死という概念のある世界 5

 ティーネが解体したブラウンガルムのお肉はお裾分けし、防具に必要な素材はすべて冒険者ギルドに持ち込んだ。

 予想通りといえば予想通りで、ギルドの解体委託は順番待ちの状態となっていた。こんなに混んでるのなら、ティーネに支払う手数料には少し色を付けた方が良さそうだ。

 とまあそんな感じで用事を済ませ、ユイは再び別行動。俺とアリスは武器と防具を作ってもらうべく、アネットのところへと向かった。


「あぁ来たね、待ってたよ!」

「お待たせ――えっ!?」

 鍛冶屋の片隅で待つ、アネットの姿を見た俺はぎょっとした。


「……あん? そんな鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔をしてどうしたんだい?」

「どうしたって……その恰好はどうしたんだ?」

 鍛冶に使うハンマーを肩に乗せている――のは良いのだが、その服装がなんというか、物凄く大胆だ。ぴっちりしたタンクトップにホットパンツという姿。

 白いタンクトップから大胆に覗く褐色の谷間。脇で絞られたタンクトップの下からへそが見えていて、ムチッとした太ももは根元から惜しげもなく晒されている。


「あぁこれかい? 課金の服を購入したんだ。似合ってるかい?」

「いや、まぁ……似合っては、いる、けど……」

 薄手のタンクトップを押し上げる豊かな胸の谷間がいたたたたっ!? 脇に走る痛みに目を向けると、アリスが笑顔で俺の脇を抓っていた。


「アルくん、どこを見てるのかな、かな?」

「い、いえ、どこも見てません」

 慌てて視線を逸らす。


「なんだいなんだい? プレイヤーに見惚れるNPCと、NPCに嫉妬するプレイヤーなんて、ずいぶんと珍しいね」

「ち、違いますよ!」

「へぇ、どの辺が違うんだい?」

「わ、私はただ、アルくんのエッチな視線が失礼だって怒っただけだもん」

「ぷっ、あはは。そうかい。まあ、そういうことにしておいてあげようかね」


 アネットに笑われ、アリスがむ~と唇を尖らせている。

 プレイヤーとNPCは分からないけど、それが俺とアリスを指してることは分かる。けど、アリスには想い人がいるって話だから、アネットの予想は少し外れているだろう。

 嫉妬は嫉妬でも、たぶん……と、俺はアリスの慎ましやかな胸を見下ろした。


「アリス、心配する必要ないぞ」

 エルフは寿命が長いんだし、きっとそのうち成長するはずだ。成長しなかったとしても、その頃には俺は寿命で死んでるから文句を言われようもない。


「え、アルくん? それって……」

 アリスの頬がほのかに色づく。

 けれど、

「――って、どこを見て言ってるのかな?」

 視線に気付いたアリスが両手で自分の胸を隠し、上目遣いで俺を睨んできた。その姿が可愛い……とか言ったら怒られそうなので、俺はアネットに視線を戻した。

 横からジトッとした視線を感じるが無視だ。


「似合ってるかどうかはともかく、その恰好で鍛冶をするなんて危なくないか?」

 火の粉が飛んだら火傷するかもしれないし、そうじゃなくても熱気で焼けそうだ。


「あぁ、それは大丈夫だよ。この服は見た目だけを変えるアバターだから、装備的には鍛冶用の服を着てるのと同じ扱いなんだよ」

「……はあ?」

「あぁ、あんたはNPCだったね。なら、意味は分からないか。とにかく、この服を着てても、問題なく鍛冶は出来るってことだよ」

「なるほど」

 分からなかったので、俺は思考を放棄した。

 やっぱりプレイヤー一族は謎である。



「それで、素材を持ってきたわけだけど……ここで出して良いのか?」

「ああ、この片隅を使わせてもらえるように交渉したからね、人手は足りてない代わりに、場所は余ってたみたいなんだよ」

「分かった。じゃあ――」

 俺はアリスに頼んで、ストレージから毛皮を取り出してもらう。


「あぁ、これだけあれば十分だね。加工方法についてなんだけど、実はあの後、ネットで調べてみたら、ワックスで煮込んだら硬化処理を出来るらしいんだ。試してみても良いかい?」

