第12話 食料調達

 ジッと息を潜め、それを見る。鳥か?翼があって、くちばしがある。ただし、すずめとかカラスとかの大きさではない。概算だが、翼を広げたら8メートル以上ありそうだ。

 その巨鳥は足元の草むらを突いている。虫でも食べているのだろうかーーと思ったら、くちばしに体長30センチくらいの動物を咥え、ばりばりと噛み砕いて、呑み込んだ。

 あれを狩って鶏肉のように食べられないかと思ったが、無理だ。襲われたら、ひとたまりもない。

 俺とエドは青い顔をして、そいつがどこかへ去るのをジッと待った。

「なかなか、刺激的な所だな」

「寝る場所も、よく考えないとな」

「川の生物はどうだ。魚とかいるだろ」

「あれより大人しいといいな」

 2人で、川辺へ移動する。

 頼む。鮎とか、岩魚とか、せいぜいマスくらいにしておいてくれ。アマゾンにいるような巨大魚はいらない。それから、小さくても、肉食のピラニアはいらない。

 川岸に膝をついて、並んだ。

「あれだろ。エド、この水を飲んだんだろ」

「ああ、飲んだ」

「その時、何かいたか」

「いや、気付かなかった。・・・いないとは断言できない」

「・・・」

 不安を誘うセリフである。

 だが、確認しないわけにはいかない。同時に、両手をついて川の中を覗き込んでみた。

「おお、メダカサイズだ」

「小さいな」

「わかさぎだと思えばいい。あれはわかさぎだ、エド」

「わかさぎ・・・」

「天ぷらとか、フライとか、バター焼きとかだな」

「成程。鍋、油、小麦粉、パン粉、バター、何も無いがな」

「・・・カニがいるぞ!いや、伊勢海老?カニかな。カニしゃぶ・・・カニなら刺身でもいいな!あ、醤油がないか」

「砌、生は危険だ。寄生虫が怖いしな」

「直火焼きでいくか」

 手を突っ込んで、むんずと掴んだ。

 慌てて足をバタバタさせているが、動きはトロいし、背中から掴んだこちらの手までは手足が届かない。

「これは、いい食料になりそうだぞ、エド」

「おお!」

 エドも同じように1匹捕まえ、顔を見合わせてホッと笑う。

 その頭上を何かが横切った。

「え?」

 ほんの少し先を、水族館のイルカくらいの大きさの魚が、ブリくらいの大きさの魚をくわえて水面からざばあっと飛び上がっていた。

「・・・」

「・・・」

 俺達は無言で後ずさって、川から距離を取った。

「いいい今のは何だ、砌」

「魚だろ」

「でかかったな。それにでかい魚をくわえてたぞ」

「フィッシュイーターなんだな」

 俺達はそそくさと川岸から遠ざかると、カニを裏返してテーブル状の岩の上に置いた。

「火を起こすか」

「そうだな」

「・・・」

「・・・」

「ライターとかマッチは?ルナリアンのサバイバルセットにも、入ってるだろう?」

「・・・食料と水が尽きた時にバッグごと投げ捨ててしまった」

「アホだろ、お前!」

「持って来てないやつに言われたくない!」

 俺達は、黙ってジタバタと裏返しで足を動かすカニを見つめた。

 枯草はある。乾燥した枝も拾ってある。どうやって火を起こす?

「原始人のように、枝をこう回転させるか」

 エドが、両手を合わせてこするしぐさをした。

「時間がかかる上に疲れる。俺は自慢じゃないが、根性は無い」

「確かに自慢にならんな」

「虫眼鏡はないが、懐中電灯のレンズで光を集めて・・・火を点けるには、太陽の光が弱いな」

「うむ。無理だな」

 2人で恨めしく、空を見上げた。

 持っているもので使えるものはないかと、調べ直してみる。乾電池式のペンライト、メモ帳、ハンカチ、ティッシュ、ナイフ、拳銃、十徳ナイフ。

 エドは、ハンカチ、ティッシュ、ナイフ、弾切れの拳銃、チョコレートの包み紙、メモ帳。

 チョコレートの包み紙を取り上げてみる。

「銀紙か」

 それを細長く折って、真ん中辺りをクルクルとねじる。そしてペンライトから電池を抜いて、ティッシュの上でプラス極とマイナス極に銀紙の端と端を当てる。すると、パチパチッと火花が飛んでティッシュに引火し、それが枯草に引火する。

