第13話 幼なじみとデート3

「雄輝、手、繋ごうよ」


 喫茶店を出てすぐのところで美優が突然言い出した。俺は思わず「は?」と頓狂とんきょうな声が出てしまった。


「なんでいきなり……」

「だってこれデートじゃん。繋ぐのが普通でしょ」


 だとしてもそれは恋人がするもんだろ。それに今日は休日だから外には人がたくさんいる。恥ずかしくてとてもじゃないができない。

 俺が何も言えずにいると、美優はニヤニヤしながら言った。


「もしかして恥ずかしいの? 小学生の頃はよく手繋いで登校してたじゃん」

「それは小学生のときの話だろ」


 今はもう高校生だ。幼い頃は『友達』としてしか見ていなかったが、今は『友達』であると同時に『異性』としても見ている。当時と今では物事の捉え方が違うのだ。


「お前は恥ずかしくないのか? 人がいる中で白昼堂々と手を繋ぐなんて……」

「ぜーんぜん? だって雄輝だもん!」


 ……俺だから? じゃあほかの男子は恥ずかしいのかよ。俺が訊くと美優は首を横に振った。


「そういうことじゃなくて、えっと……とにかくほら、早く! 時間なくなっちゃうでしょ」


 美優はそう言って無防備にしていた俺の手をギュッと握ってきた。


「うおっ! ちょ、美優痛い」

「はは、雄輝ビビりすぎ」


 いきなり握られたら誰でもビビるわ。ほら、周りにいる通行人がこっち見てる。

 美優は無駄に力が強く、手を離そうとしてもまったく微動だにしない。俺は潔く諦めて手を繋いだまま街を歩き出した。

 歩き始めてから俺たちは終始無言。何か話題を出そうにも緊張で頭が上手く働かない。

 美優を横目で見ると表情に大きな変化はないが、機嫌は良く鼻歌まで歌っている。美優は俺の視線に気付き首を傾げて微笑みかけた。落ち着け俺。

 

「なんか私たち恋人みたいじゃない? いっそのこと付き合っちゃう?」


 それは告白なのか? 言い方は冗談っぽいが……。

 俺が色々思考を巡らせていると、美優は手を繋いだままもう片方の手で俺の腕を掴み、グイッと自分の体に寄せてきた。


「お、おい美優、近い……」

「いいじゃんいいじゃん。もっとイチャイチャしよーよ!」


 いかん。正気を保つのが難しくなってきた。それに加えて得意の上目遣い。チョロい男なら理性がぶっ飛んでその場で倒れていたに違いない。それぐらい美優の上目遣いは強力なのだ。頭がクラクラする。


「美優、頼む。離れてくれ」


 このままでは本当に理性が壊れる。ふと美優を見るとなぜか顔を真っ赤にして俺を睨んでいる。なんで? と思った直後、美優は俺から離れ、腹にボディーブローを食らわせた。ったあぁぁ!!! あまりの痛さに涙が出そうになった。


「て、てめぇ……何しやがる」

「雄輝が変な事言うからでしょ。場所考えて発言しなさいよ」


 ちょっと待て。俺は「離れてくれ」と言っただけだぞ。何が変なんだ。

 美優は俺を置いてさっさと歩き出す。絶対何か誤解してる。どうにかして解かないと……。俺は痛む腹を押さえながら美優を追って横についた。


「美優、少し話を聞いてくれ。お前何を誤解してんだ」

「誤解?」


 美優はギロリと俺を睨む。ぶっちゃけ怖いがここで引き下がるわけにはいかない。


「俺は『離れてくれ』って言ったんだ。何が変なんだよ」

「……へ?」

「へ?」


 どうやらお互い状況が理解できていないようだ。


「そ、そうなの?」

「そうだよ。何て聞こえたんだ」

「え、その……『ヤラせてくれ』って聞こえた」


 公衆の面前でそんな卑猥ひわいこと言う奴がどこにいる。まあ俺も緊張でイントネーションおかしかったし、この喧騒じゃそう聞こえても仕方ない。けど殴ることはねぇだろ。せめてビンタ……もいてぇだろうな。

