第7話戦争はかくあるべしと

「でね! この前セールやってたからついつい買いすぎちゃってさぁ~」


「……えぇ、そう」


「あ! そういえばアメっちの地元ってどこにあるの? 近く?」


「……いいえ。京都よ」


「へぇ~すごいね! 京都ってなんか響きがいい! なんか神奈川だと地味じゃない? スタンダード過ぎっていうかさぁー!」


「……えぇ、そう」


 昼休み。

 午前中の授業の疲れを癒す学生のオアシス的存在。

 そんな時間でも真白さんは天方とコミュニケーションを取るため、必死に奮闘していた。

 それは何も昼休みに限った話ではない。

 授業の合間の休憩時間、休み時間になる度に彼女はこうやって天方のもとに赴いていた。

 だが、そんな健気な彼女に対しての天方の反応はというと——ご覧の通りこのザマだ。

 最初と比べると、少しだけマシになってきてはいるがそれでも“マシ”程度。

 ……もう、ほんとアイツやばいだろ。性格的な意味で。色々と終わってるし。

 ……え?ずっと見てたお前も同類だって?

 馬鹿言うな。

 俺はちょっぴり変わってるだけで天方の場合は終わってんの!

 そこら辺はハッキリさせないとな。


「あ、そういえばアメっちご飯どうするの? この高校、広いくせに学食ないんだよね~。お弁当持って来ないと購買のパンになっちゃうけど?」


 二人の会話をしっかりと俺の耳は一言一句違わずに聞き取る。

 どうやら、昼ご飯の話をしているらしい。……あぁ、俺も真白さんと話してぇ~。

 腕の中から顔を出してスマホをポケットから拾い上げる。

 ロック画面に映される時間を確認。

 ——十二時五十三分。

 四時限目が終わってからまだ十分弱しか経っていない。

 だが、この十分弱のロスが昼飯時において致命的な遅延ということは“戦争”に参加している生徒なら、誰でも知っていることだろう。


「……平気よ。お弁当なら持参してあるわ」


「よかった! これで“戦争”に行かなくても平気そうだね!」


「……戦争? あなた、ここが日本だということをちゃんと理解しているの?」


「違うよ、アメっち! 戦争っていうのはねパンの購買のこと! ほら、あそこ」


 真白さんが指した方向に天方が顔を向ける。釣られて俺も。

 そこには目を血走らせながら廊下を駆けていく二人の男子生徒の姿があった。


「やばい、やばい、やばい、やばい‼」


「クソ、四限寝ちまってた! まだ残ってるか⁉」


『ちくしょう~~~~~~~~~~~~~!』


 コントでもしているかの如く息ぴったりの二人。

 見事な健脚でそのまま廊下を走り抜け、二人は俺の視界から消え去っていった。


「あれのことだよ」


「なんなのあの生物達。まるで理解不能だわ……」


 未知の化物でも目撃したかのように天方は目を見開きながら、理解できないとばかりに重い嘆息を溢す。

 ……うん、まぁ今のに関しては正直コイツに同感だ。

 最初見たとき俺も同じことを思ったからな。

 ここ動物園だったっけ?的な感じで。

 ほんと、どこのジャ〇リパークだよ、ここ……


「にししし! あれが我が高校名物のパンの購買……またの名を戦争だぁ~!」


 若干、芝居がかった仕草で大仰に両腕を組み天使の微笑みを下界に降臨させる真白さん。

 正直、説明の部分はあんまり聞いていない……だって可愛すぎるんだもんな。尊いなんて言葉で、この究極の可愛さは説明不足だ。

 そんな真白さんの説明に対し、天方はいまだに理解不能と言った表情で困惑している。

 ちょうどそれは未知の民族を発見した学者のようだ。

 ……まぁ、そんな学者の顔なんて見たことないけどな。


「なぜ、パンの購買ごときであんなに必死になっているの? 獣とほとんど変わらないじゃない。アレ」


「んー、確かに。なんであんなに必死なんだろうね? ここのパンが美味しいっていうのはよく聞くんだけど」


 首を傾げる美少女二人に対し、俺は心の中でドヤ顔をした。

 くくく、説明しよう!それはお昼を持ってきていない者にとっては死活問題だからであーる!

