死という概念のある世界 4

 俺とユイがブラウンガルムを倒し、アリスが治癒魔術で怪我を回復する。そんな戦いを何度か繰り返し、ついでに薬草採取をする。

 ユイやアリスは二日目にして、ずいぶんと戦いに慣れたようだ。

 特に一足先に装備を新調したユイは、昨日と比べてグッと戦い方が上手くなっている。なんでも、買い換えた装備を試したくて、昨日あの後、一角ウサギと戦っていたらしい。

 根を詰めすぎるなと思ったけど、それなりに考えた上での行動のようだったので、軽く注意を促すに留めておいた。心配だけど、本来は俺がとやかく言うことじゃないからな。



 狩りを終えたあと、俺達は採取した薬草を持ってティーネの家へとやって来た。

「ティーネ、いないのかな?」

 扉越しに呼びかけたが返事がない。

 もしかしたらポーション作りに夢中で気付いてないだけかもしれないけど、ティーネの母親が寝ているはずなので、あまり何度も呼びかけるのは憚られる。

 どうしようかと話し合っていると、背後からティーネの声がした。


「皆さん、そんなところでどうしたんですか?」

「ティーネに薬草を届けに来たんだ。そういうティーネは買い物だったのか?」

 その割りに手ぶらみたいだけどと、首を傾げる。


「実は私、冒険者ギルドで解体のお仕事を手伝わせてもらってるんです。いつもはあんまりお仕事がないんですけど、今日はたくさんあったので、帰るのがちょっと遅くなりました」

