第2話 強敵・盗賊団

 タイドス王国。気候は安定し、作物は良く育ち、平穏な国。

 異常に高い塔や、珍妙な構造の建物など、奇妙な建築物が国には多い。先代と先々代の王の趣味だと、老人達は言う。

「――ろ」

 数百年前は国の中で争いが絶えず、荒れていた。

「ははは――」

 今では笑顔が絶えず、町は喧噪に満ちている。

「―げ―」

 燃え上がる活気は、町を包み。

「逃――」

 

 壊れゆく町が、そこにはあった。


「はははははははは!!燃やせ!殺せ!」

 夕焼けを、更に赤く染めるように。焼けた家、焦げた死体が生まれていく。

様々な臭いが漂う町中で、調子よく鼻を鳴らして声高に叫ぶ男が一人。

 頭が禿げた、隻眼の巨漢。見ただけで分かるほどの屈強な肉体を誇り、たくましい右腕には巨大な斧を持っている。

 この男こそが、町を壊した元凶。近頃悪名を広げる、盗賊団のリーダー。

「わああああああ!!」

「逃げろ!逃げろー!!」

 人々は、盗賊団から必死に逃げる。

 中には盗賊団に立ち向かう者達もいたが、

「……」

 結果は明らか。弱者が強者に敵う道理なし。その全てが蹂躙され、血に伏せ、物言わぬ肉塊になった。

「悲しいですな……。何故、弱いのに抗うのか」

 盗賊団の主力その一、痩せ細った体格の男は悲しげにそう言った。

 口元は笑っている。

「頭も・弱い・からじゃね?」

 主力その二、ナイフを両手に持った身長が低い男はけらけらと笑いながら言った。

「人は死ぬのを恐れ……藁にもすがりたくなる、ってやつ」

「藁すらないだろ。この状況。ぎゃははは!」

 主力その三と四、絶妙のコンビネーションを見せる二人の小太り男。

 血が飛び散ったその顔は、双子のようにそっくりだ。

 笑いながら剣が振られ、ナイフが肉を裂き、二つの乱舞が原型を壊し尽くす。

 逃れられない圧倒的な蹂躙、とても常人に耐えられるものではなかった。

「滑稽だ!やわすぎる!てめぇら、なんだ!なんで、そんなに弱いんだ!」

 足下の肉を踏みつぶし、逃げ惑う者達をあざ笑い、家の瓦礫を蹴り飛ばし、盗賊達の首領は町の道を歩く。点々と続く赤い足跡は、犠牲者の生み出したものだ。

「壊せ!殺せ!一人も残すな!!逃げ道は塞いである!じっくり楽しめよ!!」

「おーけーだぜ!お頭!」

「ははっ!大したことはねぇなこの町!防衛組織は雑魚ばっか!!平和ボケの、軟弱な奴等だ!楽勝だぜお頭!」

 意気揚々と、盗賊団の団員達は町を蹂躙していく。

 首領ほどではないにしても、屈強な肉体を持つ彼等に対抗できる者は、この町にはいない。

 盗賊団の一員が言う通り、楽にこの町を完全蹂躙できるだろう。

「――どうかな?」

 否と、完全蹂躙を否定した声。声には楽しむ感情が混ざっている。

「……お頭?」

 声を発したのは、盗賊達の中で誰より強いはずのお頭。彼は燃える町並みではなく他のどこかを見るような目で、顔を歪めて笑う。

「来るぜ、こりゃあ」

「はっ?なにが?」

 首領の言葉に、周りの盗賊団員は首を傾げて疑問を口にした。


「【主人公】だ」


「……主人公?お頭、酔ってんすか?」

「酔ってねぇ!!」

「じゃあ、どういう意味なんすか」

「……俺の勘が言ってるんだ。悪を裁くお約束、物語の主人公が現れるとな」

