第4話:結局は使い手の問題

「恐れながら申し上げます。公子殿下は………殿下の適性は………『白』にございます」


 はい、フラグ回収お疲れ様。

 こういうところでフラグクラッシュはしないのね。


「そうですか」

「は、はい……その……なんと申し上げたらよいか……」


 司教の顔色が悪い。

 口を開く度に、色が抜けている感じがする。


「うーん、父上がどうかは分かりませんが、僕自身は気にしていないので」

「え?」


 はっきり言って、元々気にしていなかった。

 それに、セグントス様のお墨付きもある。

 そして何よりも、母から言われていたことがあるから、落ち込むつもりはない。


「本日はお世話になりました。また、何かあれば伺いたいと思います。父上」

「うむ、そうだな……レオンが悩んでいないのであればそれが何よりだ。今後も頼むぞ、司教」

「あ、ええ。はい。今後も何卒よろしくお願いいたします……」


 司教としては非常に焦っていたのだろうか。

 こちらが特に何も問題とすることもなく退出しようとしているので、なんとも言えない顔になっていた。

 ちなみに、父が「お布施だ」と言いながら司教の手に袋を握らせていた。ああ、こういうのもやっぱり必要なんだな。




 =*= =*= =*=


『実は、初代国王の騎士王はね、「白」属性の使い手だった、と言われているわ』

『そうなんですか? でも、光の剣とか使ってたのでは?』


 伝承の中で、騎士王は光を纏う剣を使っていたはず。


『そうね……でも、王家に伝わる歴史では、「白い光」を纏った剣を振ったとなっているの。光属性なら本来、青白い光だわ。そう考えると、白属性も捨てたものではないでしょ?』

『本当ですね!』


 =*= =*= =*=




「レオンは……中々肝が据わっているな」

「え?」

 

 帰りの馬車の中で、父が口を開く。


「いや……もし自分が白属性と言われたら、そんな顔をできただろうか……と思ってな」

「うーん……何か変ですか?」


 何か落ち着いている事が意外みたいに言われるのは、心外である。


「変ではないさ。ただ、お前は頭が良い。当然白属性についても知っているだろう?」

「ええ」

「これからが不安になったりしていないか?」

「いえ? 別にありませんね」

「……そうか」


 かつて母から聞いたこと。

 初代国王の属性も「白」だった。

 勿論、白属性をどのように使ったのかまでは分かっていない。


 とはいえ、理解できることがある。

 それは、結局どの属性も使い手次第と言うことだ。


 どんなに多くの属性適性があっても、訓練しなければただの人。

 どれだけ訓練をして、使いこなせるかが能力に影響するのだ。


「結局、どんな属性を持っても、それを自分のものにするか、それとも捨てるかは自分次第でしょう?」

「ふふ、そうだな」

「父上は……どうされますか? 自分の息子が白属性と分かって」


 俺はいい。これは自分の問題だ。

 だが父はどうだろう。

 王国内でも非常に高い地位にいる父は、どう思っているのだろう。


 そう思っていたら、頭に軽い拳骨が落ちてきた。


「何馬鹿なことを。息子は息子。魔法を使えようが使えまいが変わらんよ。使えないなら使えないなりに、生きていけるだけの方法を教えるまで。そうだろう、ヒルデ?」

「ええ、もちろん♪ レオンはレオン。愛しい息子よ?」


 ああ、本当に。

 本当に家族というのは有り難い。

 こんなにも受け入れてくれる。

 だから、それに甘えず、自分の全力を尽くして自己を高めていこう。

 それが、俺にできる親孝行だ。


 だから————


「ありがとう。お父さん、お母さん」


 自分を包む、その手の暖かさを感じながら、感謝を呟いた。


 =*= =*= =*=


 教会の奥。

 魔法適性を調べる「選定の間」


「しかし……公子殿下がまさか『白』だったとは……」


 片付けをしながらそう呟いたのは、司教であるトリスタン・マテオ・バルニエであった。

 今回の適性確認は冷や汗ものだった。


 貴族たち、特に上位貴族は魔法適性を望む。

 自分の子供に適性があれば喜び、なければ落胆する。


 適性があれば、それは教会から王城に報告されるのだ。

 だが、それはまだ良い。


 適性があると分かったにもかかわらず、「白属性」と知るや表情が変わる。


 絶望した顔をする者。

 怒り出す者。

 それを隠すために、偽りの報告をするよう圧力を掛ける者。

 そして、それを教会の責任としようとし、剣を抜く者。


 勿論、ライプニッツ公爵がそのような行動を取るとは思っていない。

 長い付き合いである彼は、そのことをよく知っていた。

 だが、ライプニッツ公爵は「親馬鹿」としても知られている。

 長男、長女、そして次男と生まれ、その度に親馬鹿が酷くなる、と口の悪い連中は言うが、全くその通りだとトリスタンは思っていた。

 だからこそ、ライプニッツ公爵の反応が恐ろしかった。

 

