第16話  四月十七日 ~ 四月十九日(土) 星空に散る赤いイノチ


 弓を構える。

 げんを引く。

 矢を放つ――。


 文字どおりの光速で、光の矢が宇宙空間を突き抜ける。


 向かう先は岩石群。


 直径が数メートルから百キロほどの地球近傍きんぼう小惑星――。それらがひしめき合う無窮むきゅうの暗黒に光の矢は突き進む。


 果ての無い宇宙空間には比較対象が見当たらないので、岩石群は動いていないように見える。しかしその実、意思を持たぬ巨岩どもの移動速度は秒速四十キロ以上――。いわゆる第三宇宙速度を軽く超えている。



 迫り来る巨大な岩石の一つを光速の矢が無音で貫く。



 瞬時に大きな穴がき、小惑星を粉微塵こなみじんに撃ち砕く。爆裂した破片は周囲にパッと飛び散るが、すぐさま螺旋らせんを描いて爆心地に寄り集まり、とっくに消え去った光の矢を追いかける筋となって遠ざかっていく。



 しかしそれは――針の穴よりも小さな一点にすぎなかった。


 白いドレスをまとった少女の目の前には、あまりにも巨大な『岩の壁』が押し迫っている。



「……藤宮那留ふじみやなるの言葉を信じれば、小惑星の数は五十万ほど。一時間に一万個を撃破すれば、二日ちょい。単純に、矢を五十万回放てば終わるカンタンなお仕事ね……」


 ショートツインテールの少女――武永美玖たけながみくは深々と息を吐き出した。


 それから銀色に輝く弓を構え、光の矢を連続で撃ち放つ。


『岩の壁』に針の穴がポツポツひらき、美玖みくの心に絶望が影を落とす。


 ありぞうに挑むどころの話ではない。一騎当千、万夫不当ばんぷふとう――そんな生易しいレベルでもない。たった一人で、五十万もの巨大な敵に勝てる道理なんてあるはずがない。


 それでも――。


 美玖みくはチラリと振り返る。宇宙空間のはるか彼方かなたに、小さな青い星がたたずんでいる。そして、目には見えないが、その手前には建設中の巨大な宇宙居住区が浮かんでいる。


 もしもここを突破されてしまったら、岩石群はすべてを壊す。


 地球はくだける。人類は死に絶える。お母さんも死んでしまう。宇宙居住区を建設している深夜しんやセンパイのお父さんとお母さんもつぶされる。せっかく仲良しになった朝花あさかちゃんも昼瑠ひるるちゃんも、夕遊ゆうゆちゃんも夜以よいちゃんも、そして深夜しんやセンパイもいなくなってしまう。



 それだけは――。


 ゼッタイにイヤだ。



 美玖みくは奥歯を噛みしめて、チカラの限り矢を放つ。


 矢を放つ。

 矢を放つ。

 矢を放つ――。


 息が上がる。

 汗が氷の粒となり、宇宙空間に散っていく。



 矢を撃ち始めてから、六時間――。



 それでも『岩の壁』は崩れない。

 揺るぐことなく、じわりじわりと猛スピードで迫り来る。


 美玖みくは鋭い痛みを感じ、自分の白い手に目を向ける。爪がいつの間にか割れている。周囲には赤い粒がいくつか浮かぶ。凍りついた血のしずくだ。もうすでに腕が重い。息が苦しい。目がくらむ。ダメだ……。こんなの、あと四十時間ももつはずがない。



(こっちはたったの一人なのよ。元々ムリに決まっているじゃない……)



 でも――。


 そんなことはわかってる。わかっていた。

 わかっていながら来たんだから、泣き言なんか言ってらんない。


 美玖みくは小さなくちびるを噛みしめて、腕に走る激痛をこらえながら矢を放つ。


 矢を放つ。

 矢を放つ。

 矢を放つ――。



 ……あたしはいわゆる、『特異体質』だった。



 ニンゲンであることには違いない。だけどあたしのカラダからは、ちょっと変わった粒子が発生している。それはヒトの精に反する粒子――『神応しんのう粒子』と言うそうだ。



 その粒子で何ができるのかと言うと、なんでもできる。



 この粒子はあたしの意思に反応して、どんな現象でも生み出してくれる。そのおかげで自由自在に空も飛べるし、宇宙でも呼吸ができる。何もない空間から魔法のステッキも作れるし、魔法の弓矢も生み出せる。思ったことがすべてかなうのだから、まさに魔法そのものだ。


 だけどあたしは――。

 別に魔法少女になんかなりたくなかった。


 だってそうでしょ?


