近くて遠い世界 5

 よく分からないけど、ティーネの問題は解決したっぽい。

 それが俺の率直な感想だった。


「ウォルフ、一体どういうことなんだ?」

「あぁ、そうだな。説明するべきだろうが……その前に、いくつか確認しなくてはいけないことがある。明日の午後、迎えをよこすから、話はそのときで良いだろうか?」

「明日、か? ティーネの借金は、今日中に返済しないとダメなんだが……」

「それならもう心配ない」

 ウォルフは断言した。根拠は不明だけど、ラウザ商会の会長が逃げていったくらいだから大丈夫なんだろう。ティーネの安全が確保されているのならなんの問題もない。

 俺達は滞在場所を教えて、明日迎えに来てもらうことになった。


「それで、俺は早急に調べることがあるのでこれで失礼する」

 ウォルフは足早に立ち去っていく。それと同時、周囲にいた者達が何人か、その後を追うように立ち去っていった。

 ……ラウザ商会の手の者、か? いや……距離感が味方っぽいな。なら、ウォルフの護衛だろうか? ひょっとして、大きな商会の跡取りとか、なのかな?


「アルベルトさん。私、助かった……ですよね?」

 ウォルフの後ろ姿を見送っていたティーネがぽつりと呟く。その口調は実感がないというか、いまだ現実を受け入れられていないような感じだ。


「ウォルフがそう言ってただろ? ティーネはもう自由だ」

 実際には、技術を買ってもらうのか、ポーションを生産して売るのか、その辺りがどうなるか決まっていないけど、無理に結婚をさせられることはない。

 いまくらいは素直に喜んでも良いだろう。


「……アルベルトさん、ありがとうございました。私、アルベルトさんがいなければきっと、色々諦めてたと思います」

「俺は大したことなんてしてない。ティーネががんばったからだよ」

 ティーネの頭にポンと手を置いてその髪を撫でた。



 ティーネの問題を解決し、久しぶりにぐっすりと寝られた。

 そして翌日、俺は部屋で剣を磨いていたのだが――ユイが凄い勢いで乗り込んできた。


「……おまえ、今更来たのか? ティーネの件ならもう解決したぞ?」

 扉の前に立つユイを見て、俺は溜息交じりに軽く咎める。

「そんなことよりあたしの話を聞いて!」

「……そんなこと?」

 聞き捨てならないとジト目で睨むと、ユイはハッとして、ばつが悪そうに唇を噛んだ。


「ごめんなさい、失言だったわね。ティーネが無事なら良かったって心底思うわ。でも、あたしにとってはそれ以上に重要なことなの。だからお願い、あたしの話を聞いて」

「……分かった。それで、なにがあったんだ?」

「アリスが一昨日の深夜から集中治療室(ICU)に入れられてるの」

「はい?」

 ユイが深刻そうな表情をしているのは分かるが、ICUと言うのがなにか分からない。響き的にNPCの親戚だろうかと思って首を傾げる。


「集中治療室(ICU)っていうのは、二十四時間体制で管理しなきゃいけないほど命の危険にさらされている患者が入る病院にある施設のことよ」

「――なっ!? それじゃ、アリスは……?」

「ええ。最近の無理がたたったのか、一昨日の深夜に容態が悪化したの。それからずっと意識が戻らないわ」

「そんな……どうして!?」

 俺の問い掛けに、ユイは寂しげな微笑みを浮かべた。


「……どうにかならないのか? 高品質のポーションなら、病は治せなくても弱った身体は治せるだろ? もしくは、高位の治癒魔術師とか」

 ミレーヌさんの二の舞にだけはさせられないと捲し立てるが、ユイは力なく首を振った。


「……言ったでしょ、あたし達はこの世界の住人じゃないって。この世界よりずっと高度な医療を受けられるけど、ポーションや魔術は存在しないの」

 この世界じゃ出来ないことが出来る代わりに、この世界なら当たり前に出来ることが出来ないと、ユイは悔しげに呟いた。


「……俺に、なにか出来ることはあるか?」

 俺が問い掛けると、ユイはハッと顔を上げた。

「そう、それが聞きたかったのよ。アル、あなたは本当にあたし達と同じ世界の住人じゃないの? プレイヤーじゃないけど、実は運営の人間、とか」

「……その異世界が良く分からないから断言は出来ないけど、たぶん違うと思う。少なくとも、俺にはなんのことか分からない」

 やりなおす前の世界を異世界と定義するなら、俺は異世界から来たことになるけど、ユイ達のいう世界は俺の知ってる世界とあまりに違いすぎる。


「そっか……そう、よね」

 ユイは下を向いてしまった。俺はもちろんアリスのお見舞いをしたいと思っているけど、俺がお見舞いに行けないことでユイがそこまで落ち込む理由が分からない。

 どうしてだろうと思っていると、俺の視線に気付いたユイが力なく笑った。


「アリスがね、貴方に会いたがってるのよ。うわごとでアルくん……って。だから、あたしはアリスのお願いを叶えてあげたくて、ここに来たんだけど……」

 俺の胸がどくんと脈打った。アリスが望んでいるのなら、なんとかしてやりたい心から思った。なにか方法があれば良いんだけど……


「ユイ達はどうやってこっちの世界に来るんだ? 俺を連れて行くことは出来ないのか?」

「それが出来れば良かったんだけどね」

「無理なのか?」

「システム的に考えて連れて行くのは無理ね。あなたがこっちの世界にログアウト……というか、ログイン? 出来るなら別だけど」

「じゃあ……これを持って帰るのはどうだ?」

 ティーネが作った最高品質のポーションを鞄から取り出す。


「残念だけどそれも無理よ。人だけじゃなくて、物を持って帰ることも出来ないの」

「そう、か……」

「いまの状態じゃ、アリスをログインさせることも出来ないし……」

 俺をアリスに会わせる手段はないと、ユイは悲しげに俯いた。

 だけど、俺はそんな風に諦められない。ティーネやミレーヌさんを最後まで救おうと足掻いたように、俺は諦めが悪いのだ。

 俺がユイ達の世界に行く方法がなにかないか――と必死に考えを巡らす。そして、プレイヤー一族と俺達の違う点を考え――俺とプレイヤー一族にだけある共通点に至った。


「ステータス、オープン」

 この能力を俺は知らなかった。

 プレイヤー一族だけが持っているはずの能力。それを、俺が持っている理由。

 なにか異世界と繋ぐ糸口が在るかもしれないと視線を走らせると、女神の加護のレベルが2になっていることに気がつく。

 そして、女神の加護の付属能力に――ログインという項目があった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る