「まあ、公爵殿下のことは信じていた、いたが……しかし」


 そして、トリスタンが最も悲しいこと。

 それは、適性が白属性であることを知った、本人たちの表情である。


 泣くならまだ良い。

 だが、諦めた表情ほど辛いものはない。


 白属性といえども魔法が使えるのだ。

 開ける道は色々ある。こだわりさえしなければよいのだ。


 だが、多くの貴族の子供たちが幼い段階で諦め、それ以降何の努力もしなくなったのを見てきた。

 そのため、次期当主となるべき子供が悪くなり、その家が没落するのも。

 だが……


「しかし……彼は違っていた」


 公子殿下は、自分の属性を聞いても、何の反応も示さなかった。

 まるでそれが当然かのように。知っていたかのように。

 そして、何よりもその目は遠くを見ていて。


「彼なら、諦めずに進むどころか、新たな光を見せてくれるかもしれない」


 単なる勘かもしれない。

 だが、トリスタンはその時そう感じたのだった。




「さて、水晶玉を……おっと」


 今回レオンが使用した水晶玉。

 これは王城への報告にも必要なものである。

 当人の魔力の一部を溜め込み、その一部を解析することで、もう少し詳しく適性を調べることができるからである。

 こうすることで王国としては、どのような能力を持つ貴族の子供が存在し、いずれ出てくるかを把握できるのだ。


 それを台座から持ち上げようとしたとき、水晶玉が動いたように感じたため、握り直す。

 だがその瞬間。


 ——パキッ、パリンッ


 そんな音を立てて水晶玉が割れ、魔力が少量漏れ出てきた。


「なっ!!」


 本来この水晶玉は割れる物ではない。

 落下し、石畳の床に叩き落とされても割れないほど頑丈である。

 もしも割るのであれば、よほど強い魔力を込めない限り、これを割ることはできないのだ。


「馬鹿な……一体どれだけの……」


 どれだけの魔力を取り込んだのだろう。

 少し背筋が寒くなったトリスタンは、すぐに報告を送るために行動を急ぐ。

 そのため、漏れ出た魔力の”色”に気付くことはなかった。


 ————その色は「銀」だった。


 =*= =*= =*=



 屋敷に戻った俺は、兄と姉に囲まれる。


「お帰りレオン。どうだった?」

「あんであたしまで一緒なのよ、ハリー兄様! 大体レオンの事だからそんな気にしてないんだから!」


 そう言いながらもわざわざ来ている姉はなんとも素直じゃない。

 しかし、どうしたものか……

 あんまり期待されているところに悪いが……


「で、どうだったんだい?」

「ええ、結局白属性でした」


 そう結果を伝えた途端、ハリー兄のイケメン顔が固まった。

 セルティ姉を見ると、唖然というような顔をしている。


「ちょっと待って……今、なんて?」

「アンタ、こういう時に冗談いうんじゃないわよ!」

「いや、ですから白ですって」


 こんな時に流石に冗談は言いませんて。


「本当……なのか?」

「ええ、それはもう。というか流石に嘘は言いませんよ、兄上」

「アンタ……」


 姉はなんとも言えない顔をしている。

 いや、そんなに悲観するものではないでしょうに。

 そんな事を思っていたが。


「レオン! 俺が当主になったら必ず推挙する! 必ず仕官できるようにしてやるからな!」

「いい!? 何かあったらアタシに言いなさいよね! もしアンタを虐めた奴がいたら、ボコにしてやるんだから!」


 なんだろうこの二人。過激すぎる。

 というか、姉上よ。キャラ崩壊しているのでは……ああ、デレたか。

 まあ、とにかく今は。


「ふふっ……ありがとうございます」


 お礼を言い、これからの訓練を考えながら部屋に向かった。 




 * * *


 適性が判った以上、うちでは直ぐに訓練が始まる。

 どういうわけか、軍の訓練場で。


「さあ、準備はいいかしらん?」

「はい、母上」

「まずは魔力を感じること。感覚を掴むために、お母さんがレオンに魔力を流してみるわね。ほら、手を繋いで」


 向かい合って座り、両手を繋ぐ。

 お互いの手と身体によって円形が作られる。


「さあ、始めるわよん♪」


 すると母の手を伝って、自分とは異なる魔力が流れてくるのがわかる。

 だが、ちょうど身体の中心あたりで止まる。


「さて、今のは分かったかしらん?」

「ええ」

「今、魔力の流れが止まっている理由。それはなぜかしら?」

「僕の魔力が動かず、止まっているからですか?」

「ええ、そういうことよん♪」


 魔力は、全く動かしたことがない場合、身体の中心あたりで停滞している。

 それを、意識して動かしていくことで、「自分の魔力」を知覚できるようになる。

 それを繰り返していくことで、魔力制御が上手になるのだ。

 手練れの魔導師ならば、呼吸のように行うことができるらしい。


「さあ、レオン。今止まっている魔力の塊を動かすイメージをしてみて。そうね、例えば水が——」


 よっと。

 これまで何度かこっそりと行っていた魔力循環の練習。

 特に苦労もなく自分の中心から左手を通って母の方に流していく。


「こんな感じでしょうか」