「おお、火が付いたな!」

「これを枝に引火させればいい」

 本で読んだだけだったが、できて良かった。

 枝を組んで火を大きくしていき、カニを入れた。直火焼きだ。

「うわあ・・・」

 エドが、それまでとは比べ物にならないくらい激しく足を動かすカニを見て、声を上げる。

 が、しばらくすると動かなくなり、そのうち、香ばしい匂いがしだした。

「うわあ・・・」

 エドが、同じセリフながら、違うトーンで言った。

「もういけるかな」

 熱いので気を付けながらカニを引き出す。

「さあ、どうぞ」

「砌が先にどうぞ」

「俺、猫舌だから。さ、さ」

「俺は、ええっと、いいから先に食えよ」

 こいつ、毒見させようとしてやがるな。俺もだけど。

「・・・じゃんけんだ。じゃんけん、わかるか?」

「知ってる」

 じゃんけん、ぽん。俺はチョキ、エドはグーだった。

「エドの勝ちだ。お前が先に食べていいぞ」

「そうかーーん?」

 気付かれたので、結局、同時に行く事にした。

 足を腹側に折るようにして外す。本物のカニと違って、細くて身は無さそうだ。そして、カニというよりは伊勢海老みたいな形の小判型の胴体を片手の掌の上に乗せ、もう片手で、蓋を取るように腹側の甲羅を剥がす。

「おお、取れた。カニの食べ方と同じだな」

 エドも、見よう見まねで同じ事をする。

 こいつ、毒見云々でなく、どうやっていいかわからなかっただけかも知れないな。

「美味そうだな!」

 真っ白い身はまさに、カニ。でも見た目は、短い伊勢海老だ。伊勢海老の頭と胴体部分が無く、身だけになっている感じと言えばいいか。

「いただきます」

 折り取った足を使って、身を外して食べてみる。

「美味しい!ポン酢が欲しいな!」

「何だこれ!美味いじゃないか!」

 用心も何も忘れて、夢中で食べた。

「ホワイトソースとチーズをかけて焼いたら美味しいぞ、これ」

「グラタンだな、それ。俺も好きだ」

「へえ、そっちにもあるのかーーって、元は同じだもんな。文化にそう差はないよな」

 同じ釜の飯を食ったようなものだ。俺達は急速に仲良くなった・・・ような気がする。

 殻は器にも皿にも代用できそうなので、捨てずに置いておくことにし、例の魚に怯えながら洗った。

 食後、交代で警戒をする事にして、洞窟の入り口付近に戻った。ノリブが産卵している所なら、安全ではないかと思ったのだ。女王はそう動きそうにないし、卵が孵らないなら、それはただのオブジェだ。

 エドは初め渋っていたが、巨鳥、巨大魚と目撃し、夜行性の危険な動物がいる可能性に思い至ったらしい。

「なあ、エド。この前、研究所に仕掛けて来てただろ。その前はスパイが侵入してたし。あれ、何でなんだ」

「え・・・ううむ・・・まあ、いいか。

 新型機を試作中とかいう話を聞いて、探りに行って、奪いに行ったんだ。って、俺は行ってないが、そういう話だ」

「ふうん。そんな噂、伝わるんだな。俺達は知らなかったけど」

「学生なんだろ。まあ、そんなもんだ」

「エドは19だろ。学校は?もう終わったのか」

「18で卒業して、今は士官学校に入っている。できれば、俺は宇宙探索者になりたかった。今みたいに船で生まれてずっと船で過ごすんじゃなく、本物の大地に定住したい。俺達の母星を見付けに行きたかったんだ。

 まあ、詳しくは言えないが、それが許される家ではないんだけどな」

「・・・戦争が無ければ行けたのかもな」

「ああ。

 砌は?お前こそ何になりたい?」

「俺は・・・何だろうな。考えた事も無いかな。

 いや、俺は、ただの俺になりたかったのかな」

「哲学か?」

「はは、気にするな。そんなもんだよ」

 俺達はそれで会話を切り上げ、1人ずつ、眠りについた。



 



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