第17話  四月十九日(土) その二 ながれぼし


 オレはワケの分からないことが大キライだ。



 しかし、今の状況はそんな生易しいレベルなんかではない。頭が完全に混乱している。なにがなんだかさっぱりワケが分からない――。


 今日は朝から菜々美ななみとショッピングモールに出かけて夜まで遊び、ついさっき、自宅近くのバス停に帰ってきたところだ。そして、のんきに鼻歌まじりに歩いていたのだが、夜の公園の真ん中に誰かが倒れていることに気がついた。


 花見の時期はとっくに終わったが、どうせ酔っ払いか何かだろう――。


 オレはそう思ったが、気づいてしまった以上、放っておくワケにもいかない。それでちょっと声をかけておこうと近づいてみたのだが――なんとビックリ。倒れていたのは隣の家の美玖みくちゃんだった。


 オレは即座に全力ダッシュで駆けつけた。


 すぐに地面に膝をつき、細い肩を揺すってみる。しかし美玖みくちゃんはピクリとも動かない。服装は仙葉せんよう学園女子中等部の茶色いブレザーで、特に汚れているようには見えないし、誰かに乱暴されたようにも見えない。それなのに、なぜか意識を失って地面に転がったまま、いくら声をかけても一向に目を覚ます気配がない。


 え、ちょ、どうしよう。

 マジでワケが分からない。

 美玖みくちゃんに、いったい何が起きたんだ?


 事故か? 病気か? 

 まさか、転んで頭を強く打ったのか……?


 いやいや。ほんと、とにかくどうしよう。まずはやはり救急車か? それとも自宅? とりあえず警察か? ――って、『ひゃくとーばん』って何番だ? ああ、イカンイカン。焦りすぎて頭がぜんぜん働かん。


 とにかく落ちつけ。

 落ち着こう。


 ――って、そんなんムリに決まってるだろっ!


 目の前に女の子が倒れているんだぞ? こんな状況で落ち落ち落ち落ち、落ち着けるワケがない。だったらどうする? ……ダメだ。まるで分からない。マジでさっぱりアイ・ドント・ノゥ。


 ンだがしかし。


 分からないけど考えろ。とにかく何とかしなくちゃいけない。――ぃよし。そうだ。こういう時はアレしかない。自分がダメなら他人を頼れ。誰か冷静なヤツに丸投げだ。


 オレは震える手でスマホを取り出し、電話をかけた。相手はもちろん、この世で一番頼りになりそうな、我が家の母親チックな妹だ。



「――ああ、もしもし、朝花あさかか? 突然で悪いけど、美玖みくちゃんが公園で犯人はオレじゃないんだが、いったいどうすればいいのか教えてくれというか、あとは任せるのでオネガイシマス」



『はあ? シンくん? どうしたの? なにを言っているのか、ぜんぜんわかんないんだけど』


 ああ、うん。

 ほんとオレ、なに言ってんだろ。


「ああ、すまんすまん。あまりの異常事態にちょっと混乱しただけだ。とにかく、最初から順を追って説明するからよく聞いてくれ。えっと、まず、オレは今日、朝起きて――」


『いや。とりあえず、夜の七時からスタートしてくれない?』


 ごもっとも。


 オレは公園の横を通りかかったところから説明した。



『――えっと、つまり、美玖みくちゃんが公園で倒れたまま、目を覚まさないってこと?』


「ようやく分かってくれたか。朝花あさかのクセに今日は察しが悪いな、オイ」


『うるさい』


 いきなり鋭い音が耳に響いた。おそらく朝花あさかがスマホにデコピンをかましたのだろう。


『それよりシンくん。私、美玖みくちゃんのお母さんを呼んで一緒に公園まで行くから、それまで美玖みくちゃんのことを見ててあげて』


「あ、ああ、たしかにそうだな。それがいい。おばさんが来てくれると助か――」



「……ま……まって」



 不意に弱々しい声が漂った。


 反射的に顔を向けると、美玖みくちゃんのまぶたがわずかにひらき、チカラのない瞳でオレを見ている。


「あ! 朝花あさか! ちょっと待て! 美玖みくちゃん起きた! 美玖みくちゃん、どうした? 大丈夫か?」


 オレの言葉に、美玖みくちゃんはゆっくりとまばたきをする。どうやら、うなずくことすら難しいらしい。


「うん……だいじょうぶ。ちょっと……疲れただけだから……」


「いや、疲れたって、そんな立てないほど疲れるなんてあり得ないだろ。……ああ、いやいや、今はそんなこと言っている場合じゃないな。とりあえず、おばさんは呼ばない方がいいのか?」


