第14話  四月十八日(金) 桃色


「オレの超大作がブクマ2個って、どう考えてもオマエらには見る目がなぁーいっっ!」



「だからなんだぁーっ!」



 痛い。



 クラス担任の女教師が、オレの頭をいきなりパーで張り飛ばしやがった。放課後の職員室には教師と生徒がワラワラいるのに、なんのためらいもなく電光石火のスマッシュを撃ち放ったのだ。


 ぬぅ。こんな衆人環視しゅうじんかんしの状況で生徒を引っぱたくとは、なんという鋼の精神力。こいつはある意味ものすごい勇者だな。……まあ、勇者といっても、みんながみんな『善』とは限らないワケなのだが。


「ちょっと、スズキくん。いきなりそんなこと言っても、燈子とうこセンセイだってわかんないよぉ」


 オレの斜め後ろに立つ菜々美ななみがクスクスと笑っていらっしゃる。うーむ。ここを『笑いどころ』にするとは、こいつもある意味のんきを極めつつある勇者なのかもしれん。


「ああ、いや。話はだいたい聞いているから知ってるぞ」


 女教師が椅子の背もたれに寄りかかり、まあまあ長めの足を偉そうに組みやがった。なんなんだ、この教師は。まだ二十五、六の新米ティーチャーのくせしやがって、どんだけ大物の貫禄かんろくを標準装備してんだよ。


 はっ!


 まさかこいつ、転生ライフ三回目の、通算年齢二百歳オーバーとかじゃねーだろうな? たしかにそこまで究極のオババ様なら、この圧倒的オーラパワーも納得だが……ま、そんなことあるワケないか。たぶん。きっと。おそらく。メイビー。プリーズ、そうであってくれ……。


「おまえたちはあれだろ? 自分たちで同好会を作りたいから、教師の中で一番ひまそうな私に顧問になれと頼みに来たんだろ? いいぞ。分かった。顧問を引き受けてやるから、一つだけ約束しろ。何があっても私の仕事の邪魔だけはするな。破ったらガチでシメる。いいな?」


 おおう。マジでこいつ何者だ?


 メチャメチャ話が早くて助かるけど、生徒に向かって「ガチでシメる」なんて普通言うか? いえ、言いませぬ。というか、「何があっても仕事の邪魔をするな」って、最初からゴースト顧問宣言かよ。やる気レベルがゼロすぎて草の一本も生えてこねーぜ。


 マジでなんなんだよ、この教師は。生徒の手本となるべき大人がそんな態度でええのんか? ああん? オウコラ、ババア。……と思ったが、よく考えてみると、むしろ口出しされない方が気楽でいいな。というワケで、ゴースト顧問でよろしくおなーしゃーっす!


「というか先生。オレたちが同好会を作るって、いったい誰から聞いたんだ?」


木之上きのうえ先生だ。というか、寿々木すずき。教師に向かってタメグチはやめろ。ラノベやアニメの世界じゃないんだ。年上に向かってタメグチを叩く人間と、きちんと敬語で話す人間、どっちの好感度が高いかなんて考えるまでもなく分かるだろ。現実なめてんじゃねぇぞ、クソガキが」


「すっ! すみませんでしたぁーっ!」


 オレは速攻で頭を下げた。


 この女教師……じゃなくて、燈子とうこ先生のおっしゃってることはもっともだ。なぜならば、立場を逆にして考えてみれば0・1秒で理解できる。だってそうだろ? 自分より10も年下の相手にタメグチを叩かれたらどう思う。誰だっていい気分はしないはずだ。


 たとえばオレは15歳だから、5歳の幼女にタメグチで話しかけられるシーンをイメージすれば一発でわかるだろう。フリルの付いた白いワンピース姿のかわいらしい幼女が、ニコニコと微笑みながらオレに近づいてきてこう言うんだ。


『しんや、しんやぁ~。きょうもいっしょにあそぼうぜぇ~』


 ……あれ?


