第3話 支えはそこに

子供の頃から、天才って奴が嫌いだった。

「――すげーっ!!」

 天才はいつだって困難を乗り越えて、成功を掴んで、自然に格好良くて。めっちゃ羨ましい……イヤイヤ、そうじゃない。

「……フン」

 とにかく、どうにも気に入らない存在だった。

「あんな奴ら」

 努力もせずに甘い蜜を啜ってる、軟弱な奴らだ。

「……」

 違う。本当は分かってるんだ。あいつ等だって、ある程度の努力はしてるんだよな。……多分。

 ただ気に入らないから、そう思いたいだけだ。

「本当は」

 嫉妬してるだけだ。俺にもあんな才能があったら……。思うと止められない。畜生……!我ながら女々しいな。

「だから」

 心に強く焼き付いた、俺を叩きのめし、努力を否定する天才の姿。

 ……欲する理由は、違うけれど。

 才能を手に入れられる機会があったら、俺は迷わずそれに飛びつくだろう――。


「手に入れる。俺は」


「あらあら、そんなに天の力が欲しいのですか?」

 色取り取りの花が咲き誇る花畑で、俺達は出会った。

 第一印象は、美しい。

 栗色の髪に、純白のドレス。たれ目気味の青い目には、内に秘めた強い意志。

「そういった発言は、なるべく控えるように。一応禁止されてるので」

「エッ!!」

「ふふ……怯えすぎですわ」

 穏やかな微笑。くるりと一回転して、彼女は長いスカートなびかせた。

「ジン太様が何故、そこまでこだわるのか、わたくしには分かりませんが」

「それは……」

「頑張り続ける貴方の姿勢は、好ましく思います。いつも何かを必死にやってますよね」

「――」

 嘘偽りない笑顔を向けながら、彼女はそう言った。言ってくれたんだ。上手くいかなくて、何度か無様な姿を見せた筈の俺を、心の底から肯定してくれたんだ。

「そ、そのッッ!!」

 顔が熱い。心の臓がドキドキする。これはもしや、ひょっとするともしかしておそらく……ッ!!

「ふふふ、顔が赤いですわよ」

 笑われた!少し嬉しそうに見えるのは、気のせいだろうか。

 三つ編みのポニーテールが、風に乗って揺れた。


「貴方と過ごしたこの日々を忘れません――また、どこかで」

 別れ際に、初恋の人・フィアはそう言った。俺は走り込みという理由を付けて、急いでその場を去ったんだ。


■そうして現在、アシュア大陸の西にある国、リアメルへ■


「――それで、その人物に教えを請うと」

「そうだ。この国の騎士とは友人でな、なんとか会えることになった」

「港で信書を渡していた、あの男ね。貴方に似合いの、凡人」

「……おい、馬鹿にするなよ」

 ここは国の港町、フェルン。

 六つの大きな通りが並行に並ぶこの町の、三番通りを俺達は行く。

 賑やかな町の通りを歩きながら、今後の方針を再確認していた。

(タイドスの盗賊団を討伐したことは、かなりのプラスになった筈。【力】を授ける資格には、充分だろう……長かった)

 初めて国を訪れた日から、一年、二年……あっちへこっちへ難題解決に奔走して、ようやくの目的間近!親交のあるタイドスを襲った、盗賊団の問題に首を突っ込んだ甲斐はあり!

