第12話  四月十六日(水) 涙


 オレは急用というモノが大キライだ。



 朝起きて、学校行って自宅に帰り、夕飯食って小説を書く――。


 人生なんて、その繰り返しだけでいい。その繰り返しだけで死んでいきたい。他はいらない。ノーサンキュー。その他一切のエブリシングなんか、門前払いでお引き取り願います。プリーズ・ゴー・ホーム・アンド・邪魔者は地獄に落ちろ。我が静かなる生活リズムを乱すモノに呪いあれ。


 だから今のオレはジャストナウ、スマホの画面を全力でにらみつけている。


 なぜならば、千尋ちひろおばさんから『今夜、店に食べにおいで』というメッセージがきやがったからだ。



 はあ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。



 もはや、ため息しか出てこない。


 クソ。あの三十路みそじババアめ。毎度毎度オレの平穏ライフを乱しやがって、マジでムカつく。ハラワタが煮えくり返る。でも文句は言えない。だってあの人、怒るとガチで怖いんだもん……。



「どうしたの、シンくん。早くおばさんのお店にいこ?」



 しかも、だ。


 学校から帰って玄関のドアを開けたとたん、朝花あさかの声がオレの鼓膜こまくを震わせた。さらに妹四人全員が、既に制服姿でスタンバっていらっしゃる。あのババア、オレのメッセだけ時間指定で遅く送りやがったな。おそらく先にオレに送ったら、速攻で断られると読んでいたのだろう。あのスーパー若作りのオーナーシェフめ。分かってんなら誘ってくるんじゃねーよ……。


「……なあ、朝花。まだ夕方の四時半だろ? 夕飯にはちょっと早いんじゃないか?」


「え? 私とシンくんは早めに行って、六時半まで料理の手伝いをするんでしょ? スタッフさんが急に休んだみたいで、千尋さん困ってるらしいよ?」


 あのババア。やはりそうか。


 突発的にオレたちを呼ぶ時はいつもそうだ。スタッフが急に休みを取ると、夕飯をエサにオレたちを呼びつけて店の手伝いをさせやがる。しかも去年までとは違い、店まで歩いていける距離にオレたちが引っ越してきたもんだから、これからさらに呼びつけられる未来しか見えない……。ああ、なんてこったい……。オー・マイ・コック……じゃなくて、オー・マイ・ガッシュ……。


「アヌキ~、早くいこうよぉ~」

「おにいちゃ~ん、いこぉ~いこぉ~」


 不意に、超ノリノリの昼瑠ひるる夜以よいがオレの両腕を引っ張り始めた。いいなぁ、こいつらは。働かなくていいんだから。あそこのレストラン、マジでけっこう忙しくて、体力的にきついんだぞ……。


 だがしかし、こうなってしまうと、もはやどこにも逃げられない。


 オレはネバーエンディングなため息を吐きながら、妹四人と一緒に仕方なく家を出る。そのまま住宅街を抜けて大通りをまっすぐ進み、一本裏の道に入ると、一軒家の高級レストランが見えてきた。オレたちが月に一度は足を運ぶ、近代的でお洒落チックな料理店『レストラン・チヒロ』だ。



「はっ! 深夜くん! 朝花ちゃん! 早くキッチンに入って!」



 オレたちが前庭の小さな噴水を回り込んだとたん、店の中からコックコート姿の千尋おばさんが飛び出してきた。いつの間にか黒い髪を短く切ったみたいで、さらに若返っていらっしゃるのが空恐ろしい。セーラー服を着せたら女子高生そのものだ――とまでは、さすがにいかないけどな。



「もうすぐ予約客が来るから時間がないのよ! 昼瑠ちゃんと夕遊ちゃんと夜以ちゃんは、窓際のテーブル席で楽しそうにお茶を飲んでちょうだい! 店の中にかわいい女の子が見えると、ロリコンのお客さんがいっぱい寄ってくるから!」