 空が飛べる? だからなに?


 変身できる? それがどうした。


 困っているヒトを助けられる? そんなの、あたしの知ったことじゃない。



 だいたいさあ、なんでもできる魔法のくせに、死んだヒトを生き返らせることができないって、そんなのなんの意味もないじゃない。あたしは魔法なんかより、お父さんに生きていてほしかった。


 交通事故って、ほんとムカつく。


 なんなの? ニンゲンにクルマって必要なの? みんながみんな、クルマを持つ必要があるの? 電気やガソリンを消費して、買い物に行く必要なんてホントにあるの? 限られた地球の資源を食いつぶして、わざわざ遊びに行く必要なんてホントにあるの? ニンゲンに、そんな価値ってホントにあるの?



 あたしには、とてもそうは思えない。



 だからあたしは魔法少女として、ニンゲンを守るのは気が進まなかった。いろんな大人たちが頭を下げて頼みにくるから仕方なくやっていたけど、毎日まいにち気が重かった。ほんとにイヤイヤやっていた。


 だって、誰かを交通事故から助けても、お礼はその時、その場だけ。次の日になると、そいつは『フツウのニンゲン』として、『フツウにクルマを運転』して、『フツウに交通事故』を起こす。つまり、被害者と加害者なんて紙一重かみひとえ。表と裏の背中合わせ――。


 なんなのよ。バカじゃないの。


 なんであたしが、いつか誰かを傷つけるニンゲンを助けなくちゃいけないのよ。


 ほんと、マジでやってらんない――。



 矢を撃ち始めてから、十二時間が経過した――。



 つまり半日。日本では、すで日付ひづけが変わっている。



 指先の感覚はとっくにない。宇宙に浮かぶ血の玉は赤ではなく、もはや黒。爪は完全にはがれ落ち、白かった手は内出血でドス黒い紫色に染まっている。


 それでも美玖みくは、歯を食いしばって痛みに耐える。

 ほとんど無意識にくたびれた腕を動かし、矢を放つ。


 矢を放つ。

 矢を放つ。

 矢を放つ――。



 あたしが本気で魔法少女を始めたのは、小学五年生の冬だった。



 あの雪の日の朝、集団登校していたクラスメイトの列にクルマが突っ込んだからだ。ドライバーはお酒をかなり飲んでいたらしい。幸い誰も死ななかったが、友だちが五人も大ケガをした。しかも全員が一か月以上も入院する重傷だ。


 あたしはおこった。

 心の底から激怒した。


 あたしはいかりに身を任せ、日本で一番高いタワーの上で一晩中弓を構えた。北海道から沖縄まで、魔法の目ですべての道路を見張り、事故を起こしそうなクルマがいたら光の矢でタイヤを射抜き、被害を最小限に抑え続けた。


 しかし――。

 あれは本当にむなしかった。


 だって、すべての事故を防げるわけじゃないんだもん……。


 焼け石に水。

 ムゲンに続く、ムダな穴掘りだとすぐに気づいた。


 いくら魔法少女と言ったって、ニンゲンには違いない。あたしだってお腹はすくし、疲れるし、眠くなる。朝起きて、学校に行って勉強して、家に帰って宿題して、お夕飯を食べてお風呂に入って、ベッドで眠る必要がある。誰だってそうするし、あたしだってそうしたい。


 魔法少女の仕事?

 そんなモン、二十四時間、年中無休でやっていられるワケないじゃない。


 だから――。

 もちろん――。

 残念ながら――。

 当然ながら――。


 あたしの怒りは、一か月ももたなかった。


 なんでもできる魔法少女にだって、できることには限度がある。そのことを痛いほど思い知った。結局、一人のニンゲンができることなんて、タカが知れているのだ。



 二十四時間が経過した――。



 気づけば『岩の壁』が半分近く消滅している。



 予定どおりのペースだが、現実はそんなに甘くない。あたしの体力はもう限界だ。息が苦しい。体が震える。泣く気はないのに涙が流れて止まらない。


 カラダが痛い。もう疲れた。

 いたい。つかれた。

 イタイ。イタイ。イタイ。イタイ……。


 光の矢を放つ手は、内出血でもはや黒い。指先どころか腕の感覚すらとっくに消えた。どうしてまだ動いているのか、自分でもわからない。


 もうダメだ……。

 これ以上はげんを引けない……。


 あたしのアタマはそう思っている。

 なのに、あたしのカラダはまだ矢を放つ。


 矢を放つ。

 矢を放つ。

 矢を放つ――。



 あれは、先月のことだった。

 三月の、なんの変哲へんてつもない春休みの一日だ。


 いきなり藤宮那留ふじみやなるから呼び出しのメッセージが届いた。以前、通勤電車の脱線事故が起きた時、あたしは限定空間の時間を巻き戻し、すべての乗客を救おうとした。その時いきなり現れて、あたしの手助けをしてくれた謎の存在が藤宮那留ふじみやなるだ。


