第十四話 領主と妻

 武家屋敷の御所にある座敷。


 そこに、この土地を治める武家の領主と息子である若様が向かい合って座っていた。


「お前とこうして話すのは、久しぶりだな」

 胡座をしている領主は短い顎髭を触りながら、じろりと息子の若様を見る。

「一体 何用ですか」

 背筋を伸ばし正座をしている若様は平坦な調子で尋ねた。


「お前 好いているだろう。

 若様は返事をせず、領主を睨む。

「わかりやすい奴だなぁ」

 くつくつと笑う領主だが 若様は一層鋭い目つきで睨んだ。

「お前は下人を人として扱うおかしな奴だとは思ったが、そこまでの馬鹿者とは思わなかったぞ。お前は武家の跡取りでありながら、替えのきく道具程度の下人などを…… 」

「恐れながら」

 若様は領主をしっかりと見据える。

「人として生を受ければどんな身分であろうとも人。武士も庶民も下人も、皆 同じです。あのも人だ。下人は、あの娘は決して道具ではありません」

 平静を保ちながらも 力強く言い返した若様に 領主は目を細めた。


「ふむ。お前のような愚直な奴には、ちと世渡りの仕方を教えてやろう。この世は馬鹿者と正直者、はみ出し者は決して生きていけぬ。その身を持って知らねばならんようだな。お前もあの下人もな」

「なっ あの娘に何をするつもりだっ」

 若様は馬屋まで駆けようと座敷を飛び出したが、すぐに足を止める。

 なぜなら、十人ほどの家臣達がその行手を遮っていたからだ。


 一番前にいる家臣が若に向けて僅かに頭を下げ、強い口調で言い切る。

「貴方様はこの国をいずれ背負う者です。立場をお考えください。領主の跡取りがあのような はみ出し者のなどに現を抜かしているなど、国の恥晒しでございます」


 ◇


 一方、馬屋の前では下人の娘は待ち受けていた人々に捕まり、縄をかけられていた。

 その娘を領主の妻が見下ろしている。


 ──なぜ わたしが縄かけられたのか、その理由を聞きたいけれど、口を開けば確実に仕置きをされるような雰囲気で 聞けない……。

 下人の娘はそう思いながら、皆の殺気だった様子に小さく体を震わせる。


「お前、自分が何をしたのか わかっているね」

 見下ろす領主の妻奥様の言ったことが分からなくて、わたしはただただ見上げることしかできない。

「そんな顔をしても無駄。下人の分際でこの国の跡取り、わたしの息子を誑し込んだのはわかっている」

「そっそんなことはしていませんっ」

 わたしに縄をかけた一人に、頭を踏まれて無理やり地面に顔をつけられた。

「汚らわしい口で話すでない。しかし、こんな貧相な女子のどこがいいのか、我が子ながら あの変わった考えは理解し難いわ。さっさと首を刎ねよ」

 それだけ言うと領主の妻は踵を返す。

「違いますっ 何かの間違えですっわたしはっ」

 身動きが取れない わたしは大声で否定するしかない。でも、その背はどんどん離れていく。


 わたしの首に何かが当たった。

「おめぇはもっと非道い目に合わせてから殺したかったが」

 この声は下人のかしらの男だ。

「痛い思いはさせねぇ。一気に斧で首を刎ねるからよ」

 嫌、嫌だっ。死にたくないっ

「た、助けて。鬼さんっ」


 ばきりと、何かが折れる音が響いた。


「……この音、馬屋からか」

「もしかしたら、あの暴れた馬かもしれません。動けぬようにしっかりと繋いだはずですが」

 皆が凝視する中、馬屋から ゆっくりと姿を現れたのは大丸

 その後ろから現れたのは、額に二本の角を生やした赤い顔の、あの鬼だった。

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