 やはりこのババアはブレないな。

 相変わらずエゲつない発想をしやがる。


 というか高級レストランのくせに、実の姪っ子をロリコンの客寄せに使うなボケ。本音がだだ洩れすぎだろ……。


 しかも、どうやら三十歳を過ぎたばかりのオーナーシェフ様は、体力が有り余っているらしい。ものすごい勢いでダッシュしてきたかと思いきや、オレと朝花の腕をガッチリつかみ、キッチンまで引きずり込みやがった。さらにこちらの都合は意にも介さず、当たり前のように料理の指示を飛ばし始める。



「それじゃあ二人は、菜の花サラダと伊勢エビの桜ソース、それと鴨のクラッシュピーナッツをお願いね!」


「はあ? 伊勢エビと鴨って、コース料理のメインじゃねーか」


「もう何度も作ってるから大丈夫でしょ? 他のスタッフには任せられないの! だからお願い! 超特急で! これから来るお客さん、料理雑誌の編集長なの!」


「だったら、自分で作ればいいだろ」


「私も忙しくて手が離せないのよ! 一緒に来るカメラマンが写真を撮るっていうから、急いでお化粧しなくちゃ!」



 ああ、うん、どうしよう。

 この怒りを、どこにぶつければいいのか分からないざます。



「あ! 二人とも、今日もかわいいわよ!」


 そう言って、千尋おばさんは奥の部屋に駆け込んでいきやがった。高一と中三の子どもにコース料理のメインを丸投げする料理長シェフなんて、おそらく世界中であのババアだけだろう。



「それじゃあ、シンくん。さっさと作っちゃおっか」



 オレが盛大なため息を吐いた横で、朝花はさっさと腕まくりして念入りに手を洗い、マスクと帽子と調理用のビニール手袋をはめている。見るからに、やる気まんまんのオーラを漂わせていらっしゃる。我が妹ながら、すげぇなこいつ。もはや副料理長スーシェフレベルの貫禄だ。


「……どうやら下ごしらえは終わってるみたいだから、私がメインを作るね。シンくんは盛り付けと、サラダをお願い」


「はいはい。しょうがねぇなぁ……」


 ほんとにもう、こうなったら仕方がない。


 厨房ちゅうぼうを見渡すと、たしかにいつもよりスタッフが二人少ない。この店は高級レストランと言っても、スタッフの数は元々多い方ではない。その上ベテランスタッフが二人もいないとなると致命的だ。オーダーが回るはずがない。


 それなのに、店の責任者はのんきにお化粧タイムに入っていやがる……。そんなヤツの尻ぬぐいをするのは業腹ごうはらだが、あれでも一応オレたちの保護者代わりだからな。見て見ぬふりもできないのが辛いところだ……。


 オレは腹をくくってウィッグの髪をアップにまとめ、手を洗い、帽子とマスクと手袋を装着。それからキッチンにいるスタッフたちに混ざり、朝花と一緒に料理を作り始めた――。



 結局、オレと朝花が解放されたのは八時を過ぎてからだった。



 何が六時半だ。嘘つきババアめ。


 ブツブツと愚痴ぐちりながら朝花と一緒に広い店内に戻ってみると、テーブル席はすべて埋まっていた。さすが人気店。今夜も満員かよ。でも、ほとんどオレと朝花が作った料理なのに、誰も文句を言わないってどういうことだ? こいつら、ほんとは味なんて分かってねーんじゃねーだろうな?


 そう思ったとたん、やるせない気持ちが胸の中で渦を巻いたが、オレは目を逸らして窓際のテーブル席を見た。すると、昼瑠たちが楽しそうにおしゃべりしていらっしゃる。ある意味、あいつらもすげぇな。よくもまあ、三時間もしゃべっていられるもんだ――。



「あら? あなたは……」



 うん?



