第5話:実力勝負(五歳)

「"白属性の使い方"は分かったかしらん?」

「これが……白属性の使い方……ですか?」

「そうよん♪」


 何故これが使い方になるのだろう。

 かなり感覚的にしか動いていないんだが。


「あら、今日は珍しいわね~。すぐに分かるかと思ったけど」

「いやいや……僕は子どもですからね、母上?」


 そんな驚いた顔をされても。


「まあ、簡単に言うとね? 白属性は『自分の速度を上げる』とか、『身体能力を上げる』ことを感覚的に使う属性なの。あとは『見えない攻撃を避ける』とかね。訓練をすればするほど、高い戦闘力を誇れるようになるわよん♪」

「ああ、だから"実戦"訓練だったんですね……」

「そういうことよん♪ だから、白属性を使えない側からすると、『やらせてみる』しかないの。ごめんね?」

「いえ、ありがとうございました。お陰でどうにかできそうです」


 感覚的なものなら仕方ないな。

 それは教えようがないし、「不遇」と見られるのも分からなくはない。


「あれ? なら、魔道具作りってどうしているんですか?」


 感覚的なものなら、どうやって学ぶのだろう。


「あら。興味ある?」

「そりゃあ、まあ……自分でも作ってみたいですし」


 そう言った途端、母の目が光った気がした。


「あら、良かったわ。それじゃ、一緒にデートに行くわよん♪」

「はい?」


 * * *


 次の日。


「……すまんが、もう一度言ってくれ」

「あら、まだ難聴になるには早いわよ、ジーク?」


 ここは父の執務室。

 母に連れられた俺は、父と対面していた。


「二人して何かと思えば……レオンの外出許可? 流石にダメだろう」


 基本的に貴族は自分だけでの外出をしない。

 恨みを買っていて襲われただとか、単純に盗賊に襲われたとか、騙されたとか、そういう実例は色々ある。

 特に上級貴族といわれる伯爵以上は、どこに出るにも馬車を使う。


 さて、これは成人貴族の話。

 なら子供はどうかというと、当然ながら外出しない。

 それも、国王主催のお披露目会が十歳に行われるまでは、家の敷地から出ることすらないのだ。


「あら、なんでかしら?」


 母ならば知っていて当然の筈。

 なのになぜ許可を求めているのか。


「いや、そりゃあヒルデ……レオンはまだ五歳だぞ? 確かにこの子は強い。この二年、伊達に俺の訓練を受けてはいないがな……それでも、体重差はどうしようもないのだ」


 父としては反対のようだ。

 勿論父の言うとおり、伊達に訓練は受けていないので、街のチンピラ程度蹴散らすのはわけないだろう。


 だが、逃げるにせよ、相手を斬るにせよ、重さは大切だ。

 重さがなければ相手に打ち勝てず、追い込まれる。

 重さがなければ剣に重さが乗らず、手傷程度で終わるのだ。


「あら。だったらそれをクリアすれば許可が出るのね?」

「母上?」


 何か雲行きが怪しいぞ?


