神父

 教会が保有する戦力、騎士団。

 揃いのスチームアーマーを纏い、揃いのランスを掲げる彼らは――弱い。

 少なくとも、それが皇国における常識だった。

 水か、空気か、それとも土か。聖女の絶対数が少なく、王国からの聖女の派遣が行われるまでは、教会と言う、或は聖女と言うシステムに頼らず街を、城を、それ以上にヒトを守って来た皇国の武者や竜狩人の質は他の二国と比較すると、異常なまでに高い。

 それは、蒸気の灯に照らされ、都市を聖女の結界が覆う様になった今も変わらない。

 そも、聖女を守る事を最優先とする教会騎士団と、単騎で《竜》を討ってこそ――と言う風潮がある皇国武者、竜狩人では求められる能力が違いすぎる。

 だからと言う分けでは無いが、皇国武者は教会騎士を馬鹿にしている所が有る。

 だからと言う分けでは無いが、教会騎士は皇国武者を警戒している。

 そして――


(だから俺は悪くねぇ――と、思う)


 薄く光る空。灰色の空を見ながら八十一は溜め息を吐き出した。悪くねぇ。俺は悪くねぇ。悪いのは教会騎士と皇国武者の確執のせいだ……と、自分に言い聞かせながら。


 ――では、私は女子寮に行って荷物を運んでくるので、やそさんはそこで良い子にしている様に。知らないおじさんに声を掛けられてもついて行かない様に!


 と、教会所属の聖女様が立ち去ったのは十五分ほど前。


「……」


 八十一は、知らないおじさんにはついて行かなかったが、知らない教会騎士には囲まれていた。遠巻きにこちらを伺っている。スチームアーマーを纏った完全武装だ。鞘無く、袋無く、剥き出しの穂先、ランス、円錐形の殺意。見て。かりりっ、八十一の歯が軋む。威嚇の笑み。見て、三つの影、たじろぐ様に下がる。

 来るならば来れば良い。恥じる様な事は何もしていない。それでも襲うと、槍を向けると言うのならば――喰らうまでだ。

 もう一度言おう。皇国武者は教会騎士を下に見ている。それは八十一も例外では無い。無手で三人屠るだけの地力は有る。葬竜拳士は拳士。無手での戦闘も慣れたものだ。指を曲げる。ベキ。骨が鳴く。口角が上がる。『来いよ』。口が、挑発の言葉を、造り――


「……いけねぇ。いけねぇな、ぼん。殺気を撒き散らすのは弱い犬のすることですぜ?」

「あ?」


 だすその刹那にヒト影。

 するりと溶ける様な気配。視界に、聴覚に触れるまでその存在に気付けなかったのは、相手の力量か、こちらの油断か。

 歩く、男が、人間種の男が、一人。

 纏うはカソック。教会の神父が着る緩やかな司祭平服。

 体捌きは明らかに戦闘に身を置くものでありながら、歩みは緩やかに、滑らかに、見るモノに安堵すら与えそうなモノ。

 今、都市は聖女の結界に覆われている。

 皇国武者は教会騎士よりも腕が立つ。

 そして中には、教会に属する事を選んだモノもいる。街を守る聖女を守る為に。

 目の前の神父はその類だろう。八十一はそう辺りを付けた。

 神父。髪型は芝の様に刈られた角刈り、鋭い眼光を帝国製のミラーグラスに、荒事の為に鍛えられた肉をカソックの内側に納めた――……神父?


