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楽しかったけど緊張していたせいで、記憶がふわふわと夢の中のように曖昧だった。でもその心地良さは家に帰っても続いていて、体は疲れているのに、幸福で横になっても眠気は訪れそうになかった。にやけてしまいそうなまま、携帯を開く。

「……あっ」

哀さんからメッセージか。珍しいな。いつもは他の人も見えるところでのやりとりだけど、今日は個別のメッセージだ。

『蒼さーん、ちょっと相談にのってもらってもいいですか? 忙しかったらいいんですけど……』

『大丈夫ですよ! どうしたんですか?』

『突然変なこと聞くんですけど、蒼さんがデートするとしたらどこに行きますか? あ、これ相談っていうかアンケートですね(笑)』

『デートですか? それは誰と行く場合かな……あーでも前から定番の水族館とか、遊園地は行きたいって思ってます」

『なるほどー王道ですね。じゃあ行くのが私、と仮定すると、どこに連れていってくれますか?』

『哀さんとですか? うーん。オシャレな感じするから、お買い物とか公園、いやカフェかな?』

『なるほど。なかなか私の好みが分かってますね(笑)。公園でお弁当とかもいいですし。そういえば好きな動物とかっていますか?』

『本当にアンケートみたいになってる! 僕は飼ったことないから詳しくないんですけど、猫は可愛いですよね。うさぎとかリスとか、小動物がやっぱり好きかなぁ。でも動物園に行ったら見たいのは白くまの赤ちゃんとか……あれ? これは水族館かな?』

『あああ! 可愛いです! 赤ちゃんはたまらないですよねぇ。うーん、どっちにもいる気がするけど……私も詳しくなくて。水族館ならペンギンもいいですね』

『あれペンギンって珍しくないですか? 昔行ったときはいなかった気がする……魚とイルカぐらいだと思ってました。熱帯魚は綺麗なんですけど、深海魚とかって近くで見るとちょっと怖いですよね(笑)』

『分かります。なんていうか、作り物でもいいから綺麗なものを展示していてほしいです。ってこれじゃ水族館の意味がないか……だったらいっそのこと偽物でもいいかもしれませんね。この世に存在しない、造形の美しい魚を見せる為の水槽とか』

『水族館を美術館にした感じですか? あーいいですね。面白そうです。哀さんがデザインしたらいいものができるんじゃないかなぁ』

『褒められても何もでませんよー。あははっ……実はこんな質問したのも、ちょっとスランプ状態で……。最近絵を描いてても、なんか納得いくものができなくて。詩も全然浮かんでこなくなっちゃったんです。あの……蒼さん。もう一つお願いがあるんですけど』

『はい……僕でよければ』

『ありがとうございます……あの、私とデートしてくれませんか。私、勝手に前から蒼さんと気が合うなって思っていて……蒼さんとなら何か得られそうな気がするんです。凄く迷惑なことを言っているのは分かっています。でも……一度だけ考えてみてくれませんか』

「……っ」

びっくりして文字を打つ手が止まった。なんて言おうか思いつかなくて、一度目を離す。その間にもう一つメッセージが来た。

『す、すいません! なんか重い感じになっちゃいましたね! 大事なことをすっ飛ばしてました。実はデッサンをしに行きたいんです。そのテーマをデートにしようかなと思っていて、それに付き合ってほしくて……。そのモデルを蒼さんに……といっても私の絵って抽象的ぽいとこがあるので、がっつり顔を書いたりはしないんですけど……あー説明が下手で申し訳ないです。どう……ですかね?』

『遅れてすいません。リアルで会おうっていうお誘いは初めてだったので、少し驚いてしまいました。そうですね……僕も哀さんとは話していて楽しいですし、似ているところもあるのかもしれません。でも実際にお会いするのは……』まで打ってまた手が止まる。相手もこの状態で返事がないのは不安だろうけど、まだまとまらない。どうしよう。今まで話してきた中で思ったのは、恐らく彼女は高良さんではないということだ。

実際に会うなんてよく聞く話だし、人によっては大したことじゃないんだろう。でもここで話すのとは大分勝手が違うし、不安だ。

もう少し考えさせてほしいと言って、やりとりを終えた。

女の子の方から誘われたのなんて初めてだ。雪乃ちゃんからの誘いはカウントできないだろうし。

今までなかっただけに、必要以上にドキマギしてしまう。けど高校生ならこんなことは普通なのだろうし、僕が消極的すぎるのが悪いんだ。聞いてはいないけど、恐らく春昭も色々あるんだろうし。

