背中を貸す

「……つくづく駄狼だな、てめぇはよ」


 舌を見せて、馬鹿面見せるヤチ。

 その腹を適当にこねくり回しながら、溜め息一つ。そのまま小さな背中を八十一は見る。問題の後回しは得意では無い。対竜戦闘の最中、そんな事をすれば待つのは『死』だけだ。だから、問題と思われるモノが有れば先ず、対処する。それが不可能なら、常に頭の隅で考える。それ位の芸当が出来なければ竜狩人は出来ない。


「……」


 だが、この問題は後回しにしたい。高いのだ、中々に難易度が。

 何を言ったら良いかが分からない。そもそも、何故雛菊があそこまで塞ぎ込むのかが分からない。やはり、聖女的に『殺し』はNGなのだろうか? とも考えるが、どうも違う気がする。

 聖女は要だ。何を優先しても守られる。自分の為にヒトが死ぬ事を『当たり前』と処理できなければ続けられない程度に、命に対する価値観は薄く、ある意味では城塞鬼種の持つソレに近い。

 個よりも、種。

 その考えが雛菊にもあるのかは分からない。と、言うか多分だが、無い。でも、それでも、アレは何か違った。八十一が誰かを『殺す』事を止めたかったと言うよりは――


「……」


 何だろう? 分からない。

 問題の後回しは得意では無いが、ヒトの機微を察するのはもっと得意では無い。ましてや年の近い異性なら尚更だ。

 だがこれでは行けない。それは八十一にもわかる。だから、考えた。何を言えば良いのか、何故、雛菊が泣きそうなのか考えた。

 夕飯を食べた。微妙だった。

 風呂に入った。良い湯だった。

 布団を敷いた。さぁ、明日も頑張ろう。そう思った。


(……いやいやいや)


 違うだろ。寝ちゃダメだろ。枕に頭を付けた所で八十一は脳内で突っ込みを入れた。頭の隅では考えていたが、所詮、頭の隅。多分、湯船につかった時点でお湯に溶けていた。がりがりがり。身体を起こして頭を掻く。他人の事だ。どうでも良い。そう切り捨てて構わないはずなのに、そうできない。ダメだ。ここ数日――いや、彼女と出会ってから如何にも調子が悪い。これまで他人を入れる事が無かった場所にヒトが居ると言うのは如何にも苦痛で……何故か楽しい。


「……」


 だから八十一は考える。踏み込まれた距離。自分に近い場所にいる彼女、雛菊。彼女の事を考える。近くであんな風に凹まれると……少し。本当に少しだが自分も何だか凹んでしまう。他人事と切り捨てる事が難しい。


(……とは言ってもなぁ)


 自分の対人スキルの低さがネックになって来る。こんな事なら学校、三日で止めるんじゃなかったかもしれねぇな……一応、皇国発行の義務教育課程卒業証書は持っているが、それは自宅学習の賜物。小学校すら出てない八十一はヒトとの接触に弱い。

 さて、自己分析はすんだ。分かり切っていた事だが、自分は対竜戦闘なら兎も角、対人関係では器用に立ち回れない。ならば、どうする? どうすれば良い?


「……」


 結論。器用に立ち回らなければ良い。動かないよりはマシだ。

 そうと決まれば行動。寝間着の甚平のまま、布団から這い出し、雛菊が寝る部屋の襖に手を掛け――


「……いやいやいやいや」


 首をフリフリ。

 少し、八十一は冷静になった。

 自分は今、何をしようとしていた? ――襖を開けようとしていた。

 襖の先には誰が居る? ――雛菊。

 お前、夜這いするの? ――誰がするか。

 だが、完全に行動はアウトだ。明らかに夜這いだ。


「……良し」


 言い聞かせるように言葉に出し、深呼吸。今日は寝よう。大人しく寝よう。寝て、明日に成ったら雛菊と話をしよう。何を話したら良いかは未だに分からないが、話をしよう。そう結論付けて回れ右。得意では無いはずだった問題の後回し。それをスムーズに行い、寝床に戻ろうとした八十一に――


「やそさん?」


 声が掛かる。襖が開く。反射的に振り返ったら、雛菊が居た。当たり前だが、当たり前ではない、勢い良く前を向き、八十一は雛菊から視線を斬る。

 髪を下していた。印象が違う。いつも見る雛菊が凛とした佇まいの中に、明るさ携えているのに対し、今の雛菊は、どうにも……大人っぽい。

 月の光が似合いそうだな。

 そんな恥ずかしい事を考えてしまった。月光の中で煌めく鉛色の髪の乙女を想像した。何だかとても顔が熱くなった。これは、行けない。ダメだ。

 薄く手触りの良さそうな寝間着は雛菊の普段着と同じく王国製。

 こんなにドキドキするのは見慣れないその服のせいだ。ラインが分かるその服が、日中と違う雛菊の様子が、心臓を掻き鳴らす。だから顔を見れない。そこに他意は無い。無いったら無い。少し、かなり、結構、可愛かったとか……無い。


「……夜這い?」

「ちげぇ」

「? 振り向いて言うべきだろう? やそさんはそういうタイプでは無い事を知っている私なら兎も角、そうして目を見ずに言うと後ろめたい事が有る様に感じる」

「そうかよ。気を付けるぜ」

 言うだけ。振り返らない。だって多分、まだ少し顔が赤いから。

「ふむ。もしかして、やそさんは寝れないのか?」

「――あぁ、まぁな」

「駄目だぞ。そんな事では。やそさんは竜狩人だ。休めるときに休めないのは致命的だろう?」


 め! と雛菊。


「……」


 誰の。

 誰のせいだと思ってやがる。

 理不尽とは分かりつつも、少し八十一は、イラッとした。やはり慣れない事はするもんじゃねぇな。結論。他人なんかに関わるもんか。いじけ。「――はぁ、」。溜め息。それら二つを込めて吐き出し、布団に向かう。未だ、少し自分の体温が残る布団に再度潜り込む。するり。何かが後ろから潜り込む。あったかい。柔らかい。


「……おいコラ」


 何してやがるてめぇ。ギロリ。首だけ振り返り睨む。


「寝れない子供に寝物語の時間だ」


 ふふ。笑顔。滑り込んだ柔らかで、暖かな彼女は笑顔。そのまま背中に額を押し付け、表情を消す。


「……」


 何となく。

 本当に、何となくだが、八十一には彼女が泣きそうに見えた。その姿を見て欲しくないんだろうなと言う事も分かった。

 だから前を向く。

 背中を雛菊に貸し与え、前を向く。

 きっと、彼女は、大切な事を伝えてくれる。


「……やそさん、ありがとう」

「……何がだよ? いいからさっさと話せ、寝物語って奴をよ」

「うん。それでは聞いて欲しい。むかし、むかし――」

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