「俺は特別な人間になるんだ。フッ、夢が膨らむぜ……」

「それは結構ですが。なんです?その食物の山は」

「見りゃ分かるだろ?芋だ。この国のはうまいぞ、食うか」

「分かりますが、それを大量に買い込んでるのは分かりません。観光気分ですか?いりませんよ」

 フィルは俺が持つ大きな紙袋に入った、大量の芋に訝しげな視線を送っている。

「……やれやれ。せっかくの新天地!!もっと楽しめよ!」

 俺は周りの店に目を向けながら、高らかに言う。ちょっと、テンションが上がっているかも。

「ただし。王都には近づかない方が……」

 あそこには、嫌な思い出があるんだ。ああいった【娯楽】もあるのは分かるが、受け入れられるものじゃなかった。

「特に、マリンにはですね」

「ああ、注意しないとな。……ま、そういう部分だけじゃない」

 通りの両端に立ち並ぶ、色彩と飾り豊かな店の数々。どこかから歌が聞こえ、喜色の声が聞こえ……。

 果物屋の豊富な果実。靴屋に並ぶ格好いい靴。商人が売る怪しげな商品、動物の剥製や、魔法の薬と宣伝されている、小瓶に入った奇っ怪な液体。

「よっていきなー!見ていきなー!今なら安く済ませるぜ!」

「よっしゃ、まいどありッ!!」

「昼食、何食う?」

「なんでも良いや」

 そんな町中を歩いていると。

「そこのお兄さん……。怪しい物は好きかい?」

「いや、あんまり興味ないですね。はい」

 商人に声をかけられた。彼が座っている赤い敷物に並べられた、珍妙な商品の数々。興味ない訳ではないが、買うほどでもないので、そう言った。

「……そうかい。ロマンが分からないかい。悲しいッッ!!なんかわくわくしないか!!こういうの」

「ええっ?……まあ」

「俺が子供の頃はわくわくしたもんだッッ!!お小遣い貯めてよ!!」

 いきなりテンションが上がった……。

「そうして買った伝説の薬【レジェンド・ウォーター】が、ただの水だった日には……人間不信になって、こんな世界滅びろとまで思ったもんだ……!!」

このおっさん、泣いてるぜ。

「……まっ、興味ないんじゃしょうがない。ほら、持っていきな」

「はっ?」

 おっさんは敷物の上の商品を掴むと、俺に差し出した。

「さっき、一緒に歩いてただろ。お連れのお嬢ちゃんにやりな。金は要らん。可愛い猫の人形だ。喜ぶだろ」

 彼は反対側でフィルと一緒に花屋を見てる、赤髪の少女を見ながら言った。優しい目だ。

「いらなかったら、返品してくれて構わない!」

 子供好きなのかな?変な意味じゃなく。

「……ありがとうございます!」

 俺は、おっさんの好意を素直に受け取る。ピンク色の子猫の人形……気前良いな。


「なに、子供の頃から良くしてもらったことだ。気にするな」


「それにしても」

 凄いな、活気。前より、活気に満ちている気がする。騒がしすぎるのは好きじゃないんだが、たまには良いか。

「……マリンは」

 俺は、俺達の周りではしゃぐ、人形を抱えた一人の少女に目を向けた。

「すっごーいッ!!見て見て!!キャプテンっ!!」

 赤いポニーテールの十代前半ぐらいの少女、白いワンピース風の衣装を着て、金色の目を持っている。

「楽しんでるな。心の底から」

 店に並んだ商品を、通りを歩く人々を、物珍しそうに見ている。彼女も、我が船の一員だ。

(良かった)