「うん……。お母さん、仕事で疲れていると思うから……」


(おいおい……。そんな健気けなげなこと言わないでくれよ……)


 オレは思わず言葉に詰まった。


 美玖みくちゃんのお父さんが事故で亡くなったことは聞いている。それでおばさんが毎日働いていることも知っている。だけど、こんな疲れ切った女の子が母親の心配をする姿は、なんというか、見ていて胸が痛くなる。 


「……分かった」


 他の選択肢なんか思いつかない。オレは美玖みくちゃんを見つめてうなずいた。


「――あ、朝花あさか? ヤッパリおばさんには言わないでくれ。美玖みくちゃんはオレがおぶって帰るから」


『え? 本気? シンくんの体力じゃ厳しくない?』


「いや。ここから家まではそんなに遠くないから、なんとかなるだろ。それじゃ、何かあったら電話するから」


 オレは朝花あさかの返事を聞かずに電話を切った。同時に美玖みくちゃんはホッと息を吐き出し、目を閉じる。母親を呼ばれずに済んで安心したのだろう。


 だけどまあ、そりゃそうだよな。

 子どもってのは、親に心配かけたくないからな。



 オレはなんとか美玖みくちゃんを背負って立ち上がり、自宅に向かって歩き出した。



「……ごめんね、深夜しんやセンパイ。美玖みく、重いでしょ……」


「いや、ぜんぜん重くない。朝花あさか昼瑠ひるるに比べたら、軽すぎてビックリしたほどだ」


 オレはできるだけ明るい声で返事をした。


 だがしかし――。


 そうはいっても、相手は中学三年生。ショートツインテールが似合う小柄な女の子でも、体重は確実に四十キロを超えている。おまけにオレの体力と腕力は人並み以下で、足腰なんかこれっぽっちも鍛えちゃいない。


 正直、公園を出る前から呼吸は乱れ、腕も膝もブルブルと震えている。美玖みくちゃんの家までどころか、あと百メートルだって耐えられる気がしない。


 だけど――。

 ほんと、なんでだろ?


 なにがなんだかよく分からないが、今日だけは弱音を吐いてはいけない気がする。何があろうと今夜だけは、美玖みくちゃんを家まで送り届けなくてはいけない気がする。そんな思いが、胸の奥から湧き上がってくる――。


 だったら――。

 死ぬ気で頑張るしかないだろ。


 だからオレは、奥歯を噛みしめて踏ん張った。

 ふらつきながら、一歩一歩、前へと進む。



美玖みく……結局なにもできなかった……」



 不意に美玖みくちゃんが枯れた声で呟いた。

 なんというか、とても切ない声だった。


 なんのことだか意味はまるで分からない。

 だけど、気持ちは痛いほど伝わってきた。


 たぶん――。

 この子はきっと、何かを一生懸命がんばったんだ。


 オレには分かる。

 今のオレにはハッキリ分かる。


 だからだろう。

 そう思ったとたん、オレの口は動いていた。



「……オレもだ」



 え? ――と、美玖みくちゃんがわずかに驚く。


「だからさ、オレも、結局なにもできなかったんだ……」


 歩きながら、オレは話し始めていた。


 息は完全に上がっているが、なんとか言葉をひねり出す。今日の出来事を最初から順番に説明する。


 朝からクラスメイトとショッピングモールに行ったこと。そいつと一緒に映画を見て、ランチにガーリックシュリンプを食べたこと。ハワイ風の喫茶店でボーイッシュな不思議ちゃんに出会ったこと。そして、その不思議ちゃんに話したことと同じ内容を、オレは美玖みくちゃんにも話して聞かせた――。



 ある小説家のドキュメンタリー番組を見て、自分も小説を書こうと思ったこと。三年という時間をかけて、ようやく超大作を書き上げたこと。そして、意気揚々いきようようと小説投稿サイトに掲載したら、ほとんど誰も読んでくれなかったこと――。



 そのせいで、思わず涙を流したこと。そのまま落ち込んで寝込んだこと。次の日に学校をズル休みしたこと。そして、初対面の優しいボクっ子にはげまされ、再び歩き出そうと決意したこと――。



「……だからさ、オレは結局なにもできなかったんだ。オレは多くのヒトを感動させる小説を書きたかったのに、オレの超大作はほとんど誰にも読んでもらえなかった。たぶん、オレは一人よがりだったんだ。自分が面白いと思って作ったストーリーは、みんなも面白いはずだと勝手に思い込んでいたんだよ……」


