無才淘汰の才能世界:悲劇を侵食する喜劇舞台【劣等少年・天才麗人の航海日誌】

田中

第1話 漂流のはじまり

◆人形達は喜劇に塗られ、喜劇を彩る◆

◆灼熱の男は、天の栄光を目指す◆

◆宝の在処で、その者はかけがえのないものを手にして◆

◆最後に待ち受けるのは――◆




 思えばその日は散々だった。


「お客さん――商品見て行かないかい?」

 怪しげな店で、シュールな外見の店主にそう言われたことを皮切りに。

 

 意気揚々とある勝負に挑もうと思ったら、そこに向かう途中で靴が片方すっぽ抜けて。

「鳥ィーッ!!」

 空飛ぶ鳥に大事な靴が攫われて、片方裸足の全力疾走。

 町中を疾走し、誰かに笑われながらの追跡劇。

「ふーはーッ!」

 息乱しながら、なんとか用事に間に合い。


 そこでまた笑われちまった。


(だがよぉ)


 譲れないもんが人にはあるんだよ――。

 



◆現在地は第五の海◆


◆滑稽なる者・何処へ行く◆


◆くるくる・くるくる音が鳴る◆




「――早く船に」 

 もっと広い世界に旅立つ為に走っている。

 初めてその世界を目にした時、得た感情は興奮だった。

 無敵の大国・【スタルト】にて行われた勝負(たいかい)で勝利し、俺はそこに行ける鍵を手にしたんだ。


「ハァッ……‼ハアッ……‼」


 そして現在は恐怖。降り注ぐ雨が、鳴り響く雷が、それを増長させる。

 楽しいだけの冒険なんて存在しない。当たり前のことだ。

 俺は必死になって、追いかけてくる存在から遠ざかる。夜の森のぬかるんだ土をひた走る。

 茶のブーツが脱げそうだ。

 追いかけてきてるのは、王国の【騎士団】に所属する者だろう。


【その中でも厄介な、五人の騎士】


 だが、奴等は事情があって動けない。となると、追いかけてきてるのは下級、中級、上級騎士のどれか。

 下級、中級ならなんとかなる。問題は上級騎士。追跡者がそれだった場合、俺の生存確率はゼロだ。腰に取り付けられた短剣だけじゃどうにもならない。

 肺が痛い、足が重い、心が折れる。

 それでも走らないと奴に追いつかれる。


「――あ」

 追いつかれる?違うだろ。

 お前は既に、追い抜かれていた。 

「あ、あああああ」

 森の暗闇の中、俺の進行方向に立つ、黒髪長髪の女性。切れ長の赤目が俺を逃さない。

 身長は160程度。俺と同じ黒いローブを着ていて、夜だと発見は困難だろう。

 彼女の両耳に付いた赤いイヤリングは、上級騎士の証。

「――覚悟を」

 その女性は冷たい声色で俺に告げる。声には、増悪も、同情も、憤怒も、憐憫もない。

 ただ仕留める、それだけ。

「【鍵】をこちらに。それが、楽に死ねる条件です」

 女の要求は鍵。俺が現在、ズボンの右ポケットで握りしめてる物体のことだろう。

 しかし渡す訳にはいかない。

「……‼」

 俺は覚悟を決め、前方十五メートル程の地点に立つ、追跡者を睨みつける。追跡者はそれに対して、つまらなそうに目を細めた。

「まさか、勝機があるとでも」

「あろうが、なかろうが、やらなきゃいけないんだよ‼」

 気力を絞れ、リスクを払え。まともに戦えば生存確率はゼロ。ならばまともじゃない方法でこの状況を切り抜けるしかない。

「……?」

 ふと、不思議な感覚が俺を包む。

(これは)

 子供の頃から幾度も経験したもの。……なんとなくだが理解できる。

 これは俺の努力、その結晶。


 肉に刺さる、針の感触。

 

 血管を通る、力の源。

 

 体が、変化していく。


「それは」

 女は俺の様子を注視する。その目に浮かぶ警戒の色はさっきより濃い。そうでなくては困る。これは俺の切り札、非力な俺が作り出した、努力の結晶なのだから。

「う、おおおおおお!!」

 俺は腰の短剣を右手で引き抜くと、追跡者に向かって駆け出した。

「なっ!?」

 驚愕の声を漏らす女。無理もない。その速度は明らかに超越したものだ。

 常人の外、超人の域。一部の例外を除けば、世界においてトップレベルに位置する動き。

 上級騎士にすら匹敵する疾走。


 踏み出す足で地面を吹き飛ばし


 強烈な風を受け

 

「おおおおおおお‼」

 

 ――超速の斬撃が振り下ろされる。




「――のろすぎです。驚きました」

 鮮血が、舞った。


「えっ?」

 振り下ろしたはずの、短剣がない。短剣を握っていた、右手がない。

 

 そもそも右腕が、ない。


「あっアァァァッ!?」

 勢い余って体が独楽のように回転ッ!?

