第23話 一石で二羽の鳥

 それは舳先が細く尖った、大きい船だった。


(立派だなあ)

 わたしが船に対してもった感想。

 マストや、船首や、大砲や、全てが立派だとおもった。それは例え荒波でもびくともしない、そんなイメージを抱かせるもの。あの人にぴったりな船。

 

 そのあの人は船の前の岩場に立ち、乗船しようとしていた。フィルさんも一緒だ。

 あんなことがあったけど交渉は済み、彼は目的のものを手に入れる。


(剣のような……)

 小さい剣。そんな感じだったけど、くわしくは分からない。それより大事なことがあったから。

 わたしはジン太さん達をこっそり追いかけた。理由は……なんだろう。よく、わからないや。

 ただ、もうあそこにはいたくなかった。いる意味も分からない。わたしなんかより、優秀な使用人なんていくらでもいるだろう。いままでお世話になったのに直接お礼を言えないのは心苦しくもあったけど、きっと主人はなんとも思ってないんだろう。

 服は、元々わたしがもっていたものにして、純白の服を。使用人ではなくなったことの、証でもあるよね。

 

 そうしてわたしは、岩陰からこっそり二人の様子を伺う。

 自分でも完璧だと思った。完璧な……。


「――そこに隠れてる人、出てきてください」

 ……そんなぁ。鋭すぎるよ、フィルさん。なんで分かったの?魔法使いなのかな?普通じゃないとは思ってたけど……。

「……さっきの使用人の娘だよな?なんで後をつけたんだ?」

 ジン太さんも気づいてたみたいで。

 単に、わたしの尾行がヘタなだけかもしれない。

「……」

 とにかく観念して、姿を見せることにした。

「……あ、あとをこっそりつけて、しゅみませんでしたっ!!」

 姿をだして、素直にあやまる。噛んでしまったけど、割といつものことなのだ。

「そ、そのわたし……!!」

 なんて言おうか、とても迷う。自分でもなんでなのか、よく分かっていないのだから。

「わたしは……!!」

 わたしは、どうしたいのだろうか?彼に、どうしてほしいのだろうか。

(あの時、助けられて)

 思ったことは……。この人ならわたしを、あの場所から遠ざけてくれるんじゃないか。


 そんな浅ましく、図々しい気持ち。


「――わたしを、雇っていただけないでしょうかっっ!!」

 それでもその浅ましい気持ちを、素直に口にした。そうすることを、自分で選んだのだ。

「わ、わわたしは、掃除でもなんでも、なんでもしますっっ!!下手くそだけど、できるように頑張りますっっ!!」

 勢いのままに、全力で声を出した。こんなに大声を出したことは、人生の中であんまりないと思う。

「……」

 岩場の隅々まで声が渡り、後にくる静かな時間。

(いやな、時間)

 とても心が痛い。いたたまれない。早く、変化が起こってほしい。

「……雇って欲しいって、あの豪邸は?どうするんだ?」

 時間を壊し、変化を起こす言葉。それは、ジン太さんの口から放たれたものだった。声から、慎重な気持ちが伝わる。

 拒否をされたわけではないことに、安堵する。

「て、手紙を残してきましたっ!!」

「手紙、か……」

 手紙を書き残した。その言葉に、ジン太さんは少し考えているようだ。

「直接言うのも……憚られるのか……」

 直接ではなく手紙で伝えたことについて、考えているのだろう。そんな呟きが聞こえた。

「……そうだな。あの様子じゃ、何をされるか分からない」

 一応は納得した風の顔で、ジン太さんは頷いた。

「だが、仮に雇うとしてだ。オレ達の旅は、危険もあるぞ?それでも、この船に乗りたいのか?死ぬかもしれない」

 冷たく告げられた言葉。脅すような言葉だけど、気遣いが感じられる。

(それは、分かっていた)

 だって、ジン太さん達はただものじゃない。雰囲気で、なんとなく分かっていた。きっとわたしが経験したことがない危機を、何度も切り抜けてきたんだろう。そんな彼らに付いていくのだから、危険は当然。


「それでもですっ!!あなた達についていきたいんですっっ!!」


 恐怖をふりきって、わたしは言い切った。

 精一杯の気持ちをこめて。あまりに力をこめすぎて、睨んでいるようにも見えるかも……。

「……はぁ」

 えっ、ため息!?あきれてる!?

(駄目、かも)

 やっぱり、わたしみたいな役立たずじゃ……。

「――分かったよ。オレの負けだ。君を雇おう」

「えっ……?」

 今、なんて?

「へえ、意外ね?船長はこういう状況で、そんなことを言わないと思っていたのに」

「……普段ならな。今回は特別だ」

 わたしを雇うって。

「特別なのね。分かったわ。従いましょう」

「……お前って、結構オレの方針に付き合ってくれるよな」

 言ってくれた?

「フィルも納得したし……君は、マリンだったな。マリン!雇うからには、ちゃんと働いてもらうぞ!」

「はっ!?……はい!!頑張りますっ!!」

 聞き間違いじゃなかった。ジン太さんは、雇うといってくれた。

 ……嬉しい。本当に。本当にわたしなんかで良いのだろうか?そんな気持ちもあるけれど。

(わたしは、)

 あの場所から離れて。


(――大切な人の、役に立てるんだ)

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