騎竜市場

 アマナ東部。

 正門が設けられた場所。

 外からの物が、ヒトが、情報が集まるアマナの玄関。


「……――っ~~」


 そこに降り立った赤髪の鬼種、八十一は何とも言えない感情にさいなまれてガリガリと頭を掻いた。

 八十一は、自分はもう少し分かり難いモノだと思っていた。

 複雑で、煩雑で、扱いが難しい、昔ながらの皇国武者気質。無骨で不器用なそんな男だと思っていた。口には出さないが、孤独を愛し、孤独でいる事に何の抵抗も無い、言わば個として完成された存在だ! ……とか思っていた。だから、『友達なんていらねぇ』。とも思っていた。


「……はぁ」


 溜め息が漏れる。だが自分は思ったよりも単純な生き物らしい。

 都市間ガーニー。最近料金が値上がりした座り心地最悪のソレ。

 先日乗ったときはそのあまりにあまりな乗り心地に嫌気がさしたが、今日はそんな事を思わなかった。八十一はあまり洋装が好きではない。だから、これまで二日連続で洋装を纏う事も無かった。だと言うのに、雛菊のコーディネートで今日も八十一は洋装だ。だが、その事すら不快に思わなかった。

 原因は、きっと――


「昨日は私に付き合ってもらって中心部に来たわけだが……今日は東部か……どこへ行くのだ、やそさん?」


 彼女のせいだ。

 何の事は無い。複雑でも、昔ながらの皇国武者気質でも無く、八十一は自分がただの年頃の男だと言う事を理解した。同年代の異性との外出と言うだけで、座り心地が最悪なガーニーも、着慣れない服も気に成らなくなる。なんとも単純だ。


「……騎竜市場だ」

「ふぅん? 変わったところに行くんだな……」


 その変化が良いか悪いかは分からない。

 だが、こうして少し、ほんの少しだけ他人を受け入れる余裕が出来ると、分かる事も出てくる。例えばそれは、先程感じた自分の単純さだったり――


「さ、さぁ、やそさん、ヒト混みだ!」

「……そうだな」

「や、やそさんは、わ、私が、その……はぐれたりしたら大変だと……思ったりはしないだろうか?」


 上目づかい。少しだけほっぺを膨らませて、左手を握って、開いて、ちらりとこちらを伺う少女の要求が何となく分かってしまう様になった事だったりする。


「……」


 憮然と黙る。眉間の辺りが痛くなった気がしたので、揉み解した。何だこれは? 何だと言うのだ、これは? 個として完成された存在は何処へ行った? 八十一は軽く悶絶するが……多分、そんなものは始めからいない。

 取り敢えず黙っていても仕方が無いので、雛菊の左手を生身の右手で掴む。さも当然の様に絡められる指に、かっ、と頬が熱くなる。


「本来、こう言うのは殿方が察するモノだと思う」

「そうかよ」

「うん。そうだ。乙女が言い出す前に察すべきだ。慎み深いのだ乙女、特に私は」

「……取り敢えずヒト混みに来たら握ればいいのかよ?」

「うん!」


 色々ツッコミたい事は有ったが、スルー。

 恋人の様に寄り添いながら、東部の名物。正門前のバザール区画に向かう。


「それで、やそさんは馬でも買う気なのか? だったら白馬にしてはどうだろう? 素敵だと思うぞ、白馬に乗った王子さ――……いや、何でも無い」


 吐息。思ったよりも近くで微かに。


「……何で今、途中で止めた?」


 それに身体の内側掻き混ぜられながらも、『口を滑らせた』と言わんばかりに顔を八十一から逸らす雛菊に不機嫌そうに問いかける。……まぁ、何となく黙った理由に察しがついたのだ。


「だって……」

「『だって』?」

「……やそさんは、どう考えても王子様と言うガラでは、無い」


 言い難そうに雛菊。


「……」


 うるせぇよ。悪かったな。

 そんな言葉が出そうになるが、飲み込む。誰よりも八十一がソレに納得してしまったから。自分に王子は似合わない。確かにその通りだ。


「……お前もお姫様ってガラじゃねぇだろうがよ」


 だから「へ、」と笑って皮肉を口にする。見た目だけならお姫様だ。髪を下して、月光の中に佇んで居ればそれは、確かにお姫様だ。だが、いかんせん、中身が――


「……おい、雛菊」

「うん?」

「痛ぇんだが?」

「抓っているからな。当たり前だと思うぞ?」

「……」


 ぎゅぅぅぅぅぅぅぅうぅ~~~~~っ!

