ボボ
突き刺さった穂先を楔に叩き込まれた一撃により《竜》の首は断たれた。首が断たれたのなら《竜》は死ぬ。《竜》が死んだので――
「――
残るのはその死骸であり、竜狩人の八十一に与えられた仕事の成果だった。
ここら一帯の主であったであろう翅蜥蜴。それを討った今の状況は、ある意味、安全なのだが、安定はしていない。
一番の脅威である主を討ったので、安全ではある。――が、その主が居なくなったので安定はしていない。この場で起こるのが次の主を決める為の争いなら未だ良い。そいつ等は先の翅蜥蜴よりも弱いから。疲れた今の八十一では対処しきれない様な奴が出るかもしれないが、それでも未だ何とかなるだろう。だが、テリトリーの拡大を狙って他の主が来たら?
正直、今の八十一は詰む。主狩り二連続は流石に無理だ。
このテリトリーの核に八十一の『印』を刻んでやれば八十一が新たな主となり、その辺りの問題は一時的に解決するのだが――
「……」
《竜》の返り血そのままに、身を隠していたガーニーの下に置きっぱなしに解体道具を取りに行く八十一には、生憎その気が無かった。
理由は色々ある。
例えば、火術しか使えない八十一は『印』を打ち込むだけで様々な魔術触媒が必要であり、その触媒を用意する事が面倒――……困難であるからだったり。例えば、この土地を八十一の、ヒトのモノにした所で、ヒトの街から距離が有り、間に幾つも《竜》のテリトリーが存在するからだったり。そも、下手に土地を持ってしまうと《教会》と言う厄介な連中に絡まれるからだったりする。
そんな分けで八十一は先の対竜戦闘の疲れが抜け切らぬ内から厄介事に巻き込まれ無い様に動き出す。最低でも竜眼――竜の瞳だけ有れば良いのだ。肉や、骨、鱗に牙などは勿体無いが無理に回収する必要は無い。
「……一時間だな」
胸元から祖父のおさがりである無骨で頑強な懐中時計を取り出し、時刻を確認。自身に言い聞かせる様に八十一。そうして解体のリミットを定めて視線を上げてみれば――
「――へっへっへ」
「……」
何時の間にかヤチが居た。
その足元には八十一が取りに行こうとしていた解体道具が入った革製のザックがある。
「――」
「……」
褒めて貰えると思っているのだろう。
その瞳は輝き、尻尾は振られ、耳は撫でられるのを待つ様に後ろに、ペタン、と寝ている。
「……――ヤチ」
「!」
吐き出しそうになる溜息、どうにか飲み込んで努めて八十一が優しい声を出せば、ヤチの期待は一気に膨れ上がる。耳を寝かしたまま、首だけを伸ばす様にして顔を近づけてくる。
「今までどこで遊んでやがった、テメェ?」
「――」
そしてその鼻先を掴まれた。
犬――では無く、狼の急所である鼻を掴まれたヤチ。彼はちゃんと群れのリーダーが八十一だと理解している。だから、唸ったりしない。ボク、良い子ですよー、と神妙な顔で大人しくしている。そう、大人しく、している。未だ、大人しくしている。辛くなってきた。カリ。八十一の手を抗議する様に軽く引っ掻く。離して貰えない。カリかりカリ。今度は両前足で。でも離して貰えない。ぴすー。降参を示す様に情けない鳴き声を上げたら漸く離して貰えた。
ぶしゅん、とくしゃみをするヤチ。むずむずしたらしい。心なしか、八十一に抗議の視線を向けている様な気がする。
(……テメェが悪ぃんだろうがよ)
「さっさとやるぞ。時間ねーんだから」
ソレを見て見ぬ振り。ぶっきら棒にそれだけ言って八十一が歩き出せば、三歩歩いて機嫌を治したヤチが後を追う。その際にザックを咥えているのは少しでも失態を取り戻して褒めて貰おうと言う思いからだろう。
くすり。そんなヤチの様子を見て、八十一の口元に軽い笑み。
(……少し位、肉も持ち帰るかな)
それ位の余裕はある。食わせてやればヤチも喜ぶだろう。
――むいー! むいー! むい?
