21

「先生、彼はあまりにも危険すぎるでしょう。今すぐ追い出すべきです」

「でも皆さんのところにも先生が……」

「いえ、必要ありません。自分達だけでどうにかします」

「うーんでも……せめて一日だけでも」

「先生! これ以上どうにかなる前に……」

後ろで音がした。全員で振り返る。そこには白と緑の担任と一緒に、先生が立っていた。

「おはようございます。校長。生徒が初日からボイコットをしてしまったのですが、今日は授業をすべきでしょうか」

「時間が早すぎるのよ。無茶苦茶だわ」

「学生であれば七時など普通、だと思われるのですがね。私がおかしいのでしょうか? 校長」

双方から責められる校長が可哀想に見えた。でもここで発言をする勇気はない。

先生はすっかり他の先生と結託してしまったようだ。余裕からなのか、にやにやと笑っている。

「ええと……先生、彼らにも色々ありまして。これから直していけると思います。慣れるまでは時間に余裕を持たせてあげてくれませんか」

「そうやって甘やかすから、こんな生徒に育ってしまったのだと思いますけどねぇ。まぁいいでしょう。当初の予定とは大幅にズレますが、これから授業を行います。全員教室に集まってください」

三人が出ていっても、僕らは動かなかった。

「あ、あの皆さん……先生もああ言ってくれていることですし……お気持ちは分かりますが」

「……仕方ないですね。校長先生に免じて行ってきますよ。ただ一度きりですからね。無理だったら解雇してください。それがお互いにとってのベストです」

重い足取りで向かうと、僕達がいた教室には机と椅子がなくなっていた。後ろに積まれている。

「四分三八秒遅れ……私が教室に着いてから、貴方達がここに入ってくるまで。授業を受ける気がないのなら、机も椅子も必要ない。あれは生徒の為のものだ。君たちは生徒でもなんでもない。全員床に座りたまえ」

帰ろうと体の向きを変えた時だ。更に言葉が続く。

「生徒でない君たちには食事も寝床も必要ないだろう。アレを解体して別の建物を作ろう。邪魔なものは壊しにいく。誰も住んでいない寮など必要ないのだからな」

仕方なく唇を噛んで、足を曲げた。床に座るなんて、僕はいいけど紅玉や他のみんなは……。こんな扱い信じられない。どうしよう、何か、何か打開策は。

「いい加減……その口を閉じろ。貴様も無駄話ばかりして、授業などする気がないようだな。そんな奴を教師とは認めない。部外者はここから出て行け」

蛇紋は鋭いナイフを真っ直ぐ向けて、僕らの前に立った。先生はそれを見た後、鼻で笑う。

「そんなものでどうにかなると思っているのか? 本当に刺したことなんてないんだろう。君もあの扉のようになりたくなければ、大人しく座りたまえ」

「刺したことがないのは、刺す必要がなかったからだ。貴様程の外道はいなかったからな」

蛇紋はもう一歩近づいた。刃先が鈍く光る。僕は蛇紋に頼るしかなくて、力を送るように見つめていた。

「君らが何を言おうと、何をしようと、私は教師としてここに居座る。契約はもうした後なんだ。ほら、もう一度聞いてやる。生徒として床に座るか、生徒を放棄した部外者になってここを追い出されるか、選べ」

沈黙を破ったのは紅玉だった。いつもと変わらない様子で、軽く笑う。

「紅玉! 頼むから……っ、そんなことしないでくれっ」

「手の汚れは洗えば落ちる。服の汚れも洗濯すればいい。扉を直すのよりは、面倒じゃない」

寛ぐような格好で僕らを見渡した。座れという目ではなく、疲れただろうから休んでいいよと言ってくれているようだった。少しずつ、みんなが腰を落とす。蛇紋は歯を食いしばったまま、膝をついた。

「満足ですか、先生」

「……ああ。ただ時間がかかりすぎたな。もう授業を行う時間はない。これからのルールについてだけ言及しておこう。まず七時には全員準備を終えて、寮の前に集まること。朝食は十五分以内。授業は半から十二時まで。昼食後、休憩のち一時から五時までだ。就寝時間を九時にしたら朝の七時には充分間に合うだろう。君たちがのらりくらりと怠けていた間、世間の学生達がせっせと努力していた分を巻き返すには、これでも足りないくらいだが。質問は……ないようなら、各自自習でもして明日からに備えると良い。……今まで甘い汁を吸っていたツケが回ってきたと思え。どこかで必ず返ってくるんだ。キリギリスはいつまで歌っていられるかな?」


