12

今日は二人のバイトが五時まで。そのあと久しぶりに四人で集まることになっている。特にすることは決まってないけど、また喫茶店や公園でもいいかな……。

雲行きが怪しかったけど、傘は持って行かなかった。なんとなく身軽な服装が良かったから。

バイト帰りだというのに二人の私服はオシャレだった。そういうものが許されている職種……いや逆にプライベートも、気を張らないといけないのかもしれない。そんなことを思ったからか、何となく彼女の横顔が疲れているように見えた。

今日はあまり会話が弾まず、雨も降りそうだから早々に分かれることになってしまった。でも二人のことを考えると、少しでも休んでもらったほうがいい。

そんな調子だったからか二歩、三歩後ろをついていると、何となく違和感を感じた。初めてだ。僕も誰かから見られていると感じる。これは初めにあの場所に入ったときのような……そんな不快な方で。もちろん僕の勘違いということもある。

キョロキョロと視線を動かしていくと、視界の端でガサリと何かが動いた。

春昭にちょっと待ってと耳打ちして二人で見てみたけど、そこには何もなかった。

「ごめん……違かったのかも」

「まぁ警戒するに越したことはないからさ」

「……うん。ありがと春昭」

「碧……なんかあった? 今日上の空っぽいよ」

「ううん。なんでもないよ。ただ、傘持ってきてないからさ。ちょっと心配で」

「じゃあ家にあるの持っていって。あ、ついでにゲームやんない? この前出たやつ予約してたからさ、もう届いてるんだ」

「……じゃあ借りようかな。ねぇ春昭」

「ん?」

「あーやっぱりいいや。ごめん」

「なにそれ。気になるって」

「はは、宿題後に回したら大変だなって急に思い出して、憂鬱になっちゃった。春昭は勉強得意だからね。毎年何だかんだ最後の方までかかっちゃうんだ」

「そんなの……てか今度宿題全部持ってきな。見てやるから」

「それ凄い秀才っぽい言葉だね」

「成績表見る?」

「やめとく」

春昭が吹き出すように笑った。さっきの視線は気になったけど、不安な気持ちは薄れていた。

でも……本当はここまでしてもらって、僕が高良さんにフラれてしまったらどうするって言いかけた。多分春昭はそれでも友達でいてくれる。でも……雪乃ちゃんとの付き合いは確実に減るだろう。その前に告白するまでの目処も立っていないんだけど。

こういうのって先にしたほうがいいんだろうか。確実にいけると思ったときに言うのが正しいのか。自分の気持ちがピークになったときに勢いで言ってしまうのか。正解なんてないのだろうと分かっている。

春昭にとって高良さんはどういう存在なんだろう。二人で話すことはあるらしい。でも仲の良い空気は伝わってこない。

だからこそ遠慮無しに話す高良さんがそこにいて、羨ましい気持ちはゼロではないけれど、その可能性は低いと思っている。でもそんなことが起きたら僕はどうすればいい?

いや……こんなことの前にもっと大事なことがある。僕自身が彼女にどう接して、アピールしていくかの方が重要だ。ここまでしてくれた親友のことを羨ましがっている場合ではない。

でもまさかそんなことないよな? と隣をチラ見しても、画面の中で暴れている姿しかなかった。

「あれ、攻撃当たってない? 全然削れてなくね?」

「このボスはちょっと特殊っぽいね。魔法から試していこうか。あ! これだ。これを壊してからじゃないと攻撃が当たんないんだ」

「じゃあ魔法はまだ使わない方がいいな。とりあえず碧は左のよろしく」

「……うん」

なんとなく僕もめちゃめちゃにやりたくなって、武器を振り回していたら呆気なくボスは倒れた。



『蒼さん……この前のこと。最近彼とうまくいってないって言ったじゃないですか? あはは……別れちゃったんですよね。こうしてみるとスッキリするけど、なんでそれができなかったんだろうって。あ、すいません……愚痴とかじゃないんです。ただ誰かに聞いてほしくて……蒼さんと話したくなったんです。迷惑だったら無視してもらって構わないです』


『パターン1 いえいえ、そういうのって誰かに吐き出した方が楽になることもありますし、僕が頼られているのなら嬉しいです。あ、すいません……どんな形であれ人と別れるって結構なことだと思うし、大変ですよね。でもそれがいい方向に繋がればいいなと思います』


『ありがとうございます。やっぱり蒼さんと話していると落ち着く……というか安心できます。私の求めていたものってこういうことだったのかもしれないな……。蒼さん、もし好きな子と上手くいかなかったら私と付き合ってくれますか? ……なんて最低ですね私は。ごめんなさい。でも、蒼さんの魅力が分からない子なんて勿体無いですよ。貴方は絶対幸せになるべき人ですから』


『哀さんは僕を過大評価しすぎです! ……でもありがとうございます。哀さんだって今回はたまたま少し合わなかっただけですよ。絶対に次は大丈夫です。……僕もちゃんと彼女と向き合ってみようと思います。結果は何となく分かってるんですけど、このままでは協力してくれた友達にも悪いので。そうでないと哀さんに対しての言葉も――』


