第16話 ようこそ、帝陵学園へ

 ドラゴンの背に乗りながら、契汰は気になることを質問した。


「あの、さっき言ってた……シュってなんですか?」

「ああ、ざっくり言うと異能が使う術のことだ。呪という字を使う」


「なんかおっかないです」

「本来の呪とはもっと大きな含みを持つのだよ。一番身近なところでいくと……名前だな」


「名前?」

「名とは、世界で一番簡単な守りだよ。つけた人の願いがこもる、非常に強力な呪だ」

「はぁ」

 

 契汰には突飛な話で、よくわからない。


「真面目に聞きえ給えよ少年。名づけとは、非常に責任が重い行為だ。なぜなら名は、つけられた者自身を表す一部となるからな」

「じゃあ、この龍の名前にも願いが?」


「瞳を見てみよ、美しい緋色だ。私は彼女に誇り高く、美しく生きてほしいと願った」

「だからスカーレットですか」


「うむ」

「しっかりと意味がわかるなんて、羨ましいです。俺は親が早くに亡くなったから、もう一生わからないですけど」

「馬鹿を言わないでくれ給え」

 

 真っ直ぐな目が契汰を捉えた。


「名を見ればわかる。響き、使われている字、言葉の歴史。君の名は契汰だが、契とは『約束』を指し、汰は『悪しきことを洗い去る』という意味がある。良い名ではないか」

 

 生徒会長は微笑みかけた。

「立派で素晴らしい呪だ。誇り給え」

 契汰は俯いた。少しばかり涙が出たかもしれない。

 嬉しかったのだ、ただ単純に。


「さあ、生徒会棟に降りるぞ」

 

 スカーレットが急降下し、生徒会棟の全体がしっかり見えてきた。生徒会棟は年代を重ねたモダンな洋風の建物で、他の校舎同様、象牙色の壁と太陽色の瓦が葺かれている。アーチをところどころに取り入れた建築で、西洋の城をも思わせる美しい外観だ。


 丁寧に刈り込まれた木や花が前庭に植わり、普通の学校の校舎しかしらない契汰は始終目をパチパチさせた。


(これが学校? 凄まじい資金力だな)

 

 長年の貧乏故に、契汰は経済的なことばかり考えてしまう癖がついていた。

生徒会長は建物の正面に設けられた、重厚な木製の扉の前で静かに立ち止まった。


「私は生徒会長、七辻炎羅だ。扉を開けよ」

 

 すると、びくともしなさそうな扉が独りでに開いた。


 中はひんやりとしている。白い漆喰の壁と大理石の床に、木製の窓枠から流れ込む春の光が照り映えて、とても明るい雰囲気だ。外観こそ年代が感じられたが、中は古さを感じさせない洗練された内装である。

 会長は棟の中のエレベーターにさっさと乗り込んだ。契汰も乗り遅れないように続く。


「さっと一息に行くぞ」

 

 エレベーターはぐんぐんと最上階まで登る。扉が開くと、フロアは一気に豪奢な雰囲気になった。他の階と違い、部屋数が少ないためか廊下が広い。生徒会長は繊細な彫刻がされてある扉の前で立ち止まった。


「私は生徒会長、七辻炎羅だ。扉を開けよ」

 

 建物に入る時と同じ台詞を言うと、扉がまた独りでに開いた。


 中は広く、まるでどこかの社長室のようだ。大きな窓が取られていて、いかにも価値が高そうな調度品やソファー、観葉植物、本棚が設えられていた。

正面には執務用とみられる机と椅子があり、金文字で「生徒会長 七辻炎羅」と書かれた厳かな名前入りのプレートが置かれている。後ろには「帝陵学園」と記された、ダマスク織の厳かな学園旗が立てられていた。

 

 机の脇に、人影が見えた。


「お待ちしていましたよ、生徒会長」

 

 声の主は深い青の髪を一つにきりりと束ねた女性だ。制服を一分の隙も無く着て、烏の腕章をつけている。いかにも頭が切れるといった雰囲気で、黒ぶちの眼鏡の向うに光る瞳は、人の毛穴まで見分けるような鋭さだ。


「例の客人も一緒ですね」


 女性は契汰が入ってきた後、開いたままになっている扉に手をかざした。すると、独りでに扉がバタンとしまった。契汰の後ろからついて来ていた人形が、扉にぶつからないよう慌てて室内に滑り込んだ。


「ど派手にドラゴンを使ったそうですね、怪我人を乗せていたのでしょう?」

「三人乗せるんだ、ドラゴンが一番早い」

「落としたらどうする気だったんですか?」

 

 会長にズバズバと物を言ってのけている。どうやら相当の実力者らしい。


「初めまして、私は桐生玲花。生徒会補佐委員会の委員長をしているわ」

「あ、藤契汰です」


(あのエリートの親分か)

 

 契汰は桐生に対して心の中で身構えた。


「桐生補佐官と呼んで頂戴」

「は、はあ」


「ここからこの部屋で聞くことは機密事項よ。もし誰かに話したら口が裂けるわ」

「物騒ですね」

「これは本当のことよ。ここは普通の学園じゃない」

 

 眼鏡の奥の目は笑っていなかった。この様子では、あながち冗談ではないらしい。契汰は恐ろしくなってきた。そこまで秘密にしなければならないような面倒なことには、首を突っ込みたくはない。


「俺、絶対この学園のことは話しません。正直、機密なんて知りたくもありません。だからもう家に帰してくれませんか」


 契汰はまたひなのことを思い出していた。約束の刻限に現れなかった契汰に対して、さぞむくれていることだろう。早く帰って謝りたかった。


「だめよ」


 桐生はきっぱりとした態度で言いきった。


「どうしてですか、俺は部外者です」

「君の意志は関係ない」


 桐生は契汰の目を真っ直ぐ見た。


「もう君は部外者じゃない。この学園の決定事項は個人の意思を超える」

 

 冷たい表情のまま、女性はまた手をかざした。すると、閉められた扉に掛かっていた古めかしい錠前が独りでに動き出した。よく見ると、鍵穴が無い。


「ようこそ、帝陵学園へ」


 ガチャリという無慈悲な音と共に、生徒会室の鬼によって鍵は閉じられた。



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