第6話

いよいよゴーヘーの能力試験まで一週間を切った。

キャンターでの動きは抜群にいいし、時計で不合格ってことはないだろうって先生は言う。

番頭もこれだけ動けてれば問題ないねとうなずく。

でも……。


ゲートだけがどうもうまくない。

中に入って我慢は出来るけど、まっすぐ飛び出すのが3回に1回じゃ厳しすぎる。

ゴーヘーだけで試験受けるんならまだしも、他に何頭かいるからね。

よその馬に迷惑はかけられん。

アンチャンも「まっすぐ出せられなくてすみません」とは言ってくれるが、こればかりは責められん。

どうしたものか……。


能力試験に受かったら半月後の新馬戦が目標になるそうだ。

ということは、ここでテンションを上げすぎるわけにはいかない。

とはいえ、ゲート練習でもだいぶストレスかかってるんだろうなとは思う。

ゲート練習から帰ってくると、正直ホッとしたって顔になるのが面白い。

ゴーヘーはわりと感情が顔に出る。

ここらへんはわかりにくい馬だと困ることもあるけど、ゴーヘーはわかりやすいんで助かる。

とはいえ、ストレス溜めたままで能力試験はまずいかもしれない。


そういや、まだスクーリングやってなかったな。

ふっとひらめいた。


午前の作業が終わって大仲へ引き上げると、先生と番頭が打ち合わせ中。

そこに顔を突っ込んで、先生にお願いをする。

先生、ゴーヘーのスクーリングの件なんですが……。

「ああ、ゲートでやれてなかったよなぁ。いつやる?」

先生は気軽に応じてくれる。

はい、気分転換も兼ねて明日にでもやれればと。

「早いほうがいいもんな。よし明日のクールダウンはスクーリング兼ねてパドックに直行な」

わかりました。アンチャンにも連絡お願いします。

そう言って俺は大仲を後にした。


次の日。

キャンターを終えて戻ってきたゴーヘーに引き綱をつけて、そのままパドックへ向かう。

ゴーヘーはてっきり馬房に戻るもんだと思ってたらしく、不満げな声を出す。

「まあまあ、今日はお前に見せたいところがあるんだから」

アンチャンもついて来た。どうせならと2人曳きで歩く。


パドックに着いた。

ほら、ここがレース前に来るところだよ。

ここを何周か歩くんだ。やってみよっか。

こんなことを言いながらゴーヘーを曳いて歩く。

ゴーヘーはというと、オッズ板を見たり客席を見たりと忙しそうだ。

でも、それもじきに収まった。


「パドック周回ってこんなに歩くものなんですねぇ。僕らはそこまで歩かないもんなぁ」

嘘つけ。あちこちの厩舎営業して歩いてるじゃん。あれだけでも相当な距離だぜ。

「バレてたんですかぁ。どこで見られたんだろうなぁ。なぁゴーヘー、これじゃ悪いこと出来ないねぇ」

こんなことを言いながら、俺たちはゴーヘーを曳いて歩く。

俺もアンチャンもニコニコしながら。

険しい顔してたらここが嫌になるかもしれないし、無表情だと何しに歩いてるのかわからない。

だから、パドックではなるべく笑顔で歩いてくれってのが先生からのオーダー。

ゴーヘーだけじゃなく、他の馬でもね。

だから、冗談を飛ばしながら、笑いながら。

怖い場所じゃないってわかってもらえるように。

そんな気持ちで歩いた。

ゴーヘーもうんうんと頷きながら歩いてる。

少しは気分転換になったかな。


ついでに体重も測って来たらと言われてたので、ゴーヘーの体重を測りに行く。

……408キロ。

大して増えてないのを嘆くべきか、それとも減ってないことを喜ぶべきか。

なんとも微妙な気持ちで厩舎に戻る。

しっかり食わせてるつもりなんだがなぁ……。


今の体重がわかったところで昼飼いを用意する。

配合飼料にあれこれ混ぜてかき混ぜる。

ついでにキューブ状になった牧草をお湯につけてやわらかくしたのも混ぜる。

同僚のベテラン厩務員さんに教わった技で、これを入れると食いが違うぞって言われてたのを思い出す。

まだ俺が入りたてて飼葉の配合もよくわからなかった頃のことだ。


あの頃は言われた通りに混ぜたはずなのに、全然食べてもらえなかったな。

残すのが何頭か出たし、飼い桶にボロをされてたのまであって。

あれは悔しかったな……。

今でも飼葉を作るとたまにお残しが出て、やっぱまだまだなんだなあって思う。

水加減や塩加減の好みは馬それぞれで違う。

把握してるつもりではいるが、実際お残しが出ると「おいしくないよ」って馬に言われてるようで、なんだか申し訳ない気分になる。


そんな気分で作った昼飼いを、ゴーヘーは「しゃあないなあ」って顔して食べてる。

飯の好みも把握しなくちゃだな。

それでも残さないのはありがたいね。

飼葉を完食したら牧草も食べるし。

牧草は水に漬けてから食べるのがゴーヘーの好みらしい。

器用に牧草をくわえては水桶に顔を突っ込んでモグモグしてる。

食欲はあるし、体重減ってなかったし。

たぶん大丈夫だと自分に言い聞かせる。

なんとか、能力試験はクリアしてもらわなくちゃだし、先にある新馬戦まで考えないと。


毎度のことだけど、新馬は責任重大だよなぁ……。


能力試験前夜。

夜飼いをつけに厩舎に戻ると、先生がいた。

あれ?何か用事でも?

「いやいや、大した用はないんだ。ゴーヘーの様子を見に、ね」

先生は少し照れくさそうに言う。

先生も気になりますか。

「そりゃあな。こんだけ小さい仔は初めてだし、どれだけやれるかも気になるさ」

え?今までで一番って言ってませんでした?

「見た目も動きも今までで一番さ。だがそれが結果につながるかどうかは別だからなあ」

そうですよね。結果はまた別ですもんね。

俺も先生も、ゴーヘーを見ながら。


「……ゴーヘーはなぁ、俺がオーナーに無理言って買ってもらったんだよ。オーナーは血統は地味だし小さくてどうだろうって言ってたけどな」

そうだったんですか……。

「ぶっちゃけると、俺はゴーヘーに賭けたんだ。オーナーがそれに乗っかってくれた。だから結果で応えなきゃ申し訳が立たん」

……。

俺は何も言えずにいた。

「うちもそんなに勝ててるわけじゃないし、大きなとこはまだ勝ったことがない。こいつならやってくれるんじゃないかって、オーナーに言ったわけさ。だから、な」

……明日は責任重大ですね。なんとか力の出せる出来にはしたつもりです。

「うん、能力試験ぐらい軽くクリアしてもらわなきゃだもんな。時計もそれなりに出たし、キミが頑張ったのはわかってるさ」

スクーリングもまずまず出来ましたし、きっと大丈夫ですよ。ぶっちぎってくるんじゃないですかね。

そう言うと、先生がやっと笑った。

「ここでぶっちぎっても1円にもならんからなあ。まあ明日だ。そろそろ寝ようや」

先生が引き上げたのを見届けてから、ゴーヘーの顔を覗き込む。

明日は大事な試験だ。がんばろうな。

ゴーヘーは軽く頷いて、牧草の桶に鼻先を突っ込んだ。

……緊張してるのは人間だけかな。多分大丈夫だ。


能力試験の集合時間を確認してから厩舎を出る。

今夜は寝られるかなぁ……。

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