お嫁さんにすると良い
「やそさんは、聖女の事をどれくらい知っているのだろうか?」
「……ヒト並程度だ。聖女は『何か』を核に結界を張る。で、結界の中はヒトの領域になるから、強ぇ《竜》は入ってこれねぇし、結界はそれなりの強度があるからある程度の《竜》でも足を止めさせて対策が打てる。……つまりは、まぁ、てめぇらが居るからヒトは生きてける――俺の知ってんのはソレ位だ」
「うん。それであっている。……付け加えるなら聖女は良妻賢母だ。お嫁さんにすると、とても幸せになれる。これは凄く大事な情報だから良く覚えておいてほしい」
「あぁ、そうかよ」
ずっ、お茶を一口。唇を湿らせて戯言に適当な返事を。視界の端で可愛らしく膨らんだ少女の姿を捉えながら、八十一は軽く思考の海に潜る。
妙な話だ。
そう思う。
『何か』を、磨かれた宝玉を、巨大な竜眼を、偉人の像を、古い巨木を、英雄の死骸を、それら『何か』を核に領地を主張する。それはヒトが聖女を用いて行っており、同時に《竜》が行っている行為だった。
翅蜥蜴。今日狩った赤い目の《竜》。
アレは主だった。『何か』を核にあの辺りの所有権を主張していた。聖女程、強固なモノではない結界だった。そも、《竜》は外側を拒絶する様な主張の仕方はしない。精々、自分の過ごしやすい環境に整える程度だ。今日で言えば、火術の発動がし易かったので、その辺りだろう。
兎も角。
兎も角、妙な話だと思う。ヒトと《竜》。殺し合うそれらがやっているのは、結局同じ事なのだから。相手の陣地を奪い、自分のモノにする。世界を舞台に種族で行う椅子取りゲーム。随分と、まぁ、壮大なモノだ。
「で、それがどうかしたのか?」
「私をお嫁さんにするとやそさんは幸せになれると思う」
「……それはどうでも良い。聖女に対する知識がどうかしたのか? って話だ」
「……むーぅ」
雛菊がまた膨らんだ。子供の様な感情表現だ。幸いと言うか、何と言うか、そう言う仕草が似合ってしまうので、少し困る。
「私は聖女だ」
「見りゃ分かる」
「だからやそさんは私をお嫁さんにすると良い」
「……話が進まねぇな。進める気がねぇなら聴かねぇぞ?」
「……やそさんはせっかちさんだな」
「時間を大切にするヒトって言ってくれ」
因みに、八十一が時間を大切にした結果、そろそろ雛菊の話は聞かなくても良いのでは? と思い出している。
そんな八十一の空気を敏感に察したのか、姿勢を正す雛菊。
凛、とした佇まい。
夜の闇に音が溶ける程の静寂。
「――、」
八十一は思わず見惚れた。
鉛色の瞳に確かな意思を宿した彼女は美しい。
そのまま。美しいまま、意思を宿したまま、雛菊は言葉を紡ぐ。
「では、単刀直入に言おう。この度、私はとある場所に聖女として派遣される事に成った。そこで、腕の立つ竜狩人を連れて行く」
声音。凛と、響いて。
「は、」
思わず八十一は笑った。
これは宣誓ですら無い。決定事項の伝達だ。『連れて行きたい』では無く、『連れて行く』。それは良い。凄く良い。強い言葉だ。強い意志に裏付けされた言葉だ。
成程。彼女が本気で自分に惚れていると言うのなら、自分も彼女に惚れていたかもしれない。
自嘲する様に笑いながら八十一はそんな事を思った。
「理由、聞いても良いか?」
「勿論……――とは言っても、それ程深い理由は無い。私は、その、非常に言い難いのだが、教会の一部に嫌わ――……いや、好かれていな……――うぅ」
「……良い感情を持たれてねぇ」
雛菊が唸りだしたので、助け船を出してやる事にした。誰だって自分が嫌われている事など言いたくは無い。八十一だってそうだ。
「うん。そうだな、うん。良い感情を持たれていないので、その派遣先と言うのが……」
「激戦区の捨てられ掛け……って所か?」
「そうだ」
「はっ。……んで、騎士団が使えねぇから竜狩人か?」
「……その通りだ」
吐き棄てる様に笑って八十一が言ってやれば、返って来たのは何れも肯定の返事。
