人魚の歌声




 らーらーらー。

 岩肌に腰掛けた人魚が、レッド・シーの方を向いて歌っている。

 その歌声は、水中で聞いたものとはまるで違って聞こえて、ニィルの胸の奥を締め付けた。

 ニィルは、複雑な想いで歌い続ける人魚の小さな背中を見詰める。

「父親に切られて死んだ不幸な女性はいなかった、それで良いではないですの」

「ババア……」

 父親であるフジタに切り刻まれてレッド・シーに沈んだはずのモーモは、モザイク・シティの怪奇により人魚になった。そして、娘を切って捨てたはずの父親フジタはというと、傲慢と過信の果てに魔導契約違反という初歩的な過ちを犯し、強酸の海へと沈んだ。

 フジタの身体は溶け消えて、もはや跡形もない。もしかするとフジタの住居に帰れば抜け落ちた髪の毛の一本くらいは残っているのかもしれないが、それだけだ。

 皮肉で意味のわからない成り行きだった。

 だが、禍つの大都市たるモザイク・シティではよくあることでもあった。

「ババアは……知っていたのか? 海底に、オレの……アレは、何なんだ?」

「何のことでしょう。わたくしにはわかりかねますわ。おサルさん貴方、聞く相手が違うのではありませんこと?」

「人魚が、モーモがアレにしがみ付いていたのは、どうしてだ」

「幼子のように質問ばかりしないでくださいまし」

「本当に知らないってのか?」

「さぁ? どうでしょう」

「――秘密主義の痴呆症ババアめ……」

 らーらーらー。

 美しくも物悲しい人魚の歌声がレッド・シーの大海原に響く。

 フジタの面影を残す人魚は、ざぶん、と強酸の海へと還っていった。









☆☆☆☆☆

五年ほど書こうとして放置していたのはここまでなので、とりあえずここで完結にしておきます。

ネタはまだありますし、また書きたくなったら続きを書くのだろうと思います。

読んでくれた方、ありがとうございました。




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潜る猿人 ないに。 @naini

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