 * * *


「どうしてこうなった……」

「同感です、父上」


 またもや訓練場。

 一体何回ここを往復しているのだろう……なんて考えながら父と並ぶ。

 さて、訓練場といっても、ここは闘技場であり、基本は一対一の勝負をするための場である。


『それなら折角だから、ジークと勝負したらどう?』


 母からの一言。

 二人で顔を見合わせて、溜息をついたのは内緒である。

 しかしこういうことに関して、母は自分が決めたことを曲げない。


「まあ……お前の魔法込みの実力を見られると考えたら、悪くはないのか……」

「最近は中々父上と訓練をしていませんでしたからね……」

「確かに騎士たちに混ぜていたからな。まあ、なんとも言えんがやるからには本気だ。良いな?」

「ええ父上、望むところです」


 最初はなんともやる気が出なかったわけだが、そういう訳にもいかず。

 とにかく理由を付けて、やる気を起こすしかなかった。


 まあ、少し昨日練習することもできたし、まず悪い結果にはならないはずだ。

 訓練場の中心で父と相対する。

 父は長剣を、俺は少し細身の片手剣にした。


「さあ、それじゃジーク対レオンの勝負ね♪ 勝負は一本。続行不可、もしくは場外になれば負けね。良いかしらん?」

「ええ」「ああ」


 今日は母が審判である。

 でもなんというか、力が抜けそうになる言い方である。

 ………まあ、こう見えてあの杖術を見る限りかなりの実力はあるはずなのだが。


 さて、こういう闘技場での試合形式の場合、負けとなる条件が決められる。

 今回はオーソドックスに二つ。


 一つは「続行不可」。簡単に言えば戦う力がなくなったとか、武器がなくなったとか、致命傷に至る可能性のある一撃を寸止めされたとか、所謂実戦なら死に直結するような状況になった場合。


 もう一つは「場外」。闘技場の外に出てしまった場合である。

 意外とこの場外は厄介で、体重差が大きいと防御しても弾かれてそのまま場外、ということもあり得るからだ。

 だからこそ、そうされないだけの技が必要になるわけで。


「規定位置について…………始め!」


 既に場外に出ていた母が、合図のために火魔法【ファイアボール】を放つ。

 瞬間、父が距離を詰めてきた。


 普通、訓練や騎士としての戦闘では行われない突撃。

 それを父が行ったのは予想外であった。

 父の実力は高く、それこそ軍のトップとして君臨するにふさわしいだけのものである。

 そのため通常、格下を相手にする場合は先手を譲りつつ、手堅い防御と隙を突く強烈な一撃を与えるのだ。


 それをこんな風に防御も捨てた先手を取るとは。

 上段から迫る父の模擬剣に対し、躱して剣を立てながら流す。


「っと……!」

「ほう、これを避けたか」


 スウェーバックで攻撃を避ける。

 普通じゃない。

 普段であれば、剣を流された状態から剣を引いて、突きや横払いをしてくる。

 今回はなんと、蹴りが飛んできたのだ。

 いや、勿論父に限らず騎士たちは体術も学んでいる。

 そのため必要であればそれを使うのだが、普通騎士たちはそれを好まない。


 それは、剣を使ってこその騎士であるという誇りや、不意を突くということに対する騎士道としての忌避感故らしい。

 だが今回の父は明らかに違うのだ。


「まさかこういう攻撃をしてくるとはっ……! 流石です!」

「訓練ではないからな!」


 さらに追撃。

 横薙ぎ、逆袈裟、突き。フェイントまで入っている。

 それを避け、逸らしながら考える。


 少なくとも父に一撃でも当てる方法はないか?

 体重差では勝てない。

 経験値なんて以ての外。

 

「どうした? 回避ばかりでは意味はないぞ!」

「回避させてばかりでも意味はないでしょう!」


 父の一言に対して同じように返す。

 とにかく今は、迫る攻撃を逸らし、躱し、外す。


「ならば……」


 ふと父が攻撃を止める。

 中段の、いわば正眼の構えを取り、一瞬の息を吐く。

 と同時に、凄まじい気配を発したのだ。


 それは陽炎のように立ち上り、質量を持つかのように自分に叩き付けられる。

 その気配の変化に驚きながら、防御の構えを取る。


 瞬間。

 父が振り下ろした剣が迫ってくる。


「くっ……!」


 全く重みも違う。

 ぎりぎりのところで逸らしたが、正面で受け止めていたら、恐らく腕が持っていかれたのでは……

 それでも掛かった負荷は大きく、呼吸が乱れる。


 そこにさらなる連撃。

 