 あの不思議なオンナは、自分のことを『時空の観測者』と名乗っていた。しかしあたしの直感では、あのオンナは観測者なんかではない。おそらく『時間』そのものだ。具体的に言うと、時間の化身、時間の妖精、もしくは、時間をつかさどる神そのもの――。


 魔法少女のあたしが言うのもなんだけど、あのオンナは得体えたいの知れない存在だ。はっきり言って、あまり会いたい相手ではない。


 だから渋々、彼女が暮らす『歪次元わいじげん空間』を訪ねてみたら、なんの説明もなくいきなり誰かの過去を見せられてビックリした。


 しかも、頭の中に直接流れてきたイメージ映像は、あたしと同い年ぐらいの女の子――かと思いきや、ものすごい美少女顔の男の子だった。


 そして、その時に見せられた彼の過去は、とても口では言い表せないほどひどいものだった。あんなにひどいイジメを見たのは初めてで、あたしはとてつもない衝撃を受けた。


「どう思う?」――藤宮那留ふじみやなるが淡々といてきた。


「……気分悪い。もうニンゲンなんて助けたくないっ」――あたしは泣きながら吐き捨てた。


 当然だ。当然すぎる。当たり前。


 ヘドが出る。


 人類なんか死んでしまえっ!

 ほろんでしまえっ!

 地球上から消えてなくなれっっ!


 あたしは腹の底から怒りを叫び、藤宮那留ふじみやなる住処すみかを飛び出した。家に向かって夕焼け空を突っ切った。


 しかし、泣き顔をお母さんに見せたくなかったので、公園に降りてベンチに座った。そして、目元を両手で何度も何度もぬぐったけれど、涙はなかなか止まってくれない。誰かに声をかけられたのはその時だった。



「――おい、大丈夫か?」



 信じられなかった。



 泣いているあたしにハンカチを差し出してくれたのは、あの美少女顔の男の子だった。しかも彼は、本当に心配そうな表情であたしをじっと見つめている。


 なんなのよ……。

 いったいこのヒトはなんなのよ……。


 あんなにひどいイジメを受けておきながら、なんで他人ヒトのことを心配できるのか理解できない。なんでそんなに優しい目でいられるのかまるでわからない。だからあたしは、さらに涙を流していた。そして彼は、そんなあたしの頭を優しくなでて、泣き止むまでなぐさめてくれた。



「知り合いの子がイジメられて、それが悲しくて仕方がなかったの……」



 あたしはそう説明した。


 自分で言っておいてなんだけど、かなり苦しい言い訳だったと思う。だけど彼は真剣な表情であたしの言葉に耳をかたむけ、こう言った。



「悪い心は幼い心だから、誰だっていつかはいいニンゲンに成長する。だから、イジメをしたヤツなんか放っておけばいい。そういうヤツはいずれ必ず、誰かをイジメたことを後悔する。大事なのは、心が傷ついたヤツを支えることだ――」



 信じられなかった。



 あたしは彼の過去をチラリとしか見ていないのに、『人類なんて滅んでしまえ』と本気で思った。それなのに、当の本人は『イジメをしたヤツなんか放っておけ』と言ったのだ。


 しかも、ヒトをイジメるクズですら、いつかはいいニンゲンになると、彼は心の底から信じている。ホントにもう、なにがなんだかワケがわからない。こんなにココロが強いニンゲンがいるなんて信じられない。


「……イジメたヤツらをにくんじゃダメなの?」


にくんで立ち直れるんなら、気が済むまでにくんでいいと思う。だけど、オレはそういうの、ちょっと悲しい」


 その言葉を聞いたとたん、あたしはまた泣いていた。


 彼はイジメられて泣いていた。声を殺して泣いていた。それなのに、それでもヒトをにくみたくないだなんて、そんな言葉、あたしのココロには痛すぎる――。



 五十時間が経過した――。



『岩の壁』は崩壊した。



 岩石群のすべてが細かい欠片かけらとなり、地球とは反対方向に流れていく。しかし、その宇宙の砂浜から、不意にひときわ巨大な小惑星が浮かび上がってきた。今まで崩してきた岩とは比べものにならないほどの大きさだ。直径はおそらく数百キロ。しかもそれが三つまとめて近づいてくる。


