第33話 無意味では

「遅刻、遅刻~!遅刻しちゃう四!」


 三階、西校舎。

 教室から出た僕は、黒や白などで彩られた、静かな廊下を走っていた。

 廊下に描かれた模様は大きな黒い花の様なもので、多数のそれが、廊下の向こうまで等間隔で並んでいる。

 毒々しい感じがして、あんまり好きじゃねぇんだよな……。

 あっ、僕個人の感想ね。決して、自分の価値を押し付けてるわけではないんよ?

 昔は、この花の上から落ちたら負けゲームとかやってたな。別の校舎だけど。

(あの頃は、若かったな。自分を、世界を滅ぼせる何かだと思っていた)

 今考えると、恥ずかしい。

 僕なんて、ちょっと隠れた力を秘めているだけの、ただの人類なのによ……。

「あの時があるから、今がある」

 全ては無駄でなく、繋がっているのだ。

 それこそが僕等の歴史、人類の歩んだ道。とても、価値があるものなんだ。

 だから。


「――刻まなきゃ、新たな一歩」

 僕は、歴史に残る一歩を踏み出そうと――。


「ストップだ。どあほ野郎」

 した所に、顔面目掛けて強力な一撃が入った。

 走る痛み。

「ぐぎゃああっ!?」

 後方に吹き飛ぶ、僕の体。そのまま床に吸い寄せられる、僕の後頭部。

 このままだと、頭を強打!?


 ――身化(ストロング)。発動!!


 それによってパワーアップする、僕の肉体。

 強化される、三要素。


 攻撃上昇。パンチの威力が上がったりする。


 防御上昇。体が丈夫になったりする。


 速度上昇。めっちゃくちゃ速くなっる!


「ほああっ!!」

 床に両手をつき、そのままグルッと後方回転。

 見事に着地する、僕の両足。

(75点って感じ。僕の身化(ストロング)の総合評価は【サンド】。つまり普通だからな)

 両手をつける時の声がダサいな。ほああ、ではなく、ふんっ、とかの方が……。こんなんじゃ、メイに嫌われるかも。

(んなわけ、ないな!)

 杞憂だと考えながら、正面に仁王立ちで立つ襲撃犯に目を向ける。

 廊下左側の教室内で、待ち伏せてやがったな。

「ゴンザレス!」

 その男は、刈り上げた赤髪、人相悪すぎ、僕より高い身長、前を開いた紺色の男子制服、といった外見で、廊下に立ち塞がってやがる!

 前開いて腹筋見せつけて、気色悪いわ!野郎の体とか、誰が得!?

「いきなり殴りかかるとか、どういう教育受けてんだテメェ!」

「……」

 びきりと、ゴンザレスの額から音が鳴った気がした。

「おめぇに言われたくねぇよ。校内裏ランキング、ウザいやつ部門一位さんよ」

「はい?」

 校内裏ランキング?ああ、あったなそんなの。別に興味ないから忘れてた。

 メイを一位にする為に票操作しようかと思った時もあったけど、そんなことして彼女を狙うライバルを増やすの嫌だし、自力で一位になれるだろうし。

「どうでも良いわ。そんなん。僕には、愛するハニーがいるからな」

 他人の評価とか、正直どうでも。

「愛するハニーねぇ……」

 くっくっと、笑いやがるゴンザレス。

「なにが、おかしい」

「おめぇとあいつじゃ、釣り合わないだろ。どう考えてもよ!メイは校内上位に位置する優等生、おめぇは校内の底辺!落ちこぼれ!」

「……」

 その通りではある。僕は確かに落ちこぼれで、他より生まれつき劣っているだろう。隠されし力も、まだ目覚めてくれないし……。

 ただそれは、生まれ持った力がそうだというだけの話。

「いつの話をしてるんだ。お前は」

「……あんだと」

 僕は、ある日を境に決意した。

 その強い決意は、僕を落ちこぼれから引き上げてくれたんだ。

 その甲斐あって、今では学内で、そこそこの強者になった。

 これに秘めし力が加われば、世界征服もできるかもしれない。僕は平和主義者なので、そんな野望は持たないがね。

「……本当、目障りだぜ。なんで、おめぇはよ!!……水の波動っ!!」

 