 首領の言葉は意味不明で、団員は疑問を大いに感じた。しかし真面目な口調のせいで、冗談と流すことも出来ない。

「今までも何度かこういう時はあった。主役の登場を察知する勘が動く時がな。そしてだいたい、その勘は中った」

 目を細めて、楽しげに首領は言う。

「だが、ここは現実だ。物語じゃない」

 それは、新しい玩具で遊ぶのを楽しみにしている子供のようで。

「――お約束通りにはいかないんだな。これが」

 ありきたりの主人公に反感を持つ、悪ガキのようでもあった。

「俺は踏みにじってきた。主人公達を。お約束を壊してきた。それがなにより快感で」

 首領は自分に酔っている。

 彼の本質はそういうものだ。主人公を、決まり切った結果を、覆すことが楽しい。

 それこそが彼の考える格好良さだから。


「死んでもらうぜ」


 首領は振り返った。視線は背後の通りの奥へ。

 焼け落ちる建物の間に、黒いフードを被り、漆黒のマントを羽織る人物が立っている。

「なんだ?ありゃあ……この町のヤツか?」

「そりゃ、そうだろ。海からは簡単にはこれねぇ。【霧】があるからな」

 ざわめく盗賊達の疑問は、この状況で現れた謎の人物について。

「向かってくるぜ、あの野郎」

 フードの人物は、一歩一歩確実に盗賊達に近づいていく。

「……」

 発する言葉はなく、ただ黙々と歩いていく。

「……おうおうっ!兄ちゃんよおおっ!!……いや、女か?」

 盗賊二人が、歩いてきた人物に絡む。

「どっちだろうと!ぶっころしィィ!!」

 盗賊の一人が腰に携えたナイフを引き抜き、なんでもないことのようにマントに突き立てた。

 目の前の人物の心臓に向けて、真っ直ぐに躊躇いなく。

「はっっ?」

 しかしナイフは心臓に届くことなく、固い何かに阻まれる。

「なに?かたくね?がぎんっていったぞ――」


 ナイフを持った男の顔が、右方向にひしゃげた。


「なっ!?てめッ!!ぐぎゃあッッ!?」

 吹き飛ぶナイフ男と同時に、もう片方の男にも神速の鉄拳が突き刺さる。

 拳を受けた腹は折れ曲がり、そのまま男の体は吹き飛び、首領を通り過ぎた。

「ヒュー!!やるじゃねェかっ!!」

 後方に飛んだ部下には目を向けず、ただ眼前の敵を見据える。

 首領の瞳に浮かぶのは「喜悦」。

「いいなっ!いいなっ!いいなっ!」

 喜ぶ、ひたすら喜ぶ、感情に比例して、筋肉が盛り上がり、力みなぎる。

「顔を見せてくれ!!壊されるお前は、一体どんな勘違いな表情を見せてるんだッッ!?」

 顔を見せ、名乗りを上げよ。

 首領はそう告げている。

「……いいぜ」

 フードに手をかけ、引きはがす。


「――俺の名前は、ジン太」


 現れた顔は、黒髪の男性のもの。

 顔立ちは特別に整っているわけではなく、さりとて特別乱れているわけでもなく。灰色の瞳が敵意を宿し、首領を射貫く。

「良い目だ。そういう目をしなくちゃいけない。俺に壊される奴は」

 にやりと、首領の口の端が上がる。

「勘違い野郎が。勝てると、思ってるのかッ」

「勝てるさ。――俺がお前を止める。必ずな」

 ジン太はそう言い、マントの内から左手でナイフを取り出した。

「ナイフか……ッ!主人公といったら、剣の方が似合うが……。フフフ……それも悪くないッ」

 首領は斧を構え、闘志を漲らせる。血に濡れた刃が、屠ってきた者達を連想させた。

「――彩ってくれよ、お前の色で」

 