 スピンッ!スピンッ!スピンッ!――風になる俺ッ!?

(落ち着けッ!!アホかよッ!?)

 落ち着けッ。

 冷静になれッ!

 思考を戻せッ!!

(……ぐッ、俺は……攻撃を受けたのかッ!?)

 そこから正気に戻り、なんとか踏みとどまったが。

 目の前の現実に、乱れに乱れる思考。血と冷や汗が吹き出て、止まらない。体が、震え出す。心臓がうるさい。

(右腕、右腕がッ)

 右腕が切り飛ばされた? 嘘だろッ。

 何が起きたんだ。一体、何が。分からない、何も分からない。

 理解することすらできないまま、俺の努力は砕かれたのか!?

「グッ……!畜生っ、ちくしょうがっ‼」

 俺の切り札を切り捨てた、目の前の女を睨む。

 こいつは――。

「気づいた。どうやら、勘違いさせたようで」

 女は俺の視線をあっさりと流し、

「私は、【天上】の一人、フィル」

 なんでもない事のように、俺にとっての絶望を突きつける。

「【天上】……‼フィル……⁉」

 騎士団では、ない。

 それ以上に厄介だ……!!

(傭兵集団、天上)

 国に雇われた、化け物たち。

 一人で、一国を落とせる力を有しているという噂。

 【才能】と【器】がまるで違う相手。


 それが天上。どう足掻いても、打倒不可。

 つまり、俺の運命は決まってしまった。


「なんでだッ!!なんでだよォッッ!?おかしいだろォッッ!!」

 想定外だ、なんで、天上が、だってアレは……!?

「ええ、解散しました。私は残りましたが。気まぐれで」

「のこったっっ……!?」

 のこったってなんだよ?そんな簡単にいうなよ、ふざけないでくれッ!俺はお前のちょっとした気まぐれで……ッ!!

「ハッ……ハッ……ハッァ!?」

 動揺と腕のそうしつで、バランスをくずし、ぬかるんだ地面に前のめりにたおれた。

 

 ベちゃりと、かおに広がる泥のかんしょく。

 

 どうすれば、どうすれば、どうすればいいッ!?

 考えたって答えはない、でてきてくれない。そもそもこんな状況で……!!

(戦う、冗談じゃない。逃げる、出来る気がしない。命乞い……)

 命乞い……良いんじゃないか?なんかだめのようなきもするけど、いけるきがする。

(いや、せいこうする。きッとッ!!)

 そうときめれば、ほうほうを考えなければ。

「なんでもいう事をききますッ!!命だけはッッ!!」、「故郷に弟やいもうとをのこしてきたッ!!まだしねないンだッ!!」、「フッ、ころしたければ、ころせ……」などなどなど……。

 

 死ぬほどみじめだけど、そんなのいまさらだろ。

 なあ、どれがいいよおれ。


「……プ、フフ」

 わらい声が、聞こえた。

「フフッ、フフフ」

 はっしているのは、めのまえの。

「―――

 女は、そういった。命乞いなど無意味だと、確信させるほどの冷たい笑みで。

 だがそれ以上に。

 

「――」


 ――生意気なんだよっ!!――


「……じゃねェ」

 泥で汚れ、涙と鼻水を垂れ流し、無様に地を這う俺に向かって、心底見下し切った目で、そう言いやがった……!!


 ――どれだけ努力したって、お前なんか――


「ふざけんじゃねェェッ……!」

 

 確かに俺は無様だ。

 

 困難に負け、打ちのめされ。

 

 足掻くことすら止めた人間は。


 

 ――だからッッ!!


「おォォォおおオッッッッ!!」

 気力が、溢れだす。無理矢理、ひねり出す。

 別の物までひねり出そうなぐらいにッ。

「ひょ――ひょ――ひょッ」

 崩れた足を、立て直せッッ!!

「おひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉオオオッッ!!」

 立ち上がり、がむしゃらに咆哮する。

 我ながら気色悪い。

 だが、構ってられるかッッ!!

 命乞いなんて通用しないと判断したのだから、やることは一つッ!!


(どれだけみじめでも、無様でも、最後まで死力を尽くし、生き足掻くッ!!)


「――――ぐらえやアアァァァァァァッッ!!!」


 放たれる、左の拳。

 決意の鎖で固めた、その拳は――。

「――――」

 森に鳴り響く、雷鳴にかき消された。

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