 ああ……本当に恥ずかしい。何も分かっていなかった自分が本当に情けない。

 恥ずかしさで耳が熱い。みっともなくて目も当てられない。

 穴があったら入って隠れて、内側から出口をふさいでしまいたいぐらいだ……。


 だけど――。


 だからこそ。

 今なら分かる。


「……でもさ、美玖みくちゃん。何もできないからってあきらめたら、どうなると思う?」


「え? えっと……よくわかんない……」


「そうだ。よく分かんないんだよ。未来のことなんて分からなくて当然だ。だけどさ、オレはこう思うんだ。やりたいことをあきらめてしまったら、たとえ他のことをやったとしても、またあきらめてしまうニンゲンになってしまうんじゃないか――ってね」


「また……あきらめる……?」


 そうだ――。


 オレは首を縦に振った。それから美玖みくちゃんの体を軽く持ち上げ、背負い直す。これでもう何度目だか分からない。きっとものすごく乗り心地が悪いはずだ。


 ほんと、ごめんな。体力なくて。


 でも――今夜だけはあきらめない。



 何があろうと絶対に、家まで送り届けてみせるから――。



 オレの腕は、もはや隠しようがないほど震えまくっている。体のあちこちがケイレンしまくっている。しかし、ここであきらめたら、さすがにみっともないからな。


深夜しんやセンパイは、どうしてそんなに優しいの……?」


 美玖みくちゃんが不思議そうな声でいてきた。


 オレは別に自分のことを優しいニンゲンだなんて思っちゃいない。だけど、美玖みくちゃんが何を聞きたいのかはなんとなく分かる。


 分かる。そうだ。たしかに分かる。

 それは分かるのだけれども――。


 しかし、オレは自分についてかれることが大キライだ。そして、その答えを口にするのは少しばかりみっともなくて恥ずかしい。


 ……だけどまあ、今だってどうせフラフラのみっともない姿をさらしているワケだから、恥の一つや二つや、三つや四つが増えたとしても、たいして違いはないだろう。だからオレは思い切って問いに答えた。


「オレはさ……自分が苦しい時に、誰かに助けてほしいと思ったんだ……」


 いかん。口をけたとたんにチカラが抜けた……。そろそろ体力の限界だ……。


「だけど……オレを助けてくれるヒトは……いなかった……。だから……」


 ダメだ……。息が切れて、声がほとんど出てこない……。


「だから……もしも、オレの目の前に……」


 やばい……。なんだか目の前が暗くなってきた……。


「困っているヒトがいたら……オレは、できる限り、そいつのチカラになってやりたいんだ……」



深夜しんやセンパイ……」



 ごふ……。


 まずい……。いきなり美玖みくちゃんがぎゅ~っと抱きついてきやがった。しかも完全に気道を絞めていらっしゃるので、マジで苦しい。これはやばい。下手したら、このまま窒息ちっそくで死ぬかも知れん……。


 いや……ちょっとまてよ……?


 そうだ……。この経験をもとにして、『連続おんぶ殺人事件』っていう推理小説を書いたら、案外ヒットするかもしれないな……。ふふ……さすがはオレ……。そんな方法でターゲットを始末する暗殺者なんて、誰もネタにしたことなんかないだろう……。たぶん……。



 ――アヌキ~。



 ああ、いかん……。本気でやばい……。幻覚が見えてきやがった……。これがウワサの走馬灯そうまとうってヤツか……。だけどまさか、死の間際まぎわで思い出すのが昼瑠ひるるのヤツだったとは思いもしなかったぜ……。まさかオレは、あいつのことが一番好きだったのだろうか……。


「……あ、昼瑠ひるるちゃん」


 ンなに?


 頭の後ろで美玖みくちゃんが呟いたとたん、オレは慌てて目をらした。

 美玖みくちゃんにも見えるということは、あれは本物の昼瑠ひるるかもしれん。


 うーむ。たしかにいつものラフな短パン姿で、ザンバラショートヘアを風になびかせながら元気いっぱいに駆けてくるアホっぽい女子中学生の姿が見える。どうやらマジで昼瑠ひるるのようだ。ああ、どうしよう。あの体力バカがこれほど頼もしく見えたのは、生まれてこのかた初めてざます。


「アヌキ~。迎えにきちゃったよ~ん」


 オレの目の前でスタンッと足を止めた昼瑠ひるるが、なぜか超高速のシャドーボクシングを始めながら言葉を続ける。


「あとはうちが美玖みくちゃんをおんぶするよ」


 オウ。ナイス。ナイスだ昼瑠ひるる。そして朝花あさかよ。ナイスアシスト。おそらくオレの体力では美玖みくちゃんをおんぶできないと判断して、この体力バカを寄こしてくれたんだな。