 この学校で買うことのできるパンはいずれも高カロリーで男子も満足の大きなボリューム。

 さらに、味の美味しさはもちろんのことバリエーションまで豊富ときた。

 ここまでいいことづくめのパンの購買。

 だが、戦争と呼ばれるにあたってはちゃんと理由が存在する。

 美味しすぎるのだ。そう、美味しすぎる。……一応、真面目に言ってるからな?

 だがそれに反比例するようにパンの個数はあまり多くない。買いに来る生徒の七割程度の分しか残らない。

 高カロリーで中々の依存性も相まって、パン争奪の連鎖から逃れることもできないまさに負の連鎖。

 もうね、聖〇戦争もびっくりの血にまみれ具合。

 過去には負傷者が出たとか、英霊が召喚されたとか、されてないとか……


「あ、でも私もお弁当だから大丈夫だね! ほらいこ!」


「……行くってどこへ? 私はここで食べるつもりだったのだけれど」


 俺のありがたい購買戦争の説明も聞かずに二人とも話を進めていく。真白さんは天方と昼食を食べるらしい。……くそ、俺も一緒に食べてぇ。

 心の中だと会話に参加しているように思えたけど、実際はただの俺の独り言なんだよな。うん、我ながら結構キモイ。

 それに、そろそろ時間か。

 改めて携帯を確認する。ロック画面に映っていた時間は十二時五十五分。

 よし、バッチリだ。

 そろそろ売り残る頃合い。

 ひっそりと机から起き上がり席から立ち上がる。

 俺の狙いは——ポテチパン。

 購買戦争から一人だけ例外として扱われている特異なヤツ、ってかパンだ。

 飢えた学生からも取り残される不動の不人気パン。

 いつも美味しい購買でも全くと言っていいほど売れていない逆にレアなパンだ。

 まぁ、だからこそ俺にとっては重宝しているんだが。

 いつも取り残されている分、入手も簡単。当然、飢える心配もない。

 争奪戦に敗北した者への一種の救済とも言える存在だ。

 それに俺は桔梗院高校を代表するボッチとして購買界のボッチである彼、彼女?を尊敬している。

 ……歴史の影にボッチあり。

 ……縁の下の力持ち。

 ポテチパン先輩も長い年月の間、桔梗院高校の飢えた数多くの敗北者を救ってきたことだろう。そうに違いない。

 そのベチョベチョな油まみれのポテチと、水分を全部持っていくあのパサパサなバンズと共に……


 閑話休題


 席から立ち上り、廊下へ向かう。

 ずっと、うつ伏せの姿勢だったので脳に血液が足りない。

 少し足元がおぼつかないが、無視して歩みを進めた。


「ねぇ、今日は私と一緒にお昼食べない? お願い、アメっち!」


「……いえ、私は元から一人で食べるつもりだったから。あなたは行く場所があるのでしょう。ならそっちを優先してちょうだい。私に気を使うのはもう十分だから」


「気なんか使ってないよ⁉ 私がアメっちと一緒にお昼を食べたいだけだから! 本当なの! だから……ダメ、かな?」


 横から聞こえてくる懇願するような声。真白さんだ。

 天方とお昼ご飯を食べようと必死に頼んでいる。ほんと、天使過ぎて泣けてくるよな……

 うるんだ瞳と元々の体の小ささから自然になる上目遣いは、遠目から見ているだけでも守りたくなる衝動に襲われる。

 さしもの天方雪花も、この反則級の可愛さは無下にできないようで少し困った表情をしながら溜息を吐く。

 そして、一瞬だけぎこちない笑いを溢すと先ほどの声よりも幾分か棘の少ない声で真白さんに話し掛けた。

 というか、天方の笑うところ初めて見た気がする。

 ……なんと言うか、ズルいな。

 何がズルいって、どんなに性格が歪で、ヤリチンレーダーとか持っていても美人が笑うと結局は絵になるのが本ッ当にズルい。

 ……生まれ変わったら、美少女になりたい。だれか異世界でもいいから転生させてくれ。

 

