1-11

「よし、こんなもんかな」

 ふーっと溜め息を吐き、僕は部屋を見回す。

 遅めの昼食を終えて部屋の整理に取り組み、もう時計は七時近くを指していた。喫茶店は確か夜の七時までやっているので、そろそろ店仕舞いだろう。

「……疲れた」

 バタリとベッドに倒れ込む。

 やっぱり何で今日なんだ父さん。明日だって良かったんじゃないのか。あ…そうだ。「蒼の怪盗」のことも真紅郎さんに聞かなきゃな……そんなことを考えているうちに、瞼がだんだんと重くなってきた。遠くなる意識の中、眠気に抗おうとしたが結局無理だった。


「あれ、快人君……寝てる?」

 真紅郎がそう呟いた。彼は、店仕舞いをして快人の部屋を見に来たところだった。

「しょうがないなぁ……」

 その表情は全く困っておらず、むしろ逆で、込み上げる笑いを噛み殺そうとした表情だった。風邪を引かないようにと布団を掛けてやり、真紅郎はそのまま立ち去った。



 ふと、目が覚めた。

 ここはどこだ、とまだ覚めない頭で辺りを見回す。そうだ……ここは新しい僕の部屋だ。夢を見ていたようだ。小さい頃の夢。黒髪が印象的な彼女と、初めて会った時の夢だ。起きた時にほとんど忘れてしまったが。僕を呼ぶ声がする。

「快人く~ん、ご飯できてるよ」

 真紅郎さんだ。

「はい……今行きます」

 まだ少し眠い身体を起こし、真紅郎さんの声がする方へ向かった。

「ああ、やっと来た。今夜はハンバーグなんだけど、大丈夫だった?」

 真紅郎さんは、ダイニングテーブルに夕飯を並べている最中だった。

「はい、好きです」

「よかった~!あたしが提案したんだよ。ハンバーグが良いんじゃないかって」

 一緒に配膳しながら言ったのは、ひな子さんだった。アルバイトなのに、何故ここに居るのだろう?

「ひな子さん……?」

「えっとだね、一か月に一度くらい、店長の所でお夕飯頂いて帰るんだよね~」

「一日フルで働いてくれたときとか、労いのつもりでね。ひな子君は今日はお昼からだったけど、快人君が来たから歓迎会の意味も込めて呼んだんだ。二人よりも、三人のほうが楽しいでしょ?」

 にっこりと真紅郎さんが笑った。

「そうですね」

「じゃ、食べようか」

 真紅郎さんの号令で、三人して「いただきます」をした。こうやって、一人じゃない夕飯を食べたのは、いつぶりだろうか。暖かい食事だった。

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