「……ワックスで煮込んで硬化処理?」

 なんだそれと俺は首を傾げた。

 正直、武器防具の製作過程の知識なんてないので、そんなことを聞かれても困る。

 問題は、アネットが信用できるかどうかだけど……どうすると、アリスに問い掛けたところ、ネットに載ってたのなら大丈夫だと思うという答えが返ってきた。


「ふむ。そういうことなら、その硬化処理をしたレザーアーマーを作ってもらおうか」

「ああ、任せておきな。それで、首や胸、それに脛や小手といった、致命的な傷を負いやすい場所だけを護るようなデザインで良いんだね?」

「ああ、そうしてくれ。体力もないのに全身鎧とか、マイナスにしかならないからな」

 全盛期の俺なら、全身鎧で一日戦い続ける――なんてことも可能だったけど、いまの俺にはとてもじゃないけどマネできない。

 華奢なアリスに関しては言わずもがなである。

 ちなみに、ユイはそこそこな品質の剣と急所だけを護る金属鎧を購入していた。初日は無知な駆け出し冒険者にしか見えなかったけど、急速に知識を付け始めてる気がする。


「さて、それじゃさっそく採寸させてもらうよ。まずはアル、あんたからだね」

「ああ、よろしく頼む」

 いま装備しているのは丈夫な服だけなので脱ぐ必要はない。俺は直立して、メジャーを取り出したアネットに身を任せる。

 だが――俺に胸を押しつけ、抱きつくように胸囲を測り、そのまましゃがんでウエストを測る。視線を下ろすつもりはないが、もし下ろせば豊かな胸の谷間が見えるだろう。


「じいぃ……」

 アリスがなにか言いたげに見てる。だが、俺は胸に意識は向けても視線は向けていない。素知らぬ顔で受け流す。

 そんな俺達のやりとりに気付いたのか、アネットがクスクスと笑った。


「アルはNPCなのに、ずいぶんとプレイヤーに関わってるんだね」

「まあ……成り行きでな」

「アルくんは強くて、そのうえ優しいんだよ」

「あんたはあんたで、ずいぶんとNPCに入れ込んでるんだね」

「そ、それは……なんか、アルくんってNPCって気がしなくて」

「たしかに、このゲームのAIはとんでもなくリアルだからね。掲示板でも、実は全員中身がいるんじゃないかって噂になってたよ」

 アネットは笑いながらも、さくさくと俺のサイズを測っていく。


「ずいぶんと手慣れてるんだな?」

「ん? あぁ、採寸のことかい? あたいはリアルでレイヤーだからね。衣装を作るのはお手の物なんだ。だから、防具の方は期待してくれて良いよ」

「……レイヤー? プレイヤーの親戚か?」

「あははっ、違う違う。レイヤーっていうのは、衣装とかを作って他人になりきる趣味を持つ人のことだよ。母さんには大学生にもなって――って言われるんだけどね」

 思いっきり笑われた。

 俺に腕を回したまま笑うものだから、胸の感触が……あぁ、アリスがなんか睨んでる。言いたいことは分かるけど、俺からなにかしてるわけじゃないので睨まれても困る。


「はい、アルの採寸はこれでお終いだよ。それじゃ次はアリスの採寸だね」

 しばらく天国なのか地獄なのか良く分からない状況が続き、アネットは俺から身を離した。

 そうして、今度はアリスの前に立った。


「はあ……さすがエルフ、手足も腰も……胸も凄く細いね」

「胸は余計ですっ!」

 アリスがむぅーっと怒った。

 しかし、エルフというのはもともとスレンダーな種族だ。だから種族基準でいえば、特に小さくないと思うんだけど……人里に下りると、人間と比べるものなのだろうか?

 なんて思っていると、いつの間にかアリスがジッと俺を見つめていた。


「な、なんだよ?」

「……アルくんは胸が大きい方が好きなの?」

「ぶっ!?」

 そんなこと答えられるか――と、内心で呻いた。

 大きい方が好きだといえば、アリスをディスってるみたいになるし、そうじゃなくても胸しか見てないと誤解されそうで恐い。

 だが、小さい方が好きっていうのも、アリスに気を使ってるみたいだし、そうじゃなくてもロリコンと誤解されそうで恐い。

 どうする? どう答えるのが正解だ?


「答えないってことは、大きい方が好みなんだね」

 あぁぁぁあぁぁ、まさかの時間切れ!


「いや、その、誤解だ」

「じゃあ小さい方が良いの?」

「いや、その……」

 っていうか、アネット。横で笑ってないで助けてくれよ! 俺は視線で訴えかけた。そんな視線に気付いたのか、アネットはこくりと頷いて口を開く。


「アル、応えてやりなよ。男だろ?」

 誰がアリスを助けろって言ったよ!?


「アルくん、どっち?」

「うぐ。いや、その……女性の魅力は胸だけじゃないだろ。アリスは優しくて可愛い女の子だから、胸の大きさなんて気にしなくて良いと思うぞ?」

 現実から目をそむけ、他の良いところを褒める。

 わりと完璧なフォロー――だったと思ったんだけど、


「じゃあアルくんは、胸の大きい私と、胸の小さな私だったらどっちが良い?」

 アリスは更に突っ込んできた。

 ここで胸の小さいアリスだと答えるのは簡単だ。

 だけど、この流れでそんな風に答えても、嘘だというのはばれるだろう。というか、これ以上この話を続けたくない。

 そもそも、アリスに想い人がいるのなら、俺とこんな話をすること自体が無駄だ。

 だから――


「大きければ良いってもんじゃないと思うんだけど……その二択だったら、俺は胸の大きいアリスの方が好きだよ」

 アリスが不機嫌になることも覚悟して、俺は正直に答えた。

 だけど――


「そっか、アルくんは、そうなんだね」

 胸の前で指を組んで、ちょっぴり恥ずかしそうに笑う。その反応が予想外で、俺は思わず返事に困ってしまう。


「ねぇ、アネットさん。胸当てのサイズだけど――」

 アリスがアネットに耳打ちをした。


「それは構わないけど……エルフ族はたしか、エステ券を使っても、測定値より1カップしか上げられなかったはずだよ。下げるのなら3カップはいけたはずだけど……」

「大丈夫、元に戻すだけだから」

 会話の意味は分からない。

 ただ、それからというもの、アリスの胸は会うたびに少し成長していて、数日後にはブラウスの胸元に、豊かな谷間を作っていた。

 プレイヤーという一族は、生態までもが謎だった。

 

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