第27話 旅

 それは、異様な雰囲気を感じた。

【白い霧】

 初めてそれを見たのは、何時だったか。

【突破不可能】

 また俺は、この海を越えようとしてる。


「よし、進むぞ!」

「うん!」

「ええ」

 甲板上。船の最前線に立つ俺の言葉に、応える背後の二人。マリンの声は怯えを少し含み、フィルの声は平常過ぎる。

「――了解だ。キャプテン」

 隣に立つ、もう一人の船長。灰色をまとった男の、いつも通りの頼りになる言葉。自分の事を能力が低いと評していたが、精神的に一番落ち着くのはやっぱりお前だよ。ラルド。どこかの馬鹿とは、大違いだ。

「ロード号、前進」

 ラルドは、船の制御を開始。

 ロード号が、その船体を霧に近づけていく。速度は、念の為に遅く。勢いつけて、間違えて、大破とか嫌だよな。


 ゆっくりと。ゆっくりと。迫る白い壁。

 

 俺の眼前に広がる、大量の霧。一瞬、その霧がうねり、猛り、俺達を船ごと呑み込むような錯覚をしてしまった。やはり緊張している。

(周りの音が、聞こえない)

 波の音も、仲間の声も、遮断される。集中状態、それもかなりの深度の。旅をしていると、こういう状態になる時は何度もある。

 いくら好きでやってる事とはいえ、恐怖はあるんだ。

 それでも、旅を続けるのは……。

「それ以上に、楽しいから」


 初めて海に出た、あの時の感動は今も薄れることなく。

 あの頃に得た絆は、もうなくなってしまったけど。


「……そろそろですね。あれを使います」

 俺の背後で、フィルが言った。きちんと聞こえたということは、緊張が少し和らいだか。

 霧はどんどん俺達に近づき、あと少しで触れるんじゃないかと思うほどに近く感じる。

 それならば、確かにあれを使うタイミングか。霧の海を越えるため、入手した物を。ある国では、鍵と呼ばれる才物を。


「――導きの灯り」


 静かな、フィルの声。それに呼応して、彼女が右手に持つ物体が光を放つ。

 その物体は、ランタンだった。円柱型の小さな檻のような形状の、赤いランタン。頭には取っ手が付いており、そこからフィルの手を通して力が流れ込む。

 

 流れ込んだ力は、ランタンに青い炎を灯した。


「綺麗だな……」

 その光景を後目で見ながら、呟きをもらす。本当に綺麗で、それ以外に感想があまり浮かばない。それほどの、幻想的な炎。

「わっ!すごい綺麗!!船中に!」

 マリンもこの光景を見て、興奮してるようだ。

 彼女は周囲を見渡し、感嘆の声を上げる。

「これが、その才物の効果か。面白い」

 ラルドの感想。俺も同意見だ。

 俺達の周囲、甲板上に発生した、小さい粒のような多数の青い光。足下にも上空にも、海上にも発生しているだろう。

 才物、導きの灯りの効果がこれだ。この状態になれば……。

「!。霧が」

 前方の霧に、変化が生じた。

 船に近い部分から急速に青く変色し、消えていく。消滅した部分は、元に戻らない。船が進む毎に、霧が消えていく。

「これなら、進めるな。行き先は……既に設定済みだったか」

「導きの錨(ポイント・アンカー)を使ったからな」

 ポイント・アンカー。異海に辿り着く為の、便利な才物。

 予め異海に落としておくことで、そこを目的地としてこの船に設定できる。他の才物と組み合わせないと効果を発揮できない、【付属型】の才物。

「念の為に、もう一回確認しよう」

 ラルドはそう言うと、目を瞑った。船の設定を確認しているのだろう。

「……間違いないな。行き先は【第五異海(ファイブ・オーシャン)】。危険度は、低い。安心したよ」

 安心した。そんなラルドの言葉。それは本心だろうが、完全にそうかといえば違うんだろう。

 俺には分かるよ。なんせ似たもの同士だからな。

「なにを、にやけているんだ?ジン太」

「いやいや、俺はわかっちゃうんだよ。ラルド」

「?。意味が分からないな」

 ラルドは疑問の表情を浮かべ、船を進めていく。

 霧を抉りながら、中へと入り込んでいく。

「……せ、船長。これって、ランタンがなくなったら……」

 ある程度進んだ所で、そんな疑問を不安げに聞いてきたのはマリン。

 俺は背後に振り返り、疑問に答えた。

「前も話したが、どこかの異海にランダムで弾き飛ばされる。どこに行くかは分からないが……」

「霧の中で過ごす時間が長いほど、危険な場所に飛ばされる可能性が高い……だったっけ」

「……安心しろ。時間切れになる前に、必ず辿り着ける。そんな事態にはならないよ」

 柔らかい笑みを、マリンに見せる。彼女は、少し安心したように笑みを返した。

「……それにこっちには。化け物より怖い、化け物がいるし――」

「ふんっ」

「ごばっ」

 フィルの右足蹴りが、一瞬で俺の鳩尾に入った。速すぎる!

「相変わらずの、鋭さ……頼りになるよ、まったく」

「そうですね。頼りにしてください。ふざけた発言を連発すると、スルーしてしまうかもしれないので、お気をつけを」

 髪を掻き上げ、冷たく警告。

「わ、わわっ!喧嘩は駄目だよ、二人とも!」

 慌てて俺達の間に割って入る、マリン。

「はは、大丈夫だよマリン。それは二人にとって、じゃれ合いみたいなものだ」

 大人の余裕で、ラルドは笑っていた。

「いえ、私は本気ですよ?」

 相変わらずのドライな態度で、フィルは俺を見ている。

(……)

 ちぐはぐだが、どこかで噛み合ってる仲間達。

 ラルドは、あまり共感できないだろうけど。

 

 ああ、やっぱり俺はこういう旅が好きらしいな。

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