これから飼育を考える読者諸兄へ

 今、書斎の机上には空色に輝く宝石が鎮座する。かつて「スミコ」と呼んだミアビーノの果てである。


 読者諸兄にはここまで拙文を読んで頂き、大変申し訳無く思うが、私が今後ミアビーノを新たに飼育する事は無いだろう。


 理由は簡単だ。


 私は新たな「卵」を入手出来なくなった。スミコが結晶化した翌日、謎の老爺に会おうと問題の裏路地へ向かったのだが、彼の姿は何処にも無かった。近隣で聞き込みを行うも、「そんな人間は知らない」と異口同音の答えが返って来た。


 仮に……老爺が未だに路地で居座っていて、新しい「卵」を売ってくれたとしても、私はもうミアビーノを育てる事は出来ない。飼育技術に不安がある訳では無い。どうにも私はミアビーノ――スミコに対して、飼育動物以上、もしかすれば「同居人」と同じ思いを抱いていた。


 この駄文を書き殴っている間も、彼女の種々の動作が忘れられない。


 確かにスミコは映画が好きだった。しかしそれは私の身勝手な「容易い娯楽提供」の手段に過ぎなかったのではないか?


 映画以外にも、何かしてやれた事は無かったのだろうかと後悔ばかりが募る。


 読者諸兄がもし、ミアビーノの「卵」を手に入れた暁には、どうか出来るだけ、愛情と沢山の体験をさせてやって欲しい。


 ミアビーノは恐らく、ヒタヒタと迫る最期を感じてはいても、「結晶化」という概念は理解出来ていないのだ。




 おやすみ、また明日。




 こう言い残して目を閉じたスミコは、次の日も映画を見て、メモを取りたかったに違い無い。


 彼女の遺したメモを、私は解読しようとは思わない。


 彼女なりに考え、抱いた感想の結晶なのだ。彼女の中で生まれ、育んだ言語の宝石なのだ。


 それを気軽に穢す程、私は愚かな生物では無いのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人工少女育成キットの概評 文子夕夏 @yu_ka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