 なんだろ。あんまりイヤじゃないかも……というか、むしろちょっとかわいい気がする。――って、そういやうちには小学校一年生の四女様がいるから、それでイメージ映像がスーパープリティな『ベクトル方向』に『バイアスしたかたよった』んだな。よし納得。じゃなくて、話の続きだ。


「それで燈子とうこ先生。木之上先生って化学の先生ですよね? なんであの先生がオレたちのことを知ってるんですか……?」


「なんだおまえ、知らないのか? おまえと井藤いとう多田中ただなかは仲良し三人組だろ? 木之上先生は多田中の保護者だから、おまえらの会話はほとんど全部、私のところまで筒抜けなんだよ」


 ン・な・ん・だ・とぉぅ?


 ぬぅ、裏切り者は美空だったか。こいつは意外すぎる真犯人だったが、まあ、今日のところは許してやろう。おかげで燈子とうこ先生に速攻でゴースト顧問を引き受けてもらえたわけだからな。


 それに、だ。オレたちの会話が筒抜けということさえ分かっていれば、今後は燈子とうこ先生の印象操作が可能になる。ふひひ。何か頼みごとをしたくなった時は、美空の前で燈子とうこ先生をほめまくり、間接的に機嫌を取ればいいんだからな。ふはははは。ストーリーテラーの浅知恵ってのはこういう時に役立つんだよ。はーっはっはっはっはっは。……はあ。ほんと、ショボい浅知恵だぜ……。って、うん?


「だから――ほらよ」


 不意に燈子とうこ先生が一枚の紙を差し出してきた。見ると、同好会新設の申請書のようだ。顧問のらんにはすでに『和田鍋わたなべ燈子とうこ』とサインまでしてある。


 うーむ、偉そうな態度は伊達だてじゃないな。仕事が早いし、そつがない。なかなかやるな。ほめてつかわす。どうもありがとうございます。


 オレと菜々美はその場でチャッチャっと記入を済ませ、申請書を燈子とうこ先生に手渡した。


 この仙葉せんよう学園女子高等部は、すべての生徒に部活動への参加を義務付けている。しかし、その代わり同好会の設置基準がかなりゆるい。それはもうユルユルなのだ。どれくらいゆるいのかと言うと、たとえメンバーが一人しかいなくても、顧問さえ確保できればアッサリ許可が下りちゃうほどの甘々なのだ。


 だから、ほとんどすべての教師がどこかの同好会の顧問を引き受けている。なかには一人で三つの同好会の顧問を掛け持ちしている物好きな教師もいるそうだ。おそらくそいつのプライベートな時間は100パーお亡くなりになっていらっしゃるだろうけど。


 ま、そういうワケで、顧問を引き受けていないフリーの教師は数えるほどしかいないらしい。どうして燈子とうこ先生がフリーだったのかは知らないが、とにかく引き受けてもらえたのはラッキーだ。


「うん? なんだこれ?」


 燈子とうこ先生が申請書を見て首をひねった。


「おい寿々木すずき。この、『小説投稿同好会』、略して『小稿会しょうこうかい』の活動内容は、インターネット上の小説投稿サイトに、自作の小説を掲載するってことで間違いないんだな?」



「ザッツライッ! そのとおりっ! オレの超大作がブクマ2個って、どう考えても――」



「うるさいっ!」



 痛い。



 またもや光の速さで頭をスパーンと引っぱたかれた。うーむ、どうやらオレはちょいとばかり誤解していたようだ。この女教師はアレだ。勇者ではなく魔王の方だ。そんなことはよく考えるまでもなく一目瞭然いちもくりょうぜんだった。


 だってほら。態度はデカいし言葉づかいは乱暴だし、目じりはキリリと吊り上がり、胸もバインと出っ張ってるからな。長めの三つ編みお下げが栗色だから見た目は明るい印象を受けるが、中身はかなりの『ダーク・ブラック暗黒』でファイナルアンサーに違いない。



「――だけどまあ、自作の小説を投稿するのは悪くないな」



 ほぇ?


