バアルが来る

「魔晶石……と、本当にそう言ったのじゃな?」

『間違いない』

 

 エンジェルフォールより拠点の村まで戻ったデオンからの通信は、ブエルの記憶の底にあるものを深く掘り当てた。脳裏に異世界でクラウザーが使っていた魔法の晶石の存在が蘇る。

 あの日、博物館の宝物庫には一際目立つ大きな魔晶石があった。当時は戦闘に必死で気付かなかったが、後になってバアルの力の一部である事がわかった。逃げる時に魔晶石を使ったが、同時に爆弾みたいなものを仕掛けておけば良かったと後悔する。

 

『私はよく知らないが、魔晶石とはデーモンにとって大事なものなのだろう?』

「うむ、元々デーモンとはいわゆる魔界(ほんとは別の名前があるのじゃが便宜上魔界とする)で産まれる、そして魔界である程度育ったデーモンはそこから外の世界へ飛び立つのじゃ、さしづめ雛鳥が巣立ちするようなものじゃの」

『だが全てのデーモンが外に出るわけではないだろう?』

「そりゃ中には引きこもりもおるわい。

 ここからが肝心なんじゃが、デーモンとは基本的に死ぬ事はない」

『相変わらず心が折れそうになる言葉だな』

 

 それに関しては十数年前デオンと初めて会った時に伝えてある。改めて言われなくても覚えている事だろう。

 

「そういえばあの時のお主は朕を殺そうとしたのぉ」

『悪いと思ってる、だが七十二柱の悪魔となればそうなると思うぞ』

「懐かしいの、あれは確か……」

『回想はしなくていい、時間の無駄だ』

「う、うむ」

 

 昔語りをしたくなるのは老人のSaGaであるからして、つまりやりたかった。悲しい。

 

「脱線してしまったの、デーモンは死なない、より正確に言えば魔界へ強制送還されるんじゃ」

『ゲームで例えるならセーブポイントへ戻されるようなものか』

「詳しいの?」

『若者文化にも慣れておきたいから暇な時にやってる』

「なるほどの。ただ戻されるわけではないぞ、その際にデーモンは力を剥ぎ取られてしまうのじゃ。つまり何の力もない幼子の状態にされてから魔界に帰るわけじゃな」

『セーブデータが消されてニューゲームさせられるようなものだな』

「お主キャラ変わった?」

『そんな事はない』

 

 しかしゲームで例えるのはわかりやすい、ブエルは詳しくないが、研究所にはゲーム好きがそこそこおり、むしろ研究にゲームを使う部署まである。

 これから先人に教える時はゲームを例えに解説するといいかもしれない。

 

「ゲームで話を進める方がいいな、デーモンは例えるならプレイヤーじゃ、そして我々が普段戦ってるデーモンはプレイヤーが使ってるアバターみたいなもの、そのアバターを倒すとデーモンは装備もレベルも最初の状態に戻されてしまうわけじゃ」

『よくわかった、しかしそれが魔晶石とどう関係する?』

「剥奪された力はどうなると思う?」

『そういう事か』

 

 わざわざ説明するまでもないだろう、剥奪された力は塊となり、異世界で魔晶石と呼ばれる結晶となるのだ。

 

『だが何故地球には魔晶石が無いんだ?』

「それは魔界と地球へは直接行き来できないからじゃ。通常デーモンは異世界を経由して地球へとやってくる、逆もまた然りで異世界を経由して魔界へ来る。

 力を剥奪されるのは異世界から魔界へ帰る時じゃ」

『地球に魔晶石が無い理由はわかったが、エンジェルフォールで見たあの魔晶石はなんなんだ?』

「まず間違いなくバアルのものじゃの、話すと長くなるのじゃが。バアルは一度人間に負けて自信の力の大半を魔晶石に変えられたのじゃ」

 

『大半? それはつまり送還されてないと言う事か?』

「そうじゃ、バアルを最初に倒したエリヤはバアルを送還されるギリギリの所で済ませたのじゃ」

『エリヤってあのエリヤか? いやそんな事より何故送還させなかった?』

「バアルが何故ソロモン七十二柱序列一位と呼ばれてるかわかるか?」

『単純に力が強いからでは?』

 