「碧……さん」

モニターの前で書いては消し、また書き込む。

彼に伝えたいことは沢山あるのに、その言葉は消えていく。




《わら人形》

そういえばと、彼は隣にいつものように座った。

「知ってます? ネカマってやつが流行っているんですよ」

「ネカマ? 学くんもそれなの?」

「ち、違いますよ! 分かりやすく言うと、男が女のフリをして書き込むってことです。逆も然り……」

「へぇ……でも別に現実ではそうじゃないんだよね?」

「ネットなら楽にできますからね……ははは」

意味深な笑いをするので、私は見つめ返した。

「前に教えた奴あるじゃないですか? 実は俺……昭吾さんの奴に女の子として話しかけてます」

「えっ嘘? どれどれ……でも学くんのはあったよね」

「複数アカウントってのが持てるんです。テストのつもりがついふざけちゃいました。ほら……これです」

「えっ? これ本当に学くんが書いたの?」

ええまぁと得意げに携帯を振った。

相手は女子高生だと思っていた人物だ。写真や投稿内容も現実味があって、女の子としか思えない。

「この写真はどうしたの? 学くんの手じゃないよね」

「あーこれはネットから適当に拾ったやつです。そのままだとバレるんで、少し加工して。でもこっちの写真は俺が撮ったやつですよ」

人気キャラクターとコラボしている飲料の、数量限定バージョンゲット! という内容だった。自分も何度かこの飲料の話を聞いたので人気だとは知っていたけど……。他にも流行りものが沢山書いてあった。

「凄いねぇ、詳しいんだ」

「はい……まぁ、あはは。だから昭吾さんも気をつけてくださいって話ですよ」

「……ん?」

「ほら、もしこの子が助けてって話しかけてきて、実際会ってくださいなんて言われたって、こんな奴しか出てこないんですよ。もっと酷い場合は詐欺かもしれない。そんなの今大量にありますから。俺が言うなって感じですけど、ほどほどが一番ですねーって」

「うん。そうだね。また一つ勉強になったよ」

「はい。あ、じゃあ何……頼みましょうか……」

彼は得意分野になると饒舌に喋り出すけど、それが終わると戻ってしまう。そんな調子も付き合いが増えるにつれて、彼の特徴なんだと知っていくのが面白かった。

私自身年が離れた友のように思っていたし、彼も知らないことばかり教えてくれるので貴重だった。二人とも一番の秘密が共通しているから、心地が良かった。

それにしても今日の話は衝撃的だった。多少は性別を変えている人がいると思っていたけど、あそこまで徹底しているとは。やっぱりほどほどにするべきか。

そういえば最近はあまり見ないな、あの二人組……ちょっと前はよく来ていたのに。みきちゃんのお兄さんとその友達だという子は、息子と同い年ぐらいか。

そのことを思い出す度に少し後ろめたい気持ちにはなったが、彼らとも知り合いになれたらいいのにと思ってしまった。

もう息子は私のことなど、どうでもよく思っているだろう。さっさと死んで、金だけ残せと言っているかもしれない。確かに私と過ごすよりは、一人で自由に過ごしたほうがいいだろう。

私も昔はそうだった。特にこの時期は、意味もなく一人になりたくて仕方なかった。色々なことが疎ましくて、突っぱねたくなる。

私は非常につまらない日々を過ごした。勉強ばかりだったが別に期待される程でもなく、流れで就職し、そのまま楽しみ方が分からない大人になってしまった。

何が好きなんだと、何で自分を語れるかと聞かれた時は頭が真っ白になる。今は適当に繕うことを覚え誤魔化しているが、それが初めてついた嘘なのかもしれない。くだらないが、必要な嘘だ。しかし偽りの自分を作ってまでしなければいけない仕事ってなんだ。

今まで考えてこなかった、自分は何の為に存在しているのか。もっと別の人生だったらどうなっていたかということを、最近よく思う。

息子は大人びている。だから好きなように、犯罪にだけは手を出さないで生きてくれたらそれでいい。……自分にも父親は必要がなかったから。

今なら好きな物も大事な物も、息子の前以外なら胸を張って言える。理解してもらおうとは思わないが、そのうちスッと話せているんじゃないかと、夢に見ることもあった。


数日後、町でたまたま彼らを見つけた。

紅ちゃんとみきちゃんの姿はなかった。今日、紅ちゃんは確か入っていなかったと思うけど……。

挨拶をしようとしたけれど、急にそれもどうかと思い、遠くから眺めてみる。こちらには気づいていなさそうだった。

次にお店に来たら話しかけてみようと思って、家に帰った時だ。入ったすぐに後ろでインターホンが鳴らされた。

「あの……」

画面の中を見ると、先ほどの二人が立っていた。驚いて固まっていると、みきちゃんのお兄さんの方が開けてくださいともう一度インターホンを押そうとする。

一応開けてみると、勢いよく近づいて腕を掴まれた。それから押しのけるように力を込めて中に入っていく。

怖い顔をした少年の隣で慌てている男の子に、こちらも視線を返すことしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る