 ビックリした。というか、マジびびった。


 魔王が軽くアゴを突き上げながら、いきなり親指を立てやがったからだ。まさかのサムズアップにオレはパチパチとまばたきを繰り返す。しかし次の瞬間、さらなる魔王の言葉で目玉が飛び出した。


「小説を書いて公表するのは、じゅうぶんに文化的な活動だ。何を隠そうこの私も、自作の小説を書いて投稿しているからな」


 うおおっ!? うっそ! マジで!?

 信じられないっ! アンビリーバボォーっ!


「タっ! タイトルは!? なんていうタイトルなんですかっ!?」


 オレは興奮のあまり思わず前のめりになった。すると燈子とうこ先生はオレの顔面を片手でギュウッと握り潰し、押しのけながらニヤリと笑う。やっぱコイツ魔王だわ。


「ふふ。そうかそうか、聞きたいか。ならばよかろう。聞いておののけ、打ち震えよ。私の長編小説のタイトルは『逆神ぎゃくしん大法魔だいほうま』だ。文字数は既に三百万字を突破した、神々を殺すスーパーファンタジーだーっはっはっはっはっは」


「さっ!? 三百万字だとぉぅ!?」


 ヤバい。鼻水吹いた。


「うおおっ! すげぇっ! ラノベ一巻は約十万字だから、三十巻分かよ! すごい! マジですごすぎる! ハンパじゃねぇ! マジ・パないっす! 燈子とうこ先生! いや! 和田鍋わたなべセンセイ! オレは和田鍋センセイを心の底から尊敬するぜっ!」


「うわぁ~、燈子とうこセンセイも小説書いてたんだぁ。すご~い」


「ふふ。そうだ。私はすごいのだ。だからおまえら、よーく聞け」


 なぜか燈子とうこ先生が人差し指を天に向けた。なにこの人。カッコイイ。


「いいか? 絶対に私の仕事の邪魔はするなよ? 私に無駄な時間を使わせて、執筆活動の邪魔をすることだけは絶対に許さない。もしもそんなことをしたら、私の小説におまえらを登場させてひねり潰す。神を倒すために命を捧げ、スケルトンに成り果てた兵士たちになぶり殺しにさせる。そうされたくなかったら、私の一言一句いちごんいっくきもめいじ、空気のようにおとなしく活動しろ。いいな?」


「サー! イエッサー! 我々はこれより全人類の目からのがれ、ほの暗い机の下で執筆活動に全力を尽くす所存しょぞんでありむぁすっ!」


「うむ! その意気いきやよしっ!」


 オレと菜々美が挙手で敬礼をしたとたん、燈子とうこ先生も挙手で返礼。この魔王、案外ノリがいいらしい。


 しかし、なるほど。そういうことか。

 オレは即座に理解した。


 燈子とうこ先生がどこの同好会の顧問にもならずフリーだったのは、自分の執筆活動のためだったのだ。しかし、そういうことならなおさらラッキー。アマチュア小説家の教師なんて、オレたちの顧問としてはこれ以上ないほどベスト・オブ・ベストな人材だ。なんという天の配剤はいざい。思わず一人でスタンディングオベーションするところだったぜ。……まあ、恥ずかしいからやらないけど。


「ああ、そうだ。井藤いとう寿々木すずき。あり得ないとは思うが、一応念のためにいておくぞ」


「はい?」


 急に改まって、なんの話だ?