「……ふふ、あなた意外に強情なのね。いいわ、お昼は一緒に食べましょう。真白さん」


「え、ほんと? 嘘、やったー‼ 本当にいいのアメっち?」


「ええ……それで場所はどこにするか決まっているの?」


「この教室は? 嫌なら別の場所でも私はいいよ!」


「別にここでも構わないわ。ほら、早くしましょう」


 お昼の同伴のお許しを得た真白さんは、嬉しそうに席を天方の目の前にくっつける。

 その笑顔は眩しくて、キラキラしていた。心なしか天方も楽しそうだ。

 ……うん、最高。文句なしに天使。

 しょうがない。今だけは天方、お前に礼を言ってやる。よくやった。

 お前のおかげで、俺の人生に悔いはなくなった。

 多分、今死んでも成仏できるレベルだぞ、これ。

 ……俺の命、いくらなんでも安す過ぎるだろ。ドン〇ホーテかよ。安さの殿堂じゃねぇーんだよ。

 楽し気に会話をする二人を横目に、教室の扉に向かい再び歩み始める。

 ……なんだ、しっかりとコミュニケーションとれてるじゃん。

 もしかしたら、案外早くにアイツの病気を何とかできるかもしれない。

 嬉しい誤算に一縷いちるの希望が見えてきた。

 これなら徐々に話すトレーニングとかして免疫をつけていけば大丈夫かも……そんな小さな希望を胸に抱きながら俺が扉に手を掛けた、その時


「あ、鏡音と……雨片さん⁉ 二人で何してんの」


 教室に響いたその声に、思わず体が停止する。

 振り返ると見覚えのある顔、リア充グループに所属する翔と、もう一人のリア充……名前何だっけ?……が二人に喋りかけていた。


「………………」


「あ、カケるんとたっちー。何って、これからアメっちとお昼食べるつもりだけど?」


「マジか! いつの間にそんな仲良くなったの、二人とも?」


「にしし、さっきだよ!」


「さすが鏡音。相変わらずコミュ力化物だよな」


「ほんとそれ! やばいでしょ! 呼び方も普通にあだ名だし」


 たっちー、たっちー……そうだ、橘だ!思い出した。

 天方とお昼を共にする真白さんに、二人のリア充、早川と橘がこれでもかとばかりに食いつく。

 こうやって普通に女子に話し掛けられるスキルは本当に羨ましい……が、今回ばかりは裏目に出たようだ。

 天方の目からハイライトが消えていた。

 しかも、二人が現れてから一言も喋るどころか、口すら動かしていない。

 ……まぁ、当然だな。

 俺でもあの二人がヤリチンだってわかるんだ。それを天方が分からないはずがない。

 だが、そんな天方の様子に二人は気づく素振りもなく、興奮気味に話し込んでいる。

 ……あの目が近くにあるのに喋れるとか、アイツらのこと尊敬するわ。

 ……いや、やっぱないな。ただの馬鹿だ、あれ。


「じゃあ、俺らも一緒に食べるけどいいよね。ねぇ、なんであんな自己紹介したの? マジで笑ったんだけど! ほんと」


「それな、あれはマジヤバかったわ! てか、天方さんって凄い美人だよね。もうパートナーとか決まってるの? もし決まってなかったら俺と——」


「ちょ、た、橘! 抜け駆け無しって言っただろ!」


「うっせ。だいたいお前は咲菜がいるだろ? 俺、この前別れたばっかだからセーフだ、セーフ」


「え、お前もうあの子と別れたの? まさかお前も鈴木みたいに⁉」


「……あんな奴と一緒にすんな。てか、ほんとあいつ何人に振られたんだろうな? 二桁は余裕だろ?」


「マジで⁉ 二桁とか……ぷ、ははは! 二桁って……はははは!」


 ……てめぇら、後でおぼえとけよ?

