近くて遠い世界 2

「ユイさん達でしょうか? ちょっと待ってくださいね」

 ティーネが応対のために玄関へと駈けていく。

 ちょうど良かった。ユイ達に新しく出来たポーションでどうやって効率よく稼ぐか相談しよう――と、そんな風に考えていたのだけど……ティーネはなかなか戻ってこない。

 様子を覗きに行くと、ティーネの戸惑った声が聞こえて来た。


「どうかしたのか……って、あんたはこのあいだの」

 玄関に立っていたのはラウザ商会の会長だった。


「……ちっ、エルネスティーネ一人じゃなかったのか」

 いま舌打ちしたぞ、こいつ。

 奴隷にしてしまえば好きに出来るところを、結婚という代案を持ちかけた辺り、それなりに親切なんだと思い込んでたけど……もしかして、ティーネを騙そうとしてないか?


「ティーネ、なんの話をしてたんだ?」

「会長さんが、結婚について返事を聞きに来たんです。それで、ポーションを作って生計を立てるから、少しずつ返済させて欲しいって言ったんですけど……」

「はん、エルネスティーネの様に幼い娘が一人で店を維持できるわけがないだろう。だから、返済は待たないと言ったのだ」

 会長が煩わしそうに言い放った。


「維持できるかどうか、やってみなくちゃ分からないだろ?」

「出来るはずがない。それに、下手なことをされて、よそであらたな借金を作られて、うちの商会が借金を回収できなくなっては大変だからな」

 ……なるほどな。言い方は気にくわないけど、言い分は理解できる。ティーネ自身がそんなことが可能なのか不安になってたくらいだし、商人が警戒するのは当然だ。

 問題は――


「ティーネ、さっき作ったポーションの話はしたのか?」

「えっと……うん。でも、その程度じゃ回収できるはずがないから無理だって……」

 ティーネがしょんぼりと答える。

 なるほど。さっき戸惑ってたのはその辺りが理由か。


「えっと……ラウザ商会の会長、だったよな。あんたは、傷だけでなく疲労や体力、それに魔力も回復できる初級ポーションが開発できたって聞いたんだよな? それなのに、ティーネがお金を稼げないって言うのか? いまこの街に冒険者が集まってるのは知ってるだろ?」

「ふんっ、冒険者が集まっている反面、森の薬草が採り尽くされていることを知らんのか?」

「もちろん知ってるが、そのうえでポーションを量産するあてがある」

「な、に? それは本当か?」

 食いついた――と俺は確信をした。

 だが――


「……ふ、ふん。どうせ時間稼ぎの出任せであろう。無駄に足掻くのはやめて、ティーネはわしの嫁となるがよい。ちゃんとよい暮らしをさせてやるぞ?」

 会長は一歩引いて、話を結婚するかどうかへと戻してしまった。


 ……おかしいな。ラウザ商会といえば大きな商会だったはずだ。その商会の会長ともなれば利に聡いはず。なのに、金儲けの話に興味を示さない。

 ティーネを手に入れたら、一緒に手に入れられると思っているのか?

 その可能性はありえるけど……話すら聞こうとしないのはおかしい。ティーネにベタ惚れだって言うなら、商売度外視も分からなくはないけど……


「もしかして、ティーネ自身に価値があるのか?」

「ふえ……?」

 ティーネは首を傾げただけだったけど、会長はピクリと眉を跳ね上げた。


「なにを言っているんだ? わしはただ、確実に借金を回収したいだけだ。とにかく、期限は先日に言ったとおり明日までだ。それまでに決めるように」

 後半はティーネに言い放ち、会長は足早に立ち去っていった。



「……むちゃくちゃ怪しいな」

 会長の後ろ姿を見送りながら、俺は眉をひそめた。だけどティーネは分かってないようで、「どういうことですか?」と困惑顔だ。


「まだ分からない。けど、ポーションを販売して借金を返していくっていうのは難しいかも知れない。なにか、他に手を考える必要がありそうだ」

 裏がありそうだけど、その裏がなにかを探ってる余裕はない。

 問題は、予想が当たっていた場合だ。ティーネが目当てなら、どれだけお金になるポーションを開発したとしても、明日には借金の全額返済を迫られる可能性が高い。

 なんとかしなきゃいけないんだけど……ユイやアリスはなにをやってるんだ? なにか事情があるんだとは思うけど、連絡くらい入れて欲しい。


「ねぇアルベルトさん、さっきのポーション、明日のコンテストで出品しても良いですか?」

「……コンテスト? そういや、そんなことを言ってたな。もちろん構わないけど……ふむ、コンテストか。評価されたら、どっかの商会が後ろ盾になってくれたりするか?」

「一応、そう言うことはあるみたいですよ。もちろん、滅多にあることじゃないですけど」

「なるほど。なら……いや、ティーネはどうしたい?」

 それに懸けるしかないと思ったけど、その言葉は寸前で呑み込んだ。俺が提示した選択肢のせいで、ティーネは母親の死に目に会えなかった。

 あんな失敗は二度と繰り返すわけにはいかない。


「私は……えっと、アルベルトさんはどうしたら良いと思いますか?」

「いや、自分で考えた方が良い。このあいだ、俺の言うとおりにして後悔しただろ?」

 いつどこでとは言わなくても、ティーネには十分に伝わったんだろう。一度悲しそうに目を伏せた。だけどすぐに顔を上げ、強い意志を秘めた青い瞳で俺を見る。


「お母さんをお見送りできなかったことはたしかに後悔してます。でも、あそこで諦めてたら、もっと後悔したと思うんです。だから、どうしたら良いか教えてください。もちろん、最終的に決めるのは私だけど、アルベルトさんの意見が欲しいです」

 澄んだ瞳がまっすぐに俺を見てる。

 こんな覚悟を見せられたら、俺だって逃げるわけにはいかない。アリスに巻き込まれた形だけど、最終的に協力すると決断したのは俺自身だ。こうなったら俺も覚悟を決めよう。


「正直、状況は苦しい。それをはね除けるには、コンテストで結果を出すくらいは必要かも」

 可能性は低い。

 ミレーヌさんを救おうとしたときよりも低いかもしれない。それでも、ティーネの逆境をはね除ける一手はこれ以外に思いつかない。

 だから、他に手はないと断言した。


「ありがとう、アルベルトさん。私も、そう思います!」

「そうか……なら、やるしかないな。結果を出すには、可能な限りの改良と、サンプルの量産が不可欠だ。コンテストが明日なら、最後まで全力を尽くそう」

「はいっ!」

 俺達は後悔しないため、夜更けまでポーションの改良と製作を続けた。

 

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