第3話:あなたの適性は……

 =*= =*= =*=


『母上、どうやったら魔法って使えるようになるんですか?』

『そうね……誰でもできるわけではないわ。適性が必要なの』

『適性?』

『ええ。自分がどんな魔法を使えるか、大きくなったら調べるのよん。その時に使えるかは分かるわ』


 つまり、今の段階では分からないのか。


『魔力とか、増やす事はできるんですか?』

『ええ、もちろん♪ 魔力を使い切るの。使って使って……そうすると「今度は使い切らないように」って体が魔力を増やしてくれるのよん』

『そうなんですね』

『でも、その前に魔力を感じられることが大切よ? そうじゃなきゃ、何を使い切ったら良いか分からないでしょ?』

『あっ、本当ですね』


 魔力の知覚と使い切りか。座禅でも組んだら分かるだろうか。


『それよりもレオン? まずは属性をお勉強するわよ♪』


 …………

 ……………………


『——というわけで、白属性は便利でも使いどころが難しいの。騎士になるなら属性がある方が良いわね』

『そうなんですね……もし、もしですよ? 僕が白属性だったらどうしますか?』


 その言葉に母は驚いたように目を見開き、でもすぐに優しく微笑んだ。


『どうもしないわ。レオンはレオン。白属性だからこそ出来る事も多いのよ。それに、こんなお伽噺知ってる?』

『どんなお伽噺ですか?』

『それはね————』


 =*= =*= =*=


 世界暦1005年。

 俺は五歳になった。


 といっても、基本的に変わることはない。

 これが庶民であれば、仕事を覚えたり、外で遊び回ったりするのだろうが、貴族、それも公家となるとそうもいかない。

 実は、外に出たのは家の庭と、軍と騎士の訓練場のみ。


 やっと最近、兵士や騎士たちと時間が合う……というより、訓練にそれなりに参加できるようになったため、家族以外の顔をようやく拝むことができている。


「あと30!!」

『はい!!』

「20!!」

『はい!!』

「声出せ!! ラスト10!!」

『はい!!!』

「よし!! 全員気を付け! これにて午前の訓練を終える! 解散!」

『了解!!!』


 え? 何をしているかって?

 今日は騎士団での訓練の日。これで素振りが終わり、午前の訓練が終わったんだよ。


 イシュタリア王国には、国防軍と騎士団の二つの戦力がある。

 国軍は外に、騎士団は国内の安全を守るという役割の元、分担を行っている。

 騎士団には王国騎士団と近衛騎士団の二つがあり、近衛騎士団は王城を守る存在。

 今日は、王国騎士団と軍の合同訓練であり、それに参加している。


 子供だからって甘やかさないのがライプニッツ家。

 おかげさまで今では一般騎士くらいであれば、それなりに打ち合えるようになった。

 