「あぁ……なるほど」

 プレイヤー一族の持ち込みが増えてるんだな。装備の品切れと違って、こっちはティーネ達にはありがたい影響みたいだけど。


「というか、ティーネは解体が出来るのか?」

「はい。お父さんはときどき狩りをしてたので、お手伝いして覚えたんです」

「なるほど……」

 と、俺はアリスとユイに視線を向ける。そしてとある提案をすると、それは良いねと二人揃って賛成してくれた。


「どうかしたんですか?」

「あぁうん。ティーネ、ギルドに支払うのと同額の手数料を支払うから、俺達が狩ったブラウンガルムの解体を、個人的に頼まれてくれないか?」

 ちなみに、ギルド経由で頼んだ場合はギルドが中抜きをする。だから直接頼むことで、ティーネに入る金額は多くなるのだ。

 また、解体は本来自分達で行うのが一般的なので、誰かに依頼する分には問題もない。


「ギルドで頼むと待たされそうだし、ティーネが引き受けてくれるのなら助かる」

「嬉しいですけど……アルベルトさん、自分で解体できるんじゃないですか?」

「出来るけど、解体する時間で多くの魔物を狩った方が得なんだ」

 普通は現地で解体するから、そんなことは言ってられない。けど、ストレージで持って帰るのが前提なら、誰かに頼んだ方が効率的だ。

 だから、これは決して施しなんかではなく、お互いが得する交渉であると強調する。


「えっと……じゃあ、ぜひそのお仕事、私にさせてください」

「交渉成立だな。作業はどこでする?」

「お父さんが獲物を持って帰ってきたときは家の裏手で解体してたので、そこでします」

「分かった。なら、そこに積んでもらうな」

 俺はアリスとユイに目配せをして、家の裏手へと移動。そこにブラウンガルムの死体を積み上げてもらった。


「ふわぁ……今日もたくさん狩ったんですね」

「時間は少なかったけど、効率はだいぶ上がったからな」

 今日は六体。昨日の半分だけど、狩りに費やした時間は三分の一にも満たない。アリスやユイもずいぶんと戦えるようになってきた。



 ティーネがさっそく解体するというので、俺達はリビングで待つことにする。だが、ユイは解体に興味があると途中で部屋を出て行った。

 そうしてアリスと二人で話していると、奥から金髪の女性が姿を現した。どこか育ちの良さそうな物腰の女性だが、その顔色は目に見えて悪い。


「ミレーヌさん、こんにちは。お邪魔してます」

「あら、あなたは……そう、アリステーゼさんね。今日は娘に会いに来てくれたのかしら」

 どうやら、ティーネの母親らしい。

 なるほど、あらためて見ると、顔立ちがずいぶんと似ている。


「ベッドから出て大丈夫なんですか?」

「ええ、今日は少しだけ体調が良いの。少し待っていてね。お茶くらいしか出せないけど、いま用意してくるわ」

「そんな、お構いなく」

 アリスが慌てて遠慮する。

 いや、遠慮というよりは、無理をさせたくないというのが本音だろう。ミレーヌさんは体調が良いと言ったけど、明らかにその言葉は嘘だ。

 もしくは、普段はもっと酷いという意味か……


「ティーネがずいぶんとお世話になっているのでしょ? 大したことは出来ないけど、せめておもてなしくらいはさせてください」

「えっと……なら、その台所を借りて良いですか? 私がお茶を用意します」

「え、でも……」

「いいんです、私にさせてください。アルくん、そのあいだミレーヌさんのこと、お願いね」

「あぁ、任せろ。ミレーヌさん、立ち話もなんですから、座って話しましょう」

 アリスが奥に消えるのを見届けて、俺はミレーヌさんに着席を勧める。ここはミレーヌさんの家だから着席を勧めるのも変だけど、早く座らせないとそのうち倒れそうで恐い。

 俺が席を引くと、ミレーヌさんは少し困った顔でお礼を言って席に着いた。


「あなたは……アルベルトさんね。私はティーネの母でミレーヌといいます。娘の窮地を救ってくださってありがとうございました。心より感謝いたします」

 ミレーヌさんは俺の目を見て、それから深々と頭を下げた。

 弱々しくも洗練された振る舞いだ。ティーネの母親であるのなら、若くとも三十近いはずだが、病弱な見た目も加えて、どこかのお嬢様のようにも見える。

 お礼を言われた俺の方が恐縮してしまう。


「気にしないでください。たまたま通りかかっただけですから」

「いいえ、あなたが通りかからなければ、私はいまこの瞬間も、帰らぬ娘を待ち続けていたでしょう。ですから、本当に感謝しているのです」

 まっすぐに俺を見るその瞳には、心からの感謝と、娘を心配する母親の情が滲んでいた。


「病気……なんですよね?」

「ええ。昔から身体は弱かったんですが、無理がたたってしまったようで。おそらく、もうあまり長くないでしょう」

「そんな……諦めたらダメですよ」

 俺が励ますと、ミレーヌさんは小さな笑みを浮かべた。


「ティーネもそう言ってくれました。それで、お父さんの跡を継いで、病気を治すようなポーションを作るって言ってくれたんです」

「そう、だったんですね。ティーネは小さいわりに筋がいいです。がんばれば、病気を治すポーションだって作れるかもしれません。だから、信じてあげてください」


 実際のところ、伝説級の噂を除けば、病気を治すようなポーションや魔術に心当たりはない。一般的な治癒魔術やポーションで出来るのは、病気で弱った体力の回復くらいだ。

 ただ、俺の知らないポーションや治癒魔術がないとは言い切れない。少なくとも、希望を残すくらいは許されるはずだ。


「ところで、薬草を持ち込んでくださると聞きしましたが……ご迷惑じゃありませんか?」

「こちらにも利があるように調整していますから、迷惑なんかじゃないですよ」

「……優しいんですね」

 ミレーヌさんはすべてを見透かしたような顔で微笑む。それにどう答えるべきか考えていると、ミレーヌさんはきゅっと唇を結んだ。


「本当ならお礼をするべきですが、いまは頼るべき夫もおらずにごらんの有様で。感謝を述べることしか出来ない私を許してください」

「いえ……気にしないでください。いまは、二人で生活しているんですか?」

「ええ。父が懇意にしていた商人が援助してくれているんですが、基本的には二人で生活しています。本当は、あの子が大きくなるまで側にいてあげたかったんですが……」

 それはかなわないでしょうと言いたげに、ミレーヌさんは寂しげに笑った。それは死を受け入れている者の目で……俺は掛ける言葉に迷う。


「へぇ~、じゃあ二人は姉妹なんですね」

 作業が終わったようで、向こうからティーネとユイの話し声が聞こえてくる。それを切っ掛けに、ミレーヌさんは席を立ってしまった。


「アルベルトさん、今日はお話しできて良かったです。ご迷惑にならない範囲で構いませんので、もし良ければ今後も娘のことをお願いします」

「ええ、俺に出来る限りで良ければ……約束します」

 俺がそう答えると、ミレーヌさんは安堵するように微笑んだ。

 

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