第5話 幼なじみはマイペース

 学校に着いた俺はいつものように美優に抱き着かれたが、今は抵抗する気力がない。美優は俺の反応に驚き、心配そうに訊いてきた。


「雄輝、いつもより元気ないね。何かあったの?」

「朝にいろいろとな……。だから体力があんまりねぇんだよ」

「そうなんだ。じゃあ、今日は私が介抱してあげる!」


 その言葉にクラスの男子がざわつき、そのうちの一人が美優に言う。


「た、竹内さん、関は放っておいても大丈夫だよ。どうせすぐ元気になる」

「どうせ?」


 美優の声色こわいろが変わり、教室全体が静寂に包まれる。美優は俺から離れると、先ほどの男子生徒に近づき、両手を腰に手を当てて言った。


「軽々しくそういうこと言わないで。もし放っておいて倒れたらどうするの」

 

 男子生徒は美優の勢いに怖気づき、黙り込んで俯いてしまった。なぜか罪悪感を感じる。

 チャイムが鳴ると皆ホッとした表情になり、男子生徒はきびすを返してトボトボと自分の席に戻っていった。

 

 今日は一時間目から体育。残念ながら外は雲一つない快晴だ。

 ホームルーム前に美優に叱責しっせきされた男子は、肩を落として歩いていた。よく考えたらこいつの名前なんだっけ。俺が名前を思い出そうとしているところで、横から別の生徒が来て男子を励ます。


「お前、竹内さんに怒られただけで落ち込むなよ。むしろ俺は怒られたくてたまんねぇ」

「だったら助けに入ってよ。なんで関の悪口言っただけで怒られなきゃならないんだ」


 あのときの罪悪感が一気に消えた。俺は軽く憤りを覚えたが、こんなことでキレてもしょうがない。

 グラウンドに出ると、日差しがもろに当たって暑苦しい。今日は男女ともにソフトボールだ。


「分かってると思うが本気で投げるなよ。野球部とソフトボール部以外は全員軽く放れ」


 中年の体育教師が指揮を執り、皆に指示を出していく。俺だけマジで投げてきそうで怖い。

 試合は紅白戦で俺の入っている白が先攻になった。

 打順が回ってくるまでの間は暇なので、俺は女子の方を見ていた。皆楽しそうに試合をしている。俺も向こうに行きたい。

 

「オラァ、関! さっさと打席に来い、マジで投げるぞ」


 大柄な体格の生徒が強い口調で言った。脅しじゃねぇか。そんなに急かすなよ。

 俺は嘆息たんそくしながら打席に入りバットを構えた。試合長引かせるの嫌だし、ここは凡退しとくか。

 

「雄輝ー! かっ飛ばせー!」


 と思ったが、五~六十メートル先から美優の大きな声援が聞こえた。期待に応えたいのと同時に、男子の敵意ある視線が俺に集中する。味方までもが俺を睨んできてまさに四面楚歌状態。


「タイム」


 さっきの大柄男がタイムを要求し、俺の肩を掴んで言った。


「いいか? ヒットは絶対打つな。竹内さんにいいとこ見せるんじゃねぇぞ」


 言われなくてもヒットを打つ気はない。結局、俺の打った打球はピッチャーの正面に転がっていき、予定通り凡退に終わった。

 