 服越しに組まれた右腕の肉が捻り上げられる。そのことに対して抗議するも、返って来たのはまさかの笑顔。八十一はどうしたら良いか分からないので取り敢えず黙った。


「やそさんは乙女の扱いがなっていない」


 そう言って抓るのを止めてくれたが、痛みはまだ残っている。中々に理不尽だ。


「……そうかよ。所で殿方の扱いとして、腕を抓るのは正しいのかよ?」

「うん、やそさんの様な失礼な殿方に対しては正しい」


 更に理不尽な事を言われた。何だか色々言いたくなったが、前から走って来る自転車を避ける為に雛菊が身体を寄せて来たので、どうでも良くなった。


「良いかな、やそさん? 女の子は皆お姫様なのだ。だからそう接する様に」

「……そうかよ。で、具体的にはどうしたら良いんだよ、姫?」

「やそさんは、私の服装が昨日と違っている事には気が付いて居るかな?」

「あぁ、そりゃ、まぁ」


 言われて八十一は立ち止まり、雛菊をまじまじと見つめる。

 昨日がやたらYシャツと目のやり場に困る短いスカートに、黒のソックスを合わせていたが、今日はフリルがあしらわれたほっそりとした印象のワンピースを着ている。足元も、王国製の下駄と言うか、草履と言うか、何かそんなんだ。


「ん。では……何か、言う事が有ると思うのだが?」


 何かを期待する様に雛菊。


「……ソレ、何て言うんだよ? 下駄? 草履?」

「これはミュールだ」

「へぇ。その踵、何だよ? 凶器か?」

「凶器って……おしゃれだ。これはおしゃれだよ」

「ほぉ、歩き難そうだが……おしゃれってのは大変なんだな」

「いや、見た目ほど歩き難くは無いぞ?」

「……」

「……」


 間。


「え? それだけ?」

「まぁ、他には特に……」

「有る! たくさん、たくさん有る! と、言うかやそさんは先ずは褒めるべきだ!」


 うがー! 吠える様に捲し立てる雛菊。どうやら逆鱗に触れたらしくご立腹だ。

 だが、悲しいかな。八十一にはどれが逆鱗だかいまいち分からなかった。今の会話のどこにそうなる要素が有るかが分からなかった。だから取り敢えず褒める事にした。


「あー……似合ってるぜ?」

「~~っ!」


 雛菊が赤くなった。

 照れているのでは無い。怒っているのだ。それ位は八十一にもわかる。


「やそさん、正座!」

「やだね。こんな所でやりたくねぇ」

「じゃぁ家に帰ったら正座ぁっ!」

「……」


 半泣きで袖を引っ張られた。


(……何だってんだよ)


 少し理不尽なものを感じながらも、雛菊の機嫌を取り八十一は歩くのだった。








「……獣臭い」


 騎竜市場。

 ヒトの隣に立つ事が出来る竜狼などの亜竜の中でも、特に騎乗に適したモノを、売り買いするバザール。週に一回、定期的に開かれるそこに近付いて暫く立つと、雛菊はそう言って八十一に抱き着き、右腕の服に鼻を押し付けた。


「ぷー」

「……服の中に息を吹き込んでんじゃねぇよ。くすぐってぇだろうが」

「だが、やそさん。酷い匂いだ」

「……その言い方だと、まるで俺がクセェみてぇに聞こえるな」

「――」

「いや、嗅ぐなよ」

「うん、大丈夫。良い匂いだぞ、やそさんは」

「……ありがとよ」


 臭いとか言われていたら、多分凹んでいた。


「……わ、わた、私は、ど、どうだろうか?」

「……」


 赤くなって、わたわたわたと雛菊。八十一は凄く嫌な予感がした。


「さ、さぁ、来いっ、やそさんっ!」


 そして獣臭さを無視して八十一から離れ、両手を広げる。目をぎゅっと瞑っている。顔は真っ赤だ。プルプル震えている。そこまで恥ずかしければやらなければ良いんじゃねぇのか? それが八十一の率直な感想。ガリがりガリ。八十一が頭を掻く。真っ赤で、眼を閉じている彼女はこちらの様子に気付いてくれそうにない。呆れて溜め息を吐き出すも、伝わらないのでは意味がない。このまま立ち止まられても他のヒトに対して迷惑だ。だから。だから――これは仕方が無い事だ。

 抱き寄せる/柔らかい/首筋に鼻を持って行く/「あぅ」/声/艶っぽい/無視


「……い、良い匂いでした」


 頭がくらくらする。甘い香りがする。ここ数日同じ石鹸を使っているはずの彼女の香りに、八十一は頭がくらくらした。思わず言葉遣いが変わってしまった。


「……――」


 取り敢えず、無言でまた腕に抱き着くのは止めて欲しい。せめて何か言って欲しい。恥ずかしいのは八十一もだ。腕を絡める様にして顔を隠せる雛菊と違い、八十一は真っ赤な顔を衆目に晒し続けなければならない。『あらあら若いわね』とでも言いたげなおばちゃんも普通に目に入る。辛い。

 さっさと目的地に行ってしまおう。

 そう考え、やや速足で歩き出し、脳内で地図を広げる。しょせんは寄せ集めのバザールだ。毎回、店の位置は変わる。それでも、大手。大きい所は固定されている。今回、訪ねるのは老舗も老舗で、大手も大手。