 妹たちが待つテーブルに向かって歩いていたら、不意に横から声をかけられた。何気なく顔を向けると、女子が一人で食後のコーヒーをすすっている。見るからに高級そうなドレスをまとった、赤茶色の髪のきれいな子だ。


「あなたはもしかして、寿々木深夜かしら?」


「え? ああ、そうだけど……?」


「ふーん、やっぱり」


 ぽつりと言って、少女は不敵に微笑んだ。


 なんだろ? なんだか知らんが、ずいぶんと感じの悪い上目づかいだ。


「ワタシは甘崎由姫あまさきゆめ仙葉せんよう学園女子高等部、一年A組の甘崎よ。ついでに言うと、仙女会せんじょかい一代いちだいでもあるわ」


「はあ……」


 仙女会? なんだそりゃ?


「あら、知らないの? 仙葉学園OG子女会の一年生代表だから一代いちだいというの。まあ、普通の子は知らなくても当然かしら」


 そう言って、甘崎由姫は鼻で笑いながらアゴを突き上げる。


 すごいな、こいつ。初対面でこんなに感じの悪い態度のヤツは久しぶりだ。理由はまったく分からんが、どうやらこいつはオレのことが気に食わないらしい。上品に歪んだ顔に、はっきりそう書いてある。


「ああ、朝花。おまえは先に行っててくれ」


 オレは朝花を昼瑠たちのところに向かわせてから、椅子に座る甘崎由姫に体を向けた。


「それで、オレに何か用か?」


「いいえ? べつに、あなたごときに用件なんかありませんわ。ただちょっと視界に入ったから、条件反射で口が動いてしまっただけよ。ほら、道端にゴミが落ちていたら『まあ、汚い』って、つい言ってしまうでしょ? それと同じ。……あ、でも、一つだけいていいかしら? どうしてあなたみたいな貧乏くさい人が、こんな高級レストランにいるの?」


「ここのオーナーシェフがオレの親戚で、手伝いを頼まれたから料理を作っていたんだよ。つまり、おまえが口にしたコース料理はほとんどオレの手作りってことだ。全部きれいに食ってくれてサンキューな。道端のゴミが作った料理でも、味はよかっただろ?」


 その瞬間――甘崎由姫は水の入ったグラスを床に叩きつけやがった。


 ガラスが割れる派手な音が響き渡り、なごやかだった店内が一瞬で静まり返った。そして、仙女会の一代いちだい様とやらが、憎々しげな表情でオレを見上げて口を開く。



「……ほら、何をボサッとしているのよ。グラスが割れたことぐらい見ればわかるでしょ。店員ならさっさと片付けて、新しいグラスを持ってきなさい」



(……なるほどな。そうきたか。まったく。やっぱりどこの世界にも、こういうヤツってのはいるんだな……)



 オレは軽く肩をすくめて息を吐いたが、まあ、これぐらいは大したことじゃない。こんな態度を取られるのは慣れているし、ケガ人が出なかったことを思えばおんの字だ。そんな事態になれば店の評判どころか、店の存続に関わるからな。


 オレはテーブルに置かれていたトレーを手に取り、その場にしゃがみ、グラスの破片を拾い集める。すると不意に、頭の上から水が降ってきた。しかし、何が起きたかなんて見なくても余裕で分かる。甘崎由姫が花瓶の水をかけたのだ。テーブルの上に残っていた水はそれぐらいしかないからな。


 だけどまあ――これぐらい、余裕で平気だ。

 大丈夫。問題ない。

 これぐらい、ぜんぜん大したことじゃない。



「ちょっとあなた! いったい何をやってるの!」



 おそらくウェイターが報告したのだろう。店の奥から千尋おばさんが目をいからせて飛び出してきた。だからオレは、とっさに手のひらを向けておばさんの動きを止めた。


「……大丈夫。何でもないから。おばさんはキッチンに戻って」


「何言ってんの! 何でもないわけ――」


「ほんと、大丈夫」


 オレはゆっくりと立ち上がり、おばさんの目をまっすぐ見つめた。これでどうやら分かってくれたらしい。おばさんは厳しい表情を浮かべているが、口を閉じてくれた。さすが大人。話が早い。たかがこんなことで店の評判を落としたくないというオレの気持ちをんでくれた。



