近くて遠い世界 6

「ステータスウィンドウにログインってあるんだけど、これでユイ達の世界にいけないか?」

「……え、ログイン? ログアウトじゃなくて?」

 念を押されてステータスウィンドウを見直すが、そこには女神の加護LV2、ログインと間違いなく書かれている。


「女神の加護lv2の項目にログインと書かれてるな」

「……うぅん。アルにとってはあたし達の世界がゲームの世界ってこと? それとも、ゲームという概念自体が間違ってるのかしら?」

 ユイが扉に寄りかかり、虚空を見つめてブツブツと呟き始める。


「……ユイ? これでそっちの世界にいけないのか?」

「あっと、そうだったわね。重要なのはアルが来られるかどうかよね。えっと、そのログイン、試してくれるかしら?」

「分かった。えっと……」

 虚空に浮かびあがるステータスウィンドウにあるログインの項目に触れると、あらたにユイにログイン申請を出しますか? という文字が浮かび上がった。

 俺は深呼吸を一つ、その項目をタップした。

 メッセージは申請中という文字が表示され――


「わわっ、なにかメッセージが来たわ。アルベルトからログイン申請? これは……ハイを押せばいい、のよね……」

 ユイにとっても未知のことのようで、若干緊張した面持ちで、虚空に指を突き出した。刹那、俺のステータスウィンドウに浮かぶメッセージが変化。

 五分以内に安全な場所で実行を押してください――と、そんなメッセージが表示される。


「安全な場所……ベッドの上で良いかな」

「えっと……なんの話? こっちにはなにも表示されないけど」

 俺にユイのウィンドウが見えてないように、ユイには俺のウィンドウが見えていないようなので、あらたに表示されたメッセージの内容を伝えた。


「なるほど。感じからして、あたしのいる場所にログインしてくるのかしら? あたしも広場に戻ってログアウトするわ。あっちで合流しましょう」

 もし無理なら、もう一度ここで集合。そんな約束をして、ユイは飛び出していった。

 俺はそんなユイを見送ってから戸締まりを確認して、ベッドに寝転がる。そうして、ウィンドウに表示される実行の文字をタップした。


「――っ」

 不意に視界が真っ暗になって、身体が浮き上がるような錯覚に陥る。次の瞬間、真っ黒な世界に、アバター選択という項目が表示された。

 ただ、選べるのは一つだけで、あとは端っこの方にキャンセルという項目があるだけだ。俺は意を決してアバターを選択する。

 再び襲いかかってくる浮遊感。それが消えると、今度は身体が重くなる。その感覚に耐えかねて、俺は思わず目をつぶった。

 それとほぼ同時、まぶた越しに光を感じて、俺はゆっくりと目を開いた。


「……ここは?」

 まばゆい光を手で遮って起き上がると、パサリとなにかが落ちた。それは剣を磨くときに使っていた布だ。どうやら持ってきてしまったらしい。

 それよりも、ここはどこだと周囲を見回す。

 妙に柔らかい木の板の床に、貴族の屋敷にもなさそうな大きくて透明な窓。カーテンは見事なレースで、他にも高級そうな家具が目に入ってくる。

 そして、ベッドの上にはシンプルなワンピースに身を包んだ、十四、五歳くらいの女の子が、おっきなゴーグルのような物をつけて眠っていた。


「ユイ……じゃないよな。アリス……よりも小さいし」

 ユイが二十歳くらいで、アリスが十七くらい。ティーネは十一歳なので、アリスとティーネのあいだくらいの年齢の女の子だ。

 顔はゴーグルで隠れてるから、正確な年齢は分からないけどな。


「寝てるところすまない。ユイという女の子を知らないか?」

 呼びかけてみるが反応がない。


「……おぉい、起きてくれないか? なぁって」

 腕を掴んで軽く揺する。普通、ここまですれば、少しくらい反応があるはずだけど、女の子はまったく動く気配がない。

 どうしたものかと考えていると、女の子が不意に飛び起きた。


「ちょっと、誰かが身体に触れているって警告が出たんだけど、あたしが動けないあいだに、アルはなにをやって……」

 黒髪の女の子はゴーグルを外し、目の前にいる俺を睨みつけて――目をまばたいた。


「えっと……あなた誰ですか?」

「俺はアルベルトだ。そういうおまえはユイの知り合いか?」