 俺を敵に回したこと、後悔させてやる。

 人混みの多い所でバレないように上履きを思いっきり踏んでやるからな。地味に痛いんだぞ、あれ。


「二人とも勝手に座っちゃアメっちが困るでしょ? アメっち大丈夫……か、な?」


「……………………チッ」


 見事な舌打ちだった。

 もうね、迫力がエグイです。逃げだしたいです。てか逃げます。お家、かぇる~。

 止まっていた体を急発進させようとするが、俺が一歩踏み出すよりも早く、天方は再び怜悧な口を開きやがった。


「……程度が低くていけないわね。朝言ったことをもう忘れたの? いくら低能でも少しぐらいは学びなさい」


『………………………‼』


 開かれた地獄の門、もとい天方の口腔。

 目を見開いたまま固まるリア充二人を無視して天方は言葉を続ける。


「男は一メートル以内に近寄らないで、と私は言ったでしょ。ヤリチンの分際で……ほんとうに吐き気がする……」


 顔を顰めながら天方は吐き捨てるように漏らす。

 だが、それでも怒りは収まらないのか嫌悪の炎を宿した双眸はいまだ、二人をしっかりと睨みつけていた。


「……真白さん、申し訳ないけれど今日はもう食欲が失せたから、お昼は今度の機会でいいかしら。ごめんなさいね」


「え、あ……ちょ、ちょとアマっち! 待って!」


 教室から立ち去ろうとする天方を真白さんが引き留めようとするが、それを無視するように扉のもとまで向かっていく。


「あのさ~、流石にそれはなくない☆」


 突然、天方の足が止まる。

 廊下側の扉、つまり俺の前から声が上がったからだ。声の主は金倉咲菜。

 早い話、早川の彼女だ。

 まるで天方と対峙するように向かい合う彼女は、リア充メンバーの前では見せない鋭利な視線で立ち尽くしていた。

 ……どうやらJKという動物は、人を目だけで殺すのが得意なフレンズらしい。

 だがそんなリア充の威圧も天方は全く意に介さず、平然と金倉に話し掛けた。


「……なんの話かしら、生憎と覚えが無いわ、それにそこ、通行の邪魔よ。早急に立ち去りなさい」


「へぇ、しらばっくれるんだぁ~。人の彼氏に吐き気がするとか言ってたくせに……………あんま、調子に乗るんじゃねぇよ転入生!」


 ついに口調まで変わった金倉。なんだこの変身ぶり?

 さっきまで「や~だ~ウケる~☆」みたいな偏差値三ぐらいしか無さそうな残念な感じだったのに。

 それが今じゃ金倉BASARAじゃねぇか。ただの戦国武将だぞ、お前!

 なに、そんなに早川のこと好きなのアイツ?

 恋は人を変えるっていうけど、変わり過ぎだろ……てか、あれじゃあ逆に引くわ。

 そういえばさっき早川も、天方に……と、これは言わないでおいた方がいいか。

 火にニトログリセリン注いでいいことなんて一つもない。心の中だけにしておこう。

 ……うん、何かあったらバラそ。


「別に乗っているつもりもないのだけれど。あと、邪魔だから早くどきなさい」


「はぁぁ~? マジでムカつくんだけど! ほんと、なんなのアンタ」


 金倉と天方。双方、一歩も譲らない睨み合い対決が続く。

 ……やっぱ、なんとなく感じてたけど天方、あいつメンタル強すぎじゃね?

 俺だったら、たぶん今の金倉の罵声だけで土下座する自信がある。

 ほんと、なんでこんなヤツが伝説の不登校児だったんだろうな。

 そんなことを思っていると突然、ガタッ——という衝撃音が耳に響いた。

 金倉が机の脚を蹴った衝撃音。怒りはどうやら有頂天のようだ。


「あのさ、アンタほんといい加減にしてくれない? 翔に悪い噂とか立ったららどうしてくれるの?」


「いい加減にするのはあなたでしょう……それに私、自己紹介で言ったわよね。近づかないでって」


「だからって、あんな言い方する必要もないでしょ!」


「あんな言い方も何も、最初に言ったじゃない。男は吐き気がするから一メートル以内に近づかないで——って。そのまま言っただけじゃない。まさか憶えていないの? 今度、腕のいい医者を紹介してあげるから頭の受診をしてきなさい」