「違う、強さだけならアスタロトやアガレス等バアルより強いのはたくさんおる。

 奴の強さはそこではないんじゃ、奴はいつ倒れてもいいように魔界に自信の力をストックしておるんじゃ」

『いくつ?』

「少なくとも億は超えておる」


 それはつまりセーブデータをいくつも用意してるから、何度倒されても平気というようなもの。倒されてもすぐ蘇るから持久戦に持ち込めばどんな相手でも勝てる。加えて上級デーモンというただでさえ倒すのが厄介な敵なのだ、相手にする事自体絶望的である。

 

「だからエリヤは奴を倒さなかった、代わりに力の大半を奪って異世界に隠したのじゃ、それが魔晶石となった」

『つまり、迂闊な事は出来ないよう生殺しの状態で放置したと』

「ついでに魔界へ帰れぬよう不死の呪いも掛けてな」

『おそろしいな』

「そうでなければソロモンに服従したりせんて、奴はエリヤと違いバアルの不死の呪いを解こうとしとったがの、ついぞ実現せんかったわ」

『ソロモンでも解けなかったエリヤの呪いか』


 だがそれでもバアルは根気よく、何千年もかけて力を取り戻していった。異世界に渡って魔晶石を回収しようとしたのもそのためだ。異世界に渡るための力を貯めるのに二千年近く掛かったみたいだが。

 

「魔晶石が地球にあるのは朕とクラウザーが運び込んだからじゃ、バアルは異世界に渡るために相当な力を失ったようじゃからなんとかなったわい」

『ん? バアルはまだ弱体化してるという事か?』

「それは間違いない、バアル信仰が活発だった頃ならともかく、廃れた後であるならば二千年かければ異世界に渡るための力は回復できる、千年なら国を滅ぼせるだけの力が、五百年なら一地方を消し飛ばせるだけの力が。

 もし奴が五百年以上前に戻ってきていたなら、自らエンジェルフォールに向かって圧倒的な力でデオンを倒していたじゃろう」

 

 そしてその圧倒的な力をもつバアルを倒したのがエリヤである。

 改めてエリヤが異常だった事を認識する。

 

「魔晶石はこちらへ運び込んだ時に三つに別れてしもうた、一つはデオンがエンジェルフォールでみた物、二つ目はベルカ研が既に回収しておりゴールドシリーズの動力部に使っておる。

 そして三つ目は、現在捜索中じゃ」

『ゴールドシリーズとはあのエヴァンが使ってるやつか……そういえば彼はどうしてるんだ? まだハンターになった彼と会った事ないんだが』

「む!」

 

 思わず言葉に詰まってしまう。高貴な蹄で自身のライオンのたてがみを撫でて落ち着ける。

 実を言うと研究所総出でデオンとエヴァンが出会わないようにしているのだ。その理由はエヴァンにある。なぜならエヴァンはデオンに恋をしており、それも重度の、更にデオンが女だと思い込んでいるのだ。

 もし男だとバレてしまえばエヴァンのメンタルに重大な障害が起きる可能性がある。いや確実に起きる。

 これは二人のためであるのだ。

 

「まあ、忙しいようじゃしのぉ、今度会わせてやるわい」

『そうか、まあよろしく言っておいてくれ』

 

 返事もそこそこにブエルは通信を切った。

 ふぅ、と溜息を吐いてから蹄で器用にノートパソコンを開いてニュース番組を流し始めた。

 今この部屋にはブエル以外には誰もいない、所員は定時退社した後であり所長も今は家族サービスのため家にいる。

 一人の時間というものは寂しいものもあるが、気持ちいいところもある。

 

「そういえば冷蔵庫にプリンがあったの、プリンプリン」

 

 鼻歌交じりに気持ち悪いステップを踏みながら冷蔵庫を開けて、中から冷え冷えのプリンを持ってPCの前に戻る。

 人間の食べ物はとても美味しいのだ。

 

『次のニュースです。エンパイアステートビルの凄惨な事件から半年、ようやく復興したエンパイアステートビルに事件を忘れぬためのモニュメントが設置される事に……』

 

 テレビに映るモニュメントはデーモンとそれに襲われる男女の姿をしていた。ブエルは内心悪趣味だなと思うと同時に、事件を忘れぬためならこのくらいの方が良いのだろうなと納得もしていた。

 ふとモニュメントの台座に一際輝く宝石が見えた。

 なんて事ない、アクセントの意味以上のものはないただの宝石、大きさも僅か二十センチ程のもの。

 ただそれは、そう、間違いなく、見覚えがあった。というよりも。

 

「あれは……魔晶石じゃ」

 

 この時ブエルは、初めて予知でみたニューヨークの悲惨な状態の意味を理解した。

 

「奴が……バアルが来る」

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