 ……って、オイコラ、ちょっと待てや。


 ということは、美玖みくちゃんを家まで送り届けると言ったオレの言葉を、朝花あさかは信用しなかったってことか? くそぉ。アノ妹さまヤロー。どんだけ冷徹れいてつなジャッジメントをかましてくれやがるんだ。しかも一ミリたりとも反論できないのが余計にムカつくガッデムファイアーなんですけど。


「ほらほら、アヌキ。さっさと美玖みくちゃん下ろしなよ」


「お……おう……ちょっと待て……」


 ま、とりあえず助かったことには違いないので、怒りは脇に置いておこう。それよりも、助けが来たと思ったとたん、急に全身からチカラが抜けて目の前が白くなった。


 オレはその場でヘナヘナとうずくまり、美玖みくちゃんを昼瑠ひるるに預けてバトンタッチ。正直なところ、体力は完全にエンプティで、腕も膝もガクガクと震えている。これはどう頑張っても、すぐには立ち上がれそうもない。


 しかも、そのまま歩道で四つん這いになり、顔を上げることすらできない。もはやほとんど土下座状態だ。とんでもなくみっともない格好だが仕方ない。こうでもしないと呼吸すらままならん。


 ついでにいうと、アゴの先から汗がボタボタとしたたり落ちて、アスファルトをびっしょりと濡らしていやがる。うーん……オレってほんと、どんだけひ弱なんだろう……。


「ごめんね、深夜しんやセンパイ……。やっぱり美玖みく、重かったよね……」


「い……いや、すげー軽かった……」


 こんなにバレバレの嘘をついたのは生まれて初めてかもしれない。


 だけど、今のオレには強がることしかできない。

 だったら最後まで強がってやろうじゃないか。


 オレは残りの精神力をすべて集めて息を吸い込み、奥歯を噛みしめて立ち上がった。美玖みくちゃんのあんなしょんぼりとした声を聞くぐらいなら、死ぬ気で歩いた方が百倍もマシだからな。


 ンだがしかし。


 残念ながら、体は正直者だった。


 ちょっとガチでシャレにならないほど膝がガックンガックン震えていやがる。おそらくこれが『生まれたての子鹿のようにブルブル震える』ってヤツだろう。


 うーむ。これでまた一つ、オレの描写力はアップした。ぬひひ。転んでもタダじゃ起きないって、ちょっと気持ちいいざます。……まあ、ちょっと気持ちよすぎて、胃液がリバースしそうだけど。


「アヌキ、だいじょうぶ? なんか顔がニヤニヤして気持ち悪いんだけど」


「う……うっせー。ほっとけーき……」


「あっ! なんだかうち、ホットケーキ食べたくなってきたっ!」


 オウ……。なんて単純な妹だ……。


 しかし、思考がシンプルな分、昼瑠ひるるの体力はアホみたいにものすごい。美玖みくちゃんを軽々とおんぶして、オレの隣を涼しい顔でスタスタと歩いていやがる。ほんと、マジでコイツ、なんなんなん? 『食う・寝る・筋トレ』の脳筋のうきん生活だと、ヒトはこれほどまでの進化をげるのか? ――って、うん?



「――シンくん。大丈夫?」


 おっと。いきなり朝花あさかの声が飛んできた。

 前を見れば、いつの間にかうちの妹ズが全員そろって近づいてくる。


 朝花あさか夕遊ゆうゆ、それに小学一年生の夜以よいまでやってきて、オレたちと一緒に歩き始める。しかも夜以よいは夜の散歩が楽しいのか、大はしゃぎで飛び跳ねていらっしゃる。オウ。なんというベリーキュート。


 しかし、無邪気でメチャメチャかわいいけれど、事故にわないように前後左右をこまめにチェックしなくてはならん。正直、疲れている時に子どもの面倒を見るのはけっこう厳しい――なんて思っていたら、夕遊ゆうゆがいきなりオレを軽く押しのけてきやがった。


美玖みくちゃん。だいじょうぶ?」


 コイツはいったい何をしやがる。


 ――と思いきや、夕遊ゆうゆ昼瑠ひるるの隣を歩きながら美玖みくちゃんを見つめている。うちの三女はあまり感情を表に出さない方なのだが、今夜はとても心配そうな表情を浮かべている。うんうん。夕遊ゆうゆもやっぱり優しい女の子だったんだな。……まあ、フラフラのオレの心配はしてくれないけどな。うん、まあ、それは別にいいんだけどさ。