 笑顔と共に、首領は動いた。


 石造りの地面をひびが入るほど踏み締め、巨体に似合わぬ疾走を開始する。

 地響きを起こしながら、ジン太に襲いかかる殺戮の悪。

「うおおおッッッ!!!」

 斧を振り上げ、敵対者に下す。

 豪風を伴いながら、迫り来る斧。

「――オオッッ!!!」

 迎え撃つジン太も、負けじと咆哮を放つ。

 ぶつかり合う意志と意志。競い合う、研鑽し積み重なった戦闘技術。

 

 全てが混ざり合い、火花を散らし、雌雄を決する、決戦場――。




 ――俺はつまるところ、屑だったんだろう。


「かっこいいよなー、主人公」

「俺が貴様を止める!!……言ってみて――」

 俺の国で流行っていた冒険譚、周りの奴等がそれの感想を口にしているのを、俺は不満気に聞いていた。

(悪役の方が、格好いいだろ)

 いつもそう思ってた。

 悪役の方が共感できた。

「かっけぇ」

 本が擦り切れてボロボロになるほど読み返しても、考えは変わらず。

 だから、自身を投影して。


「はっはッーァ!!」


 いつの間にか、荒くれ者達を率いて、なっていたんだ。

 物語に出てくる悪党に。

「壊せッ!!壊せよッ!!跡形なくなッ!!」

 それは本当に快感で、

「貴様を倒す!」

 本当に楽しくて、

「ゆ、ゆるしてくれっ!!僕が悪かった!!」

 罪悪感なんて、微塵もなくて、

「いやだああああァァァァ!!!」

 

 だって俺は、悪の親玉だから。


「――そんな訳ないでしょう」

 荒れ果てた通りで、椅子に座った美しい女性が告げる。

 告げた先は、座っている椅子。それの近くには、粉々にされた斧が転がっていた。

「ぶひゅうううう゛ぃ」


 主力その一は。

「は……?ぎゃ……」

 主力その二は。

「あたま……いてぇ……」

 主力その三と四は。

「だ、だれか……たすけ……」

「ばけ……ものっ」


 全ての主力は、既に無力化され。


「ひひひぎゃっ」

 その大きな椅子は声にならない声を発し、顔はぱんぱんに赤く腫れ上がり、ロープで両腕・両足を縛り上げられ、存在そのものが滑稽なものだった。

「貴方は、名も無きチンピラ程度よ」

 背に座る黒髪の美女は、冷酷に評価を下し――。


 その光景を間近で見ていた、脇役に貶められた男は呟いた。

「いや、空気読めよ。お前」

 最後の一撃だけ横取りされ、微妙に空しい気分。

 いつもの如く【場面破壊】は起こり、彼は棒立ち。

(倒せたから良いんだけど――帰っていいかな?俺)


 ●■▲


「盗賊達の引き渡し、ありがとうございました!!」


 町の外れの野原。そこには多くの馬車が停まっていた。馬車の中には、盗賊達が収容されている。

「タイドス王国の騎士団、団長ロードルが、貴方たちの活躍を心に刻みました!!刻みましたとも!!」

 馬車の近くで騒がしい声を上げているのは、盗賊達を捕縛するために町まで来た騎士団の団長、体格の良い中年大男ロードス。

 鎧で全身を包み、ひとの良さそうな笑みを俺達に向けていた。

「本当に本当に感謝申し上げる!!このお礼は必ずッ!!」

「あー、ハイ。それは嬉しいですね」

 お礼の言葉を受けながら、俺は少し微妙な気持ちになっていた。

(お礼欲しくて、戦っただけなんだよな……)

 事前に報酬は確認していた。正直、盗賊団と戦うなんて荷が重すぎるが、背に腹は替えられない気持ちで戦うことを決めたんだ。

 怖かったのでマントの下に鎧を着込んで、足の震えを抑えながら、事に当たった。

 それを、こんなにも真髄な眼差しで感謝されると……助けた事実には違いないが。

(微妙な気分、だな。助けたい気持ちがないわけじゃないが、報酬なかったら関わらなかったぜ)