「おまえら。小説投稿サイトに最近掲載された作品で、『めた・りある・はんたずぃ』って知ってるか?」


 ギクリ。


「え? ううん、わたしは知りませんけど……?」


「オ……オレもよく知りませんが、その作品がどうかしたんですか……?」


「そうか。まあ、そうだよな。あんなふざけたクソ小説を書くヤツが、うちの生徒の中にいるはずないからな」


 はい、カッチーン。

 なんだと、コノヤロー。


 一瞬でオレの視床下部ししょうかぶに火がついた。


「……えっと、燈子とうこ先生。その作品のことは知りませんが、いきなり『クソ小説』ってのは、さすがに失礼じゃないですか? オレの超大作……じゃなくて、その作品がクソだと言うんなら、どこがクソなのか聞かせてくださいよ」


「うむ、そうだな。まず一言で言えば、あれはオナニーすぎて大衆受けしない作品だ」


 オ……オナニーってアンタ……いきなりヒドすぎるだろ……。


「しかも、出だしから盛り上がりがまったく感じられない。大賢者のババアの魔法詠唱なんかこれっぽっちも興味がかん。さらに新婚夫婦の口ゲンカがやたら長い。ネトゲ廃人の新妻にいづましばり上げるだけのことに何ページかけてんだ。あそこの会話シーンが長すぎて速攻飽きる。あれはマジでクソだな」


 速攻飽きるってアンタ……。

 それ、小説の感想で使っちゃいけない禁止ワード第一位だろ……。


「しかも、電車でのチカン騒ぎから主人公が爆発するまでの展開がテンプレートすぎてショボすぎる。何が『オレのコブシが素粒子レベルで光を超えた対消滅ついしょうめつバーストの電磁波エネルギー変換プロセスに到達した』――だ。何を言っているのか欠片かけらも分からん。そのうえ山がないし、引きもない。起承転結すらなっていない。作者は中学校から国語をやり直してこいってレベルだな」


 ……ごぶふ。


 オウ、なんてこったい……。藤宮ふじみやの言った言葉がそのまま飛び出してきやがった。まさかあいつ、本当にときの観測者だったのか……? というか、いくらなんでも評価がヒドすぎるだろ。ああ……ちょっと本気で泣きそうになってきた……。



「――しかし、見どころはある」



 え?



「出だしの展開は執筆初心者にありがちなスロースタートだが、誤字脱字がないのはよかった。あらすじもなかなかしっかり書けている。特に『青い閃光の大将軍』と『黄金魔王』というキーワードには思わず目をかれたからな」


 な、なんだ?


 なにがなんだかよく分からんが、いきなり燈子とうこ先生がほめ出しやがった。もしかして最初にボロクソに言ったのはアレか? こいつは落としてから持ち上げる性格なのか? このやたら態度のデカい魔王教師は、ヒトのことを下げてから上げる『ギャップマスター』だったのか?


「おそらく、ほとんどの読者は最初の二話で読むのをやめてしまうだろうが、私は最後まで読んでみたい。ただし、ブックマークは絶対につけないけどな」



「なんでだよっっ!」



 オレは思わず声を張り上げた。そのせいで職員室は地方の図書館のように静まり返り、教師も生徒も目を丸くしてオレをじーっと見つめている。だがしかし、そんなことは心の底からどうでもいい。知ったことか。こっち見んな。


 それよりこの教師はいったいなんなんだ? 『最後まで読んでみたい』と言っておきながら『ブックマークは絶対につけない』――って、あり得ないだろ。この傲岸不遜ごうがんふそんな魔王教師はいったい何を口走っていらはりますの? ああん? オウコラ、ああん? 返答次第ではマジで夢の中でぶっ飛ばすぞ、コノヤロー。


「当たり前だ」


 オレが思わず『視線で殺せるなら殺してやりたい』という念を込めてにらんだら、燈子とうこ先生もギョロリと目を剥いてにらみ返してきやがった。なにこの人。本気で怖い。


「いいか? 寿々木すずき。あらすじがしっかり書ける作者ってのは、上達する素質があるんだよ。そして私は、あらすじが上手いヤツには執筆活動をやめてもらいたいと心の底から願っている。なぜならば、私の作品が目立たなくなるからだ」


 うーむ、そうきたか……。


 さすがにそのご意見は予想の斜め下スパイラルというか、思いつきもしなかったぜ。なんという自分に正直なティーチャーだ。こいつはある意味アマチュア小説家のかがみというか、代表選手なのかもしれない。おもに悪いお手本という意味でだが。


