第21話

開催が終わって、全休日も明けた。

午前の調教が終わって大仲でひと息ついてた頃、馬運車がやって来た。

やっと来たか。

勢いよくソファーから立ち上がる。

「お、来たな。取りに行くぞ」

奥から番頭も出てきて、ふたりで馬運車の方へ歩き出す。


少しは大きくなっただろうか。

暴れてないとは聞いたけど、ここに戻ってもそうだろうか。

心配は尽きないが、まずは顔を見ないとだ。

馬運車の運転手に声をかけて、扉を開けてもらう。


ゴーヘー、おかえり。

そう声をかけて近づく。

いくらか自分でも緊張してるのがわかる。

声に出てなかったかな。


頭絡につないであるロープをほどいて引き綱をつける。

そのまま後ろ向きに歩かせて車から降ろす。

よしよし、大丈夫だぞ。

声をかけながら脚元に目を配り、横目で首の動きも見る。

万が一にも噛まれたりしないように。

俺が噛まれるのはともかくとしても、それで引き綱を離したり脚元が滑ったりなんてしないように。

だから、馬運車から下ろすのはいつだって少し緊張する。


馬房に入れる前に体重を測ろうと番頭に言われてたので、体重計のところまで曳いていく。

ゴーヘーはグイグイと俺を引っ張るようにして歩く。

引っ張る力が強くなったんじゃないかな。

記憶の中の力加減と比べて、少し強くなった力に嬉しくなる。

そのまま体重計まで連れて行って、早速測定。

ゴーヘーはおとなしく体重計の上で止まってくれた。



……453キロ。

多少余裕はあるにせよ、一回りは大きくなってたようだ。

先生がやって来たんで、数字を報告する。

「うんうん、大きくなったなあ。焦らずじっくり作ろうや」

先生は目を細めてそう言った。

そんなことを言いながらも、やまなみ賞までは2ヶ月ちょっと。

順調に作れなきゃ間に合わないかもしれない。

間に合いますよねと返事をしながら、若干の不安が拭えない。

「大丈夫だって。向こうでじっくり乗り込んで来てるからそう時間はかからんさ」

先生は俺の不安を見透かしたように、こう言って笑った。

「とはいえ、向こうではだいぶ馬かぶってたらしいからな。油断してっと何するかわからんぞ」

冗談半分で俺に注意をくれる。

了解です。シメてかかります。

そう言って、ゴーヘーを厩舎に曳いて行った。


ゴーヘーを馬房に入れて飼葉をつける。

輸送中はあまり食べられないからか、いつもよりがっついて食べてるように見える。

腹減ってたか。俺の飯じゃうまくないだろうが、ないよりマシだよな。

そんなことを言いながらゴーヘーを見つめる。


「お疲れ様ですー。……あ、ゴーヘー帰って来てたんですねー」

アンチャンだ。早速馬房に駆け寄って来た。

ちょうどいいや。脚元チェックするからゴーヘー見ててくれよ。

「了解ですー。……でもゴーヘーは悪さしませんよね?」

だと思いたいが、向こうで思いっきり馬かぶってたらしいからなぁ。

こっち戻ってきて本性出すかも知れんからさ。

「そうでしたかー。ゴーヘー、あっちで馬かぶってたのかい?」

飼葉を食べ終えたゴーヘーを、アンチャンが相手してる。

それを見ながらヘルメットのあごひもを締め直し、馬房の中へ。


ゴーヘーの脚に触れて確認をする。

腫れや痛みはないようで一安心。

そして、蹄の先まで綺麗に手入れが行き届いているのを確認する。

「ゴーヘーのいた育成場ってすごいんですねー。冬毛がいっこも出てませんよー」

だなぁ。中央や南関東の馬が使うとこらしいからなあ。設備もすごいらしいぞ。

そう言いながら馬房から出てくる。

「じゃあ、ここクビになったらそっちに転職しようかなー」

アンチャン、ふっとそんなことを言い出した。


いやいや、クビって何かやらかしたん?

勢い込んで聞くと、アンチャンは寂しそうな顔でこう言い出した。

「ウチの先生とどうしても合わなくて……。厳しい先生なのはわかってるんですが、なんだかボクだけきつく当たられてる気がするんですよねー……」

そんなこともないんだろうけどな。気のせいじゃないの?

「減量取れてすぐにミスして勝てるレースを落としてしまって、そのときオーナーさんや皆さんの前でこれでもかってぐらい怒られて……。それから全然うちの厩舎で乗せてもらえなくなっちゃったんですー……」

そっか……。


「まあ、クビにはならんから心配すんな」

後ろから急に聞こえた声にアンチャンと振り返ると、先生がニコニコしながら立っていた。

「向こうの先生とは話ついてる。アンチャン、来月からうちの所属になる気ある?」

……え?

目が点になった。

アンチャンはと見れば鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてる。

無理もない。急に言われたらそうなるよな。すぐに返事が来るはずも……。

「はい!なります!よろしくお願いしますー!」

……即答しちゃったよ。

「もともとうちの手伝いしてもらってたし、向こうの先生と折り合いついてないのも聞いてたし、フリーになるよかいいだろってな。所属になったってやるこた一緒だ。頼むぜ」

先生はそう言いながら、アンチャンの肩をポンと叩いた。

それから、先生とアンチャンは大仲へ向かって歩いて行った。

たぶん事務手続きがあるんだろう。


ゴーヘー、アンチャンもうちのスタッフになるんだってさ。

ゴーヘーにそう語りかけたが、当のゴーヘーはあまり興味なさそうに寝わらで遊んでる。

まあ、お前にとっちゃどうでもいいことか。

それよか、向こうでずっと馬かぶってたんだって?あの暴れん坊がどっか行っちゃったかってみんな心配してたぞ。

そう言うと、少しムッとしたような顔でこっちを睨む。

まるで「もう大人になったんだよ」って言いたそうな顔だ。

ホントに大人になったかどうかは、明日からの稽古で見せてもらうからな。

そう言って、厩舎を後にする。


ホントに大人になってたら。

聞き分けが良すぎて良いところが消えてしまうんじゃないか。

そんなこともふっと頭をよぎる。

考えすぎだよな、と頭を振ってみる。

ともあれ、明日からの稽古を確認しないとな。まさかいきなりキャンターはやらんだろうが。

そう独り言を言いながら、大仲へ急いだ。

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