「ああ、そうそう。コーヒーのお代わりもお願いね」



 甘崎由姫はぽつりと言って、今度はコーヒーカップをソーサーごと床に落とした。陶磁器の割れる音が鋭く響き、店内の空気がさらに静まり返る。こいつ、かわいい顔して無茶苦茶やりやがるな。そのカップ、けっこう高級なブランド品なんだぞ。まあ、その分はちゃんと請求させてもらうけどな。


 オレは再びしゃがみ込み、陶磁器の欠片を拾い集める。すると不意に、誰かの白い指が欠片を拾った。顔を上げて見てみると、オレと同じセーラー服を着た女子が手伝ってくれている。長い金髪の、ものすごい美少女だ。



「あら? あなた、うちの生徒ね。何をしているの? そんなこと、店員にやらせておきなさい」


 甘崎由姫が不愉快そうに眉を寄せて、金髪少女に言葉を落とした。


 そのとたん、金髪少女はすっと立ち上がり、甘崎由姫をまっすぐ見下ろす。同時に、横から近づいてきた背の高い少女から、空のグラスとワインボトルを受け取った。そのやたら背の高い女子も、仙葉学園の制服に身を包んでいる。



「――何事なにごとも、ほどほどがよろしいのです」



 金髪少女は甘崎由姫の前にグラスを置き、ワインを注ぎ始める。高い位置から流れ出した赤ワインはすぐにグラスを満たしていく。しかし少女はさらに注ぐ。ワインはグラスからあふれ出し、テーブルクロスを紫色に染め上げて、端から床に滴り落ちる。


「ちょっと、あなた。いったい何を……?」


「ワインもそう。食事もそう。態度もそう。言葉もそう――。善意も悪意も、怒りも笑いも、すべてほどほどがよろしいのです。そうでないと、このように、醜い染みになるだけです」


 金髪少女は優雅に微笑み、甘崎由姫をまっすぐ見据える。


 甘崎由姫は呆気に取られ、きょとんとまばたきしたが、すぐに顔を真っ赤に染めて金髪少女をにらみ上げた。


「な……なんですって! つまりこのワタシが醜い染みって言いたいわけ!?」


「他の解釈がございましたら、是非ぜひお聞かせ願いたいものです」


「こっ! このォっ! ぶれいものォっ!」


 甘崎由姫は金髪少女の頬を平手で叩いた――寸前、やたら背の高い女子に手首をつかまれ、痛みに顔を醜く歪める。


「いっ! いたいっ! はっ! はなしなさいっ!」


「……恵令えれ。はなしておあげなさい」


「…………」


 金髪少女の一言で、背の高い女子はすぐに手を離す。さらにそのまま後ろに下がり、軽くアゴを引いて無言で控える。


「なっ! なによこんな店っ! もう二度と来るもんですかっ!」


 甘崎由姫は手首を押さえながら一声吠えて、さっさと店から出ていった。


 いったい何が起きたのかよく分からなかったが、どうやらこの金髪少女はオレを助けてくれたらしい。少なくとも、甘崎由姫を追い払ってくれたことについては素直にありがたいと思う。あのままだと、さらに無理難題を吹っかけられていたかもしれないからな。だからオレは、感謝の言葉を伝えるため口を開いた。


「あ……あの、よく分かんないけど、かばってくれてありがとうございます」



「よいのです」



 オレが軽く頭を下げると、金髪少女はハンカチを取り出し、水がしたたるオレの頭を拭いてくれた。


「あなたの行為を見世物と言うつもりはありません。ですが、久しぶりに美しいものを目にしました。……それでは、本日はこれにて失礼致します。恵令えれ。そろそろ行きますよ」


 そう言って、金髪少女は優雅に歩いて店を出ていく。やたら背の高い女子もすぐに会計を済ませ、ドアの外に出ていった。


 それから――。


 ウェイターたちがテーブルを元通りに片付けると、店内は再びなごやかな雰囲気へと立ち戻った。オレもすぐに妹たちが待つ窓際のテーブル席に足を向ける。すると、夜以よいをのぞいた三人が般若のような顔をしていた。まあ、楽しいディナータイムをぶち壊されたわけだから、怒るのも無理はない。


