ヤチ、がんばる

 竜狼は群れで暮らす《竜》である。

 亜竜にも関わらず、群れの練度が高ければ真竜すらも狩ってみせる彼等は、非常に群れを大切にする。

 だから、ヤチはちゃんと異変に気が付いた。

 朝方、灰色の空が少しだけ白くなった時間帯に楽しそうに出て行った群れの二人、八十一と雛菊が帰って来た時、ヤチはちゃんと群れの異変に気が付いた。

 八十一。微かに漂う架空元素の匂い。自然に練られた雑多なモノでは無く、しっかりと方向性を決めて練られた赤の、火行の架空元素の残り香からするに、戦闘が有った。

 ただし、相手は《竜》では無い。多分、ヒト。それも雑魚。葬竜術すら使わず、ただ、ただ単純に戦闘種、鬼種としての特性活かし、架空元素を体内で練り上げ、身体能力を跳ね上げるだけで対応している。

 だから、どうでも良い。八十一はどうでも良い。街を三歩行けば、喧嘩を売られる様な奴なので、どうでも良い。

 問題は――


「――」


 雛菊だ。

 歩く最中、八十一の服の端を握り占め、今は沈んだ表情で、何かを考える様にして夕食の準備を進める雛菊だ。


 ――ただでさえ微妙な味噌汁が、あんな表情で造られたら更に微妙になってしまう!


 言葉を選べる紳士。そんなヤチは自身の弾き出してしまった結論に戦慄した。これは不味――……違う、拙い。

 そんなわけでテコてこテコ。

 尻尾をフサふさフサ揺らして雛菊に近付くヤチ。

 無邪気を装いながら、濡れた鼻をスカートとソックスの間の太腿に押し当てる。


「――――…………? あぁ、ヤチ。ご飯なら未だだ」

「――!」


 反応が、鈍い……だと……?

 くわっ。ヤチの両目と胸の竜眼、三つが驚愕に見開かれる。

 ヤチは知っている。これはかなり凹んだヒトのリアクションだ。

 ならば。ならば、様子見などと悠長な事をしている暇は無いッ! 群れの危機は、仲間の危機は、何としても取り除くのが竜狼たるヤチの生き様なのだから! さぁ、喰らえ、我が必殺の――


「へっへっへ」


 腹見せ。

 ヤチはふさふさの腹毛を雛菊に見せる。

 そして舌を出しながら、ちらりと目線を送った。


 ――触っても、良いんだぜ?


「――――――はぁ」

「……」


 無視された。まさかの溜め息だ。少しヤチは泣きたくなった。だが泣かない。群れのリーダーはまともにヒトとコミュニケーションが取れるかも怪しい戦闘狂なのだ。『強い』と言う一点だけは評価するが、アレに女心を理解できるわけがない。ダメな奴だ。だから自分がしっかりしなければ! とヤチは思う。

 故に、追撃の――


「――!」


 顎見せ。

 仰け反る様にしてフサフサの腹毛よりも手触りが良い(ヤチ調べ)のふわふわの顎毛を雛菊に提供する。

 さぁ、どうだ! 流石にこれなら――


「ヤチ、邪魔だから外で遊んでいてくれ」

「……」


 まさかの邪魔もの扱いだ。酷い。泣きそうだ。ぴー。鳴いた。

 トボとぼトボ。

 尻尾を下げながら八十一の下へ行くヤチ。


 ――ごめん、駄目だった


 瞳が涙で、うりゅ、っとしていた。


「……まぁ、気にすんな。良く頑張ったと思うぜ?」

 ――うん。気にしない。だから撫でて


 本日二度目の腹見せ。今度は乱雑ながら撫でて貰えた。尻尾がハタハタはためいた。楽しい。気持ち良い。舌が出る。何故か、足が勝手にぴこぴこ動いてしまう。腹を撫でる手を甘噛みしてみる。更に激しく撫でられる。らめぇ。

 竜狼は群れを大事にする。

 だから、朝から留守番させられていた自分をリーダーが労うのは当然だ。

 何か、誰かを励まさなきゃ行けない気がしたけど、忘れたからもう良いや。


「へっへっへっへっ」

「……つくづく駄狼だな、てめぇはよ」

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