YES・NO枕
YES・NO枕と言う夫婦の営みに使われるモノが有る。
存在と言う意味では無く、現物として、八十一の目の前にある。
騎竜市場にて竜狼用の荷運び蔵を購入したのが今日の昼。その後、適当に雛菊と諸々の用意を済ませ、今は夕飯も入浴も終わった夜。何故か襖を超えて八十一の領土を侵犯してきた雛菊の布団にソレは有った。
いや、その枕は初日からあった。初日、不退転の覚悟の為に住む場所を無くしてきたと言う雛菊。そんな雛菊に寝床を提供した時からあった。
――ほら、やそさん、ほら! ね!
そう言って雛菊がピンク色の『YES』の面をぽふぽふやって見せて来た。
だから存在は知っていた。だから態々見る程の事では無い。だが――
(……NO)
つい、見てしまう。
初めて見る面だ。今まではYESだったのに。
「……」
何か、してしまったのだろうか? 思わず考え込む。今までは『YES』。それが今は『NO』。手を出す気は無い。断じて無い。だが、男として今までオッケーだったのが駄目になると……何と言うか、非常に不安になる。
乙女としての扱いがなっていなかったのだろうか? 思考。即座、否定。それならば始めから『NO』だろう。よってこれは違う。
では、昨晩の回答が拙かったのか?
昨晩の事はしっかり覚えている。思い出すと悶絶したくなる程度にはしっかりと覚えている。雛菊の問いに、八十一は『今後彼女を雛菊と呼んでいいか?』と言う疑問文で答えた。アレがいっぱいいっぱいだった。
だから、あんな回答をした。その優柔不断さが不評を買ったのだろうか? 竜狩人はお行儀のいい職業では無い。それは男女は問わずだ。そんな中、他の竜狩人と組んで仕事をした時、毒舌前回の女子トークを聞いた。曰く『はっきりしない男って嫌だよねー』。女性は優柔不断な男を嫌うらしい。だから今日は『NO』? いや、ソレは違う気がする。だったら領土を侵される事は無いはずだ。距離を保ったままと成るはずだ。
「……」
本当に。本当に、分からない。だからついつい八十一は考え込んでしまう。
布団に胡坐をかき、暇そうな空気を察して寄って来たヤチを撫でて、真剣な顔つきで――YES・NO枕を見つめる。
その光景は控えめに言って滑稽だ。だが、残念な事にソレを指摘するモノは居ない。
ついでに言うなら『完成された個』とやらも居ない。ただ、気になり始めた異性に『NO』を突きつけられて悶絶してる十代の少年が居るだけだった。
「や・そ・さんっ!」
と、そんな風に悩む少年の背中に、悩みの原因が跳び掛かる。「ぐぇ」。胡坐をかいたまま、前屈を強いられた八十一の口から面白い音が鳴る。
「不安になったか、やそさん? すまなかったな、やそさん!」
憮然としている八十一に対して、雛菊はご機嫌だ。風呂上りのしっとりとした肌を八十一に堪能させながら、八十一の赤い髪を撫で繰り回している。
そんな雛菊に、潰されている八十一の感想。
「……
「噛むよ、やそさん?」
「……
冷え冷えとした声音で囁かれたので、八十一はすぐさま自身の意見を引っ込めた。誰だって噛まれたくは無い。
「んんっ! 先程、乙女に対しては言ってはいけないコメントが聞こえたが、私は今機嫌が良いので不問にしようと思います」
ちょこん、向かい合う様に自分の布団に正座して雛菊。
「……そうかよ」
ばきばき。変な方向に曲げられた首を回して解して八十一。
「すまない、やそさんを不安にさせてしまったようだな……だが、安心して欲しい」
声音。優しく、柔らかく。雛菊が自身の枕に手を伸ばす。
「さ、やそさん! さ!」
そして『YES』の面を見せて、布団をまくって、ぽふぽふ。隣に入る様に促す。
「……」
その意味する所を理解し、顔を赤くし、雛菊に背を向けるようにして自分の布団に潜り込む。テトテトと避難する様に土間に降りて外に出て行くヤチの姿が見えた。
「『据え膳食わぬは男の恥』と言うのでは無かったかな、やそさん?」
ねーねー。布団にくるまった八十一をユサユサゆすって雛菊。
「……それでも食わねぇのが俺の意地だ」
「やそさんの、かっこつけ!」
そんな雛菊に布団を被る事で返事とする八十一。『むっ』とした気配があったが、気にしない。
「……そう言えば、やそさんに言わなければいけない事が有った」
「そうかよ」
「うん。そのままで良いから聞いて欲しい。やそさんは、初めて会った日、私に言ったよな? 『てめぇは俺に惚れちゃいねぇ』って――」
「あぁ、まぁ。……確か」
言った様な……気がしないでもない。
「確かに言った。そして私に女としての魅力がないと断言した」
「それは……言ってねぇ……よな?」
「だが、私は要らないんだろう?」
「……お前は、綺麗だと思う。けどな――惚れた女の為に戦う男は最悪だ」
そう。戦い、殺す以上、そこに他人を巻き込むべきでは無い。己の意志で為すべきだ。
命を奪うのが己の手である以上、そこに他者の意志を混ぜたのでは、命を奪われた側に失礼だ。
その眼が欲しいから、殺す。
その考え方が気に入らないから、殺す。
そう在るべきだ。殺すと言う行為はそう在るべきなのだ。だから鬼灯八十一はヒトの為に、他者の為に槍は振るわない。自分の、自分自身の為だけに槍を振る。
例え、師。祖父がソレは間違っていると断言した考えかたでも、自分で考え、自分で辿り着いた結論だから、鬼灯八十一は恋で、愛で槍は振らない。
「だから、報酬のてめぇは要らねぇ。仕事は受ける。俺の意志で、受ける」
「そう、か……」
そんな八十一の言葉を聞いた雛菊が大きく深呼吸。揺らす手を離し、姿勢を正し――
「……で、では、仕事の報酬でなければどうだろう?」
言葉の意味、考えて。
言葉の意味、理解して。
「――……!」
八十一が跳ね起きる。視線の先には雛菊。
白い肌を赤く染めて、寝間着のスカートを皺に成る程、握りしめて俯く雛菊。
桜色の唇は可憐に、朱の刺した肌は艶めかしく、震えた声音で彼女が謳う。
「私が、不器用で、優しさが分かり難くて、他人の為に怒れて、個人を個人として見てくれる。そんな赤い髪の葬竜拳士の事が好きだと言ったら……どうする? やそさんは、どんな返事をくれる?」
瞳。潤んで。縋る様に八十一の袖が引かれる。退かれるままに体制を崩す。呆気にとられていたのだ。為すがままに八十一は雛菊に引き寄せられ、雛菊を押し倒す。
「や、やそさん」
はらり。髪が落ちる。布団に広がる。石鹸の香りをさせる雛菊は恥ずかしさに顔を赤く染めながらも、身体を隠さず女性らしいラインを八十一の前に晒す。
直視出来ないのか、横目で八十一を見て、名を呼んで――
「はじめてだから……は、はずかしいから……明かりは、消してほしい……」
「……」
消え入るような、声。
聞いて、八十一の中で、何かが――……
ぷつん、と切れた。
あとがき
以下、ややお下品。
やったか!(やってない)
少年漫画の壁があるので、読者さんのご想像にお任せします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます