紅い花の居場所

 ……リンネ・フェスティバルの研究室を、出たあとは、


 もしかしたら、その猟奇的な研究室に入る前よりも、


 ……苦しかった。かも、しれない。



 彼女はあっけなくマリーを俺に返してくれた。

 なんでだよ、と問うた俺のほうが理不尽なのはわかってる。

 べつに、とリンネはうつむいた。人体実験なんかだれでもいいさ。マリー・ローズもそこにいたから漬けただけ。……もっともそれもおまえのたくらみであったのだろうな、聖騎士アレンよ。


 俺が研究室を出るまで、リンネはずっと、うつむいていた。



 悪魔でしかない敵国の、

 悪魔の手先でしかない科学者、

 彼女も人間だっただなんて、

 ……知りたくも、なかった。俺は。


 真実とは、残酷だ。



 ……だからこんなことになってしまうんだよ。なあ……帝国科学者さんよ。

 リンネよ、おい。




 俺たちは陽気に笑いあいながら走っている。

 はるか続く大海原のごとき、大草原を。

 花はない。ただ、草がある。

 グリーン・リバーと呼ばれている。……海よりは平和に自殺できる、とのことで、有名だった草原だ。


 風が吹く。

 草が揺れる。

 空は青い。雲ひとつなく、ただ、青いだけ。


「あははっ」


 マリー・ローズ――俺の恋人のマリーは、ぽすん、と草の上にあおむけになった。茶色い民族風のワンピースの裾がふわりときれいに広がる。俺も隣にあおむけになる。

 マリーの鮮やかなほっぺがこんなに近い。


「……ねえ。アレン」

「なんだよ。あらたまって」

「あたしたち、これでよかったのかな」


 マリーは眠たそうに笑っている、――でもこれは眠たいのではないのだ。


「……すごい、裏切りだよね。あたしたちがこれからしようとしてることって」

「……だな」

「あっさり認めるの? 聖騎士さん」

「もう聖騎士団はない。国も。……騎士ですらないよ」

「あはっ、じゃあただのアレンだ」

「それでいい。……それで」


 ザザザ、と風が駆け抜ける。

 バラバラバラバラ、と、騒々しい、


 音。


「……あのときあたしが漬けものにならなかったらさあ、どうなってただろ?」

「考えたくもないな」

「……でも、考えてみてよ」

「嫌だ。……考えたくない。それは、つらくなるだけだろ。だってさ、これからだろ、俺たちが……」



『あぁいた。アレンーっ、マリーっ。そっちめぼしいもんあったかいーっ、……っていうかなにサボってるんよ 』



 遠いのにつんざくような声は、――リンネ・フェスティバルのもので、彼女のすがたは見当たらない。

 しかし、すぐにわかる。上だ。頭上に、鉄の雲が飛んでいた。……ヘリコだかなんだかいうらしいが、俺にはあれは、鉄の雲としか思えない。

 マリーが、大きくバッテンじるしをつくった。


『はいよーっ。じゃあ引き続き素材収集、よろしくよー。夕方までには上から迎えに来るかんなーっ』


 バラバラバラバラ……。

 草原は、また、静かになった。

 マリーはワンピースの砂を払って、苦笑している。

「リンネもね、ひとづかいが荒いんだから」

「……なあ」

「ん? なあに、アレン」


 その、笑顔に。花のような、笑顔に。

 俺はずっと訊けなかったことをなんだかいまだけ訊いて、みる。



「……紅い花を、見たいと、思わないか」



 マリーは、薔薇のように笑って――




(了)

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地獄の沙汰も愛しだい 柳なつき @natsuki0710

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