と、そんな事を考えながら翅蜥蜴の元に足を運んでみれば、そこにはさっそく別の《竜》。
会話になっていない会話。唸り声の様な声をあげて何やら身振り手振りで会話をしている色とりどりの小人。
精々が八十一の踝程度の大きさのそれらは確かに竜眼を持った《竜》なのだが、八十一は特に注意を払わない。ヤチに至っては嬉しそうに濡れた鼻を押し付けて匂いを嗅いでいる。
「……ボボどもか」
ボボ。それは竜狩人にとってもっとも馴染み深い《竜》だった。
真竜、ダイダラボッチ。その眷属とも、分体とも呼ばれる彼等は実にヒトに友好的なのだ。その証拠に、報酬さえ渡せば彼等は竜狩人の仕事を手伝ってくれる。
「毎回、思うんだけどよ。来るの早すぎねーか、お前ら?」
――むい~?
八十一の突っ込みに何の事だか分からないと小首を傾げるボボ。
それに苦笑いを浮かべながらヤチの持ってきたザックからこの場合だけに使える万能解体道具を取り出す八十一。
「さて、皇国言葉が分かる奴、居るか? こっちはこれだけ出せるんだがよ?」
見せつけるように八十一の手の中で遊ばれるのは瓶に詰まった大量の金平糖。
――むい! むい! むいー!
そうして見せれば、マタタビを前にした猫の様な狂乱。翅蜥蜴の上から、下から、地面から、空から、あちこちからボボ達が湧き出てくる。
と、そんな集団の熱の中、少し離れた位置で何かゴソゴソやっている集団を八十一は発見した。一匹のボボに何匹かのボボが群がる様はまるで苛めの様にも見えるが、雰囲気を見るにどうもそうではないらしい。
何をやってるんだ? 内心で小首を傾げる八十一の様子に気が付くことなく、彼らは着々と作業を進める。そうして待つ事、数秒。
「……」
出て来たソレを見て八十一は思わず吹き出しそうになった。
髭が生えていた。長くて白い髭だ。杖を持っていた折り曲がった腰を支える為の杖だ。老師――そんな感じの格好をしたボボが歩いてきた。
――むいっ!
恐らく八十一のリクエストを受け、皇国言葉が分かる代表者を選出し、老師っぽく加工したのだろう。そこに何の意味が有るかは知らないが、二、三歩歩く間に髭を踏ん付けて転んでいる所を見るにあまり大した意味はなさそうだ。
――むい! むいむい!
そんな代表者は身振り手振りで八十一に交渉を持ち掛ける。……取れ掛けの付け髭は気にしない事にしたらしい。
「こいつ等全員が手伝ってくれるって事で良いのか?」
――むぃ!
力強く頷かれる。そういう事らしい。
「目と牙、それと肉を――そうだな、この瓶二つ分位の大きさくれ。残りは好きにしてくれて構わねぇ」
――むぃ!
八十一の言葉に再度頷くボボ。そのまま老師キャラである事を忘れて勢い良く回れ右。
――むいー!
――むいー!
――むい、むい、むいっ!
――むい、むい、むいっ!
そうして行われる決起集会の様なやり取り。代表者が叫べば、残りが更なる絶叫で答える。
そんなやり取りの邪魔になると判断したのか、或はただ単純にその熱気が怖かったのかは知らないが何時の間にか鼻でボボを突くのを止めてヤチが戻ってくる。
その頭を八十一が軽く撫でてやった所で――
――むぃぃいいいいいぃぃぃぃっ!
ボボ、全員そろっての大絶叫。
そこから先は早かった。
誰に用意させたのか、所々に『解体職人集団ボボ組』の、のぼりが立てられ揃いの捻じり鉢巻きに、はっぴ着込んで総員突撃。
翅蜥蜴の口から何匹かが中に入って行ったかと思えば、押し出す様に内側から力を掛けて羽蜥蜴の竜眼を、コロン、と摘出。ソレを為した集団はそのまま八十一提供の運搬用包み紙と紐を用いて荷造りを開始。二匹一組で糸鋸を用いて牙を切り出したかと思えば、鱗を引っぺがし、肉を切り分ける集団も現れる。
「あ? 何だよ? これが要るのか?」
――むぃ!
力強く頷く集団に報酬の詰まった瓶を渡してやれば、測量により体積を求め肉の必要量を求めるべく黒板に数式が踊って行く。
(……目分量で良かったとは言えねー)
と、八十一が少し申し訳ない気持ちになった十五分後――
――むいー! むいー! むいぃぃぃぃいー!
「あー……助かったぜ、ありがとな」
万歳三唱するボボ達と、自身の上半身程の大きさの竜眼を背負い、帰り支度を済ませた八十一達の姿があった。
解体職人集団ボボ組の仕事は恐ろしいまでにスピーディなのだ。
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