僕達はいつのまにか輪になって、身を寄せ合っていた。僕の手を繋いでいるのは誰だろう。

「絶対に……絶対に許さない。殺しても、足りない」

「君は相変わらず血の気が多いねぇ。ま、でもこのままっていうのも……うーん。あの子達を頼ってみるしかないかなぁ」

「それってリシア達のこと?」

「今、何してるのかしらねぇ。あんな先生絶対嫌と思ったけど、下には下がいるっていうか。逆にどこまで最悪なのか見たくなってきたわ」

「向こうに泊まらせてとお願いしてもいいけど、私たちがいない間に寮がめちゃくちゃにされちゃったら困るなぁ。捕まえておくべきかな」

「縛って土にでも埋めときゃいいじゃん。もう一生あんな声聞きたくないし、顔も見たくねー。何なんだよアイツ」

「……っ、でも大丈夫かな。斧なんか持ってたし……もっと怖い物を持ってるかもしれない。危ないよ……」

「じゃあ諦めるつもりか?」

「こーら、月長は心配してくれてるだけだよ。蛇紋は一番に敵陣に突っ込んで、真っ先に死んじゃうタイプだねー」

「……柘榴」

さすがに適切な発言ではないと思ったのか、珍しく黒曜が口を開いた。

「ふふ、だから……そうだね。武器に勝てるもの、液体。薬品をぶっかけて相手の動きを止めるんだよ。ナイフを向けるより早そうでしょ?」

「そんな薬品あるの? 彼らが飲んだ、か飲まされた物も分かっていないのに。あ、でも……洗剤とか灯油を沢山かければ……」

翠がぶつぶつと呟いた。自分達の保護をしっかりすれば、上手くいきそうだ。ビーカーなんかにそれを入れて、投げつけるとか。

「先生の動きを封じてからどこかの教室に縛りつけて、灯油でもかけてみる。でも先生が暴れたら危険だから、先にそれをかけて、動きを奪ってから縛るっていうのもアリかな。ま、そこは状況次第で。うーん、睡眠薬とかあったら楽なんだけどな。校長先生とか持ってたりしない? あーでも飲ませ方も一筋縄ではいかなそう」

「やっぱり俺が殴って動きを止める。倒れ込んだら体の上に乗って、何人かで押さえつける。運ぶのは大変だから台車か何かに乗せて……先に穴を掘ってその中に入れておけば、もう起き上がれない」

「ふふ、なかなかえげつないことを考えるねぇ。ここまで短時間で嫌われるのも才能だな。さてと、何をするにも準備が必要になると思うけど、どうしようか。全員で行動する?」



僕は柘榴の隣にぴったりとくっついていた。どうかバレませんように。

廊下の先にいる先生がこっちを向いた。先生はまだ気づいていない。もう逃げ場が無いことに。僕達はじわじわと追い詰めていった。

「こんばんわ。何していたんですか、先生」

「……君たちこそ、こんな時間に校舎ですることなど何も無いだろう」

「先生って勘違いしてます? ふふっ、ここは校舎なんかじゃないですよ」

どういうことだと眉をひそめる。僕も柘榴の方を見てしまっていた。

「今更……どうでもいいんですけど、一応この土地って私達の、親が買い取った場所なんですよ。まぁ誰の土地でもなかったところに勝手に作っちゃったんですけどね。だから、ここが学校だなんて誰も認めてない。貴方が勝手に思い込んでいるだけ。ここは全て私達の場所、ですよ?」

「……っだとしても、私は教師としてここに招かれのだ。契約がある以上、その役目を果たす」

「先生ってお堅いなぁ」

「もういいだろ。雑談している暇はないんだ。そこをどいてくれ」

柘榴がそっと、後ろ手で僕の手に触れた。そろそろという合図だ。僕は気合を入れようと、手の中にあるものを握り直そうとした。

「……っ!」

何が起きたのか分からなかった。顔を引っ張られたと思ったら、目の前に柘榴の顔があった。口を塞がれている。こんな状況じゃなかったら、僕の胸は甘い余韻に浸っていただろう。ただただ驚きで、彼を見つめてしまっていた。それは先生も同じだったようだ。

その次にはもう柘榴が前に飛び出していて、隠していた紐を先生に巻きつけた。一瞬遅れた先生が暴れようとしたけど、僕も走り出して体に巻きつける。少しだけ僕達の方が早かった。とりあえず上半身を縛ると、柘榴が後ろからえいと蹴り飛ばした。倒れた上から、躊躇なく先生の頭を踏みつける。

「月長、下も縛ってくれる?」

「う、うんっ……」

どうにか先生の動きを封じ込めると、柘榴は先生の口元に布を噛ませた。その時の顔はいつもと変わらなくて、僕は何だか戸惑ってしまった。

「これならもう大丈夫かなぁ。月長みんなを呼んできて。台車もね」

柘榴は軽いだろうけど、肩とか手首に体重をかけて踏んでいた。力加減を間違えば折れてしまうのではと心配になったけど、骨ぐらい構わないか。

早足で歩き出したけど、そのうち怖くなって全速力で走った。みんなを集めて先生をそのまま台車に乗せる。落ちてしまいそうだったので、そこに括り付けてどうにか下の階まで持っていく。どこかの教室に連れて、鍵を閉めた。

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