第4話 風雲は京へ向かう

(本当にこの方が、頼朝さまなのか?)

 九郎と共に本陣へ招き入れられた弁慶は、その男の顔を見て思った。

 もっと端正で知的な、貴族的な容貌の男を想像していたのだが。

 いや、もちろん、そういう要素は多分に含んでいるのだが、それより何より。


(デカい。いやいや、……そう、お顔というべきなのか)

 居並ぶ武士たちの中にあると、遠近感が狂ってしまいそうな程の顔の大きさだ。


 立ち上がった頼朝は九郎の肩に手を置いた。

「よく来てくれた、九郎」

「ははっ!」

 あれだけ傍若無人な九郎が、感動に震えていた。周囲の板東武者たちも揃って涙を流している。


 確かに、こうして並んでみるといかにも兄弟だと分かる。どちらも色が白く目が鋭い。やや小柄だと云うところも共通していた。

 

 頼朝にはあの格好いい肖像画が残っているが、いつの間にか『(伝)源頼朝』とか言われ、別人の肖像と言われ始めている。後に京に入った義経に至っては『平氏の選り屑より、なお劣る』(平家物語)とまで酷評されている。

 この点、後世の一般的なイメージであるところの、頼朝はクールな大将で、義経は悲劇の美青年、とは若干違うようだ。

 いずれにせよ二人とも、美形というのとは少し方向性が違うかもしれない。


 ☆


 その頃、京では大事件が起きていた。

 平家の総帥であった太政大臣、平清盛が亡くなったのである。


 あまりの高熱のため、他の者が近寄れなかったとか、熱を下げるために掛けた水が一瞬にして蒸発した、という話も伝わる。奈良の大仏を焼かせた報いとして、生きながら焦熱地獄に落ちたのだと噂された。

 すでに嫡子重盛を失っていた平家は、その弟の宗盛を立てる他なかった。


 危機的な状況を迎えようとしているこの時期に、宗盛のような凡庸な男を総帥としなければならないのは、平家にとって大きな不幸だと言わざるを得ない。



 期を同じくして、新たな反乱の火の手があがった。

 木曾地方に落ち延びていた源氏、木曾義仲が兵をまとめ、北陸方面より京を目指して攻め上っているのだ。周辺の豪族はみな義仲に従い、その勢力は膨れあがっていった。


 迎撃に向かう平家軍を率いるのは再び維盛だった。富士川の合戦で負った傷もまだ癒えないままだが、清盛の嫡孫としての誇りが彼を馬上の人とした。

 彼は悲壮な覚悟で、京に別れを告げた。


 ☆


 そんなある日、頼朝の陣営にいる九郎のもとへ、騎馬の一団が到着した。旅塵に汚れてはいるが、見事な馬に、馬具も美々しい奥州からの騎馬武者だった。


「佐藤継信、忠信、到着いたしました。九郎どの、お久しゅうございます」


 秀衡の側近中の側近といっていい佐藤兄弟のほか、数少ない九郎直属の郎党、伊勢義盛ら数十人だった。奥州の秀衡が送り出してくれたのだ。

 九郎は順番に彼らの肩を抱き、来着を喜んだ。だが、最後の一人になってその手がピタリと止まった。

 信じられない物を見たように、目が泳ぎはじめた。


「べ、べ、べべんけい、弁慶っ!」

「何です、変な声を出して」


 あわ、あわ、と今にも腰を抜かしそうな表情だ。

 弁慶もその小柄な男に気付いた。

 あれ。これは、一体誰だったか。でもどこか見覚えが有るような、無いような。


「ああっ!」

 顔をのぞき込んだ弁慶も同じように、あわ、あわ、あわ、とへたり込んだ。

「し、しずかどの?」


「貴様ら揃って、私を何だと思っているのだ」

 おそろしく不機嫌そうな顔で、その少女は言った。


「し、しかし。よく秀衡どのが許したものだな」

 九郎が動揺を抑えきれない表情で言う。完全に腰が引けていた。


「許しなどもらっていない」

「は?」


「無断で出てきたからな」

 平然と答える閑。それを見る九郎と弁慶の顔から血の気が引いていった。

「どういう事だ、義盛っ!」

 九郎が奥州入りした時からの配下の名を呼ぶ。


「無茶を言わないで下さい。わたしが閑さまを止められる訳がないでしょ」

 伊勢義盛はかつて野盗として九郎を襲撃した事があった。それが逆に叩きのめされて、そのまま彼の郎党になったのである。つまり、九郎よりも弱い。


「おい、継信。これはどういう事だ。説明しろ」

 九郎は矛先を佐藤兄弟へ向けた。

 兄の佐藤継信は、あからさまに目を泳がせている。弟の忠信に救いを求めようとするが、彼も目を合わせようとしなかった。


「あ、そ、その。…あれー、なんでお嬢様がこんな所に。おかしーな、全然気がつかなかった。なあ、忠信。気付かなかったよなぁ」

「は、はい。その通りですとも、兄者。おかしな事があるものですね」

 本当に世の中って不思議だなあ、と二人で頷きあっている。


「おいお前ら。平泉からここまで何日かかったと思っているのだ。気付かぬ訳がないだろうがっ!」


「すいませんでしたっ。断れませんでした!」

「兄のせいではありません、私が、私がっ」

 そこで九郎は、ガックリと肩をおとした。

「いや、是非も無い。わしこそ無理を言ってしまったようだ。すまぬ」

 ここで、主従一緒になって涙に暮れた。


「あれは平泉から来た者どものようですね。九郎どのと感動の再会なのでしょう」

「まことに微笑ましく、美しいものだな」

 遠くからそれを見る、侍大将の畠山重忠と土肥実平が目を細めていた。


 ☆


 やがて平家のみならず、頼朝にも衝撃を与える報せが届いた。

 迎撃に向かった維盛の平家軍を打ち破った木曾義仲は、その勢いのまま京へ入ろうとしているというのだ。


「われらと共に京の都へ入ろうではないか」

 そう伝えに来た木曾義仲の使者を、頼朝は会いもせず追い返した。

 木曾ごときが僭越な、頼朝は暗い顔で吐き捨てた。


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