第五話 秘剣の風


 それは突風であった。


 大地は木刀の一閃で旋風を巻き起こし、間境のなかに踏み込んでくる熊坂の体を押し戻した。


「バ、バカな!?」


 居合いの抜き打ちだけでこのような暴風にも似た風を巻き起こせるはずがない。

 まさに茫然自失。思考が追いつかず、硬直した熊坂の体に向かって風のなかから光が飛んできた。


「ぐはっ!!」


 大地の二ノ太刀、霞の突きを鳩尾みぞおちにくらって熊坂の巨体がおおきく吹っ飛んだ。羽目板を突き破り、落雷のような音をたてて戸外へ転びでる。


「熊坂どのっ!!」


 取り巻きの二人が庭にでて、意識を失った熊坂の半身を起こす。


「は、はよう、養生所に運ぶのじゃ!」


 娘に叔父上と呼ばれた、道場主らしき人物が取り巻きたちに向かって声を張りあげた。


 熊坂は気絶したまま戸板に乗せられ、取り巻き二人の手によって運び出された。


「あれ?」


 大地が周囲を見回すと、いつの間にか姉弟の姿が消えていた。

 熊坂と大地の対決の最中、機とみて逃げ出したようだ。

 大地は精彩を欠いた道場主といつしか二人っきりになっていた。


「風門流……兄者から聞いたことがある」


 道場主がおもむろに口を開いた。


「まさか、実在していようとは……」


「山の天狗様に教わっただ。ここは本当に若槻道場だべか?」


「そうだ。このわし、若槻源心わかつき・げんしんが兄・若槻徹心わかつき・てっしんから一刀流の道場を引き継いだのだ」


「さっきの娘っこと若衆はおめさんの姪と甥というわけだか?」


「そうだ。なにが聞きたい?」


「若槻一馬はどこにいるだ?」


「知らぬ。留衣るい祐馬ゆうまが、あの二人が兄・一馬かずまの世話をしておるのだろう」


「世話?」


「知らぬのか?」


 なにか一馬の身の上にあったのだろうか?

 叔父に道場を乗っ取られるほどの深刻な事態が起きたということか?


「まだ遠くにはいってないだろう。いますぐ出ていって辺りを見回せば捕まえることができるやもしれぬぞ」


 まるで押し売りでも追い払うような仕草で源心が手を振る。

 大地は手にしていた木刀をその場に打ち捨てると、若槻道場を走りでた。


 どうやら宿敵はのっぴきならぬ事情を抱えているようだ。



   第六話につづく


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