 そう。

 体を壊さない程度に、限界ギリギリまで鍛えるのだ。

 だが、これで脳筋の一族ではないというから驚きである。


 ……いや、父は脳筋に近いが。

 それでも十分すぎる教養を身につけた公爵のうきんなのだ。


 おかげでこの一年、訓練で終わった。

 礼儀作法についても今では呼吸と同じほどに身についている。

 ダンスも先日レッスンが終了し、しっかり自分で練習を続けるようにと言われた。


 さて、あとするべき訓練はというと……


「おや、レオン様。休憩ですか?」

「やあ、ガイン。疲れたね」

「まあ、軍人たるもの、身体が大切ですからね。それにしてもよく付いてきていますね」

「もう二年もやったら慣れるよ」

「はははっ! そりゃそうですね」


 彼はガイン・フォン・オルセンといい、オルセン子爵家の次男である。

 そして、軍へ貴族子弟が入隊する場合、それは騎士としての扱いに準じるため、彼自身も騎士爵位を持つ。

 まあ、彼の場合は王国騎士団から軍に入ってきたので、元々が騎士だが。


 まだ十代後半の青年だが、既に軍の小隊長を任される士官である。

 爽やか系のイケメンであり、ブラウンの髪を短めにカットしている。

 俺が訓練に参加し始めた頃から、よく話しかけてくれるのと、初めて対戦した相手ということもあって、気兼ねなく話せる相手だ。


 いずれ彼は軍の中でも重責を担うのだろう。

 父が目を掛けていることは公然の秘密である。


「午後からの訓練はどうされるんです?」

「本当は出たいんだが、今日は用事があってね」

「用事? ………ああ、成る程ですね」


 今日の用事。

 それは五歳になったことで行われる、”ある事”である。


 それが、魔法適性を確認する日。

 どこの誰が始めたか知らないが、貴族家では行われる一つの行事である。


 * * *


 基本的に本人の能力は洗礼の時に明らかにされる。

 【ステータス】と呼ばれるスキルを得て、自分の能力の可視化ができるのだ。


 しかし、先に魔法適性だけを調べるというのが貴族の中では一般的である。

 なにせ適性が早く分かれば、訓練を早くからすることでそれだけ能力が高くなれるのだ。


 とはいえ、魔法については一定の年齢や精神性を考慮される必要がある。

 あまりにも幼いと、魔法を暴発させて周りだけでなく自分を害してしまう可能性があるからだ。

 その点、貴族家の子供は幼い頃からみっちりと教育されるため、それなりの理性や精神の強さを持つことが出来ている。

 そのため、一つのラインとして「五歳」というものが存在するのだ。


「レオン様」

「やあ、ミリィ。お迎えご苦労様」


 小さい頃から家に仕えてくれているミリアリアは、俺の七つ上なので今年で十二歳。

 以前から女の子らしかったが、第二次性徴を迎えさらに磨きがかかってきている。

 そして最近正式に、俺の専属メイドになったのだ。


 そんな彼女が訓練場に迎えに来てくれる。

 別に必要ないとも思っていたのだが、これも公子としての訓練だそうです。


「いやー、遂に適性を調べる日ですね! 楽しみです!」

「なんでミリィがはしゃいでいるのさ? というか、必ず魔法が使えるわけじゃない訳だし」

「いいえ、レオン様なら絶対使えます」

「別にどれでも良いんだけど、便利なのが良いね」

「便利なのって……折角なので派手なのが良いですよ。ほら、ヒルデ様みたいな雷属性とか」


 雷ねえ……確かに派手だが、隠密性に欠ける気がする。しかも上位属性は発動に時間かかるらしいし。


 さてこの世界の魔法は、定番の六属性である。

 「火、水、風、土」の自然属性と、「光、闇」の陰陽属性が存在する。

 ただ、各属性上位に「爆、氷、雷、砂」が存在する。光の上位には「聖」、闇の上位に「魔」が存在するが、これは非常に珍しい、と本で書かれていた。


 そしてやはりあった、不遇の属性。

 それが「白」と呼ばれる属性。

 身体強化、魔導具作成に向いている属性である。

 筋力や俊敏性などを強化することで近接戦では無類の強さを誇ることで知られているし、魔導具に刻む魔法陣も属性問わず効率よく行える。

 これだけを見れば非常に良い属性に見える。


 だが、一つの問題があった。

 属性魔法が撃てないのだ。

 つまり攻撃を遠距離に飛ばすことができないし、唯一白属性で使える攻撃魔法【ショック】も、精々2m以内の自分以外をノックバックさせる程度の威力でしかない。

 そのため、魔導師団は当然のこと、王国騎士団ですら入隊を断られる場合があるのだ。


 ちなみに父が水と雷、母は水と光を除く属性、兄が水属性、姉が光・闇・氷属性である。

 ここまでそろっていると、当然次男である俺にも期待がかかるわけだが。


 ……こういうのはフラグ回収が定番だよな。


 * * *


 初めての外出。

 多くの貴族家の子供にとって、それは適性を調べるために教会へ向かう時である。

 当然のことながらそれは俺にも当てはまることで。

 今日は領内にある教会に足を運ぶことになった。


 といっても、領内で大きい教会は当然領都にあり、その領都に住んでいる以上、そこまでのお出かけではないのだが。

 馬車に数分揺られ、教会にたどり着く。


 流石は王国第二位の都市と言われるだけあって、建っている教会も豪華である。

 馬車が入り口の前に停まったと同時に、扉が開き、法衣を着た聖職者が出てくる。

 恐らくこの教会のお偉いさんだ。


「これはようこそいらっしゃいました、殿下」

「うむ、今日は世話になるぞ。さあ、行こう」


 父に連れられ、教会の中に入る。

 ひんやりとした独特の空気。

 何列もある座席と中央の演台。そして後方の祭壇。


 人払いされているのか、数人の司祭と思わしき男性と、それを補佐するシスターが数名いるのみである。

 それを横目で見ながら、一つの部屋に通された。


「さあどうぞ、こちらにおかけになってください。今、紅茶でも入れさせます」

「うむ、頂こう」

「ありがとうございます」


 そう答えると、男性がシスターに指示を出し、しばらくするとそのシスターが紅茶を入れて持ってきた。

 シスターが運んできた紅茶に男性が口を付けてから、口を付ける。

 一息ついたところで、男性が声を掛けてきた。


「改めまして、ようこそおいでくださいました、公爵殿下、妃殿下。そして、公子殿下。私はトリスタン・マテオ・バルニエ。セプティア聖教の司教をしており、敬虔な信徒であられます公爵殿下のおかげで、この素晴らしい都市にて一教会を任されております」

「これはご丁寧に。ライプニッツ公爵家第二公子、レオンハルト・フォン・ライプニッツです。今日はお時間を頂き、ありがとうございます」


 正面の男性は聖教の司教を務めるらしい。

 つまりは教会でもかなり上の方に立つ存在だ。

 そんな人物が、うちの領都で一教会だけを任されるだって?


