22

「何か敷いておこうか。ブルーシート……はなさそう。ゴミ袋でいっか。半分に切って、広げておいて」

「俺がやろう」

黒いビニール袋が、先生の周りに敷かれる。先生はまだ台車に乗せたままだ。

「ふふ、上手くいったね、月長のおかげだよ。さて、どうしよっか」

僕は曖昧に笑っておいた。多分引きつっていたけど。褒められるなら、もっと別のことが良かったな。

「先生、質問です。そこら辺の草や花を適当に拾ってきて、潰して、水と混ぜたものを……人間に注入したらどうなりますか?」

ゴリゴリとビーカーの中で雑草が混ざる。柘榴は注射器をどこかで見つけていたらしい。みんなは本当にやるのという目で彼を見ていた。先生はうつ伏せに乗せられているから、表情は分からない。

「ま、死ぬことはないでしょ」

ぐちゃぐちゃの汚い液体が手についたのか、洗ってからそれを詰めた注射器を持った。髪の毛を引っ張って、顔を持ち上げる。

「どこがいいかなぁ……えーい、ここ!」

首に戸惑いなく刺した後、ゴミを捨てるかのように顔を離した。そのまま、また台車にぶつかる。しばらく何も反応はなかったが、呻くような声が聞こえ始めた。顔が真っ赤に染まっている。

「もっと実験してみたいな……誰か入れてみたいものない?」

本当にこんなことをしていいのか、ここまでするべきなのか。止めようとしたけど体は動かなくて、ただ柘榴を見つめていた。

なんで彼はあんなに楽しそうなんだ? だって僕の中の柘榴は優しくて……いや、待って。柘榴が優しいのは僕や、みんなにだけじゃなかったか? 僕を追いかけ回した犬をその後見ることはなかったし、僕が怖がった虫はその場ですぐに殺していた。今まで僕がいじめられることなく、生きてこられたのはもしかして……。そんなことを考えてる間にも柘榴は楽しそうに、色んなものを詰めては先生に入れていた。

「あ、死んじゃう前に……みんなもやらなくちゃだよね。このままじゃ私だけのせいになっちゃうでしょ。別にそれでもいいんだけど、秘密を共有するのが一番強い絆になると思うんだよねぇ……みんなで覚えていれば、忘れないもんね?」

柘榴がこっちを見た。最初は月長だよと笑顔で言う。手を引かれて、ナイフを一緒に持った。

「オマケもつけておこう。月長はどこがいい?」

何が入ってるのか、混ざってるのか分からない液体にナイフを潜らせた。僕は半泣きになって、そのまま柘榴に身を任せることしかできない。足元を深く切りつけた。布が裂け、中から血が滲み出てくる。肉の感触が伝わってきて、吐きそうになった。

「はい、次は誰?」

「……俺が」

「どうぞ。それ、つけてね」

蛇紋は自分のナイフで、先生の背中を傷つけた。血が黒いビニールの上に流れ始める。辺りが暗いのと、黒色なので血はあまり目立たない。明るい部屋じゃなくて良かった。

「じゃあ僕も、やろうかな」

「わぁっさすが紅玉、こわーい」

どこに刺すのかと思ったが、紅玉は迷うことなく頭に刺した。横に滑らせるように切ったので、死ぬまでの傷にはならないだろう。

「ほらほら、みんなも早く」

意外にも琥珀が真っ直ぐにやって来て、腕を切った。その後に瑠璃と手を繋いだ灰蓮が来る。自分で腰を切った後、瑠璃の手を持って背中を切りつけた。

「あ、あたし……怖いわっ」

「でも逃げられないよ」

蘭晶は翠を引っ張った。黒曜にも触れようとしたが、彼は一人で歩き始める。そのまま尻を切って、足も傷つけた。その間に二人が追いつく。

「ここで躊躇したらどうなると思う? もし生きてたら絶対復讐しにくるでしょ? 自分だったらそうする。自分を危険に晒したくないのなら、今きっちりとどうにかするべきだよ」

「わ、分かってるわ……大丈夫よ」

蘭晶はなるべく見ないようにして、ナイフを振り回した。そのせいで普通に切るよりも、痛々しい傷があちこちに残る。翠は吐き気を堪えているのか、口に手を当てたまま肩を切った。