 俺はそんな気持ちを抱きながら、隣に立っている人物を横目で見た。

「……」

 腰まで伸びた綺麗な黒髪に、赤色の瞳。黒いローブを着込み、この国では物珍しいだろう、下駄を履いている。歳は忘れたらしいが、俺と同じくらい、十代後半と見てる。

 容姿は文句なしに美形だし、スタイルも悪くない。惚れていたかもしれない……あの出会いがなければ。

「……なにを見ているのですか。船長。胸ですか?気持ち悪い」

「い、いや。そんな訳ないだろ!なんでもない!」 

 確かにその豊かな胸に目が行くときもあるが、正直、今でも少し怖いんだ。あんな目にあったんだから、当然だ。

「出来れば貴方がたを王都にお招きして、もてなしたいところですが……もう旅立つのでしたな」

 しかし、それでも離れることはない。

「では、船へ報酬の積み込みを――」

 

 彼女は我が船の、船員なのだから。


■我が船のある一場面■


「ふー、メシメシ。朝飯」


■俺は木の扉を開け、良い匂いが漂う部屋に入った■


「よー!ジン太!なにやら活躍したようじゃないか!!」


■声を掛けてくる少女は、大きな台所に立ち、フライパンを振るっていた■

■赤い短髪の、活発さが溢れた彼女■


「おう、【料理長】。体力回復料理で頼むよ」

「まっかせな!【肉類もりもりラーメン】だ!オレの全力を見せてやる!」

 俺はその部屋に並ぶ長机(10以上)の内、一番扉に近い席に着く。

 柔らかいソファーに沈む体。

「……」

 その席を選んだ理由は。


「まだまだ……ううーん」

 

■対面のソファーに横になっているのは、赤い髪の少女■

■料理長とおそろいだなと思った■


(マリン。フィルと同じ、俺の仲間)

 彼女の体には薄い布団が掛けられていて、微妙に揺れ動いている。

(ここで寝てるってことは、また料理の練習か)

 俺は台所の料理長に目配せした。

 彼女はうんうんと頷く。


「塩……胡椒……?いや、砂糖かなぁ……うううあぁ」

 なにやら、うなされている様子のマリン。

 頑張れッ。夢の中でも応援するぞッ。うおおおおおッ!!


■俺は食事を済ませ■


「辛いッ!?」

「はははは!! 今回は特別サービスで唐辛子スーパー投入だ!!」

「余計なことをッ」


■たらこ唇になって、【広い】食堂を後にした■


「……」

 食堂を出ると、狭い船内通路。右か左か一本道。

 何の変哲もない、ごくごくありふれた木船の中だ。

「やっぱり、ロマンだな」

 背後の食堂を振り返り、その【釣り合わない】広さに改めて感心する。


■この船は、外から見た大きさがあてにならない■


 ――空は晴天、風は穏やか、そんな海で船は進む。

「……本当に凄いよな。この船」

 大型船に分類されるであろう木造の船は、四反の帆を張らない状態で、凄まじい水しぶきを上げながら、普通ならあり得ない速度で海を行く。

 普通の船ではないのだから、当然だが。

「……魔法のような船ですね。船長にはもったいない」

 船首の甲板に座って風を受けながら、右手に鉄アレイ、左手に紙の束を持っていた俺に向かって、背後から声がかけられた。

 平坦だが、確かな悪意が感じられる声。奴しかいない。

「……ああ、俺には合わないよ。お前みたいな才能あふれる奴は。色んな意味で」

 嫌味に嫌味で返してやった。

「あら、私は船長のこと好きですよ。悲しいことを言わないで」

 楽しげな声で言われても、説得力がない……!