「どうやらあれが、ラストみたいね……」


 美玖みくは疲れ切った声で呟き、自分の体に目を落とす。


 細い腕はズタズタに裂けていて、傷口からは黒い血が噴き出している。自慢の白いドレスも黒く染まり、見る影もないほど汚れている。手のひらなんか倍以上にふくれ上がり、元どおりに治るとは思えない。


「こんな手じゃ、一生恋人なんかできないわね……」


 でも。

 それでも。

 あたしはやる――。


 誰にほめられなくてもいい。


 泣いている子をなぐさめる、あの優しいヒトを守るために。自分をイジメたクズどもをにくまない、あの優しいヒトを守るために。ゴミのようにひき殺された猫を優しく抱きしめる、あの優しいヒトを守るために――。



 弓を構える。

 げんを引く。

 矢を放つ。



 全身全霊。



 一撃で数千本の光の矢が解き放たれ、超巨大小惑星の一つを完全に撃ち砕く。岩の破片でできた太い流れが、宇宙の砂浜に大きな穴を開けて遠ざかる。


 残り――二つ。



 弓を構える。

 げんを引く。


 口から血が噴き出した。


 激しくき込み、息ができない。



 ほんとにもう、信じられない……。魔法で作ったドレスのくせに、ボロボロの血だらけだ……。ほんとにもう、ほんとにもう……泣けてくる。情けなくて涙が出る。これっぽっちもチカラが出ない。指一本動かない。


 だけどまあ、そりゃそうよね……。


 だってさっき、全身全霊つかっちゃったもん。ひねり出せるチカラなんかあるハズがない。


 だったらあとは――。



 イノチをけずるしかないでしょ。



(あと二つ。まとめてつぶす。おねがい。あと一撃だけ――)


 美玖みくは口の中の血を吐き出す。


(ああ……宇宙でよかった。こんなみっともない姿、とてもヒトには見せられない……)


 美玖みくみにくれた手を眺め、黒く汚れきった体を見下ろす。


(ごめんね、あたしのカラダ。痛い思いをさせて、ほんとにごめん。だけどあと一回。おねがい。耐えて……)


 弓を構える。

 死ぬほど痛い。


 げんを引く。

 もう耐えられない。


 でも――。

 おねがいっ――!



 矢を放つ。



 命を込めた光の矢が、万の流星となって二つの小惑星を撃ち砕いた――。



(あは……。やるじゃん、あたしのイノチ……)



 五十万の小惑星すべてが砕け散り、砂の大河となって宇宙の果てに流れていく。


 力尽きた美玖みくの小さな体も、ちりのように漂い始める。

 もはや、まばたきするチカラすら残っていない。


(まあ、そうだよね……。地球にいるのはニンゲンだけじゃないんだから……。何百億、何千億ものイノチが生きているんだもん。あたし一人のイノチでみんなを救えるのなら――)



 そう思った瞬間、美玖みくの両目が限界まで見開いた。


 その瞳には、砂煙の中から飛び出してきた巨大な岩石が映っている。

 


(ああ、最後の小惑星を完全に砕けなかったか……。どうしよう……。もうほんと、指先ひとつ動かせないのに、でっかい岩がこっちに向かって飛んでくる……)


 美玖みくの心に絶望が爪を立てた。



 カミサマ、ごめん――。


 本当にごめんなさい。


 今まで頼ったことも、ねがったことも一度もないけど、ほんと、おねがい。あと一回。あと一発だけでいいから。ほんとにもう、あたし、これでもう、本当に死んじゃっていいから――。


 だから――。


 あと一撃だけ、撃たせてください――。



 美玖みくの瞳から涙があふれる。まばたきすらできないのに、涙が次から次へとこぼれ落ちる。そして、涙でにじむ視界の中を、巨大な小惑星はゆうゆうと通り過ぎていく。



 ああ……。

 結局ダメだった……。


 美玖みくの周囲に悲しみのしずくが広がっていく。


 藤宮那留ふじみやなるにはカッコつけて地球を飛び出してきたっていうのに――。

 イノチをしぼり尽くして頑張ったのに――。


 結局、あたしは何もできなかった……。


 意識はあるのに、腕を伸ばすこともできない。小惑星に息を吹きかけることさえできない。ああ……どうしてあたしは、こんなにココロが弱いんだろう……。


 あと一つ。


 たった一つ。


 あんな岩石すら砕けないなんて、どうしてあたしはこんなにダメなニンゲンなのよ……。





「――キミは、ダメなニンゲンなんかじゃないよ」




 えっ?