「だから私は、意地でも他人の作品はブックマークしない。が出そうな新人の応援なんか絶対にしてやらん。ブックマークの数が増えて調子にのられたら困るからな。そういうわけで、私はこの命が尽きるまで誰の作品もブックマークしない。分かったか?」


 ああ、分かったよ。この魔王教師が死ぬほど大人おとなげないことはよーっく分かった。まさかこの世に『命尽きるまでブックマークしない』――なんて言葉が生まれていたとは思いもしなかったぜ。



 だがしかし――。


 同好会さえできてしまえば、こっちのモンだ。



 同好会の設立申請を終えたオレは、菜々美と一緒に職員室を出た。そしてそのまま校舎一階の渡り廊下でつながっているクラブ棟の三階にまっすぐ向かう。空き部屋がいくつかあるから、好きな部屋を使用していいと言われたので、これから二人で見に行くためだ。



「それで、スズキくん。ショウコウカイって、結局どんな活動するの?」


「そんなものは決まってる」


 菜々美が質問しながらクラブ棟の階段を元気いっぱいに駆け上がっていく。おかげで見たくもないスカートの中身がチラリと見えたが、予想どおりピンクだった。うん。間違いない。こいつは絶対むっつりスケベだ。


 ――なんてことを考えながら、そのまま三階に到着。人っ子ひとり見当たらない廊下の壁にドアが点々と並んでいる。想像していたよりもドアとドアの間隔がいているので、部屋はそれなりに広そうだ。しかし人の気配がなさすぎて、放課後一人でここに来るのはちょっと怖いかもしれない。



 ひの、ふの、みーっと、数えてみると、ドアは全部で八つある。そのうち三つはネームプレートがはめてある。


 えーっと、なになに?


 ボランティア同好会。まあ普通だな。


 見学同好会……? なんだこれ??


 読みせん同好会……??? うーむ。これはこれで、ちょっと心惹こころひかれるモノがあるな。



「ねぇ、スズキくん。どのお部屋にする?」


「階段に近いとこ」


 即答した。当然だ。移動距離は短い方がいいに決まってる。

 三階にのぼるだけで息が切れるオレの体力なめんなよ。


 そういうワケでオレたちは廊下を戻り、一番端のドアを開けた。

 中を見ると、床の中央に大きな魔法陣がいてある。

 オレは速攻でドアを閉めた。


「あれ? どうしたの、スズキくん。中に入らないの?」


「……人払いの魔法って、本当にあるんだな」


「ほぇ? なんのこと?」


「気にするな。気にしたら負けだ。スルーしろ」


 オレは気を取り直し、魔法陣の隣の部屋を全力で通りすぎ、三つ目のドアを開ける。『読み専同好会』の手前の部屋だ。入ってすぐ横のスイッチであかりをける。白い室内は縦に細長く、奥の窓からは日の光がし込んでいた。


 部屋の中央には長机とパイプ椅子。壁にはロッカーとハンガーラック。背の低い本棚もある。本棚の上にはなぜかカセットコンロとうちわが置いてある。部屋の隅には扇風機と、電気ストーブらしきモノまで転がっている。


「へぇ~。使っていないわりには、あんまりホコリくさくないんだねぇ~。どうする、スズキくん。ここにする?」


「うーん、そうだなぁ……。ま、どこもそんなに変わらないと思うから、ここでいいだろ」



 クラブ棟303号室。


 今日からここが、オレたち『小稿会しょうこうかい』の活動拠点だ。



「それでスズキくん。わたしたちって、どんな活動するの?」


「まずは、オレの超大作の分析だな」


「分析?」


「そうだ――」


 認めたくはないが、オレの超大作は多くの人に読んでもらえないことが判明した。それはもぉ、本当に、ほんとうに、ほんっっっとぉーにっ! 心の底から認めたくないことだが、アクセスカウンターの数字はウソをつかない。ならば、どれだけ厳しい現実だとしても受け入れざるを得ないだろう。