「どうした? 挑発したならばこの程度受ける覚悟はしているのだろう?」

「当然……です!」


 そうは言ったものの、模擬剣なのに切り傷があちこちにできる。

 かなりのスピードで繰り出されているのは明らかだ。


 いかん、このままでは……とは内心思いつつ、スピードの上がった父の剣に隙を見出すのは難しい。

 何かいい策はないだろうか……


 そんなことを考えていると、父の剣の横薙ぎに合わせれず、正面で受けてしまった。

 そこまで強いものではなかったが、体重差のせいで弾かれ、距離ができてしまう。


 後退しながらも追撃に備え、防御の構えを取る。

 だが父はその場に留まったまま、こちらを見ていた。


「よくその年齢で、その身体でここまで持ちこたえたな……素晴らしいぞ」

「父上……」


 そう言いながら父が微笑む。

 だがすぐに真剣な顔に戻った。


「だが……この一撃で終わりだ」


 父が剣を上段に構える。


「下手に受けるなよ。一歩間違えば……死ぬぞ」

「……!」


 父から溢れる闘気。

 いや、最早それは殺気となり、自分に襲いかかる。


「……あらあら♪」


 母は特に動かない。

 さて……


 自分が取れる行動は三つ。

 降参するか、回避するか、正面から受けるか。


 降参は一番確実だ。

 回避も可能だろう。


 だが、ここは正面から受けてみせる。

 そう思いながら、剣を逆手持ちにし、正面に構える。

 そのまま魔力を体全体に通わせて【身体強化】を掛けつつ、剣にも魔力を通していく。


 ———


『白属性の特徴の一つとして、自分の武器とか、装備の強化もできるのよん♪』

『そうなんですね』

『ええ! だからこそ魔道具も作れるんじゃないかしら?』

『確かに……そうかも知れませんね』

 

———


 母から聞いていた話からして、【身体強化】の感覚で武器にも掛けたら良いのだろう。

 魔力を帯びることで仄かに光る剣を構えながら思い出す。

 それと時を同じくして、父が動き出す。


「疾ッ!!」

「はあっ!」


 あと五歩。

 四歩。

 ——三歩。


 既に剣を上段から振り下ろされるであろう剣に合わせて、こちらも剣を振り始める。

 だがこの瞬間、全身が総毛立つ。


 父の剣は上段からのものだ。

 だが明らかに普通ではない。


 二歩。


 この段階で、回避できないのは分かっている。

 とはいえ、正面から受けるのも止めなければいけない。でも、どうにかして衝撃を散らさなければいけない。

 だが、軌道を反らすにも、恐らく剣が持たずに破損してしまう。


 一歩。


 そして……父の一撃が当たる、その瞬間。

 ふと思い出したことがあった。


 前世でよく見ていたインターネットの某百科事典で調べ物をしていた時、当時好きだった某ロボットアニメの装甲と同じ名前のものがあったので、気になって見ていたのだ。

 その中で、装甲の種類の一つとして「爆発反応装甲」というものがあったはずだ。


 あれは、高温高圧がかかると同時に、装甲内部の爆薬によって表面が弾け、砲弾のエネルギーが分散するものだったはず。

 ならば……


「【ショック】!!」

「なに!?」


 白属性で使える唯一の放出系魔法【ショック】。

 これを父の一撃が当たったと同時に発動させ、一瞬だけインパクトの瞬間をずらし、衝撃を少しだけ散らす。

 本来全方位に衝撃を飛ばすものだが、強引に発動の際に衝撃を一方向だけに向け、父の剣が当たる側に集中させる。


 期を逃さず踏み込む。

 【身体強化】で速力が上がっているので、そのまま父の一撃を反らしながら脇を抜け、父の背面に出る。


 そうしながら振り返ると、どうも父の一撃を受けた訓練場の床が割れている。

 ……これは食らっていたら本当に危なかった。


「如何されますか、父上」


 そう言いながら、父の背中に剣を向ける。

 

