翅蜥蜴

 《竜》は強い。

 ヒトの敵として造られ、ヒトの敵として送られた生体兵器、《竜》。

 その生物は恐ろしく強い。

 八十一はソレを理解していた。

 厳しい祖父。同じく葬竜拳士であり、同じく竜狩人である祖父。その祖父に話で伝えられ、実施で教えられたから、八十一はその事をよく理解していた。理解、していたのだが――


「――ッ! しまっ――! ってコラぁ、ヤチぃ!」


 その程度の、ヒトの理解程度、容易く超えてこその《竜》、ヒトの敵。

 羽ばたいた。

 斬られ、貫かれ、左右が不揃いになった翅で。焼かれ、炭化し、ボロボロになった翅で。

 《竜》は風を撃って見せた。

 自身の巨体を再度空に上げる程に力強いその風撃ちに合わせるように、黒いものが崩れて落ちる。それは炭化した竜鱗であり、穿たれた穴に張り付いた《竜》の血だった。

 自壊を許容する滅己(めっき)の一手。死に物狂いが奇跡を呼び起こすのは物語の常道だ。そのあまりのタイミングの良さ――八十一にとっては悪さに軽く口の中だけで舌打ちを一つ叩く。

 詰みまで試算で三。

 ヤチが足を文字通りに食い止め、火術を一つ目くらましに放って、終の一。

 それで終わらせようとしたその刹那だった。火術を放つ為に足を止めていた八十一は未だ良い。突風に一瞬バランスを崩しそうになるものの、体制は崩していない。問題はヤチだった。


 ――喰い付こう。勢いよく喰い付いて歯を深く刺そう。


 未熟な対竜獣は、逸る気持ちに乗せられる様に大跳躍している時にまともに風を受けてしまったのだ。

 その結果、空を跳んでいたヤチは空を飛ぶ事になった。踏ん張りが効かない空中で良い様に風に叩かれ、森の奥に向かって行った。幸いにも悲鳴の様なモノが聞こえてきた分けでは無いので無事なのだろう。問題は――


(あの馬鹿、途中で楽しくなってやがった!)


 虎気にて対竜戦闘用に跳ね上げていた身体能力、強化された動体視力で捉えてしまった尻尾だ。空を飛ぶのが思ったよりも楽しかったのか、ソレは勢い良く振り回されていた。


(ッたく、こっちはこれから一人で行かなきゃならねーってのによ!)


 吐き出す悪態飲み込む代わりに業火を灯した赤の瞳で八十一が睨む先には、《竜》。

 翅蜥蜴。翅を得て、空を得た彼等の脅威度は高い。

 だが、その翅を奪い、空を奪ってやれば途端にその脅威度は低くなる。

 故に。定石。翅蜥蜴との対竜戦闘において、真っ先に『翅蜥蜴』から『翅』を奪いただの『蜥蜴』に落とすのが定石。

 参式の爆火から入った八十一達は確かにソレを成し、有利を掴んでいたのだが――今、八十一が見据える先にその有利は消え去り、浮かぶ《竜》。

 滑空に向いた羽にて無理やり行われるホバリング。僅かに、それでも確かに浮かぶ翅蜥蜴は翅を、空を取り戻していた。

 その姿は力強い/逆接/その姿は弱々しい


「……」


 弱って尚、否、弱ってこそ強さを見せる野生の誇り。

 ソレを見て取り、八十一の身体が沈む。両の手にて槍の柄握り、右足前の半身。残った左足に体重のせて今にも獲物に跳び掛からんとする虎を模した虎伏(こふく)の構え。


 ――ギリ


 歯を噛みしめたのは空の《竜》、地のヒト、どちらだったのだろうか?

 追い詰められた《竜》は生き残るために。

 個として弱いヒトも――やはり生き残るために。


 一手を、打つ。


 ――GIGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!


 咆哮。空にて吠える《竜》の口から炎。万物遍く焼き尽くす――ドラゴンブレス。


「壱式・爆火ぁッ!」


 咆哮。左手。魔導刻印刻まれたソレが駆け巡る架空元素にて淡く、赤く、輝き――火術。

 《竜》の口から吐き出された火炎を指し示すのは、揃えられた左の人差指と中指。八十一の意志にて方向を与えられた架空元素が火槍(かそう)となって咆哮と共に吐き出された火炎を貫く。

 爆炎。

 炎と火は互いにぶつかり合い、飲み込み合い、増強し合って世界を紅蓮に染め上げる。

 熱された空気が一気に膨張し、その膨張した空気に押されて突風、衝撃波。

 先の翅蜥蜴の羽ばたきとは比べものに成らないその強さ。その中を――《竜》は進む。

 風を切る為の翅で風を切って、爆炎の中を突っ切る。その一つだけの瞳に讃えられるのは殺意。紛れも無く、純正の殺意。

 敵と定めた。翅蜥蜴は――この個体は、八十一を敵と定めた。故に一切の躊躇無く、油断無く行われる追(つい)の攻撃。狙いは滑空状態からの柔軟な首用いての噛み付き。

 彼は考える。

 先は確かに防がれ、反撃まで喰らった。だが、アレは恐ろしいまでにピーキーなバランスの上に成り立つ技だ。果たして今、この状態で、爆炎で目を、耳を潰された状態で打つことが出来るのだろうか? あそこまでの精度の返し技を成せるのだろうか?


 ――結論。否。


 確かにヒトの中には目に、耳に依らず『見る』事が出来る個体も存在する。だが、あの個体は違う。未だその域には達していない。


 ――だから、勝てる。


 未だ洗練される途上の技、完成に至っていない今のアレならば自分は勝てる。

 《竜》は完成されているが故、未完のヒトには負けない。

 そう、《竜》は強い。ヒトの敵として造られた《竜》は強い。

 何故なら。そう、何故なら――強く泣ければヒトの敵に成り獲なかったから。

 ――!

 轟音、遅れて、爆炎。眼前の煙を突き破り新たな爆炎が生まれ、そこから生まれた穂先が翅蜥蜴の喉を刺し貫く。そして――


「――獲ったぜ、《竜》」


 笑み。

 爆炎纏う魔槍。その担い手である八十一が浮かべる会心の笑み。

 それは獣の笑みだった。それは虎の笑みだった。それを浮かべた少年は槍を手放し――


「ッ、らぁ!」


 宣言通りに『獲る』為に翅蜥蜴の顎を蹴り上げる。

 跳んだ勢い殺さずに放たれる蹴りは鋭く、速く、衝撃だけを残す為の一撃。そして狙い通りに脳天を穿つ様に伝わる力。


 ――! ? ?


 ブラックアウト。視界の暗転。意識のブランク。この状態では限りなく致命的な空白。

 そこに翅蜥蜴は落とされる。ソレは一瞬だ。だが、ソレで最後に成る。

 組手。締め上げ。自身の体重を力に為されるサブミッション。空中の《竜》の自由を葬竜拳士は奪い取る。もがく《竜》を御し、風を撃つ翅を乱し、高度を下げ――


「お終いだぜ、《竜》」


 地面に誘う。

 言葉と同時、八十一は《竜》から手を放し、その身体を踏み付ける。

 落ちる《竜》の身体に僅かばかりの勢いを付け、逆に自信を少しだけ空に近づける。

 得たのは高度と、時間。

 次の一手を打つだけの時間と、その一手の威力を上げる為の高度。

 振り下ろすのは手刀。全身の体重を乗せ、《竜》の首を断つ為に放たれる手刀。

 重力を味方に、速度を威力に。無手にて放つは鵺式葬竜術・虎方が一手――


打割虎爪だかつこそう

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