「……何か用なのか。フィル」

「あの子が湯に浸かっていて暇なので、暇つぶしです」

「その為に、俺の時間を潰すと」

「船長はいつも忙しいですね。マリンが不満言ってましたよ」

 マリンが不満を?まいったな、少し弱る。

「船長が作ってくれた、玩具を大事そうに抱えながら」

 おっ、それは嬉しいな。作った甲斐があった。

「――これでキャプテンの頭を、かち割りたいって言ってました」

「そこまでなのッッ!?」

「冗談です」

 びびらせるなよ……。ぐれたかと思ったじゃないか。

「でも、不満言ってたのは本当よ。必死なのは分かるけど、もっと構ってあげたら」

「いや、だが、うーん……」

 そんな訳には、いかないんだよ。仲間との交流も大事だが、俺は才能を手に入れて……。

「……」

「船長」

「なんだ」

「なにを見ているのか。と、思いまして」

 フィルは背後から、俺が見ていた資料を覗き込む。

「まとめた資料ですか」

「そうだ。才能を手に入れたら、重要になる情報だからな。今の内に頭に叩き込んでおくんだ」


【――じゃないか?】


 そう言うと俺は、再び資料に目を落とす。集中して目を通し、なるべく早く覚えようと努力する。かなりの量があるから、大変だ。半年かかっても、全て覚えるのは不可能だろう。

「資料室にあったやつですよね。なんか妙にごちゃごちゃしてたのですが、資料室の机」

「少し急いでたからな、後でやる……悪いがフィル。集中してるから――」

「暇つぶしに読みました。一日で覚えました」

「……!!」

 一日……だと!?そんな馬鹿な……!!そんなに差があるのか!?というかこの野郎、なんでわざわざそんな事を。嫌がらせか!!

「それじゃ、頑張って下さいね。応援してます」

 嬉しくない応援を送った後、フィルの奴はその場から去った。

「ありがとよ。くそったれっ!」

 一人ぽつんと、青空を見上げながら、涙をこらえるように悪態を吐いた。

「だー、くそっ!!」

 そうだ集中しなくては、これから俺は才能を手に入れるんだ。フィルほどではないにしても、特別な人間の証を。


「ふー」

「ひゃほおおッ!?」

 

■右耳に息を吹きかけたフィルは■

■今度こそ去っていた■


 資料を眺める穏やかな時間。風に乱れはなく、船は快調に海を進む。

「――」

 眺めながら、俺は別の作業も行っていた。

(乱れているな。やっぱり。使った後は、特に)

 体に満ちる、不思議な感覚。断続的に、感じるもの。それによって、俺はあの力を制御する。

(力を更なる高みに押し上げる、イメージ)

 何度かこういう風に鍛えてきたが、この方法が一番効果的だと理解した。

(疲れるのは、変わらない)

 楽な修行なんて、存在しない。長時間やってると、当然疲れる。下手すると、立ち上がれなくなる。

 それでもこつこつと、積み上げてきた。

(今回は、立ち上がれなくなるなんてことはない。時間的に)

 

 少し時が経ち、息が苦しくなってきた。走った後みたいだ。

(まだまだ)


 更に時が経ち、汗が出てきた。

 肺が苦しい。

 息が乱れる。

 体が重い。

(行ける。行ける)


【これは――じゃないと良いな】


 そして、更なる時が経ち――。


「……そろそろかな」

 俺は顔を上げ、立ち上がり、呼吸を整えて、海の見やすい前へと歩いていく。

「見えた」

 船首から眺める遠方の海上に、白い何かが見えた。


(霧の海【ミスト・ガーデン】。全く別の、異なる世界に繋がる海)


 海上に発生した、謎の霧。突破不可能な、最強の盾。ぶつかった船が大破することもある。

 形を変え、移動するが、ある程度の法則性が存在する。勿論、例外はあるけど。

(あれは、使わなくても良いな)

 あの霧は、これから移動するようだ。集めた情報もそれを証明している。

(あの霧を越えたら、次は)