 祖父の付き添いで物心ついた時より、面識があり、その時から毎週同じ場所に店を開いている知人の店。そこに向かうと――


「アイツ、何やってんだ?」

「? どうした、やそさ……えと、あれは、確か……カイ?」


 珍しい生き物を発見した。

 それは八十一と雛菊の共通の知り合いである鬼種の少年だ。纏うはぼろ。佩くは木刀。雛菊に言わせれば八十一並に目付きの悪い彼がいた。

 カイは財布を覗き込み、目の前の『ソレ』に憧れの目線を送り、もう一度財布を覗き、溜め息を吐き出していた。料金が足りないらしい。

 カイは竜狩人だ。

 まだ幼いが、自分の実力に見合った《竜》を狩り、彼が所属する竜害孤児のグループを支えている。そんな彼なので、騎竜市場に居るのはおかしくは無い。仕事道具に騎竜を揃えるのは別段おかしくない。八十一が興味を持ったのは、カイが見ている商品だ。


「お、坊主、また来たのか? どうでぃ? 金は貯まったか?」

「……うるせー。未だだよ。でも見る位なら良いだろう?」

「おう! 見てけ、見てけ! 何なら抱いてみるか?」

「良いのか!」


 店の店主にお目当てのモノを抱かせてもらえると分かって、年相応に瞳を輝かせるカイ。彼が抱いている生き物はもこもこしていた。灰色の毛並を持っていた。胸に《竜》の証である竜眼を持った亜竜だった。

 さて、少し話が逸れるが、ヤチの話をしよう。八十一の相棒であるその竜狼は未だ五歳、幼体である。あと十年もして成体に成れば、ヒトを背中に乗せて走れる様に成るほど大きくなる。

 つまり、竜狼は騎竜に分類される。そう言う分けで――


「……竜狼が欲しいのか?」

「こんにちは、カイ。その仔、次は私に抱かせてくれないか?」

「ッ! 鬼灯八十一っ!」


 何故お前がここにいるッ! とでも言いたげに八十一を睨むカイ。その腕の中には竜狼の仔が居る。どんぐりの様なつぶらな瞳で興味深げに周囲を見渡し、雛菊が指を伸ばすと、にゅーと顔を近づけ、ぺろりと舐めた。


「可愛い! やそさん、可愛いぞ、この仔!」


 はしゃぐ雛菊。そんな彼女を見て、店主を見て、店主が頷くのを見て、カイが仔狼を雛菊に手渡す。最後に名残惜しそうにその頭を撫でて――


「何でお前がここにいるッ!」


 きりっ、とした。律儀な奴だ。八十一は苦笑いした。


「この店主と俺は知り合いなんだよ。んで、ちょっとした注文をしに来た……てめぇは良く来るのか?」

「こ! こ、こここ来ねえよ! 今日は偶々だ!」

「応よ! 毎週来てるぜ! ……鬼灯の坊主、コイツと知り合いか? だったら可愛い弟分に買ってやんなって!」

「……」


 くぃっ、と八十一の首が斜めになる。主張が食い違った。どういう事だろうか?


「何でぇ、何でぇ、坊主! 恥ずかしがる事なんてね――……あ!」

「違うから! 違うから余計なこと言うなよ!」

「む。イマイチだ。やはりイヌ科よりもネコ科の方が肉球の手触りは良いな――あ、噛んだ! やそさん、見てくれ! 甘噛みしてきたぞ!」


 そして何かを察してニヤニヤと八十一を見てくる店主、そんな店主に食って掛かるカイ。そして仔狼の肉球ふにふにして、くぁ、と反撃受けて楽しそうな雛菊。

 中々にカオスな状況だ。

 目線だけで唯一冷静そうな店主に問いかける。


「何、この坊主が竜狼を欲しがってるのは、憧れてるヒトが竜狼と組んでるかららしくてな……おい、鬼灯の。家で買ってった竜狼は元気か?」

「……まぁな」


 くっくっく、と楽しそうに笑う店主。店主に返事を返しながら、八十一は視線をカイに向ける。会う度に死現の一之太刀を繰り出してくるし、彼の姉の事もあり、完全に嫌われていると思っていたのだが……憧れ?


「……」

「……」


 カイと目が合った。


「…………」

「…………」


 何だか照れ臭くなったので、視線を逸らしてしまった。


「……ち、違うからな! お前の事じゃないからな!」

「あぁ」

「ほ、本当に違うからな! 姉ちゃんにあんな事した、お前に憧れ――~~っ!」

「分かってるから落ち着けって」


 顔が真っ赤だ。拳が強く握られ過ぎて白くなっている。少し力を抜くべきだ。


「ほ、本当に違――もう、帰るっ! お前なんか大っ嫌いだバァァァァカっ!」

「……応、転ぶなよ」

「うるせぇっ、バカっ!」


 が、そんな気遣いは効果なし。カイは顔を背けて全速力で駆けて行ってしまった。


「……店主」

「はいよ、どうした兄ちゃん?」

「最悪だな、てめぇ」

「ありがとよ」


 カイの代わりに一発位殴っておくべきだろうか? ニヤニヤ笑う店主を見て八十一はそんな事を考えた。

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