「……はぁ?」


 金倉の怒りにも一切ひるまず、逆に強気の姿勢で天方は対峙する。しかも最後には煽りまで欠かさないという徹底ぶり。コイツに怖い物ってあんのかよ……

 現状での二人の戦況はほぼ互角。若干、天方の方が優勢か。

 だがその僅差の中には明確な差があった。

 金倉の言葉数が少なくなっているのに対して天方は全くと言っていいほど動じていないのだ。

 金倉は段々と、そして着実に押されている。


「——ねぇ、話を聞いているの? 人と話している時は目を見て話しなさいと教わらなかった?」


「う、うっさいな! てか、ほんとウザイ! もう話し掛けてこないでよ!」


「あなたから話しかけてきたのでしょう……」


「うぐぐ………………」


「黙るぐらいなら、早くどいてほしいのだけれど……」


 だがすぐに勝敗は決した。天方の勝利だ。

 ……いや、スゲーなあいつ。リア充を口で倒しやがった。

 戦国時代に生まれてたら絶対、天方BASARAだったよ。これ確実に。


「それじゃあ、そこ通らせてもらうわ」


 黙り込んだか金倉の横を天方が通り抜けていく。

 その時だった


「クソッ……気持ちわるいんだよ……白髪頭が……」


「———っっッ!」


 天方の表情がこれまでに見たことがないものに変わっていく。

 怒りや嫌悪とは違った顔……触れられたくない所に触られた時の顔だ。

 ……まぁ、でもそりゃそうか。身体手コンプレックスは誰にだってある。

 それにアイツの場合は特に、な。

 ——先天性白皮症

 俗にアルビノのと呼ばれる病気だ。昨日帰った後に調べた。

 人間が持つメラニン色素が著しく欠如して起こる先天性の病気。その特徴は体色が極端に白くなること。病状が重い場合、虹彩まで血液の影響で赤く見えるらしい。天方は若干、紫っぽいな。

 昨日見たときに一目でわかった……てか、気づかないほうがおかしいか。

 だから過去に天方が自身の身体的アルビノ特徴のことでトラウマを抱えていても不思議じゃない。

 むしろ今の天方の反応を見る限りその可能性の方が高いだろう。

 黙り込む天方に対し、形勢逆転とばかりに金倉は追い打ちを掛ける。


「え? 何、もしかして傷ついちゃったぁ~? ごめんねぇ~。でも気持ち悪いのはそっちだからしょうがないよね~☆」


「…………………………」


「だって白髪だも~ん。もしかして雨片さんっておばぁちゃんだったりして~? きゃはは! ウケる! そうじゃね! ねぇ、みんな?」


「…………………………」


 黙る天方を一方的にまくしたてる金倉。

 わざとらしく大仰に笑いながら自分の取り巻きにも笑いを強要させる。

 徹底的に天方を孤立させるつもりだな、あいつ。

 いや、もともと天方は孤立してたけど、でも見てると少し……いや駄目だ。

 ……哀れだと思われる方がアイツにとって哀れだ。

 それは俺もよく知ってる。


「人の目を見て話せってママから教わらなかったの~?」


「……………………」


「えぇ~何か言わなくちゃ分からないよ~☆ あ! それとも……ふふ! もしかして泣いちゃう? 泣いちゃうの? ねぇねぇ!」


「……………………」


 収まることのない悪意。

 さっきまで自分が経験していた羞恥を味わせようと存分に罵倒、嘲笑を繰り返す。


 ……やっぱ馬鹿らしい。


 何が馬鹿らしいって、両方二人ともだ。

 金倉は高校生にもなって人を身体的特徴を馬鹿にすることが馬鹿らしい。

 みんな、それとなく気づいていた上であえて口にはしなかったのに……やっぱり、偏差値三確定だ。

 それに天方も馬鹿だ。

 あんな注目を集める自己紹介をしたんだ。こうやって悪目立ちするとか考えてなかったのか?いや、どうせ「低能の戯言に付き合っている暇はないのだけれど」とか思ってたんだろうな……やっぱ、馬鹿。

 アイツの場合、それに加えてあんなに目立つ容姿まであるんだ。もちろんアルビノも含めた美し過ぎる容姿が。

 それで今回みたいに男子に対してあんな対応してみろ、目の前の状況はむしろ必然だ。金倉以外の可能性だって十分ありえた。

 だから、俺が天方の仮のパートナーだとしてもこれは付き合わなくていい問題だ。

 俺に課せられたのはあくまでアイツのヤリチン嫌悪症の治療で、その弊害からアイツを助けることは含まれていない。

 だから、例え近くにいるのに助けなくても……俺は悪くない、ないはずだ……なのに


「ねぇ、もうさ転校してみたら? そもそも男が嫌いならこの学校になんてくんじゃねぇーよ。なに、もしかしてレズ? うわぁ~…………キモッ」


「————ッ!!」


「え、なに? 言いたいことがあるなら——」

 

「おい、さすがにやり過ぎだろ」


 ——気づいたら声が出ていた。

 

「……は?」


 金倉が呆けた表情で俺に視線をゆっくりと移す。まるで、認識していない生物を見たような顔、だがその双眸は再びギロリと釣りあがる。

 心音があり得ない速度で加速していくのが自分でも感じる。痛い。

 でも、もう止まれない。


「なにいきなり?」


「いや、いくらなんでもアレは言い過ぎだろ」


「はぁ~? 何でアンタに言われなきゃいけないわけ? てかさ、何いきなり不良品がしゃしゃり出てんの。キモイ」


「高校生にもなって人のコンプレックスで馬鹿笑いする方がおかしい。それに俺がしゃしゃり出たのはお前と同じ理由だよ」


「同じ? 何言ってんの」


「雨片冬華は俺のパートナーだ」


『はぁぁぁぁぁぁ⁉』


 多くの声が重なる、たぶんクラスにいる全員が声を上げたみたいだ。

 うん、まぁそうなるよなぁ……となると

「え、クライシス鈴木があの美人転校生と?」「えーありえねぇ~。なんであんな美人が不良品となんだよ」「でも、特殊具合で言ったらお似合いかも……」「うわ~、マジか。結構狙ってたのに……はぁぁ~よりにもよって鈴木かよ」etc