 なに? 今の声。宇宙空間なのに声が聞こえた。穏やかな、若いオンナのヒトの声だ。



「呼んでくれて、ありがとう」



 うそ。


 誰かがあたしのカラダを後ろから抱きしめている。首すら動かせないから顔は見えないけど、手は見える。白くて細い、きゃしゃな腕だ。



「――おーおー、なんだこりゃ?」



 また一人、別のオンナのヒトの声が聞こえた。



「まさかこんな小さな子が、たった一人であんな大量の小惑星を撃ち砕いていたのか?」


「どうやら、そうみたいだね」


「うは。マジかよ。こんな女の子に責任を押しつけるなんて、地球の神たちはいったい何を考えてんだ?」


 なんだろう。

 こっちのヒトは、なんだかずいぶんと勇ましい感じの声だ。


「さあねぇ。とりあえずヒカリ。あの大きな岩が最後みたいだから、お願いできるかい?」


「ああ、もちろんだ。あたしは今、あの星に住んでいるからな。あんな小惑星ごときにぶっ壊されてたまるかっての」


「それじゃあ、悪いけど任せるよ。……キミも、見届けたいよね」


 不意に、穏やかな声のヒトがあたしのカラダを振り返らせた。見ると、遠ざかっていく小惑星に向かって、長い赤毛のオンナのヒトが宇宙空間をすっ飛んでいる。巨大な剣を握りしめ、黄金色に輝く鎧をまとった女剣士だ。


 なにあれ。うそ。信じられない。

 あんなのまるで――ファンタジー世界の勇者そのものじゃない。


「大丈夫だよ。あとはヒカリに任せておけばいい。何しろ彼女は、絶対無敵のヒーローだからね」


 穏やかな声が聞こえたとたん、黄金の剣士は目にも止まらぬ速さで大剣を振るい、一瞬で小惑星を木っ端微塵こっぱみじんに切り裂いた。


 す……すごすぎる……。どうしよう……。

 あたし魔法少女なのに、あの勇者には勝てる気がまったくしない……。



「……ふむふむ、なるほど。どうやらこのクラウンが、ボクへのチャネルをコネクトしたみたいだね」



 穏やかな声のヒトがあたしの頭をなでながら呟いた。


 クラウンというのは、藤宮那留ふじみやなるがくれたお守りのことだろう。このヒトたちが何者なのかまるで見当もつかないけど、どうやら自称『時の観測者』のおかげで、地球はなんとか助かったらしい。


 ……なんか、信用されていなかったみたいで、ちょっとばかり悔しいけど。



「これで事情はだいたい分かったよ。痛かったね。こんなになるまで、よく頑張ったね」



 穏やかな声のヒトが、ボロボロになったあたしの手に優しく触れている。ねぎらってくれるのは嬉しいけど、そういうことは言わないでほしい。だって、そんなこと言われると、ほんとにもぉ……泣けてくるから……。



「おい、かみちゃん。その子の怪我、さっさと治してやれよ」


「はいはい。今やってるよ」


 はるか遠くにいる勇者の声が、なぜかはっきり耳に聞こえた。しかも、白いきゃしゃな手があたしの手をゆっくりなでると、痛みがすーっと引いていく。なんだろう。冷たくて、気持ちいい。


 ――と思ったとたん、ビックリした。すごい……信じられない……。黒くれ上がっていたみにくい手が、みるみるうちに治っていく。


 なんなの、このヒト?


 赤毛の勇者に『カミちゃん』って呼ばれていたけど、それってまさか、本物のカミサマってこと……?


「はい。これでよし。傷は治ったはずだけど、疲れは消えてないから気をつけて。一週間は動いちゃダメだからね」


 うん。たしかに疲れすぎて、指先一つ動かせない。

 お礼が言いたいのに、くちびるさえ動かない。



 だから、せめて――。

 ココロの中でお礼を言おう。



 ありがとうございます。ほんとうにありがとうございます。


 みんなを助けてくれて、お母さんを助けてくれて、ほんとうに、ほんとうにありがとうございました。



「大丈夫。もう何も言わなくていいよ。キミは、本当によく頑張ったね――」



 穏やかな声のヒトが、あたしの体を優しく抱きしめた。



 そのとたん、あたしの意識は遠くなった――。




***



・あとがき



本作をお読みいただき、まことにありがとうございました。



今回、作中で武永美玖が使用した弓は『洋弓』をイメージしております。


和弓の弦は『ツル』と読み、洋弓の弦は『ゲン』と読みますので、作中では『ゲン』で統一しております。

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