嫌われているから、激戦区に送られる。嫌われているから騎士団は使えない。だから竜狩人を頼る。教会に属さず、モノによっては騎士団の上を個で行く存在を頼る。成程。そこまでは八十一にも納得できた。ならば――
「次。何で俺だ」
「……や、やそさんは腕が立つ」
少しの後ろ暗さに、視線を逸らしながら雛菊。
素直で、本当に可愛い子だとは思う。だが、そんな答えを八十一は求めていない。欲しいのは本当の事情だ。ガリがりガリ。頭を面倒くさそうに掻く。
「否定はしねぇ。だが、嘘は気に入らねぇ。正直に言え」
「九十九殿の紹介だ。以前、教会にいらした時、私が九十九殿の案内をしたのでな。その時にやそさんの事を聞いた。『困ったら頼れ』とも」
「――そうかよ」
『これが紹介状だ』。差し出された封筒受け取りながら、内心で祖父に対する罵詈雑言を並べる八十一。渡された紹介状の封が切られていないのを確認し、開ける。手紙が一枚。見慣れた字が並んでいた。読んで更に祖父に対する悪態が零れそうになる。クソ爺。
「次だ。その報酬がてめぇってわけかよ?」
その悪態飲み込む代わりに、次の問い。
視線は鋭く。意志は強く。先程の鉛色を真似る様に赤が意志を宿す。
何故なら、それが八十一の核心。一番聞きたい事。
「……何故、そう思うのだ?」
「簡単だ。てめぇは俺に惚れちゃいねぇ」
そう。雛菊は本気で八十一に嫁ぐ気では居る。
だが、八十一には惚れていない。
出会った瞬間に惚れて貰える程、自分が良いヒトだと八十一は思っていない。
「九十九殿に薦められていたのだが……やはり私では報酬に成らないだろうか?」
しゅん、と雛菊。
「いや、客観的にみりゃあ、てめぇを娶れる男は幸せだろうよ」
「そ、そうかっ! そう言ってもらえると嬉しいぞ!」
「だが俺は要らねぇ」
「……――」
上げてから落とす。八十一に悪気は無いのだが、性質は悪い。
「最後だ。……何でそこまでする?」
「? そこまで……とは?」
そして性質が悪いので、構わず会話を続ける。相手が凹んでいようがお構いなしだ。
そんな八十一の言葉に、心底不思議そうに首を傾げる雛菊。
それを見て思う。
城塞鬼種。そうあろうとする自分の生き方に向けられる視線の意味が少し分かったな、と。成程。自分が当たり前だと思っている事が、相手に通じないのは、確かに怖いな。
「……何でてめぇを惚れてもいない男に差し出してまで竜狩人を欲しがるんだよ?」
「結婚してから育む愛も私は有りだと思うぞ?」
「真面目に」
「……とは、言っても……ヒトは、助け合うものだ……」
困惑。眉根を寄せて。疑問。当たり前のことを聞かれても……。
「はっ、」
それを受けて、笑いが零れる。
尊い想いに、原初の想いに触れて、笑いが零れる。
――言うか。それを。戸惑い無く。
成らば良い。
その答えが、言葉が淀み無く出るなら良い。
「――……良いぜ」
「うん?」
視線が手の中の手紙に行く。見慣れた字。祖父の字。そこには一文。『彼女を守れ』。意味は分からない。だが、良い。所詮は無価値な命だが、祖父が守れと言っただけの価値は有るのだ。
「受ける。受けてやる。その依頼、開拓地への派遣、俺が、鬼灯八十一が受ける」
「――ッ! ほ、本当かっ!」
この日。
「あぁ、城塞鬼種に二言はねぇ」
一人の葬竜拳士が聖女と出会った。
それはどこにでもある出会いだ。
どこにでもある物語の始まりだ。
だが、それが恋物語であるのなら、それはきっと救いがある。
《竜》に侵された世界の英雄譚よりも、恋物語の方が、救いがある。
「そ、そうか……で、ででで、やそさん! 式を――……」
「……てめぇは要らねぇ」
「……わ、私はそこまで魅力が無いのだろうか?」
だが、まぁ。
これは、未だ始まりだ。
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