「じゃあ次はひっくり返そうか。顔は見たくないから、布で覆っておくね」

微かにまだ息があるのが分かったけど、体はされるがままだ。雑に動かされても抵抗しない。

「もっと傷つけなくちゃ。自分達がこれより酷い目に合っちゃうよ」

注射器が気に入ったのか、顔に何回か刺していた。中が見えなくて本当に良かったと思う。

「先生はここを使うことはあったのかなぁ」

服の上から性器のある部分に刃をぐりぐりと突き刺した。その辺りから血が滲んできて、思わず目を逸らす。

「みんな、これを好きなところに刺して。中身は秘密だよ。なるべく深く、刺してね」

全員分用意された注射器を持って、体の周りに集まった。僕のは透明の液体だったけど、よく見ると僅かに濁っている。隣のを見ると、うっすら赤色に染まっていた。

「何か言葉をかけてあげようか。じゃあ私から……うーん先生は、運が悪かったなぁ。それに頭も悪かったなぁ。ふふっ馬鹿は死ななきゃ治らないんだって。知ってたかな?」

柘榴がこちらを見る。もう仕方ないんだ。先生が悪いんだ。

「……みんなが傷つくのは、嫌だから……怖い人は……っいらない」

「皆への無礼は死んでも許されないからな」

「別に何も言うことはない。ただ邪魔だった、それだけだ」

「俺も、特に理由はない。瑠璃が怖がってたから」

「……バイバイ」

「そ、そうね。貴方が悪いのよ。あんなことされたら誰だって怖がるに決まってるわ。きっと今までだって上手くいってなかったんでしょう。ここで終われて良かったじゃない……」

「貴方は醜かった。必要なかった……それだけです」

「……先生だとは、思えなかった」

紅玉が、針を心臓に向けた。

「そうだな、言いたいこと……。先生、僕達は子供ですから。先生になるのなら、もっと子供というものを知っておくべきでしたね」

全員の注射器が空になった。今、この人の体の中はどうなっているんだろう。

「床のビニール袋と、汚れていたら掃除もお願い。それと、先生を運ぶ係に別れよう」

寮の裏に用意した深い穴。上に土を被せて、見た目では穴だと分からないようにしていたけど、誰かが落ちることがなくて本当に良かった。

掘るのも大変だったけど、今もなかなかの重労働だ。もしこの段階で死んでいなくても、土の中に閉じ込めておけばそのうち息が途絶えるはずだ。これだけ頑丈に縛ったし、出てくることはない……だろう。

「不安? 大丈夫だよ。先生が生き返ることなんてないから。絶対にね」

僕はただ頷いた。柘榴が言うなら間違いないのだろう。

先生はそのまま穴の中へ綺麗に落ちた。ビニールを被せた後、更に上からぐるぐると巻いたので、様子は分からない。後はただ土をその上に被せるだけだ。床に敷いて血に濡れたビニールや、注射器等のゴミも全部この中へと落っことした。みんなでスコップを持って、一心不乱に土をかける。やっと地面が辺りと同じぐらいになったときは、全員へろへろの状態だった。

シャワー室にそのまま何人かで入った。一人一人入るのも時間がかかるし、気を抜いたらそのまま寝てしまいそうだ。僕達は何が楽しいのか、ずっと笑っていた。小さい時のようにふざけて泡をぶつけ合ったり、水で流した背中にボディソープをつけたり、つけ返したりして、はしゃいでいた。そうだ、僕達はあの日からずっと暗闇を彷徨っていた。こんな風に遊ぶことも忘れて。開放感や安堵感、これからはもう悩まされなくていい。目の前の景色が急に消えてしまうのではないかと思うほど、今は幸せに満たされていた。

狭かったけど、なんとか全員でベッドの上に登った。綺麗になんて寝ていない。僕の足の下には誰かの頭があるし、僕のお腹の辺りに柘榴の顔がある。僕の目線に気づくと、そのまま上目遣いで見つめてきた。左手がいつの間にか彼の手に包まれている。

「……柘榴」

体勢を変えて、僕の頭に手を伸ばした。髪をパラパラと落としては掬う。機嫌がとても良いようだ。でも目が眠そう。

「おやすみ月長。久しぶりに一緒に眠れるね」

「うん……ねぇ」

小声でどうしたのと囁かれる。僕はただ反射的にそう言ってしまっただけだ、柘榴を引き止めたくて。言おうか迷っている間に、僕にも眠気が襲ってきてしまった。

「ううん……おやすみ」

あの頃は毎日これがないと眠れなかった。柘榴もまだ覚えていてくれたようで、おでこに柔らかい唇が触れた。嬉しくて満たされた中で、意識が沈んでいく。

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