 それでも五人そろって食事を始めると、みな少しずつ落ち着きを取り戻した。三女の夕遊ゆうゆだけはずっと顔を曇らせていたが、オレが作った料理を「おいしい」と言って褒めてくれたので、少しは機嫌が直ったらしい。



 そうして食事を終えたオレたちは、五人そろって家路についた。

 見上げれば、暗い夜空に薄い星がまたたいている。



(まったく……。今日は散々な目に遭ったな……)


 なぜ、甘崎由姫があんな態度を取ったのかは分からない。


 しかし、世の中にはヒトを見下すヤツがいる。ヒトをバカにするヤツがいる。そして、そういうヤツが近くにいると、自分の心までけがれる気がする。悪い感情が伝染する。イライラして腹が立ち、感情がささくれる。


 だけど――。


 あの金髪少女のように、世の中にはいいヒトだってちゃんといる。そういうヒトが近くにいると、心が落ち着く。穏やかな気分になる。だからオレは、昔からそういう人間になりたいと思っている。


 たぶん、誰だってそう思っているはずだ。


 涙を耐えれば、きっとそういう人間になれるはずだ。


 せめて妹たちの前だけでは、そういう人間であり続けたい。


 だからオレは、何があっても泣いたりしない。


 家族に悲しい思いをさせることが、この世で一番、辛いからな。




***




 とは思ったものの、正直ちょっと泣きそうだ……。



 家に帰ったオレは、速攻で小説投稿サイトをチェックした。我が超大作の第四話を、夜の八時に投稿されるよう予約しておいたからだ。時計を見ると、時刻は九時二十分――。作品を投稿してから一時間以上も経っている。だったら、アクセス数はかなり伸びているはずだ。


 だからオレは、内心ドキドキしながらアクセスカウンターをクリックした。

 そのとたん、目を疑った。


 あり得ない。

 アンビリーバボ……。


 今日の閲覧者えつらんしゃ数は、たったの一人。

 ブックマークは二個のままだった……。


 え? なにこれ? どういうこと?

 マジで? うそだろ? 信じられない……。



 いやいや、待て待て、ちょっと落ち着け。結果には必ず原因がある。オレは深呼吸して、強制的に心を落ち着けて考えた。閲覧者えつらんしゃ数が伸びない理由。ブックマークが増えない理由。それを論理的かつ合理的に推測すると……つまり、あれか?



 オレの超大作は、見向きもされないほどつまらないってことか?



 …………。



 あれ? どうしよ。なんか目から水が出てきた。

 なにこれ? ほんと、どうしよ。

 オレ、人生で今が一番辛いかも知れない……。


 時計を見ると、九時二十四分。


 ああ、どうしよ。ちょっと、胸が張り裂けそうな気がする。なんでオレ、三年も頑張って書き上げたのに、こんな結果しか出せないの……?


 文章だって、けっこう自信があったのに……。

 誤字脱字だって、必死こいてチェックしたのに……。


 何度も何度も読み返して、もう自分では面白いかどうか分からなくなるまで読み返して書き上げたのに……。


 なんで? どうして?


 まさか……。

 オレのやってきたことって、無駄な努力だったってこと……?


 オレの作品が面白いと思うのは自分だけってことなのか……?

 オレは一人で、ハムスターみたいにカラカラと空回りしてたのか……?



 ああ……ほんとにどうしよう……。

 気づけば涙がボタボタと垂れている。


 慌ててティッシュで拭ったが、十枚や二十枚じゃとても足りない。涙を拭いて、鼻をかんで、ノンストップでゴミ箱に放り投げるが、それでも涙が止まらない。


 ああ……。もうダメだ……。

 オレはもう、ダメかも知れない……。



 オレは震える指でパソコンの電源を落とし、我が『図書神殿』の灯りを消した。

 それからティッシュの箱を片手でつかみ、ベッドの中に潜り込む。


 そしてほとんど一晩中、涙で枕を濡らしまくった。



 その翌日――。



 オレは学校を欠席した。



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