 そんな声がそこかしこから上がった。


「で、でもそっちが最初に私のパートナーを!」


「確かにそれは雨片が悪かった。でも、雨片の場合はあらかじめ男に近づかないでほしいと言っていた。その上で、お前の彼氏が近づいたんだから雨片が怒るのも……多少は理解できなくもない」


「はぁ?」


「ただ、金倉が怒るのもわかる。でもそれで体のことで馬鹿にするのはいくら何でも……馬鹿だ。お前のはただの八つ当たりでしかない」

 

「……調子に乗んなよ。不良品が!」


「……あんまり怒んなよ。濃いメイクがぐちゃぐちゃになるぞ」

 

 澄ました顔をできるだけ意識しながら金倉を煽る。若干、口調がおかしくなってることは気にしない、気にしたら負けだ。

 ……はぁ~、全く何してんだろうな、俺。

 無理して堂々と振る舞っているが、徐々に足は震え、背中には嫌な汗がじんわりと背中に滲む。手なんか汗でぐっしょりだ。

 そして、なによりも心臓が痛い。

 過度の緊張からか心臓が飛び跳ねるように脈を打っている。

 正直、逃げたい。

 けど、声を出した時点でもうそれは叶わないし、遅い。

 ……ほんと、俺も馬鹿だな。でも


 ——彼女を助けられますか?

 ——まあ、やれるだけやります


 約束は約束だ。

 面倒でも最低限の約束ぐらいは俺だって守る。

『逃げるが最強』はケースバイケース。

 この場合は後で椿先生に怒られる方が面倒だったからに過ぎない。

 それに……癪だが、天方を眩しいと思ってしまった。

 真っ直ぐでも、歪んでいても、自分の何かを突き通すことは難しい。それをリア充だからといって曲げなかったことがカッコよかった。

 何もかもが中途半端な俺とは違って……

 掌に爪を食い込ませて、余裕な姿勢を保たせる。

 無理矢理、深呼吸をして心臓を落ち着かせようとしたが……失敗した。

 結果、思いっきりむせた。


「むぅ! ごほほごほほほほほ!」


「はぁ? いきなり何、キモッ」


 とりあえず俺は何をしてもキモイらしい。

 まぁ、今のは確かにキモイけど。


「ごほ……ぐうぇ……と、とりあえず今は一旦、やめにしないか? 昼休みももうすぐ終わるぞ」


 立てかけてある時計の方を視線で促す。

 時計の針は昼休みの終わりまで二分と示していた。


「…………チッ」


 さっきの意趣返しのつもりか、あからさまな舌打ち。

 だが、残念だったな。正直、混乱しすぎて今は大体のことがどうでもよくなってる。

 金倉はそのまま体を翻すと、廊下に取り巻きを連れて素早く出ていった。


「……………………」


 金倉が去り、残る問題は……


「あの……」


「……………………」


「雨片さん?」


「………」


 こいつだ。天方だ。

 立ったまま一言も喋らず俯いているので、聞こえてはいるんだろうけど反応が返ってこない。

 なので、今はコイツが喋るの待ちだ。ツライ。

 地獄の沈黙タイム突入だ。


「あーの、そろそろ時間が」


「…………………やめる」


「は?」


「……………………こんな学校もうやめる!」


「な……お前、何言ってんだ⁉」


「————ッッ!!!」


 ようやく喋ったと思ったらとんでもないことを天方は口にしやがったぞ⁉。

 そのまま、その華奢な手足でどうやって?というぐらいの速度で廊下に駆けだしていくし。


「ちょ、ちょっと待て。おい……クソッ!」


 いくら声を掛けても天方は止まらない。

 そんな彼女を目で追いかけながらも、飯がまだだと抗議を始める空気の読めない自身の胃が虚しく教室に空腹のチャイムを響かせた。

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