 いよいよあの国へ。

(タイドスの北東に位置する国、リアメル。彼女がいる地へ)

 強い風を浴びながら、俺は彼方を見据え。


「――待っててくギャブッッ!?」

 どっかから飛来した大きな鯛が、顔面に直撃した。

「……」

 今日は魚料理にするかと、前向きに考える。


【俺の目的――才力(サイクロ)に手が届く日は近い】


「待っててくぎゃぶろうッ!?」


 どっかから飛来した漁師のおっさんがドロップキックをかましてきた。

 おっさんは鼻で笑った後、海を泳いで去っていった……。 


「……なんやねんッ」


 ●■▲


 強風と雨に晒される海で、盗賊との戦闘、その同時刻に起きたもう一つの戦いは決着した。

 

「……くそがッ」

 メインマストがぽっきりと折れた船上中央で、両者は対峙する。

 舌打ちと共に右手に持ったサーベルを敵対者に向けるのは、青いスカーフを頭に巻いた男。

 その佇まいから経験を積んだ強者であることを伺わせるが、敵対する勇者はそれ以上の威圧感を持って【海賊】である彼を威嚇する。

「――大人しく投降してください。勝ち目はないですよ」

「冗談じゃねぇぜ。おれはお前みたいな人種が嫌いでね……」

 海賊は己の持った武器を握りしめ、己の内に渦巻く【力】に集中する。

(見せてやるぜ……育ちの良さそうなお坊ちゃんよ)

 掴んだサーベルと繋がる、海賊に宿る【器】。

 それは、人間が誰でも有している【力】の源。

(接続――開始――)

 海賊の意識が【世界】と繋がる。

(くっ、下手すると意識が現実から離れそうになるぜ!)

 目前の鎧を纏った(顔にはない)男に注意しながら、【力】を使用する為の工程を済ませていく。

(五秒……六秒……七秒……まだかよっ)

 力を発動するまでの時間は十数秒かかり、海賊は焦りによって舌打ちを繰り返す。

(チクショウ……早く……発動さえすれば……っ)

 今にも鎧の男が動き出すのではないかと、気が気ではない彼は。


「――ククク」

 不敵に笑い、その【力】を生み出した。


「……その力は」

 鎧の男は、サーベルから発生した青い【霧】のようなものに注目した。

「貴方も使えるのか。【天の力】を」

 霧に込められた力は尋常ではなく、全てを切り裂けるかのような異質な印象を与えてくる。

「呼び方なんざ知るかよ!いくぜ!」

 スカーフを風で揺らしながら、海賊男は攻撃に移った。

(敵は強いが……やってみないと分からねぇこともあんだろ!)

 疾走しながら両手でサーベルを握り、勢いよく振り上げて。


(長年鍛えたこの力――受けて見ろや!!)


「あ?」

 それを振り下ろす間もないまま、彼の視界を雷光が襲った。


「ぐああああっ!?」

 雨を切り裂くように吹き飛ばされる海賊と、霧を纏ったサーベル。

「ぐがぁっ!」

 彼は背中から甲板に転がり、サーベルは海に落ちてしまった。

(なんだっ、体が動かないっ)

 単純なダメージとは無関係に、身動きすることが出来ない海賊。

「無駄ですよ。【麻痺属性】を付与しましたから」

 鎧の男はそんな彼を見下ろしながら、静かに言った。


「やってみなくても分かる、当然の結果です」


「お!倒したみたいだな!【ジーア】」

 戦闘が終わってから現れた男は、友人である鎧の男に走って近付いていく。

 彼が着込む鎧も同様のスタイルだ。

「まったく無茶しやがるぜ!いつもいつも、なんでそんなに頑張るんだよ」

 新手の男は、呆れ混じりに言った。

「決まっているだろう?リアメルの民……【皆】の為さ」

「おう……言い切りやがったな!善人め」

 人によっては胡散臭いと捉えかねない発言も、彼が言うからこそ説得力を増す。


「ははは……そんなことないさ」


【雨は過ぎ・時は進む】

 