 彼女は一時期、塞ぎ込んでいた。それがあんなに元気そうにはしゃいでいると、嬉しくなる。

「いざって時は、マリンを頼んだぜ。フィル」

「人任せですか。情けない」

「当然、俺だって守るが――それだけ信頼してるのさ」

 少し格好つけて、言ってみた。

「――気色悪い」

 言わなきゃ良かったよ。


 ●■▲


 それから俺達はしばらくの間、町を進んでいった。

「公開演習ですか」

 町の一角、開けた場所で俺達は立ち止まる。

 そこにはロープが巻き付けられた杭が複数、円形を描くように土の地面に刺さり、大きな枠が作られていた。

 枠を囲む様に人々が立ち、歓声を上げている。

「うおーっ!!やっちまえっ!!」

「いけ好かねぇ、イケメン野郎をぶちのめせー!」

「がんばれジーア!!」

「負けないでー!!」

 歓声は、枠の中の騎士達に向けて。歓声の中でも良く響く名前があることに、俺は気付く。ジーア?俺が以前滞在していたときには、聞かない名前だ。

「……見ておこう。一応な」

「うん!わくわくするね!」

 軽く打ち合う程度だろうから、マリンも安心。

「あんまり興味ないですね」

 俺達は、前方の人の群れに混ざる。枠の中では、騎士達による模擬戦闘が行われていた。それも、少し特殊な。

「一対多数、ですか」

 十五人ほどの騎士達と、それと向かい合う一人の騎士。多数の騎士達の方は白い鎧を着込み、真剣を構えているが……。

「イケメンの方は、鎧無しで木剣のみか」

 鎧が無いのでハッキリ見える、金髪の美青年の顔。とても凛々しく、見ただけで性格の良さが感じ取れる。

「いくらイケメン嫌いの俺でも、心配になっちまうな」

 いくらイケメン嫌いの俺でも心配だ。危なくないか?

「行くぜっ!!ジーア!!」

「いつでも良いですよっ!かかってきてくださいっ!!」

 俺の心配を余所に、演習は始まった。

 多数の騎士達が、一斉に動き出す。

「おおおおおお!!」

 気合いの叫びと共に、ジーアと呼ばれた青年に突撃する騎士達。

 持っていた真剣を振り上げ、ジーアに振り下ろした――。


「……マジかよ」


 無意識の内に、そう呟いた。それだけその光景は異常だった。

「あれだけの数を」

 当たらない、襲いかかる十五の刃、その全てが。かすりもしない。刃の間を通り抜け、時にはいなし、かわし続けている。

「なんだよ、あの動きは……!」

 あり得ない。速すぎる。明らかに普通の人間が出せる速度を超えてる。

 明らかに、常識外の力を使ってる。

「才力ね。あれは」

 フィルが、言った。俺も、そう思ってた。

 才力とは。人間が使える、異常な能力。身体能力を上げたり、体の防御能力を上げたりと、簡単に言えば色々と便利な力だ。

 とは言っても、あそこまでの能力は珍しい。あれは、かつてのフィルにも匹敵するのでは。

「……」

 俺は、その光景をみている。

「すげーっ!!」

「当たり前だろ。ジーアさんは既に、騎士の中で最強とされてんだぞ。エリートだぞエリート!【天才】だ!」

 歓声が沸く。周りの話が聞こえてくる。

「かっけー!!」

「こっち向いてー!!ジーア様!……イヤ、やっぱり向かないで危ないから!」

 称賛の声が、上がる。

「どうなってんだっ!?」

 皆が、その光景に魅了されている。


 俺の心は、正反対に萎えていた。


 嫉妬、か。

「……はぁ」

 少し情けない気分になった。俺は天才を嫌ってるくせに、天才になりたがってる。

「……観察に集中しないとな」

 目の前の光景に集中することで、気分を少しでも紛らわせよう。

「行けー!!ジーア!!」

「やれやれッ!!そこだッ!!」

 多くの歓声の中、戦いは進み、やがて決着は着いた。

 勝者は、言うまでもない。

「くっそっ!!強すぎだろー!!ジーアお前っ!!」

「ははは……すまない、強くやり過ぎた。手を貸すか?」

 イケメンは、倒れた仲間に手をさしのべている。その行動は、まるで虚偽がない善意のものだ。

「どっかの誰かとは大違いだ……!」

「ぶん殴ります」

 フィルは俺の言葉に、拳を握りしめて、めきめきと鳴らした。ひいッ!止めてくれ!お前に殴られたら洒落にならない!