 だから、オレの超大作のどこがダメだったのかを調べるんだ。分析して、検証して、欠点を見つけ出す。そしてその情報を活用して、新たな超大作を書き上げる――。


「それがオレたちの活動だ」


「なぁるほどぉ~。さっすがスズキくん。転んでもタダじゃ起きないってことだねぇ。でも、分析って具体的にはどうするの?」


「そうだなぁ……というか、小説を書いたことがないヤツに『転んだ』って言われると腹が立つな」


 てへへぇ、メンゴメンゴ――と言いながら、菜々美は長い髪をツインテールに握りしめ、ピョンピョンとジャンプしている。ずいぶんとユニークな謝り方だが、珍しいから許してやろう。


「プランとしては、オレの超大作の内容を実際にやってみたいと思っている。作品にはリアリティが求められると言うからな。現実と空想の境界線を見定めて、ディテール細部の描写をできる限りリアルにすれば、作品に魅力が出てくるんじゃないかと思う」


「なぁるほどぉ~。でも、実際にやってみるって、たとえば何をするの?」


「それはもちろん登場人物の格好をして、物語を最初から演じるんだ。まあ、オレの超大作の主人公は桃色の髪の美少女だから、コスプレはおいおいやっていこう。とりあえず、序章から順に内容の検証をしていくつもりだ」


「へぇ~、主人公って桃色の髪なんだぁ。なんだかかわいいねぇ~。あ、そうだ、スズキくん」


「うん?」


「わたし、お母さんにパソコンを買ってもらえることになったんだけど、よかったら明日、一緒に電器屋さんにいかない?」


「は? 明日? ……ああ、明日はもう土曜日か」


「そうそう。わたし機械とか苦手だから、スズキくんに選んでもらえないかなぁ~って」


「それはまあ別にいいけど、どこまで買いに行くつもりなんだ?」


(……というか、パソコンって普通、ネットで買うんじゃないのか?)


「そっれはもちろんっ! ここしかないでしょ!」


 待ってましたぁっ! と言わんばかりに、菜々美はスマホの画面を全力でオレに向けてきた。そこにはなぜか、新都心にあるショッピングモールのホームページが表示されている。しかもよく見ると、アニメ映画の特集ページだ。……はて? いったいどこらへんがパソコンなんだ?


「えっとねぇ~、まずはねぇ~、朝の10時に映画見て~、それからハワイ料理のお店でお昼を食べて~、そのままファンシーショップを全部回って~、3時になったらおやつにソフトクリームを食べて~、あ、そうそう、ペットショップものぞいてみたいな~。それと、今は地方の物産展もやってるみたいだからそれもちょっと見にいって~、それからフードコートでお夕飯を食べて~、最後にゲームセンターでちょっと遊んでからおうちに帰るの。ね? どう? 楽しそうでしょ?」



「電器屋はどこにいった」



「え? 電器屋さん? なんで?」



 うーん、なんだろ、この子。

 本気でなに言ってんだ?


 ものすごーくエスパーになって考えると、こいつはおそらく――。


 電器屋に行く → そのためにショッピングモールに行く → ついでにいろいろ見て回る → あ、なんか楽しくなってきた☆ → だったらいろいろ行ってみたい → あそこと、ここと、ついでにここも → そうそう、あのアニメ映画を見たかったし、あれとあれは食べなくちゃダメだよね → そうすると、回るルートはこうしてこうして、こんな感じ? → うん、これでパーフェクト! → いやん。明日がちょー楽しみぃ――。


 ――って感じなんだろうな、きっと。


 うん。ちょっとヤバいな。思考の過程で目的がきれいさっぱり消えてなくなるヤツなんて初めて見たぜ。こいつ、ほんとに高校生か? というか、この先、生きていけるのか?



