死という概念のある世界 3

 午後の日差しが陰りを見せ始めた頃、アネットとの話し合いは終わりを迎えた。

 杖の材料はアネットが用意して、こちらで材料費を支払う。レザーに関しては、俺達がブラウンガルムの皮を準備することになった。

 ボスガルムの皮、置いとけばよかったな。



「さて、これからどうする? さっそく素材を集めに行くか?」

 アネットと別れたあと、アリスの予定を確認する。プレイヤー一族がこの街に流れ込んでるみたいだから、森に冒険者が溢れる前に必要量を集めてしまいたい。


「えっとねぇ~、ユイがもうすぐログイン出来るみたいだから、それからでも良いかなぁ?」

「ん? あぁ……別に構わないぞ」

 例のメッセとかいうので連絡を取ったんだろう。

 さっきのアネットともメッセで連絡をするとか言ってたし、プレイヤー一族はストレージといい、ずいぶんと便利な能力を持ってるな。


「ねぇねぇアルくんアルくん、ユイが来るまで魔術について教えてもらっても良いかな?」

「ん? 治癒魔術は使えるようになっただろ?」

 一度コツを掴めばあとは練習あるのみだ。魔術の一般論はともかく、治癒魔術の専門的なことになると、適性のない俺は教えられない。


「そうなんだけど、ユイがアルくんは魔術関連のマスタリー系のスキルも知ってるはずだから、時間があるときに聞いておいて欲しいって」

「……マスタリー系のスキル?」

 なんぞそれと問い返すと、アリスは虚空に視線を走らせた。メッセとやらでユイと連絡を取り合っているのだろう。


「MP……魔力の回復速度や保有する魔力の上限を上げたりする以外にも、魔力の消費量を減らすとか、威力を上げるとか、そういう技術について知ってるんじゃないかって」

「あぁ……たしかにそういった技術には心当たりがあるな」

「ホント? えっと……それって、教えてもらえないかな? もし教えてもらえるなら、私達に出来る限り、お礼をさせてもらうつもりだけど」

「まあ、良いけど」

「良いの? ……良いって。え、うん。アルくんはそう言ってるよ……っと」

 なにやら独り言が始まった。

 視線が虚空を走っているので、おそらくはメッセの内容が声に漏れているんだろう。俺はアリスとユイのメッセが落ち着くのを、苦笑いをしながら見守った。


「ユイが、そういう技術は軽々しく他人に教えるものじゃないはずだから、えっと……その、見返りになにを求められるかしっかり聞いて欲しいって」

「はは、ユイらしいな。俺がとんでもない見返りを要求するか心配してるんだな」

「そ、そうは言って・・・なかったよ? ……メッセだし」

 誤魔化してるつもりみたいだけど、表情がまったく取り繕えていない。

 俺は思わず吹きだしてしまった。


「契約内容を確認するのは当然だから、気に病むことなんてないぞ。……そうだな。アリスやユイが俺の知らない技術を身に付けたら、そのときは逆に教えてくれ」

「え? じゃあ、私達がアルくんの知らない技術を身に付けなかったら?」

「そのときは別になにもしなくて良い」

「……そんな不確定な見返りで良いの?」

「それで問題ない」


 滅びの運命から逃れるために、技術を教えあうのは珍しくなかった。周囲の人間のレベルを上げることはすなわち、自分の生存率を上げることに直結したからだ。

 この比較的平和な世界でなら、積極的に教える必要はないのかもしれないけど、ティーネを助けようとしているアリスやユイになら、無償で技術を教えるくらいは構わない。

 ティーネを蹴り飛ばそうとした連中には教えたくないけどな。


「えっと……本当にそれで良いなら、教えてくれる? 私、今のままじゃ役立たずだし、もっと治癒魔術が使えるようになりたいの」

 アリスが向上心に燃えている。

 こういうまっすぐがんばってる子を見ると応援してやりたくなる。


「ああ、良いぞ。まずは……そうだな。ユイにちらっと教えたから聞いてるかもしれないけど、魔力素子(マナ)と魔力について教えよう」

「魔力素子(マナ)っていうのは、大気中にある魔力の原料、なんだよね?」

「大気中に限らず、水や土にも溶け込んだりしてるみたいだけど、基本的はそうだな。人間や魔物はその魔力素子(マナ)を体内に取り込んで精製する。そうして出来たのが魔力だ」

 ちなみに、魔力を持つ存在が死ぬと、それが固まって魔石となる。だから、魔物は出来るだけ魔力を使わせずに倒した方が大きな魔石が手に入るのだが――いまは割愛。


「その魔力を消費して発動させるのが魔術だ。っていうのは昨日説明したな」

 俺の確認に、アリスはこくりと頷いた。


「なら、質問だ。効果を大きくするには、どうするのがいいと思う?」

 アリスは人差し指を唇に添え、少し考える素振りを見せる。

「ん~魔力の消費量を増やす、とか?」

「それも正解だ。ただ、力業だと効率はあんまり良くない。少ない魔力で大きな効果を引き出せるように無駄をなくす。他には、魔力の純度を上げるなんてのもあるな」

「へぇ……それらの方法で威力を上げることが出来るの?」

「そうだ。それに組み合わせたら、初級で上級くらいの効果が出るかもな」

「わぁ、それって凄いね」

 アリスは目を輝かせると、自分の手を見つめて真剣な顔つきになった。


「……なにやってるんだ?」

「え? さっそく魔術を放出しようかなと思って」

「実際に魔術を使ったときじゃないと感覚は掴みにくいぞ」

「そうなんだ? じゃあ、魔力の純度を上げる練習はどうやるの?」

「そっちは、実際に魔力を消費して、回復するときに練習だな。意識的に回復することが出来るようになれば回復速度が上がるから、純度を上げるのはその次だ」

「どっちにしても、魔術を使わなきゃダメなんだね」

 アリスが心なしかしょんぼりしている。


「あとは……そうだな。体内にため込める魔力量を増やす方法があるな」

「へぇ。そっちは、魔術を使わなくても練習できる?」

「出来る……けど、体内に魔力が満たされてる状態から更に回復させる必要があるから、魔力を意識的に回復できるようにならないとダメだ。まずはさっきの二つを練習がさきだな」

 俺はそう言ったけど、本当は体内が魔力に満たされてる状態で、魔力を回復するポーションを飲むという荒技で、魔力を圧縮する練習や、器を広げる練習は出来る。

 けど、それらは身体への負担が半端ない。死んだら死んだときのことなどと言い切り、いきなり魔物と戦おうとした二人には絶対教えられない。


「ありがとう。がんばって練習してみるね」

「……ほどほどにな」

 その後、合流したユイと一緒にブラウンガルムの討伐に出掛けた訳だが――


「アルくんアルくん、怪我してない?」

「してない」

「かすり傷でも良いんだよ?」

「してないって」

「見えないところとかを怪我してるかもしれないよ?」

「だからしてないって」

 戦闘が終わるたびに、怪我をしてないかと聞いてくるアリスがちょっぴり可愛くて――わりと面倒くさかった。

 別に怪我をしてない相手にでも治癒魔術は使えるんだけど……教えたら魔力が枯渇するまで使って倒れそうだから、当分は黙っておこう。

 

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