「あたしはユイ本人です……って、アルって女の子だったの!?」

「……は?」

 俺は思わずパチクリとまばたく。女の子はユイ本人と名乗ったが、見た目も年齢も違う。どう見てもユイには見えない。

 それに……


「俺が女の子って、なにを言ってるんだ?」

「なにって、その姿に決まってるじゃないですか。……って、気付いてないんですか? 鏡、そこに姿見があるから見ると良いですよ」

「……え、姿見? え……あれ? えぇ? これが俺!?」

 そこに映るのは、プラチナブロンドの女の子だった。最初、ガラスの向こうに女の子がいるのかと思ったが、どう見ても動きがシンクロしている。


「……どうなってるんだ?」

「それはこっちのセリフです。あのゲーム、異性のアバターは作れなかったはずですよ?」

「そんなこと言われてもなぁ」

 アバターというのがこの身体のことなら、ログイン時にアバターを選択したときに、女の子の身体を選んだってことだろうけど……他に選択肢はなかった。


「自分の性別が変わってるのは気になるけど、この際性別なんてどうでもいい。ここがユイ達の世界、なんだよな? アリスに会えるんだよな?」

「ええ、そうです。病院はここから歩いて行ける場所にあるから、ついてきてください」

「ああ、分かった」


 という訳で、さっそくアリスのもとへと向かうことになったのだが――服はちゃんと来ていたが、ここが土足厳禁の部屋だからか、俺は靴を履いてなかった。

 アリスの靴を借りて、俺はユイと病院なる場所へ向かうことになった。



「……本当に違う世界、なんだな」

 家の外に出るなり驚いた。周囲に立ち並ぶ建物が、俺の知っている建物とまるで違う。

 石……とは少し違う材質で出来ていて、二階三階は当たり前。見上げるほどの建物があったり、高価そうなガラスをたくさん使った建物が建ち並んでいる。


「この世界は魔術がない代わりに科学が発達しているんです。……それにしても、アル……アルさん? それともアルお姉ちゃん?」

「……アルお姉ちゃんはやめてくれ。それと、しゃべり方もいつも通りで良いぞ。中身がユイだって考えると、なんか変な感じがするから」

 やりなおしたあとの俺はユイより年下だが、普通にため口で話していた。だから気にするなというと、ユイは苦笑いを浮かべる。


「中身って言うか、あっちがアバターなんだけど」

「よく分からないけど、違和感がある」

「……分かった。なら、いままで通りアルって呼ばせてもらうけど、話し方はこのままでいかせてください。あたしにとっては、こっちが素の話し方なので」

 さっきよりは少し砕けたけれど、丁寧語を続けるつもりらしい。


「分かった。なら、それで良いよ」

「ありがとう。……それにしても、アルがこっちにログインって……不思議ですね」

「ユイが俺達の世界にログインするのと同じじゃないのか?」

「うぅん。たしかにあのゲームは、異世界に繋がってるんじゃないかって噂されるくらいリアルですけど……」

「……別の世界に繋がってるんだろ?」

「そう、なんでしょうか?」

 自分達は普段からログインしてるくせに、俺がログインするのは信じられないらしい。


「それにしても、ずいぶんと見た目が違うんだな」

 俺は隣を歩くユイを見下ろしながら呟く。あっちのユイと姉妹と思える程度に面影はあるけど、年齢だけじゃなくて、髪や瞳の色、微妙に顔立ちが違う。


「アルに言われたくないですけど……あたしはユイ本人ですよ。名前は黒羽(くろばね) 優衣(ゆい)。ゲームでは、咲夜お姉ちゃん――アリスを護りやすいように、年齢を引き上げてあったんです」

「……ふむ」

 アリスより年上の姿を作ったと言うことだろう。よく分からないけど。

 ひとまず、アリスはいまのユイと、あっちのユイのあいだくらいの年齢。俺の知ってるアリスと同じくらいの年齢、なのかな?


「……っと、ここです」

 ユイが砦くらいありそうな真っ白な建物の前で足を止めた。いよいよ、アリスと会うことが出来そうだ。俺はアリスとの再会を思って、ぎゅっと拳を握り締める。


 ――だけど、ユイが案内した集中治療室(ICU)にアリスの姿はなかった。

 

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