。


 「そうですか」


 「あぁ。そんじゃ、今後もまたオイラをご贔屓に」


 しかし僕は無表情に返し、先輩は風のように去って行く。

 そしてそれから数日後、僕らはじっくりと作戦を練り、とうとう運命のX出デーがやってきた。

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