「あ、そっか! パソコン買うんだった。えへへぇ。うっかりうっかり☆」


 おおう。すげーなコノヤロー。

『うっかり☆』の一言だけで済ませやがった。マジ、パないぜ。



 ……だけどまあ、そうだよな。

 世の中ってのは、こういういろんなヤツがいて当然だ。



 いいヤツも悪いヤツも、のんきなヤツも真面目なヤツも、冷たいヤツも優しいヤツも、みんなが同じ世界に生きている。この世はいろんなニンゲンでできている。だから、自分の理解を超えたヤツがいるのも当然だし、自分の思いどおりにならないからといって、誰かのせいにするのは間違っている。


 そうだ。


 自分が悪いワケじゃない。

 誰かが悪いワケでもない。


 何かが上手くいかないのなら、やり方を変えればいい。この世はニンゲンであふれている。見ているヤツはきっといる。口には出さなくても、陰ながら応援しているヤツがいるかも知れない。


 ……オレの超大作のブックマークはたったの2個。

 アクセスカウンターはたったの6人。


 三年間がんばった結果がそれだ。

 そりゃあもう、ふてくされてもいいはずだ。

 涙でマクラを濡らしてもいいに決まっている。


 でも――。


 このまま泣き寝入りするような、そんなショボい決意で小説を書いてきたワケじゃないんだよ。


 小説ってのは人生だ。


 自分の生き様を人前にさらけ出すなんて、並大抵の決意でできるモンじゃないからな。


 それに、藤宮那留ふじみやなるはこう言った。

 オレの先には道がある。


 しかし、そんなことは、よく考えれば当たり前だ。

 よく考えなくても当然だ。


 生きていれば、誰にだって未来がある。

 ニンゲンだもん。そりゃそうだろ。


 だから――。


 少しずつでも前に歩けば、いつかきっと何かが変わる。


 どうやらオレには小説を書く才能がなかったらしい。

 だけど別に、そんなモンは必要ない。


 すごい才能。すごい能力。


 そんなモンを最初から持っていたら、きっとオレはうぬぼれていた。思いつくままに筆を走らせ、読者からめられて、周囲からチヤホヤされていただろう。そして、自分の作品が誰にも読まれない辛さを知らずに生きていた。厳しい現実に涙を流し、それでも立ち上がる勇気を知らずに死んでいた――。



 そんな人生、死んでもごめんだ。



 だから、すごい超能力だって必要ない。

 最強のチートスキルだって必要ない。



 つまずきながら、歯を食いしばって前に歩く。

 何度も転び、キズだらけで足を動かす。



 誰に認めてもらえなくても、自分を信じて顔を上げる。

 涙をこらえて胸を張り、明日に向かってまっすぐ進む。



 それが、そして、それこそが。

 本当の勇者であり、毎日を必死に生きるニンゲンなんだ――。





 ……だけどまあ。


 勇者にだってムカつく時はあるし、腹が立つ時だって当然ある。

 だから再び、あえて言おう。


 いいか、オマエら?




 オレの超大作がブクマ2個って、どう考えてもオマエらには見る目がない。




***




「たっだいまぁ~」


 菜々美が自宅の居間に入ると、テレビの前の母親が太極拳らしき奇妙なポーズを決めまくっていた。


「あら、おかえり。今日はちょっと遅かったわね」


「うん。スズキくんと同好会を作ったから、これから毎日これくらいの時間になるかも」


「へぇ。なんの同好会?」


「小説投稿同好会」


 あらそう――と言って、母親は武術ウェアのままキッチンに入っていく。


「あ、そうだ、お母さん」


「なぁに?」


「明日なんだけど、お友達とパソコンを買いに行って、ついでにお夕飯を食べてきてもいいかなぁ?」


「もちろんいいわよ。外で食べてきてくれるとお母さん、ほんと助かるから」


「それとね、お母さん」


 はいはい、なぁに? と、母親は気のない返事をしながら手を洗う。


「わたし、髪の毛染めてもいいかなぁ?」


「……えっ? 髪ってあんた、何色に?」




「ももいろっ☆」



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