「ほほ、驚かれるのもごもっとも。しかし、私としてもこのような過分な立場を頂けるのは分不相応と思いますが、これも神々の思し召し。敬虔な信徒なれば、それに従うも当然のことでしょう」


 どうも怪訝に思ったのが顔に出たらしい。

 このあたりはまだまだ訓練が必要である。


「いえ、ひと目お見かけしたときから司教殿の崇高な精神や、その信心深さは立ち振る舞い全てにおいてはっきり分かりました。本当にそれが輝いておりますよ」


 そう言って話を流しておく。

 隣で父が苦笑気味だったが、何故だろうか。まあ良い。


「さて、司教。今日はこのように歓談するために来たのではないのだ。準備はできているか?」

「ええ、勿論でございます。ささ、どうぞこちらへ」


 そうして連れてこられたのは、先ほどの祭壇よりさらに奥の部屋。

 その部屋には、七体の石像と、中央にある台座の上に乗った水晶玉だけが置いてあった。


「さて、公子殿下」

「はい」

「中央の台座の前にひざまずき、その水晶玉に手を当ててください」


 両親が後ろで見守る中、司教に言われたようにする。


「こうで良いですか?」

「ええ、問題ございません。それでは始めましょう。目は開けていただいて結構です」


 このままで良いのか。

 そのまま正面の石像を見ていると、司教が何か聖句のようなものを読み始めた。


「『我らの崇める七柱神よ。どうかこの新たに生まれし子羊に御目を向け給え————』」


 長っ。

 何か意味がある聖句だろうか。特に魔力を感じたりはしないのだが。


 ここだけの話、実は既に魔力知覚は出来ている。

 なんとなく意識を体内……というか、自分の中にある別世界というものだろうか。

 そういうものを意識していると、血液のような、何かエネルギーらしきものを意識できたのだ。


 なんか固い感じだったので、それを溶かすようなイメージで動かしたり、循環させたり、周りに放出させたりしてみた。

 それが魔力であるということに気付いたのは、使い切った瞬間に尋常ではない疲労を感じ、倒れたからだ。

 どうも魔力は使い切ると疲弊し、倒れるらしい。

 そういえば授業で母から習っていたな、ということを思い出したのは目が覚めてからというのは笑い話である。


 さあ、そんな事を思い起こしていたら聖句が終わりに近づいたようだ。

 ふと探ってみると、なるほどこの宝珠に向かって勝手に体内の魔力が移動しているのが分かる。

 なんというか、水晶玉が引力を持ち、魔力を引っ張っているように感じる。

 一瞬流れを止めようかとも思ったのだが、適性を見るには自分の魔力が必要なのでは? と思い直し、魔力が流れるに任せる。


 だが、ふと気を抜いたのが悪かった。

 聖句の朗読が終わったと同時に、瞬間的に勢いよく引っ張られる感じがしたので、反射的に魔力を止めてしまった。


 ————ピキッ

「おわっ! 拙い!」


 刹那。

 水晶玉から眩いばかりの光が放たれ、部屋を塗りつぶした。


 * * *


「おお、また来たか」


 以前聞いたことのある声がする。


「むむ? おお、君か。この間は気付いたらおらんかったからの。ちょうど良いわい」


 老人の声もする。

 とにかく分からん。状況を確認しよう。


「えーっと。ここはどこでしょう?」

「おや、忘れてしもうたのかい? ここは神界じゃ。まあ、まだ見えんじゃろうが」

「ああ、なるほど。先ほどの声はセグントス様か」


 またやってきました、神界。


「今回の来訪は意外だったが、丁度良かった。教会に来てくれたのだな」

「ええ、今日は魔法適性を調べに」


 セグントス様の言葉に答える。


「ああ、そういえばそんな事をしていたな。といっても君の適性というのは今の世界では理解されんだろう」

「どういうことです?」


 理解されないってどういうことよ?

 しかも「今の世界」って。


「本来、君の持つ能力は全てを超越していた。しかし、どうも飛び越えた際に破損しているらしい」

「破損!? つまり欠陥能力ってことかよ!?」


 いかん、神相手にタメ口&全力ツッコミしてしまった。

 でもさ、破損って酷くね?


