第4話 姉の恐怖

 翌朝、いつも通り六時に起床した俺は妙な違和感を覚えた。体が横を向いたまま動かない。最初は金縛りだと思ったがすぐ違うと分かった。背中に何か柔らかいものが当たってるし、お腹のあたりには人の手が見える。これは誰かに抱き着かれていると考えた方が自然だ。俺が動こうともがいていると後ろから声が聞こえた。

 

「あ、起きた?」


 この声は姉貴。いつからスタンバイしてたんだ。


「一時間前からよ」


 さらっと俺の心を読みやがった。ってことは五時からかよ。ご苦労様だな。


「朝から何する気だ、まさか昨日みたいにまた俺を洗脳するとか言うんじゃねぇだろうな」

「そのまさかよ。だから今日は萌絵に邪魔されないよう早起きしたの」


 俺を洗脳するためだけに早起きするのもどうかと思う。もっと別のことに時間を費やしてほしい。


「つーか姉貴よ、諦めようとは思わねぇの? もう何回目だよ」

「私、諦めが悪いの。ロ○ット団だってそうじゃない。毎度毎度巨大兵器を作ってはサ○シ達にやられ、また作ってはやられ、それでもしつこく襲ってくる。あれどこから予算が出てるのかしら」


 アニメだから金銭事情は気にしなくていいんだよ。まあ、あのトリオは絶対別の道で食っていけると思ったことあるけど……。


「諦めてほしいなら力ずくで私に勝ってみせなさい。今の時間なら萌絵はまだスヤスヤ寝てるでしょうね」


 さてどうする。単なる力勝負では俺に勝ち目はない。昨日だって萌絵と二人で互角だったのに……。 

 だが、こういう時のために密かに護身術を覚えておいたのだ。男が女に使うのは何か変な感じがするが、これはやむを得ん。

 俺は悪いと思いながら姉貴の手を掴み指を捻ろうとした。しかしまったく動かせない。今度は肘を使って腹に攻撃する素振そぶりだけする。ガチで当てるのは躊躇いがあるので、ビビらせて力が抜けた隙に離れようとする算段だったが、まるで効果なし。


「何をしても無駄よ。今度こそ萌絵が来るまでにあなたを洗脳する」


 ううむ。これはマズい。父さんと母さんはすでに仕事に行ってるし、萌絵はまだ寝ている。こうなったら説得するしかない。

 

「姉貴、少し訊きたいんだが、なんで俺を洗脳しようなんて企んでんだ」

「昨日言ったじゃない。私のことしか考えられないようにするためよ」

「いや、そう思った理由だよ」


 普通、実の弟を洗脳しようとする姉がいるだろうか? 当然否だ。

 姉貴は黙ったまま何も言ってこない。俺の恐怖は増していく。それからどれだけ経っただろうか。姉貴がようやく口を開いた。


「雄輝を愛しているから、それだけ」


 ……今、この女なんて言った? 俺を愛しているだと? 

 

「私はあなたを異性として見ている。できることなら一緒に結ばれたい」

「いや、それ法律で……」

「分かってる! 分かってるの! でも私はあなたを愛している」


 怖い。怖いよこの人。姿が見えないから尚更怖い。

 

「だから、ほかの女に取られる前にあなたを私のものにしたいの。悪く思わないでね」


 やっぱりこの女イカレてる。どこで頭のねじが外れたんだ。

 姉貴は俺の頭をさすり、耳元で何かブツブツ呟きだした。このままじゃ確実にやられる。どうにかして姉貴から離れないと……そうだ。


「あ、姉貴、少し話がある」

「話?」


 俺の言葉で姉貴の手が止まった。これは時間との勝負だ。


「俺、ずっと隠してたことがあるんだ」

「隠してた? 何を?」


 俺は息をふーと吐く。本当は言いたくないが洗脳されるよりは幾分マシだ。


「実は俺……ロリコンなんだ」

 

 後ろが見えないので姉貴がどういう表情をしているかは分からない。だが確実に動揺はしているだろう。姉貴は力は強いがメンタルが弱い。昨日だって朝食の時、萌絵の一言で茶碗と箸落としてたしな。

 姉貴は俺の言葉で一瞬締める力が緩んだ。俺はその隙を見逃さず、姉貴を引き離して体を回転させ床に落ちた。受け身は取ったが地味に痛い。

 

「ってて……」

「……本当なの?」

「え?」

「さっき言ったこと本当なの?」


 姉貴は起き上がり、ベッドに座って不安そうな顔で俺を見ている。……あー、これどうすっかな。動揺させるために適当についた嘘だがそういうことにしとくか? 上手くいけば俺の洗脳を諦めてくれるかもしれない。

 

「……そうだ。俺はロリコンだ」


 自分で言ってて恥ずかしい。俺は年上の女性も魅力的だと思う。

 姉貴は落胆して額を手で押さえている。そして真剣な顔で俺に訊いた。


「じゃあ、私はアウトなの? ババアなの?」


 俺はロリじゃないから分からんが、ガチロリからは余裕でアウト宣告されるだろう。


「残念だがアウトだ。いくら綺麗でも年上であるという事実に変わりはない」 

「……そう。なら、私が更正させてあげる。愛に年齢は関係ないの!」


 今更正しなきゃならないのはあんたの方だ。『姉弟』として好意を持つならまだいいが、姉貴は『異性』として俺に好意を持っている。そんで求愛しすぎだ。

 姉貴はまじまじと俺を見ている。その視線に俺は体がぶるぶると震えだした。悪寒とは違うまた別の震えだ。


「雄輝、寒いの? 私が暖めてあげようか?」


 それはやめてくれ。また震えが激しくなるから。俺は心を落ち着かせようと深呼吸をする。ふと、ドアをノックする音がした。やっと来たか。


「お兄ちゃーん!」


 そんなデカイ声出さなくても分かってるよ。俺は立ち上がり、平静を装ってドアを開けた。


「どうした萌絵」

「さっきドン! って大きい音したから何かなと思って……」


 ああ、俺が床に落ちたときだな。確かに結構大きい音だった。

 萌絵は部屋の奥にいる姉貴の姿を見て「え」と素っ頓狂な声を出した。


「何でお姉ちゃんがいるの?」

「雄輝が早く起きちゃってやることがないから、私と話しようって言ってきたの。楽しかったわ」


 よく咄嗟にそんな嘘つけるな。俺は恐怖しかなかったよ。朝から心臓に悪い……。

 姉貴はベッドから離れると、俺を一瞥いちべつして部屋を出ていった。ようやく安心できる。


「お兄ちゃん、何の話してたの?」

「んー? 勉強だよ勉強」


 適当に返すと萌絵は頬を膨らませた。何が不満なんだ。


「私も一緒に勉強したかった。お姉ちゃんとだけなんてずるい」

「分かったよ。今日の夜一緒に勉強しよう。それでいいだろ?」

「やった! 約束だよ?」


 本音を言うと一人の方が良いんだが萌絵は怒らせると対応がめんどい。

 萌絵は着替えてくると言って、嬉しそうに自分の部屋に戻って行った。俺はその姿を見届けた後、制服に着替えて一階のリビングに下りる。はぁ、もう疲れた。俺の体力は夜まで持つのだろうか……。


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