「……」


 神父。聖職者。優しげな微笑を讃える父性に溢れた人物。

 ヤクザ。暴力を威嚇の手段とする無法者、アウトロー。

 角刈り+グラサン+鍛えられた肉体=神父。いやいやいや。八十一は考えを追い出す様に首を横に振った。否定のジェスチャーだ。

 角刈り+グラサン+鍛えられた肉体=ヤクザ。うんうんうん。八十一は納得する様に首を縦に振った。肯定のジェスチャーだ。

 あれは神父では無い。ヤクザだ。任侠だ。それが八十一の結論。


「お初に、坊。教会で神父をやってる銀次ってモンでさぁ」

「……」


 名乗られた。神父らしい。頭が、少しだけ痛くなった。気のせいだと思いたい。


「鬼灯だ」


 そう思いながら、簡潔に名乗り返す。

 充分だろう。何もお友達に成りに来た分けでは無いのだから。状況次第では――


「止めましょうや。……若いね、いや、お若いね、坊。『来やれや、来やれ、我が敵、我が生きがい』――ってとこですかい? 短い人生、赤く染まって歩く事も無いでしょう」

「はっ、」


 殺気。漏れ出たソレを拾い、呆れた様に、うんざりしたように肩をすくめる神父。その大げさな仕草に好戦的な笑みを浮かべる八十一。

 ばりっ、歯、軋んで。


「知ってるかよ? その詩、『赤い道こそ鬼種の誉れ』――って続くんだぜ?」

「いやだねぇ、鬼種って奴ぁ。特に城塞鬼種って奴らは死に急いでて行けねぇ、『汝、争う事なかれ』」

「説教かよ、神父」


 言葉、吐き棄てる様に八十一。


「まさか。確かに神父なんて呼ばれてやすがね、生憎と説教出来る程立派なヒトじゃねぇんですよ。……説教をお望みでしたら担当者を呼びやしょうか?」

「いらねぇ。じゃぁ何の用だよ、神父?」

「いえね――」


 歩み――


「お礼を、言いに来ました」

「っ!」


 滑る様に。

 間合い、無くなる。詰まる。ゼロ。判断、後退。退く。足、地面、蹴って――


「ほらほら若い、お若いねぇ、坊。余裕を持ちやしょうや。ね?」

「ッ――てめぇ!」


 間合い、変わらず。

 退いた八十一に合わせて同じ距離を同じ速度で銀次が歩く。

 八十一の眼が細くなる。神父の実力は自分が思っているよりも上だ。

 どうする? 一秒、考え。もう一秒で結論を選ぶ。溜め息。


「礼ってのは何だよ?」


 足を止める。腕を下げる。話を聞く。それが八十一の結論。


「なぁに、一昨日の礼ですよ。……子供達を助けて下さって、ありがとうございます」

「……は、」


 目、見開く。それでも、小声で話されたその内容に対する驚愕は出さなかった。出さないようにした。


「――坊。ちったぁ表情を消してくだせぇ。コッチは立場上、それなりに危ない話をしてるんですぜ?」

「……」


 出来たかどうかは話が別。うにょーん、ほっぺを引っ張る。腹芸は苦手だ。


「……なんですかい、そりゃぁ?」

「……まじないだよ」


 効果の程は知らないが、驚愕の表情は消えるだろ。と、八十一。


「坊はもう少し『出来る』側だと思ってやしたが……」


 眉間に皺を寄せ、片眉持ち上げて神父。


「うるせぇよ」


 憮然と返し、神父と擦れ違う様に歩き出す。伝わる緊張。数、三。スチームアーマー纏った教会騎士。そういや居たな。思い出す。『何もしねぇ』と視線で伝え、両手をポケットに入れて歩き出す。

 荷物を持つのを手伝おう。

 鞄に引きずられる様にして歩く彼女はこちらに気付かず、赤い顔をしている。嫌われていると言うのは本当らしい。誰も彼女を助けようとしない。だったら自分が手を貸すくらいは良いだろう。


「……寄越せ」

「? やそさん!」


 笑顔。花開いたように。嬉しそう。

 直視出来ず、半場奪う様にして鞄を手に取る。予想以上に重い。何が入ってやがんだよ、コレ? ぎろり、視線で疑問文。


「むぅ。駄目だぞ、やそさん。レディーの荷物を詮索するのはマナー違反だ」


 腰に手を当て、人差指で、『めっ』と雛菊。


「そうかよ。だったらレディーを相手にする時は気を付ける事にするぜ。……で、何だよ、コレ。重いんだけどよ?」

「うん、そうすると良――……アレ? 今、私、レディー扱いされなかった?」

「そうでもねぇよ。レディー」


 へ、と半笑い。


「……まぁ、良しとしよう。所で、良い子にしていたかな、やそさん?」


 ステップ。疑問を振り切る様に軽く。ターン。妖精(フェアリー)の様に軽やかに。

 駆けて先に出た雛菊が、くるりと回って向き直り、「ふふ」。いたずらっぽい、母親が子供に向ける様な笑顔を浮かべる。


「まぁ、それなりに――……あ、」

「『あ、』?」

「ちょっとヤクザに絡まれただけだ」

「良い子にしてるように言ったのにっ! 何してたの、やそさん!」

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