近くて遠い世界 1

 ティーネは父の跡を継ぎ、アルケミストの道を進みたいと決意した。

 俺のわずかな助言から高品質のポーションを作ることが出来たのだから、才能は間違いなく持っている。借金の件さえなんとか出来れば、ティーネは大成できるだろう。


 家を売れば借金の大半を返済できるようだが、工房を手放してはポーションを製作して売ることが難しくなる。出来るのであれば、家を残したまま借金を返していくのが理想的だ。

 そうなると、高品質のポーションを改良して稼げる域にまで昇華させ、商人にその技術を認めさせて、借金の返済を少し待ってもらうのが一番だろう。


 そんな方針を決めた翌日。

 俺はティーネの家の工房で、ティーネのポーション開発を見守っていた。

 ティーネはここ数日塞ぎ込んでいたはずだけど、前回見たときよりも確実に手際がよくなっているし、ポーションのレシピにもいくつか改良が見られる。

 薬草を煮つめて濃度を上げるだけでなく、不純物を取り除く工程を加えたようだ。


「ティーネ、もしかして……ここ数日、レシピの改良をしてたのか?」

「えっと……実は、その……ちょっとだけ」

「ふむ、なるほどな」

 母を失って落ち込んではいても、ポーションを作る情熱は消せなかったんだろう。いまにして思えば、連日訪ねたにもかかわらず、ポーションは毎回売ってもらっていた。

 だから、最近目の下にクマを作っていたのかと思うと笑いが零れた。


「あ、あの、違いますよ? アルベルトさん達が持ち込んでくれた薬草がたくさん残ってたから、ちゃんとポーションにしないとダメだって、思ってただけで……」

「思ってただけで、新しいレシピを開発してたんだな?」

「はう……そ、それは、その……凄いポーションを作れたら、結婚しなくても済むかも……とは最初から思ってたので」

「なるほど」

 とどのつまり、本当にポーションを生産して借金を返せるか、そして俺達をどこまで信用できるかという問題があるだけで、結婚を逃れること自体は最初から望んでたんだな。

 でも……迷うのは無理もない。

 アリスとユイは、今日は姿を見せていない。あんなにティーネのことを説得しておきながら、前に進むと決めたティーネをほったらかしだ。

 事情があるのだとは思うけど、けしかけた割りには薄情だと思う。


「アルベルトさん、どうかしたんですか?」

「いや、アリスもユイも姿を現さないなって思って」

「そういえば……どうしたんでしょうね? とくにアリスさん、前は毎日来てたのに、最近はすっかり姿を見てないです」

 ティーネは薬草をすりつぶす作業を止めて、頬に指を添えて首を傾げた。


「ティーネの背中を押した癖に薄情だよな」

「きっと、なにか事情があるんですよ。アルベルトさんだって、そう思ってるんでしょ?」

 お見通しですよとばかりに笑われ、俺は頬を掻いた。


「まあ、なにか事情があるとは思ってるけどな」

 ティーネの命運はあと数日で決まる。いまはアリス達の事情を考えている場合じゃないと、俺はティーネの手伝いに意識を戻す。


「うぅん……だいぶ品質は上がったと思うけど、あと一歩が届かないですね」

 出来上がったポーションを試験薬に一滴、その効果を確認したティーネが唇を尖らせる。

 最初と比べるとずいぶん品質が上がっているし、最高品質まであと一歩のところまで来ているのだが、ティーネ的にはまだまだ納得がいかないようだ。


 ティーネがやっているのは、初級ポーションの製作を極めると言うこと。高価な素材を必要とする上位のポーションと比べれば効果で劣るが、コストパフォーマンスはかなり高い。

 プレイヤー一族が流れ込んできてポーションの需要が増えているいま、生活費を稼ぐだけならなんの問題もない。借金の返済だって、少しずつなら可能だろう。

 ――でも、あと一押し欲しいと言うのも分からなくはない。

 ……もう少し品質を上げる方法がなかったかな? 製作手順は問題ない、というか、既にティーネが独自の改良を加えてるから、それ以外で……あ。


「なぁ、薬草は俺達が持ち込んだ物を使ってるんだよな?」

「そうですけど……?」

「なら、栽培してる薬草を使ってみたらどうだ?」

 持ち帰った腐葉土に、砕いた魔石を混ぜた土で育てた薬草は、他よりも成長速度が速くなっていた。薬草としての品質が上がっている可能性がある。


「言われてみれば……まだ量産できるほど増えてなかったので、栽培してる薬草を使うって発想がなかったです。実験用に少し持ってきますね!」

「あぁ、俺も見に行くよ。あれからどれくらい成長してるか気になるしな」

 俺の知識にあったのは、耕した土に砕いた魔石を混ぜると言うことだけ。

 腐葉土に魔石を混ぜるのは初めての試みだから、どれくらいの速度で成長するのかは気になるところである。ということで、俺はティーネの後を追い掛けたのだが――


「ええぇぇぇえぇっ!?」

 先に裏庭に向かったティーネが素っ頓狂な声を上げた。

「どうした? まさか、荒らされて……」

 横に並んで菜園を覗き込んだ俺は息を呑んだ。


「……どういうことだ? ここに植えた薬草はリーフェル、だったよな?」

 リーフェルというのは緑色の草で、初級ポーションの材料となるポピュラーな薬草だ。だが、腐葉土に砕いた魔石を混ぜた土に植えていたリーフェルが青色に変色している。


「どういうことでしょう? 私、なにか失敗しちゃいましたか?」

「いや、これは……」

 青く変色したリーフェルを一株採取して観察する。色は変色しているが、枯れているとかではない。見た目は元気に育ったリーフェルそのものだ。

 俺はその薬草に心当たりがあった。


「これ……マナリーフェルだ」

「マナリーフェル、ですか??」

「ああ。これで初級ポーションを作ったら、少しだけど魔力も回復するはずだ」

「……え? 魔力、ですか? 魔力を回復させるポーションは稀少な素材が必要で、ものすごく高価だって聞きましたけど……」

「これはそれとは違う。あくまで傷を癒やすのがメインで、魔力の回復量は少ないから、そこまでは高価じゃない。……って、聞いたことないか?」

 俺の記憶ではわりと一般的な素材だったんだけど、ティーネは知らないらしい。

 でも、腐葉土――というか、もともと魔力素子(マナ)の混じる土に魔石を混ぜた結果、マナリーフェルに変化したってことは、もしかして……そう言うことか?

 もし予想が正しければ、栽培することで色々と稀少な薬草が作れるかもしれないな。


「実験したいことが増えたけど、ひとまずはその薬草でポーションを作ってみよう」

「はい、初級ポーションと同じ作り方で良いんですよね?」

「ああ、手順はいつも通りだ」

 ということで、傷の治癒と体力や疲労の回復。それに、魔力が回復する最高品質の初級ポーションが完成した。これを量産できれば、借金だってすぐに返せるだろう。

 そんな風に考えていると、誰かが家を訪ねてきた。

 

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