「冗談です。……まっ、どうせあいつも、腹黒かったりするんだぜ」

 負の感情を込めて、俺はそう言った。どうやら負け惜しみ癖は、まだ治らないらしい。

「……さてと、お集まりの皆さん!我々の演習を見ていただき、ありがとうございます!」

 全ての騎士が横に整列し、俺達の方に目を向けた。ジーアも列に加わり、感謝の言葉を述べる

「今回私は天の力により勝利を収めましたが、例えその力がなくとも、我々は平等、平等なのです。全てが大事な命なのですから!!」

 ジーアの言葉、それが俺の耳に入る。

「平等、ね」

 その言葉にも嘘はない。俺はなんとなくそう感じた。

 

 感じたからと行って、どうということはないが。


 演習場から離れて、違う通りを行く。

 静かで、店と人が少ない場所。

「すごかったねっ!キャプテン!」

 左隣で歩くマリンの、嬉しそうな声。どうにも、複雑な気持ちだ。

「――どう感じた?船長」

「え?」

 右隣で歩くフィルの言葉、どういう意味だ?

「嫉妬してるわよね。みじめで滑稽な貴方とは違うもの」

「……喧嘩売ってるのか」

 なんかフィルの奴、いつもよりきついな。

「事実でしょう。本当に貴方の姿は見てて楽しいわ。天才的な何かを期待して挑戦

を繰り返しても、結局全て空回り」

「……お前はやっぱり」

 完全にこの女は俺を見下している。そして馬鹿にしてる。

「それが理由か?お前が俺の仲間になったのは」

「さあ、どうでしょう?」

 少し嫌味を込めた声で、フィルは言った。それは、肯定と同じだろうな。

「……」

 フィルには何度も助けられたし、彼女は大事な船員だから。ここは流すとしよう。

「――フィルさん!駄目だよ、船長に謝って!!」

 唐突に、マリンが怒気を表した。

「マ、マリン!?」

「キャプテンは……!とっても頑張り屋さんなんだよ!!空回りしたって、みじめなんかじゃないよッ!!」

 怒るマリンの目はとても真剣で、誠意に満ちている。

「……悪かったわよ。ごめんなさいね。船長」

 小さい声で、フィルは謝罪した。心なしか怯んでいるように見える。

「……ありがとな、マリン」

 俺は少し不満そうなマリンの頭を、感謝の気持ちを込めて撫でた。

「こんな俺の為に怒ってくれて」

「……キャプテンは自分のこと、嫌いなの?」

「特に好きでも嫌いでもないよ。俺は」


 そんな地点は、とっくに過ぎた。


「――うおおおっ!あの時の恩は、忘れないっ!」

「すげーぜっ!やっぱっ!」

 好意の声は、在る人物に集中している。

「……うん。いつも通りですね」

 歓声を浴びるのは彼にとって特別じゃない。並外れたスペックで、人を超えた成果を残し、誰かを助け、ジーアは自分に向けられる光を見てきた。


【死ね。くたばれ】

【羨ましい。死んでくれ】

【とにかく消えろ】

 

 その中に混じる、悪意だっていつも通り。


「……こんなもの、ですか」

 どれだけ善に尽くそうと、こういったものはなくならない。それを思う度、彼は強い憤りを感じる。

「どうした。顔、酷いぞ」

 隣に立つ友人の騎士が、目ざとくジーアの変化を指摘する。

「あ、すいません。ちょっと」

「悩み事あんなら、いつでも言えよっ!」

「……ははは、ありがとう――」


【なんでアイツだけ。死ねよ】


「……何でだよ」

「?」

 強い歯軋りの音が、光に隠れてかき消えた。



「――危ないっ!リンゴがっ」 

 通りに面した果物屋から、一個のリンゴが発射される事件発生。

 それは的確に、一人で歩くジン太の頭へと飛び。

(来たな)

 しかし、彼は冷静に右腕を駆使してキャッチ。

「ふっ」 

 己を襲う災厄を、積んできた経験による盾で防ぐ。

(甘いぜ、リンゴ君)


「危ないっ!バッファローがっ!!」


「は?――ぐうあっッぷッ!?」

 後方から突っ込んできたバッファローに、ちっぽけな盾は壊される。

 吹き飛びながら彼は一言。

「――なんでだよ」

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