「――天の力。つまるところは、それに尽きる」

 

 白塗りの部屋、部屋の中央に置かれた大きな丸テーブルを囲む様に、鎧を着た屈強な男達が座っていた。そのどれもが武人として、強力な気配を発している。

 彼等を監視するような鋭い目つきの、剣を掲げた短髪男性の石像が部屋の隅にあり。外見について諸説ある、伝説の英雄像だ。

「団長、外来から訪れて、排除したのは何人だったか」

 座っている男達の中でも、一際強力なオーラを放っている男がいた。白い髭を顎に生やし、鋭い眼光を燃やしている。

「この一年で、約五十です。王よ」

「五十か。どこで、天の力を授ける者を知ったのか。嘆かわしい」

 やれやれと、ため息を吐く王。

「私もあまり、残虐なことはしたくないんだがな。……これも定めだ。仕方ないか」

「王は充分お優しいと思いますよ。本来やるべき罰を、一、二、省いてあげてるんですから。凡夫の分際で、天の高みに近づこうとした劣悪の者共には寛大な処置かと」

「そうか?……まあ、そうだな」

 王は落とした肩を、即座に戻した。あまりに軽すぎる落胆。

「とにかくこれからも、罪深き者たちは厳重に対処していこう。天の価値を貶めてはならん」

 会議室に集まった騎士達に向けて、王は改めて気を引き締めるように言った。

 

「――当たり前でしょう。天の定めに抗うなど、許されることではない」


 室内に響く、凛とした返答。清純さを現したような、そんな声だった。

「凡夫と天に選ばれし者、どちらが優れているということはない。――平等だ。我々は平等」

 椅子から立ち上がり、手振りを加えて語る金髪の青年。整った顔立ち、体全体から溢れる高貴な雰囲気は、育ちの良さを伺える。

「ジーア。君が聖人であることは分かるが、少し落ち着きたまえよ。会議中だぞ」

「しっ、失礼しました」

 ジーアと呼ばれた青年は、恥ずかしそうに顔を赤らめながら、着席した。

「……話を戻しますが、我々は平等。それは間違いない。しかして、ルールは大事。破った者には、しかるべき罰を。人の道理とはそういうことです」

「その通りだが、つまり躊躇いはないのだな」

「全くないわけでは、ないです。ですが、心を鬼にして処罰しなければ、今まで犠牲になってきた者達に顔向けできない……!」

 拳を固く握りしめ、ジーアは苦渋の思いを吐き出した。

「そうか、安心したぞ。心優しい君のことだ。心に躊躇いが生じているんじゃないかとな、そう思っていた」

「ご安心を。どんな敵がこようと。例え、天の力を使える敵がこようと。全力で打ち砕きます」

 紡がれる言葉には、迷いが一切無い。


「同じ天の力を扱える、この私が」


「……ジーア。彼もまた、強者と呼べるのでしょう」

 青空の下、王都を囲む防壁上から、王城越しに遠くのジーアを見定める者がいた。

 風になびく紫の髪・美貌・少々童顔と言った特徴を持つ、落ち着きと礼儀正しい雰囲気を放つ美女。

 現在、彼女の頭の中はある思考で埋め尽くされていた。


■殺意、殺人、惨殺、必殺、方法、否定、禁則――諦観■


「駄目です。駄目。何を考えているのでしょうか」

 両頬を叩き、己を戒める女性。

 しかし、歪な笑みと眼光は変わらない。今も、獲物を狙っている。


■少々、否定、重否定、許容?■


「ああ、ああ、ですが今は」

 苦しそうな表情で、彼女は己の責任を思い出す。

「愛する彼に任された事を、果たさなくては」


■獲物、横取、――可能性■

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