でもこうして他人が関わることが増えていくと、なんだか大人というものに近づいた気がする。こうして人生経験を深めて、進んでいくのが成長というのだろうか。

僕はどの立場か分からない目線で二人を比べていた。哀さんがもし自分に好意を持ってくれているのだとしたら……それでも今は、やっとこの人生の中で巡ってきたチャンスを生かす為に、高良さんを想い続けなければいけない気がする。僕はもちろん高良さんが好きだし、その気持ちは変わっていない。

そういえばこういう話をよく聞く。女の子は恋をすると綺麗になるだっけ? 男なら彼女ができた途端に空気感が変わるみたいで、モテ始める現象。誰かの特別に値する存在になったと認められると、他の人からも候補者としての目が向けられるようになる。

僕はまだそのステージの段階に上がっていないし、ここで思い上がってはいけないのだけど……初めてデートなんて言葉を口にした日ぐらい、少し調子に乗ってもいいかなって。

しかし僕は先ほど楽しい時間を過ごしてきたばかりだ。これが彼女にフラられた直後なら、もっと哀さんに食いついていただろう。

だけどやっぱり彼女を超えることはできない。自分でも盲目的になってるのは理解している。でも高良さんがいる以上、哀さんとはネット上のいいお友達でいるべきだと結論付けて、ベッドに横になった。

携帯をじっと見ていたからだろうか、酷使した目を労わるように眠気が訪れた。


『闇の中で月だけが光る。我の手の先に導くは、塔の中に閉じ込められた姫君。王子が来ないならば、この怪盗が盗んでもよろしいだろうか? ……と、まぁ本来のキャラを思い出してみても皆さんの前では素が出すぎて、今更カッコつけてもダメですねw』

『今宵月下に現れる?』

『そうですね、その怪盗には勝てません』

『月氏って以外とアニメとか漫画とか詳しいよね。と思ったら昔の話題もいけるし……もしかしてそういう趣味? それとも昔からずっとオタク的な?』

『ヨコくん。そうだねぇ……今は子供の影響で少しハマっただけだから。年齢は内緒。バレると見方が変わってしまうだろう? それが少し恥ずかしいのだよ』

『月さんにとっての姫ってだれー?』

『君達かな。リクエストしてくれれば眠り姫は王子ではなく、この怪盗が盗みだしてあげよう』

『moonさんハーレム狙いw』

『ハーレムでもみんなを大切にするよ。ただ私にとっての姫は別にいるけどね』

『あーなにそのイケメン発言!』

朝からのやりとりに笑ってしまった。そういえばアイコンの月のマークは薔薇を口に咥えて、タキシードを着ている。そんなキャラだったのかと、しばらくmoonさんのやりとりを眺めていた。

その一方で哀さんの呟きはない。気になったけど、宿題をしなくちゃいけないことを思い出した。まだ日数的には余裕があるし、ゆっくりやろうと思ってページを開くと、固まってしまった。あれ、これってどう解くんだっけ? 春昭って結構成績良かったよなぁ……。今度教えてもらおうかな。


そんなこんなで僕は夏休みの間、春昭と会うことが多かった。雪乃ちゃんと高良さんはバイトが沢山入っていて、あれから何度か足を運んだけど客はほぼ変わらないし、正直怪しいと思う要素も見つからなかった。

僕自身変わったところは少しずつだけど慣れてきたのか、二人との会話が増えてきたことだ。それと……哀さんからのメッセージ内容。

なんというか、僕に質問をすることが増えた。でもこれ以上はという前に話を変えたりする。そういうタイミングを見計らうのがうまかった。それのせいで不快にはならないし、ついつい誰にも言ったことのないことを話してしまったと思う。

それと同時に、僕も彼女のことを知った。東京に住んでいて、今は専門学校に通っているらしい。絵を学んでいるけど、しばらくはこのままフリーターかなと言っていた。今の古本屋のバイトが合っていて、それを続けたいみたいだ。哀さんの生活は、僕のイメージそのものだった。

あまりに気が合うから電話ぐらいはいいかと思ったけど、それをすることもなかった。一度断られてしまったし、僕もわざわざ固まったイメージを壊すのもどうかなと、今の距離がちょうどいいんじゃないかと思ってやめた。

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