 ――苛立ちの言葉と共に、ゴンザレスの肉体から青い霧が発生した。


「!!、武強(ブレード)、霧(ミスト)か!しかも、肉体の強化!」

 青い霧の、武強。

 武強で底上げされる、主な二つの要素。

 

 武強の攻撃上昇、よく斬れるように。

 

 武強の防御上昇、頑丈に。

 

 ブレードにはいくつか種類があって、強化できる武器のタイプによって、剣(ソード)・槍(スピア)・弓矢(アロー)・盾(シールド)等に分けられる。

 中でも、肉体(ボディ)のブレードは、【習熟度】が早く上がるのが特徴だが。

「いつの間に!結構、苦手じゃなかったか。ていうか、無断で才力を使うのはアウト!先生にいってやろ!」

「オレにかかりゃ、こんなもんよ!さあ、かかってきな!おめぇは素手だからな!先手はくれてやんよ!雑魚が!」

 両拳を戦闘状態にしながら、ゴンザレスは僕を挑発する。

 なんでイチイチ、お前さんの相手をしなければならないのか!本当に、傍迷惑な野郎だぜよ!

「いやだ!僕は、早く授業に行くんだよ!どきやがれ!」

「はっ!どうした!びびってんのか!?腰抜け!!」

 右拳を何度も突き出しながら、挑発を続けるゴンザレス。纏ったミストが、揺れ動く。

 やれやれだ。安すぎる。

 流せる男な僕に称賛を。

「今度の大会で、あの糞金髪女もぶちのめしてやるからよ!まずは、おめぇだ!この糞底辺――」


「上等だっっっ!!!ボケええええええええええええぇぇぇっっっ!!!」


「才獣とは、自然的なものですが」

 一階、第三研究室。

 かなりの広さがある室内には、様々な器具や、四角い檻などが置かれている。

 車輪が付いた檻の中には、赤(レッド)の才獣である、赤い瞳の獣。

 ライオンのような見た目の獣は、黒い鬣や長い爪を、不気味に光らせる。

「それを、人工的に生みだそうとした者達が」

 檻の傍で説明を行う、スーツ姿の女性教師。自身の近くに、大きな才獣がいるというのに、まるで恐れた様子がない。腰にはレイピアを携えている。


【危険な才獣を扱う授業の為に選ばれた・突出した武力を持つ教師】


 周りには、檻を囲む様に立つ生徒達の姿。

「……遅い」

 その生徒達に紛れる金髪の女、メイから、不満ありありと言った感じの呟きが漏れた。

(あれだけ、言ったのに。今日の授業リンダ先生よ)

 幼馴染みの男が、未だ授業に現れない。不満の理由はそれだ。

 なんだかんだ言っても、授業にはちゃんと出るのがロイン。それなのに影も形も、あの鬱陶しいテンションも存在しないのは……。


(どういうことなの?)


 ●■▲


「こういうこった」


 三階の廊下。

 そこに響くゴンザレスのいけ好かない声は、床に倒れた僕の、腫れ上がりまくった顔面目掛けて降ってきた。

 紺色の制服の所々が赤く濡れ、体のあちこちが痛い、ずきずきする。

 倒れた僕を見下ろす奴の顔も、僅かに赤くなってる。ざまぁ。

「落ちこぼれがどんだけ努力しようが、ってやつだ。少しは、身の程が分かったかよ?」

 唇から流れる血を右手で拭いながら、奴は言い捨てる。

 それから僕に背を向け、最後にぽつりと言った。


「……あばよ」

 