「ああいや、破損といっても、一部制限された状態ということだ。成長と共に徐々に修復される……はずだ」


 なんだろう。セグントス様がポンコツに思えてくる。

 そんな事を考えていたら、声が遠くなっていく感じがする……


「む、時間切れか。また——今度————君」


 セグントス様ああああぁぁぁ!!


 * * *


「————下!」


 ん?


「——殿下!!」


 声がする?


「公子殿下! 大丈夫ですか!?」

「うおっ」


 司教の顔が目の前に。

 どアップは止めてください。


「大丈夫か、レオン?」

「あ、父上」


 心配そうな顔でこちらを見てくる父ジークフリード。


「大丈夫です。ご心配おかけしたようです……ね? か、身体が……」


 父の方に身体を向けようとしたら、身体が動かない。何かにがっちり後ろから固められている。

 ふと目を向けると、母ヒルデが後ろからがっつりと抱きついている……というより締められている。


「は、母上! 首が、首が!」

「レオン〜、心配したのよ〜!」

「ぐ、ぐうむむ……!」


 タップ! ダブルタップ!

 ……は、放してもらえた。


「大丈夫だったかしら? どこも痛くない?」

「え? ええ。問題ありませんよ。ありがとうございます」


 しかし一体どうしたというのだろう。


「ふう……ご無事で何よりです。少し、先ほどの部屋でお話しいたしましょうか」

「ああ、よろしく頼む」


 司教が先ほどの部屋で話そうと気を利かせてくれ、父も賛同したので、先ほどの部屋に戻ることにする。

 また先ほどのようにシスターの一人が紅茶を入れて持ってきてくれた。


「さて……何から話したものか……公子殿下は何をお知りになりたいですか?」


 そう司教から質問されたので、まず先ほど何があったのか聞こうと思う。

 俺としては神界で話を聞いただけなので、特に何も……なかったわけではないが、まあ、問題は特筆すべきことはない。


「では、先ほど何があったのかお聞きしたいです」

「かしこまりました……まず、お気づきかもしれませんが、魔法適性を調べるには対象の魔力を調べる必要があります」


 その言葉に頷く。


「そして、この適性を調べるためには、水晶玉に魔力を流していただかなければなりません。ですが、それは訓練を受けていなければ簡単にはできない。それで、聖句の朗読によって自動的に対象から魔力が水晶玉流されるのです」


 なるほど。確かに子供では魔力の操作はできないだろうから、言い方は悪いがそれを強制的にさせる訳か。

 そのための朗読だったわけだな。


「その最後の段階、つまり聖句の朗読が終わった段階で水晶玉は瞬間的に必要な魔力を引っ張り、それによって水晶玉が適性のある属性の幻影を見せます。例えば火であれば火の幻影が見えるのです。通常ここで終わりです」


 なるほど。どうやって属性が分かるのかと思えば、幻影が出るのか。面白い。


「ですがどういうわけか、公子殿下の魔力量は非常に————いえ、正確に言うならば尋常ではなく多かった。そのため凄まじい光が飛び出したのですが……次に我々が目を開けたとき、公子殿下は跪いたまま意識を失っておられました」


 おや。意識がなかったのか。それは道理で焦った顔をするわけだ。


「時間としては数十秒でしたのは幸運でした。あとはご存じの通りです」

「そうですか。それは……心配を掛けました」


 そう言って頭を下げる。


「め、滅相もない! こちらこそ公爵殿下や妃殿下にはご心配をお掛けしてしまい……」


 司教は慌てたように首を振る。

 あまり狼狽させるのも悪いので、頭を上げ、両親にも謝る。


「父上も母上も、ご心配お掛けしました」

「いや、問題なかったなら良いんだ。本当に気分とか悪くないな?」

「大丈夫? 何かあったらすぐに言うのよ?」


 本当に……この二人は俺を愛してくれている。

 それがどれだけ幸福か。有り難いか。

 母から頭を撫でられながら、今度は司教に今回の本命を聞く。


「それで司教、僕の適性はどうでしょうか?」


 一瞬。ほんの一瞬だが、司教の肩が跳ねたのが微かに見えた。


「そ、それは……」


 両親を見る。

 母は変わらない笑顔で見てくれている。

 だが父は……微笑んだが、少しだけ無理した笑い方だった。


 ああ、そういうことか。

 なんとなく理解できたが、それは司教の言葉で確実のものとなる。


「恐れながら申し上げます。公子殿下は………殿下の適性は………『白』にございます」

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