 それからすぐに、オレたちは美玖みくちゃんを家まで送り届けた。


 二階の部屋のベッドまで運んで寝かせると、美玖みくちゃんはスイッチが切れたみたいに眠りに落ちた。何があったのかまるで見当もつかないが、死ぬほど疲れ果てているように見える。


 そして本当にワケが分からないが、血の気がせた美玖みくちゃんの寝顔を見ると、なんだか目頭めがしらが熱くなってくる。どうやらオレも、かなり疲れているらしい。


 オレたちは美玖みくちゃんのお母さんに見送られて外に出て、隣の自宅へと足を向ける。そして玄関に入る前に、ふと足を止めて夜空を見上げた。


 頭上には薄い星空が広がっている。

 街の灯りで淡くかすんだ、いつもと同じ光景だ。


 しかしなぜか、今夜はとてもきれいに見える。



「あ。おにいちゃん。ながれぼし」



 不意に夜以よいが、夜を指さす。

 見ると、次から次に光の尾が駆けていく――。


「今夜は流れ星が多いな。なんだろ。なんとか流星群ってヤツかな」


 そのきらめく星空に、オレたちはしばらく見入っていた。



 それから明るい家に入り、鍵をかけた。




***




「……なるほどねぇ」


 巨大なタワーマンションの屋上に、長い赤毛の少女がたたずんでいる。


 黄金色の鎧をまとったその少女は、床に突き立てた長剣に寄りかかった。そして、眼下に広がる夜の街を見つめながら言葉を続ける。


「あの五人姉妹を守るために、ツインテールちゃんはたった一人で頑張っていたってわけか」


「どうやらそうみたいだね」


 完全武装した少女の隣に、細身の少女が立っている。その少女もまた、彼方の地上を眺めながら、小さな口元に笑みを浮かべる。


「だけどヒカリ。あのツインテールちゃんを最初に背負った子は、どうやら男の子みたいだよ」


「え? うそ。マジで?」


「もちろん。ボクの言葉が間違っていると思う?」


かみちゃんは、ときどき真実を隠すからな」


「そうかもね」――細身の少女はくすりと笑う。「それよりヒカリ。これからどうする? 別の星に移住するなら送ってあげるけど」


「は? いきなり何の話だよ」――赤毛の少女は首をひねる。


「キミもさっき見たでしょ?」


 細身の少女は、夜に向かって短い息を吐き出した。


「――なぜだか分からないけれど、この星の神々はニンゲンに優しくない。たとえマテリアルが崩壊しても、自分たちは無傷だからどうでもいい――そんな無責任な態度がけて見える。このままだと、惑星環境がラスト・フェーズに突入する可能性も低くない。そうなったら、たとえヒカリでも、余生よせいをのんびり過ごすことはできなくなるからね」


「そうなったら、そうなったで別にいいさ――」


 赤毛の少女はわずかに微笑み、軽く肩をすくめてみせる。


「どこの星の、どんな世界にも、問題ってのは必ず存在するからな。完全な世界なんて、どこの宇宙にもありはしない。だったら、どこで生活してもそう変わりはないだろ」


「それはたしかにそうかもね。でも、この星の居住評価は平均以下だよ?」


「だから、余計なトラブルに巻き込まれなくて済むんだよ。それに、あたしの願いはもうすでに、現在進行形でかなっているからな」


「ふふ。ヒカリは本当に欲が少ないね」――細身の少女はくすくす笑う。


「まあな。欲ってのは酒と同じだ。多すぎると、我が身を滅ぼす毒になる。どっかの魔王も言ってたけど、『何事もほどほどが一番』なのさ」


 赤毛の少女は長剣を床から引き抜き、そのままちゅう高く放り上げる。星の光を受けてきらめくやいばは、くるりくるりと回転しながら夜の闇に飲まれて消えた。


「それに、かみちゃんだってその方が楽でいいだろ?」


 赤毛の少女は細身の少女に腕を伸ばし、軽々と胸の前に抱き上げる。


「まあね。でも、本当にいいの? この星の神々は、ニンゲンを見捨てるかもよ?」


「そうなったら、そうなったで別にいいさ――」


 赤毛の少女は細身の少女を抱いたまま、タワーマンションから飛び下りる。そしてふわりと風にのり、夜を自在に駆けていく。


「その時は、あたしが地球の神々を斬り殺す。かみちゃんの時みたいにな」



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