「……ええ、そうよん♪ でも、レオンったら、自分で練習してたわね?」


 バレてしまった。

 それはそうか。こんなに簡単にできる時点でおかしいだろうな。


「ごめんなさい。実は以前教えてもらってから何度か練習してました」

「あら、別に悪くないわよ? ただ、これならすぐに”実践”に移れるわね」


 ああ、座学をスキップできるというわけですか。


 * * *


「ほらっ! ほらっ!」

「ちょっ! ちょっと! ちょっと待ってください!」


 今俺は、母からの猛攻を受けている。

 杖の。


「ちょっと——足っ——危なっ——」

「ほら右! 左……と見せて上♪ まだまだよん♪」


 おかしい。

 白属性魔法の訓練と聞いていたはずだ。

 それなのに何故、こんな物理攻撃を受けているのだろう。


「あら、喋れているならまだ余裕かしら? 速度上げるわよん♪」

「っ! くっ! 痛っ!」


 遂に足にヒットした。

 一瞬集中が切れた瞬間を狙われたようだ。


 先ほどに比べかなりスピードが上がっており、簡単には回避できない。

 一体どうしたらいい? どうしたら母の攻撃を躱せる?


「どうするかしら?」

「つつ……これ、"実践"じゃなくて"実戦"ですね! とにかくまだ終わりじゃないですよね」


 どうすると聞かれても。

 この訓練にも理由があるはず。


「あら、止めても良いわよん?」

「え?」

「でも、止めたら白属性の習得はまた一日延びるわね」


 くっ……

 とにかく、集中しなければ。


「いえ、続けます。お願いします」

「あら、良いお返事。 ——いくわよん♪」


 母の攻撃は基本的に単純である。

 ただ、当然フェイントも入っており、スピードも速い。

 身体に当たらないようにひたすら避ける。


 軽い杖だからだろうか。

 兵士や騎士たちの剣の動きに比べても早く感じる。


「――ふふっ♪」

「…………」


 とにかく当たらないことを意識して、集中力を高める。

 ――右。今度は下。左の振り払いと見せて上。

 できるだけ無駄な動きにならないように、最小限で回避する。

 たまに杖が当たるが、気にせずに回避し続ける。


 そんな状態を十数分続けただろうか。

 母の攻撃が一瞬止まる。


「ふっ!」


 唯々、反射的な動きだった。

 隙を突いて踏み込み、母に接近する。


 直ぐに母の杖が引き戻され、俺のボディに迫る。

 その杖を半身で躱しながら、横を通り過ぎる杖を掴み、自分の方に引っ張る。


「あらっ♪」


 母が体勢を崩す。

 ……が、直ぐに立て直され、杖の影から中段蹴りが飛んできてモロにヒットする。

 腕をクロスさせて防御はしたが、体重差は歴然。

 受け身を取り、床を転がる。

 直ぐに身体を起こすが、既に母は構えを解いていた。


「くっ……参りました」


 一旦ここで訓練は終わり、ということだ。

 立ち上がって礼をとる。

 すると母がこちらに来た。


「お疲れ様レオン。良くやったわ、上出来よん♪ ふふっ」

「は?」


 何故か抱きしめられてしまった。


「いや、母上。上出来と言われましても……結局当たりましたし」

「ふふっ、そうね。でも、最初と比べてどうかしらん?」

「最初?」


 最初と比べて、何が違うだろうか。

 結局必死で避けることを意識していたから……


「最初とさっきのスピード……どっちが速いかしら?」

「えっ……?」

「徐々に上げたから気付かなかったかも知れないけれど……およそ3倍の違いがあるわよん♪」


 そんなに違ったとは気付かなかった。

 あれ? つまりそれを回避していたのか?


「それに、杖での打撃も徐々に強くしてたわよ?」

「そんな……」

「でも、どうだったかしら? 最後は当たったけど、レオンは受け身を取り、腕で防御したわよね? しかも直ぐ立ち上がったわ」

「ええ……」


 確かに。

 回避できないと思ったが故の行動だった。

 当たったときも、後ろに跳んで衝撃を散らせたので、受け身も立つのも楽だった。


「それも、腹だけをカバーしたわよね?」

「ええ。腹を狙っているのは一目瞭然でしたから……」

 

 中段蹴りが見えたからこそ腹をカバーしたのだ。

 基本的には頭と腹、両方をカバーするのが鉄則。

 だが、今回は狙いが見えていたからこそ腹だけにした。

 

「つまり、見てた……いえ、"視えて"いたのよね?」

「え?」

「本来ならあのタイミングでの蹴りは、杖のせいで見えなかったはずよん? 勘で防御するなら、頭もカバーするはずでしょ? ジークの訓練は、そのあたり特に厳しかったはずだわ? それなのに……何故、腹だけをカバーしたのかしら」


 確かに。

 父の訓練で叩き込まれるのは、出来るだけ生きて戦うことだ。当然反射的には両方をカバーすると思う。

 だが、あの瞬間明らかに迫ってくる蹴りと、その狙いが把握できたのだ。

 

「――ふふっ♪」


 混乱を深める俺に対して、母が笑った声がする。


「母上……?」

「というわけで、"白属性の使い方"は分かったかしらん?」

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