 授業が終わって皆が昇降口に向かう中、朝の男子が低い腰で美優に近づき何やら話している。男子が去った後、俺は美優に訊いた。


「何の話してたんだ?」

「『朝は口出ししてすみませんでした。ちなみに僕、帰宅部の谷山たにやまです』って……」


 帰宅部の部分絶対いらない。名前だけで十分だろ谷山。

 昼休み、今日も美優と一緒に昼食。いつもは萌絵と姉貴も来るが、女子三人に囲まれながらの食事は目立つし落ち着かないので、今後はなるべく来ないように説得した。


「雄輝、元気出た?」

「ん? ああ、朝よりは良くなったよ」


 俺がそう言うと美優は笑顔になり、周りを気にしながら小声で話しかけてきた。


「ねぇ、今日の放課後一緒に喫茶店行かない?」

「喫茶店?」

「うん、ここ最近できたお店なんだけど雄輝にも紹介したくて」


 俺にねぇ……別にいいけど萌絵のことがあるしな。


「悪い。今日は萌絵に勉強を教える約束しててな。喫茶店に行くのはまた別の日にしよう」

「え~? 私とじゃダメなの?」


 美優が俺に顔を近づけ上目遣いで言ってきた。多分意図的にやっているのだろうが、何度も見ても全然慣れない。


「いや、別に美優がダメなわけじゃない。えーと……じゃあ、一時間だけ。それなら大丈夫だ」


 美優は首を横に振って「一時間は短すぎ」と不満を漏らし、二時間に延長してなんとか了承してくれた。あとで萌絵と姉貴に伝えとこう。


 そして放課後、俺は美優と一緒に学校を出て目的の店に向かった。二時間だけなのであまり遠出は出来ない。


「喫茶店はどこにあるんだ? あんまり歩くのは勘弁だぞ」

「そんなに遠くないから大丈夫、あ、ここだよ」


 美優が指差した先には店構えの小さいカフェ。店内は目立った装飾はなく一人客が多い。俺と美優は向かい合って座り、メニューを見て俺はコーヒー、美優はココアを注文した。ランチも頼もうかと思ったが晩飯があるのでやめた。


「私、よくここ来るんだ。コーヒーおいしいしすごく落ち着ける」

「だな、雰囲気も良さそうだし」

「でしょ? 時間があったらまた来ようね」


 俺は頷きコーヒーを一啜ひとすすりした。確かにおいしい。

 

「よく考えたらさ、私と雄輝が一緒に出かけるのって初めてだよね」


 言われてみればそうかもしれない。美優とは小学校からの付き合いだが、過去に二人きりで出かけた記憶はない。


「……ねぇ、雄輝」

「ん?」

「時間あるときまたお出かけしようよ。学校だけで会うのは寂しいっていうか……」


 美優は俺から目を逸らし、頬を赤くして何か恥ずかしそうにしている。こいつにしては珍しい表情だ。


「わかった。休みの日はやることないし、たまにはこういうのもいいと思う」

「言ったね! 約束だからね!」

  

 身を乗り出して迫る美優に俺はコクリと頷く。コーヒーを飲み干しといてよかったと倒れたカップを見て思った。

 支払いを終えてカフェを出たころにはタイムリミットまで残り三十分、結構長居してたな。


「三十分じゃ行けるとこ限られるな」

「延長できないの?」

「これ以上はさすがに無理だ。萌絵は怒らすと面倒なんだよ」

「そっか……あ、最後にあそこ寄っていい?」

「書店か、ホントに最後だぞ」


 美優は何度か頷き、一緒に書店に入った。真っ先に向かったのはラノベのコーナー。やはり異世界モノが多い。

 

「雄輝、見てこの本のタイトル『私は同姓で同性の同級生と同棲生活を始めました』だって」


 ゲシュタルト崩壊起こしそうなタイトルだな。しかも帯には『アニメ化決定!』と書かれている。


「これ百合っぽいね。あ、これもすごいよ『ブラコン兼ヤンデレ兼ツンデレの姉が弟に結婚をせがんできます』か。ヒロインどんな人なんだろ」


 ブラコン兼ヤンデレ兼ツンデレってもう重症じゃん。姉貴でもツンデレ要素はないぞ。


「雄輝、どうしたの? 顔つき険しいけど」

「いやなんでも。それより時間ないんだから、何か買うなら今のうちに決めとけよ」

「まだ入ったばっかりじゃん。そんなに急がなくてもよくない?」


 まあそうなんだが、あまり帰りが遅くなるとあの姉妹は何をしてくるか分からん。

 美優は時間ギリギリまで粘り、話の参考にとライトノベルを一冊購入した。俺は金に余裕がなかったので何も買わなかった。

 書店を出てから俺たちは終始無言だった。そして十分ほど歩いて美優の家の前に着き、美優が振り向く。


「雄輝、今日はありがとね」

「え、ああ、また明日な」


 美優は笑顔で大きく手を振り家の中に入っていく。今日のことがクラスの男子にバレたら俺は確実にられるな。

 そんなことを思いつつ、俺は早足で自宅へと向かった。

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