 美優は俺の目の前に立ち、「申し訳ありませんでした!!!」と大声で言って上半身を九十度傾けた。周囲の視線がこちらに集中する。


「美優、顔を上げてくれ。誤解が解けたならいい」

「ホントにごめん」

「うん……」


 それから長い沈黙。とりあえず、とりあえず何か言おう。


「あ、ええっと……そうだ! 次どこ行くかまだ決めてなかったな」

「え? あ、うん。そうだね。じゃあ雄輝、なんか欲しい物ある?」

「欲しい物?」

「うん。さっきのお詫びに雄輝の欲しい物買ってあげる」

「いや、それは逆にこっちが申し訳ない」

「別に気を使わなくていいよ。お金にはまだ余裕あるし」

「……いくらだ?」

「一万円」


 結構持ってんな。その範囲内なら候補はいくつか挙がるが、なるべく実用的なものがいい。……そういや今使ってる財布結構ボロボロだな。ファスナー壊れかけてるし。よし、決めた。



 

「……ふーん。財布かぁ、ちなみに今使ってるのはいくらで買ったの?」

「二千円。高校に入ったときに買ってもらった」

「二千円ね……でもあんまり安すぎるとすぐダメになるから、少し高めの方がいいと思うよ」

「いいと思うよ、ってお前が金出すんだろ? ホントにいいのかよ」

「だから気遣わなくていいって。雄輝のためだもん」


 俺のためねぇ……。ほかの男が聞いたらなんて思われるだろう。まあ、どうでもいいや。とりあえず買う物が決まったので、俺たちは近くにあるデパートのブランドショップに向かった。


「うげっ、三万!? たかが財布で……」

「雄輝! 思ってても口に出しちゃダメ」


 店内は見るからに高そうな財布や鞄が売られていて、吝嗇家りんしょくかの俺には絶対に合わない。


「あ、これいいんじゃない? 大きいし」

 

 美優が指差したのは本革の二つ折り財布で値段は八九〇〇円。金銭感覚狂いそう。


「美優、これは高すぎる。もう少し安いのにしよう」

「お金出すの私なんだから雄輝が気にする必要ないじゃん。ていうかこれまだ安い方だよ? 高いやつは普通に十万超えるからね」


 そんな馬鹿高い財布買って何のメリットがあるんだよ。結局、俺は美優に促されるまま八九〇〇円の財布を買ってもらった。


「はい。どうぞ」

「あ、ありがとう」


 おぉ……前の財布と手触りが全然違う。俺は一人感慨にひたって新品の財布を眺めていた。

 その後、俺たちは店を出て美優の家で別れた。外は夕焼け空になっていて昼騒がしかった街も今は静かだ。

 そういえば喫茶店を出てから一度もあいつを見ていない。……まあ、途中で飽きて帰ったんだろう。

 そして、自宅に帰ると姉貴が玄関で俺を迎える。


「雄輝、おかえり」

「ただいま。……あれ、あいつは?」

「あそこ」


 姉貴はリビングを指差した。そこにいたのは俺と美優をつけていた張本人、萌絵だった。腰近くまで伸びているロングの髪……ではなくカツラがズレていて、化粧はそのまま。今は放心状態で椅子に座り、下を向いて「う~」と唸っている。


「帰って来てからずっとこの調子なの。雄輝、何か心当たりある?」

「……さぁな」


 心当たりはないこともない。おそらくだが、俺と美優が手を繋いだところを見てショックを受けたのだろう。十五年も兄妹続けてたらこいつの考えることはおおよそ分かる。

 萌絵が元の状態に戻ったのは、俺が帰ってきてから二時間もあとだった。

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