手をつなぐ

 二階建ての幌馬車仕立て。

 動力を馬から蒸気エンジンに変えた市民の足である乗合馬車ならぬバスガーニーが赤い煉瓦の上に蒸気を噴き出した。それを見るとは無しに見ながら停留所の小僧に八十一は二人分の料金を支払う。以前よりも高くなった気がする。その癖、乗り心地は変わらないのだから勘弁して欲しい。

 労働者が生み出したと言う頑丈なデニム生地のズボンに、フードが付いた上着。箪笥の奥から雛菊が引っ張り出して来た洋装を纏った八十一は思いっきり伸びをする様に、硬い椅子に座り続けて固まった身体を解してみるが――


「……何だってんだよ」


 解れない。それはそうだ。ガーニーの乗り心地は最悪だ。それは今も昔も変わらない。だが、今回はガーニーの椅子以上に八十一の身体を固くした要因がある。


「……」


 雛菊だ。

 昨日の昼、近所の子供たちが来て以降、何かを伺う様にこちらを見る彼女こそがコリの原因だと八十一は考えている。


「言いたい事が有るなら言ってくれ」

「……やそさんは、酷い奴だ」

「そうかよ」

「だが、とても良い奴でもある」

「そうかよ」

「私はやそさんが良く分からなくなった」

「そうかよ」

「……さっきから『そうかよ』しか言っていないぞ?」

「……そうでもねぇよ」


 そうかもしれない。

 だが、最初から雛菊の事が良く分かっていない八十一は勘弁して欲しいと思った。こちらを理解できないモノとして外側に置く視線なら向けられ慣れている。だが、こちらを理解しようとする、内側に入れようとする視線には慣れていない。だからそう言う視線を向けられると居心地が悪い。


「うん。やはりやそさんの事が私は良く分からない」

「そうか……そうですかよ」

「だが、今、一つ分かった。――やそさんは負けず嫌いだな。意外に」

 ふふふ。言い直した八十一を覗き込んで雛菊。

「……」


 そんな雛菊に憮然と八十一。


「まぁ、そんな分けだから私はやそさんの事を理解しようと思う。何と言ってもお嫁さんだからな! そんなわけで――……やそさん?」

「何だよ?」

「私と――手を、繋いでみないか?」

「手?」右手を握って開いて、グーパーグーパーと八十一。

「そう、手だ」両手。ぐぱっと開いて雛菊。


 そのどこか子供の様な、楽しそうな雰囲気に流されるまま、左。赤布でぐるぐる巻きの左手を差し出す。はい。


「ん!」


 が、嬉しそうに握られたのは生身の右だった。暖かい。どうやら自分よりも雛菊の方が体温が高いらしい。八十一が理解できたのはその程度。


「……」


 心臓が、少し跳ねた。

 口の端がムズムズした。何故か高揚した頬を誰かに見られたく無くて、思わず俯いた。身長が低い雛菊と目が合う。「へへー」。笑う。嬉しそうに。雛菊が。「ッ」。早歩き。思わず八十一は歩く速度を上げた。でも、それでも――

「やそさん、やささん、知っているかな? こうしてお互いの指を絡ませる握り方を『恋人つなぎ』と言うらしいぞ?」


「……そうかよ」


 振りほどかない程度の速度で歩いてしまう。

 絡んだ指の感触をしっかりと意識してしまう。


(本当に……何だってんだよ、俺は)


 先の言葉を今度は心中で。

 八十一は困惑していた。邪険に扱えない。何だか雛菊の自分に対する態度が変だ。何か、昨日まで無かったような感情が見え隠れする。惚れられてはいない。それは自信を持って言える。だが、昨日までとは違う。何かが違う。

 それが何だか分からなくて、それでも向けられるその感情が、或は笑顔が照れ臭くて、どうにもテンポが狂ってしまう。


「~~っ」


 唸った。そんな自分の手を握って楽しげにしている雛菊を見ると、更に唸りたくなったが、飲み込む。調子が狂っているのは仕方が無い。狂った調子が戻る事を期待して我が家から中央部に繰り出したが、効果が無いのも仕方が無い。だったらさっさと用事を済ましてしまうに限る。家で槍を振っていればその間は無心で居られる。


「それで、てめぇの住んでた教会ってのはどこだよ?」


 だから、一息。吸い込んだ域で肺が膨らんで、吐き出されるのを意識し、どうにか口の横のムズムズした感覚を誤魔化し、問いかける。


「うん? 多分だが、やそさんも行った事があると思うぞ? 中央にあるこの都市で一番大きい教会だ。ほら、聖夜祭でモミノキが飾り付けられている所だ」

「……」


 知らねぇ。そう言うのは簡単だったが、少しでも調子を取り戻すために八十一は思考に潜る。右腕が雛菊の身体に引き寄せられた。きゅ。左で八十一の手のひら拘束し、右で腕を掴み、身体を寄せて抱き着く。何の事は無い。ヒト通りが増えたから、少しでも当たらない様にしたのだ。柔らかい。


「……――」


 色々な努力が無駄になった気がした。


「……知らねぇ」

「……やそさんは本当にこの都市の住人なのか?」


 投げやりに言い放つ八十一に、心底不思議そうに雛菊。


「中央部にはあんまり来ねぇんだよ」

「む。では、後で私が案内しよう。ランチタイムだと、ノンノのパスタプレートが――」

「……王国料理に行くなら三太のが美味いぞ。オムライスがおすすめだ」

「……やそさんはお肉が好きだろう? 帝国料理はどうだろうか? ヴィルトのステーキセッ――」

「あそこは量だけだ。それよりもツェルフの方が良い。スペアリブが特にな」

「……」

「?」

「……やそさん、やそさん、教会の場所は?」

「? だから知らねぇって言ってんだろうがよ?」

「やそさん! 色々言いたい事があるぞ、やそさん! 週一回のミサに参加しろとは言わないが、せめてもう少し! もう少しだけ教会に興味を持つべきだ! 街を守っている大切な場所だぞ! 教会は!」

「……別に俺は結界が無くても平気だぜ?」

「そう言う問題では無い。正座っ!」

「歩きながらか?」

「後で正座っ!」

「……覚えてたらな」


 何故か怒り出した雛菊に適当に返す八十一。

 毒にも薬にもならない会話をしながら、じゃれ合う仔犬の様に歩く。

 そんな彼等とすれ違ったヒト達が、彼等の関係をどう思ったか。

 八十一は意図的に考えない事にした。






あとがき

雛菊による八十一攻略が開始された模様。

がんばれ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る