 ゴンザレスが去った後の廊下で、仰向けの体を、上体だけ起こした。

「くそ……!いてぇ……!!」

 随分、こっぴどくやられてしまった。これが、奴と僕の力の差か。……まさか、ここまで差があるとは。

「ショックだぜ……。僕って、強くなってる筈なのに」

 ため息を、一つ。その後、周りを見渡してみる。

(あちゃー、ガラス割れてるな……まずった)

 やり過ぎてしまった。

 廊下右側の窓ガラスが三枚、割れてしまっている。一応、周りの物を壊さないように、なるべく加減したつもりだったが。

 それは、ゴンザレスも同様だろう。奴はああ見えて、変なところで筋が通っている。

「ふー、しっかし……」

 僕は、近くに無造作に転がってる、教科書に顔を向ける。奴に殴られた際に、咄嗟に放り投げた。

(メイに、怒られてしまう。……それだけじゃ、済まねぇか)

 敗北のショックと、これから起こる面倒事の予感で、気分は憂鬱だ。

「……悔しいぜ!ちくしょう!」

 僕は悔しさのあまり、床を殴りつける。じんじんと痛む拳すら、今は気にならない。

 敗北の痛み、届かない高み、それらを感じたことは、今までに何度でもある。落ちこぼれじゃ、努力したって無駄じゃないかと思った時だって。


(――だが、得るものはあった)


 奴の戦闘も何回か目にしたことがあるが、実際にやり合わないと分からない部分はある。手加減した戦いとはいえ、無意味ではない。

(奴との距離、その遠さを確かめたことで、決意は完全に固まった)

 前々から進めていた計画を、実行に移す。ゴンザレスとの距離、それを縮める為に。


 【練兵場】。スカイ・フィールドを、利用する。


 アスカール北の平野にひっそりと建つ、練兵場(グランド)の才物。それを使えば、可能性はある。

(メイ達からは、止められているが……それしかないんなら、やるしかない)

 天上学院の、武闘大会。なんとか、それまでに僕は。

(――望む自分に、なる為に)

 強くなる。今よりも、ずっと。

 強くなって。


「リベンジしてやらぁぁぁァァァッッ!!待ってろやっ!ゴンザレスッッ!!」


 校舎全体に響き渡る勢いで、咆えた。この言葉は、決意を更に固める為のものでもある。

 なので、思いっきり盛大に、ウザいやつ殿堂入りするぐらいの大声で、咆哮した。

 どうかこの言葉が、現実になりますように――。

 

「うるさいわよっ!!あたしの鼓膜破れるじゃないっ!?」


「うおうッ!?」

 大声を、返された!背後から、女性の声。メイではない。この声は……!

「メリッサっ!今日も、可愛いなっ!素敵だっ!だが僕には、メイがいるっ!」

 僕は体を捻り、背後に立っている、肩より少し下まで伸びた、淡く光るような橙色の髪を持つ女性・風紀委員・メリッサを見る。


【ある程度の才力(サイクロ)使用を許可された、風紀を守護する者】


(相変わらずの、美人っ!ハニーには、及ばないがっ!うはっ、テンションあがってきたぁ!!)

 うきうきしながら、僕は観察眼をフル稼働させるっ!漲れ、僕の眼球っ!!奴の魅力の全てを、網羅するんだッ!

 くりくりとした、花色の瞳。大変、可愛い!

「……」

 残念!胸は、普通。だが、紺のブレザー越しでも、形の良い起伏が分かるぜ!やっほい!

「……」

 両足は黒いストッキングに包まれ、漆黒の美しさを演出している……!カーニバルやっ!ブラック・カーニバルやっ!

「……ロイン、」

 これまた、僕の幼馴染みっ!僕って、やっぱり――。


「――気色ッ悪いのよッッ!!この、変態ッ!!」


 観察の代償は、鋭い拳骨によって支払われた。

 こんなに細かく見てたら、普通そうなるよね。普段はちゃんと段階を踏むんだが、仲良いからって、調子に乗り過ぎたぜッ!

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