 そうしていると、父が息を吐き、全身の力を抜いたのが分かった。


「ふぅーーっ。いや、レオンには驚かされたなあ……いや、降参だ。負けてはいないけど、十分強いな」

「それは……よかったです。こちらも限界でしたから」


 そう俺が言うと同時に、手に持っていた模擬剣が割れ、刃が粉々になる。


「すみません、壊してしまいました」



 * * *


「それで? どうするのかしらん?」

「わざわざ今聞くのか、ヒルデ……間違いなくレオンは強い。勿論子供であるというデメリットはあるが、それを遥かに補う程にな」


 先ほどの試合が終わって。


 父の執務室で両親が話している。

 その間待っているものの、暇なので準備されていた紅茶で喉を潤しながら考える。


(うーん、結局白属性の不利な点がよく分からなかったな……)


 昨日魔法の種類が分かり、母からトレーニングという名の実戦訓練を経て、父と勝負する。

 本来昨日の今日で、父に対してここまで戦えるというのはおかしいと思っている。


(いくら前世の知識があるとはいえ……しかし、まだまだ改良の余地があるし、訓練もしなきゃな)


 昨日の母の訓練のあと、自分でも色々試行錯誤しながら【身体強化】や、【ショック】を使ってみた。

 だが、【身体強化】も何をどの程度強化するのか分かりづらい。


 例えば筋力を上げているのか。

 骨の強度を上げているのか。


 もう少し突き詰めて考えていけば、この属性は色々広がるのではないだろうか。

 大体、他属性との相性も悪くないというのは破格だろう。


「こういう時にヒントとかゲームだったらあるけどね……あとは【ヘルプ】機能かな?」


 その一言を呟いた瞬間。

 何か右上に画面が出てきた。


《ヘルプ:何をお探しですか?》


 あー、一気になんかゲーム感……



 =*= =*= =*= 


 まさかあの子がこれほどの才能を見せつけてくれるとは。

 いや、元々才能の塊みたいなところはあったが。


 自分の息子、正妻の子というひいき目を無しにしても、この子は強い。

 まあ、正妻といったが側室はおらんが。


 「白属性」を持って生まれた子。

 はっきり言って、教会での適性確認の際には少しだけ落胆したのである。


 不遇の属性と呼ばれ、成功しているのは一部の魔導具ギルドに所属する者だけ。

 貴族の中では、自分の属性に落胆し、多くの者が落ちぶれ、目も当てられない状態になる。


 本来魔力を持ち、それを扱えるだけ良いではないかという者もいる。

 だが、貴族は民を守る存在でなければならない。

 属性魔法を持つならば、それこそ遠距離であっても攻撃ができるし、障壁を張ることもできる。

 だが、初代陛下を除き、白属性ではそれが行えないのだ。

 前線に出るにしても、属性魔法を扱える者が剣を振れば遠近共に戦えるから。


 そのような理由で、次男には期待できないと思っていた。

 きっとこの子も自分の属性を嘆き、絶望し、全てを投げ出すのだろうと思った。

 いくら幼い頃から騎士団と軍の訓練に参加し、同年代より進んでいたとしても、いずれは自分の見られ方を気にし始め、結局は同じ結果になるだろうと。


 だが、帰り道でもこの子は諦めた目をしていなかった。

 風に吹かれるが如く。

 それがなんだといわんばかりに、平然としていた。


 その瞬間、私は自分の思いを恥じた。

 この子が、本当に成功できるようにできる限りをもって守り、育てようと。

 そして、本当に羽ばたけるようにと。


 だが、妻は……もっと容赦なかった。

 いきなり実戦訓練するのがどこにいる!

 といっても、彼女はかつて魔導師団長をしていたので、下手に魔法の訓練には口出しできないのだが……


 そのようなわけで、結局息子と戦うことになった私は、つい全力の一撃を出してしまった。

 いや、あくまで上には上がいるということを教えるためであって、他意はないのだが。

 まあ、何かある前に妻が介入するはずだったのだが……


 結局はその一撃を逸らされ、背後に回られて剣を突きつけられた。

 悔しかったのはいうまでもないが、それ以上に誇らしいと思った。

 この子なら、本当に素晴らしく育つだろう。


 さて、私相手にここまでできるなら、外出許可を出しても良いだろう。

 あと……自分自身の訓練時間も増やしておかなければ。

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